ただ奏でる竹

キグヤ

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第3曲【奇怪音】

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奏の自宅は京都の市街地にあるにも関わらず、一人で暮らすには十分な広さの二階建ての一軒家だ。
造りは昭和を思わせる古風な木造になっており、玄関の扉は開き戸でその横には郵便受けなる長方形の枠がある。
ここに投函すれば家の中にそのまま入るという仕組みだろう。
一見かなり年季が入っているこの家は元々祖母の物で、高校を卒業して京都に来てからはしばらく祖母と生活を共にしていたが、二年前他界してからというもの奏一人が住居人となっていた。
そしてこの家に新しい家族が来て早一週間が過ぎた。

「ふぁ~あ・・・おはよう、サラ。」
「ワン!」
奏が眠い目をこすりながらベッドから起き上がり挨拶をすると、それまで横の絨毯にベタッとあごをつけていたサラが元気よく挨拶を返す。
まるで奏が起きるのを待っていたかのようだ。
サラは比較的賢い犬で、『サラ』というのが自分の名前だということを自覚しているのか、奏が呼んで話しかけると意味は理解できずとも反応はするようになっていた。
用をたす場所も一日で覚え、ちゃんとトイレマットでするようになってからはストレスがたまってはいけないと奏は家の中で放し飼いをしている。
奏が起きたら朝ご飯だということもわかっているのか、その時間が近づいてくると奏のベッドの横に移動してくるのも物覚えのいい証拠だろう。
この光景が朝の日常になりつつあった。
奏本人にとっても朝挨拶を交わせる家族がいるというのは気持ちのいいものであるし、仕事から帰った時も玄関まで嬉しそうに走ってきて出迎えてくれるのは実に喜ばしい。
二年前から一人暮らしでどこか寂しさを感じていた奏の心を埋めてくれる存在になりつつあった。

 奏が部屋を出て廊下の突き当り左の階段を下りるとその横に並ぶようにサラもついてくる。
最初は、古い造りなだけに段差がかなりあるため小柄なサラにはまだ無理だろうと思い、抱えて下りようとしたがそれより早く
サラは器用に一段ずつ飛ぶようにして下りていったのだ。以降奏は心配することはなくなった。
どうやら運動神経も発達しているようだ。
奏は洗面所で顔を洗い、台所へと向かった。
日常の朝は睡眠時間を優先している奏にとってあまり時間がないので朝食はどうしても簡単なものになってしまう。
トーストをオーブンにかけている間に、サラの朝ご飯を用意する。
最近のペットフードはなかなかに味の種類が豊富で、サラの好みがわからない奏は最初に三種類買ってきた。
初回の食事は、どれがいいのか味見をさせようと適量の三分の一を三種類それぞれ別の器に盛って差し出して様子を見たが、
三種類共残さずペロリと食べあげてしまったのだから好みの判別もできたものではない。
それからというもの奏は飽きないように三種類をローテーションにして出すようにしていた。
ペットフードを器に盛ると、舌を出してお座りしているサラの前に置いた。
だがサラはいきなり食べようとはせずお座りしたまま、まず確認するように奏を見る。
食べていいよと奏が声をかけるとワン!と一声鳴き、待ってましたといわんばかりにすごい勢いで食べ始めるのだ。
奏はそれを見てホッとすると自身も焼きあがったトーストを食べ始める。
(やっぱり二日前は食欲が無かっただけなのかな。昨日もちゃんと食べてたし。)
奏が安堵するのには理由があり、先日サラは朝も夜も食べようとはしなかったのだ。
しかしそれ以外には特に変わったこともなかったのでもう一日様子を見て何も食べなかったら動物病院に連れて行こうと奏は考えていたが、
昨日も今日もいつも通り食事をするサラをみて奏は安心したのだ。
(まぁここにきてまだ間もないから二日前は体調よくなかったんだろうなぁ。)
と奏は思うことにした。
支度を終え、
「じゃあ行ってくるから今日もいい子にして待っててね。」
とサラに告げると奏は職場へと向かった。

---○---○---○---

 ところ変わり、ここはとある一室。
数えると十六畳あるその和室に二人の女性が行儀よく座っている。
室内にはい草の香りが漂い、壁にはいつの時代のものか掛け軸がかかっていて京都に相応しい趣のある一室に仕上がっている。
それでいて余計な物が一切見当たらないこの部屋は管理している人間の性格も窺える。
「香詠、星宮奏さんからご返事は返ってきたの?」
畳に正座して箏を触りながら淡々と口を開く着物の女性は背後に座る香詠に尋ねた。
「はい、お母様。指定した日時のうち来週の土曜十五時をご希望されてますがいかが致しましょう。」
香詠は目線を真っ直ぐ母の背中に向け、表情を崩さず答えた。
「わかりました。その時間に来てもらってちょうだい。生徒さんには私の方から話しておくわ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
香詠は軽く会釈すると立ち上がり、ゆっくりと部屋を後にした。
少し後ろを振り返り誰もいないことを確認した着物の女性はまた前に向きなおして作業を再開した。
(星宮奏さん・・・あの子が興味を持つなんて一体どんな方なのかしらね。)
一人になったその部屋で香詠が母と呼んだその着物の女性は来たるべき日のことを考えて、静かに微笑んだ。

---○---○---○---

 奏の勤務時間は朝九時から始まり一時間の休憩を挟み十八時に終わる。
最も正規雇用である以上定時ぴったりで終わらない日がほとんどではあるのだが、遅くても二十時を過ぎて帰宅したということは今までない。
そんな奏が珍しくこの日は定時で仕事を終え、自宅の前まで帰ってきた時だった。
(えーっと・・・鍵は・・・ん?)
奏がカバンから鍵を探していた時だった。
バシッ!・・・バシッ!
家の中から奇妙な音が奏の耳に入ってきた。
(・・・何の音だろう?家にはサラしかいないはずだし・・・まさか泥棒!?)
だとしたらこの音は!とサラの身に危険を感じ、急いで鍵を探す。
奏はようやく見つけた鍵を取り出し、音を立てないようにそっと鍵穴に入れて鍵を開ける。
(でもやっぱり鍵は閉まったままだ。他に家に入れるとこなんてないし・・・いや、そんなことより今はサラを!)
泥棒だと確信していた奏は、玄関に置いてあった傘を手に持つ。
奏はケンカなどは決して得意な方ではないが、助けを呼んでる間にサラが大事に至ってしまうことだってある、そう判断したのだ。
傘を武器とし、恐る恐る音のする居間へと向かっていく。
バシッ!・・・バシッ!
不定期な間隔で聞こえてくるその奇怪音は今なお続いている。
(でも、この音どこかで聞き覚えが・・・)
奏はそっと居間から覗くとそこに映った光景に自分の目を疑い、しばし呆然としてしまった。
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