平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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21 カイル②

母親でもない。家族でもない。乳母でも使用人でもない女の人。
それも、こんなに綺麗で可愛い人と、二人きりで、並んで座っている…そんな有り得ない状況に、もの凄く緊張した。


「お名前は何と仰るのですか?」

「身長、とても大きいですね。」

「お茶が入りましたよ。」

「よければ軽食もどうですか?」


彼女が沢山、俺に向けて話しかけてくれている。
何度も何度も。…でも返事をしない俺に困ったように。
何て言えばいいのか、どう返事すればいいのか。言い方は?いつもみたいな言葉使いじゃきっと失礼な奴って思われるかも。
どうしよう、どうしたらいい。ずっと頭の中は混乱していた。

彼女は一生懸命話しかけてくれたけど、俺は彼女の質問に一つだってまともに答えられていない。
待って、お願い待って。もう少しだけ待って。考えてる。考えてるから。何をどう伝えようか、今考えてるから。
だけど、それすら伝えられなくて……ついに沈黙を迎えてしまう。

ああ、どうしよう。黙ってしまった。全部俺が悪い。でも、俺から話すにしても何を話せばいい。分からない。どうしたらいいか分からない。
こんな時に自分の言葉の拙さが嫌になる。話したいのに、言葉が出てこないのが嫌になる。
どうしようどうしようと彼女を見る。

小さくて、華奢で、体も腰も腕も何もかも可愛いひとだと思った。
母親も美しいひとだったけれど、比べようもない。
少しもぽっちゃりとしてない細い体も、そしてぱっちりとした大きな目も、ちょこんとついた鼻と唇も、とても可愛い。こんな完璧な容姿のひと、今まで見たことがない。
全く予想してなかった。全然、全く、少しも。
だって、まさかこんな完璧なひとが俺みたいな男の相手をするとか……普通なら絶対有り得ないから。

大金貨一枚以上。それは醜い男を専門に相手するからじゃない。
この金額は彼女自身の価値だとすぐ気付いた。
大金貨一枚以上でも安いかもしれない。こんな、こんなに美しいひとはきっとこの世界のどこにもいない。
この娼館のことを教えてくれた弟に感謝するけれど、でも緊張しすぎてどうすればいいか分からない。弟みたいに明るい性格だったら、もっと違ったのに。
最初から彼女が相手だと知っていれば……いや、知っていても多分、今と同じような事になるけど。でも、心構えは少し違っていたかもしれない。


何か、何か話しをしなければと思うのに、時間だけが無駄に過ぎて…俺はやっと、一番最初にしなくちゃいけなかった…自分の名前を彼女に伝える事が出来た。
でも、それからはまた同じ。一つも面白い話とかは出来なくて、またお互い沈黙になる。
こんなんじゃ呆れられて当然だって、醜いだけじゃなくて、つまらない男だって、そう思われていると思った。
だけど彼女は違った。

「…ええと、間違っていたらごめんなさい。
お話するのは苦手ですか?なら…頷くだけでもいいですよ?」

「私が沢山質問をして困ったでしょう…?ごめんなさい。今までした質問は、忘れて下さって構いません。
これからゆっくりお話しますし、返事もちゃんと待ちますから。」

信じられなかった。
こんなに、綺麗で、可愛いひとなのに、すごく優しい。それは上辺だけじゃなくて、何ていうか、本当に自然な、そう、自然な優しさだった。
俺が話すのが苦手だって分かってくれて、…考えを纏めるから返事が遅いのも分かってくれて、その上ちゃんと返事を待ってくれるって言ってくれた。
俺を理解してくれようと、努力してくれている。それが嬉しかった。
それから彼女はゆっくり話をしてくれて、俺の返事も待ってくれて。
背が高い俺が見る景色はどんなものだろう、そう言った彼女を抱えようと手を広げれば、戸惑いもせず近づいてくれた。


「…わあ…」

感動した様な声を出した彼女。
抱えてみると、触れてみるとやっぱりすごく華奢だって分かる。
軽い。すごく軽い。まるで羽根みたいに軽い。小さくて細くて軽い。すごい。何、このひと。何でこんなに軽い?可愛い。こんなに小さくて細くて、可愛くて、誰かが守ってあげなくちゃいけない。そんな生き物な気がする。

こんな細いひとが本当にいるんだと不思議に思っていたら、ありがとうございますとお礼を言われた。
にっこりと、そう。にっこりと笑って。

すごく可愛い。どうしようすごくすごく、このひと、すごく、可愛いんだけど。何なの。本当に何なの。何でこんな可愛い生き物がいるんだ?
もう頭の中はいっぱいいっぱいだった。
だから、その可愛い笑顔に動揺して体勢が崩れて、彼女がローブを掴んでしまったのも、それで俺の顔が見えてしまったのも、仕方がない事だったし自分のせいでもあった。

「……綺麗…」

「………綺麗…?」

「…はい。綺麗です…。」

「………吐き気、は…」

「…全くしませんよ?」


彼女のそんな言葉が、信じられなかった。目の前が一瞬で真っ暗になる。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。綺麗なんてこと、あるはずない。
どう見たって俺は醜い。鏡に写る自分は誰よりも醜い男だった。
母親だって俺を化け物だって言った。乳母だって、侍女たちだって、皆、皆醜いって指を差してた。
あの時もあの時もあの時も。いつだってそうだった。
お前もそうなんだろ?どうせそうなんだろ?口では何とでも言える。でも顔は、目はそうじゃないんだ。本心が出るんだ。お前も、心の中では周りと同じなんだろ。そうに決まってる。だから女の人は苦手なんだ。
男より陰湿で、なのに弱い立場を振りかざしてくる。
俺は何もしない。していないのに、さも何かされたように震えて、弱い立場を利用して、俺を追い込んでいくんだ。何もしてないのに、何かしたような気持ちにさせるんだ。お前も、周りと変わらずそういう生き物なんだろう?


「……カイル様…?」


だけど、覗いた瞳は綺麗な瞳だった。
真っ黒で、夜みたいに綺麗な。
彼女の目は周りと一緒なんかじゃなかった。
嫌悪も、軽蔑も、怯えもなかった。本当に、そんな負の感情は一切なくて……もう、何が何だか分からなかった。
取り合えず彼女を床に下ろしてからまたフードを被って顔を隠して、ソファーにへたりと座り込む。

違う?本当に?
今まで彼女のような…本当に嫌な顔一つしないひとを見たことがなかったから、出会ったこともなかったから、今の状況が現実に起こっていることだって、中々理解出来なかった。
ごめんなさい、申し訳ありません。そう何度も何度も彼女が謝っている。
なのに俺は、その言葉すら聞こえていなくて、ただただ自分の世界に入って自問自答しているばかり。
彼女が俺を帰そうとドアへ向かっているのに気付いて、慌てて追いかける。
開きかけたドアを押し戻して、彼女を抱き抱えまたソファーに戻って何とか怒ってないとだけ言葉を出した。
そんな言葉しか出なかった自分を殴りたくなったけど…彼女は笑って、お礼まで言ってくれた。
俺が悪いのに、一つも咎めることもなく。


彼女はやっぱり、顔を晒した俺を見ても変わらずにっこり笑ってた。
嫌な顔もしない。歪めたりもしない。本当に、普通の人と接するみたいににっこり、それはそれは可愛い笑顔だった…。

それだけじゃない。彼女は俺に触るのも躊躇しなかった。
腕に触ってみてもいいですかと聞かれた時は一瞬彼女が何を言っているのか理解出来なかったけれど、こんなチャンスは逃せないって思った。
現実なのか夢なのか分からないけれど、もう、このまま流れに身を任せよう。
夢ならとてもいい夢。現実なら最高だ。一生結婚出来なくてもいい。


「…わ…、凄く固い…!」

「…ほら、こんなに大きさが違います。」

彼女はやっぱり他のひとと違う。
俺の手に小さな手を合わせ、にこにこと笑っているし、普通なら触るのも嫌な俺のごつごつとした手を何の躊躇いもなく自由に触っている。
脂肪じゃない、筋肉しかない腕や手を嬉しそうに。
不思議なひとだった。彼女…サイカは。
緊張もしているのに、話しやすくて、サイカなら大丈夫だって、そんな思いが出てきた。
拙い俺の話を真剣に聞いてくれて、言葉を待ってくれて、俺を格好いいと言ってくれたりもした。
俺の話なんてつまらないだろうに、楽しいと言ってくれた。
こんな、優しくて綺麗で、すごく、可愛いひとが…大金貨一枚…。
ここのオーナーは正気なのか心配になった。
サイカが相手をしてくれるなら、大金貨なんていくらでも払ってやる。

生まれて初めてのキスは、とても甘くて優しい味がした。
生まれて初めてのセックスは、とんでもなく気持ちよかった。
ずっとサイカと繋がっていたかった。帰るのが嫌だって思うくらい、最高の初体験だった。


体にある沢山の傷痕は嫌な思い出ばかり。
小さい頃の傷が大人になっても残っている。
見習いの頃に受けた傷も沢山ある。
戦って出来たものなんて、それこそ数えるくらいしかない。
あれもこれもそれも。…嫌な傷ばかりだ。
だけどサイカが触れた。
忘れてしまいたい嫌な傷を、一つ一つ触れて、引きつったような気持ち悪い傷に、口付けた。
なんて健気で、可愛いひとなんだろう。
こんなひとはきっと、どこにもいない。

堪らなかった。心の底から何かが溢れてくる。
それは嫌なものじゃなくて…目の前のひとを抱きたくて抱きたくて堪らない、そんな感情。

サイカはどこもかしこも可愛くて、可愛くて、いやらしくて、綺麗で、すごく綺麗で、やっぱり可愛い。
カイルカイルと沢山俺を呼んで、ひんひんと泣きじゃくる声がすごく可愛い。
他を知らないから分からないけど、多分、サイカはとても感じやすい。そこがまた可愛い。
可愛いしか言葉が出ないけど本当に可愛かった。
サイカが奥さんになってくれたらいいのにって、思うくらい。

サイカは綺麗で可愛くて優しいだけじゃなく、温かいひとだった。
いつもよりぐっすりと眠れて、優しい手が俺の頭を撫でていて、起きた。
抱き締められて、よしよしと頭を撫でられて。
母親かあさんにもされた事がないその行為が、優しくて温かくて。
泣きたくなるほど優しくて温かくて。
魂が震えた。

こんなにじんとくるものだったのかって、あの日、二番目の母親に撫でられる弟の姿が目に浮かんだ。
寂しかったんだ。そうだ、俺は寂しかったんだ。母親かあさんに愛してもらえなくて、最後まで愛してもらえなかったことが、ずっとずっと寂しかったんだ。

サイカが俺の頭を撫でてくれて、俺は何だか救われた気持ちになった。
子供の頃の俺が、かあさん愛してと必死に手を伸ばしてた俺が、やっと認められて報われた気がした。温かいもので胸がいっぱいだった。
生きている喜び。生きる喜び。この瞬間に、確かに感じた。




「…カイル……お前、夢でも見たんじゃ…」

「…む。…夢じゃ、なかった。現実。」

「…いや、いねーよ。絶世の美女で性格もいいとか、絶対ない。変な薬でも嗅がされたんじゃねえのか?」

「違う。嗅いでない。」

「…いや、でもな…」

「…団長、心配してる、分かる…。
でも、…断言出来る。夢でも、騙されても、ない。
サイカの目、表情、全然違う。…嫌悪、軽蔑、見下してる、全然、ない。…そういうの、俺、…分かる。空気、感じる。」

「あー…まあ、な。そういう目で見られてきたら…分かるわなあ。俺も…よく見たくもないもん見たし…聞きたくもないもんが聞こえてたわ…。」

「……ん。サイカ、俺の傷、触った。痛くないか…労った。言葉じゃ信じない…でも、行動で、示してくれた。触って、傷に、キスしてくれた。…俺、あんな事してくれて、信じないわけ、ない。」

「…カイル…色々赤裸々じゃねーか!流暢!今日めちゃくちゃ話すなお前!!」

「…ん。…だから団長。今日は俺、サイカに会いに行く。そのつもり。さっさと仕事して。団長が書類、しないから。
もう、七日、会いに行けてない。」

「…おいこら。上司に向かってさっさと仕事しろとは何だ。え?そんなに言うならお前も手伝え!俺は書類仕事が苦手なんだよ!知ってんだろ!?」

「…その書類は、団長の。俺は、もう終わった。」

「くっそ!絶世の美女だと!?女神だとおおおお!?ふざけんな羨ましい!!不細工専門だったら俺は会えねえじゃねえかああああ!!ああん!?」

「そう。俺みたいなの専門、だから。団長、無理。相手、されない。ご愁傷様。」

「くっそ!くっそ!絶世の美女…!俺もお目にかかりてええええ!!」

「…無理。駄目。団長に会ったら、サイカ、すぐ食われる。だから駄目。絶対、駄目。」


くそおおお!って悪態つきながらも、よかったなって団長は言ってくれた。
団長の頑張りでいつもより少し早く終わって、俺はサイカに会いに行く。
楽しみで仕方なかった。早く会いたくて堪らなかった。
なのに。



「…え…会えない…?」

「大変申し訳ありません、カイル様。
サイカは本日、別のお客様の相手をしておりまして…。」

「……別の、客……」

「折角来て頂いたのに…申し訳ありません。」

「………。」


もやもやと、苛立ち。
仕方ないことなのに、すごく、むっとする。
誰だろう。今日、サイカを買った相手は。
大金貨一枚以上。それを支払える相手で、俺と同じ醜い容姿。
…何人か、心当たりがあった。

陛下。それからウォルト宮中伯の…名前が出てこないけど、息子も俺と同じように醜い容姿だ。
あと陛下と従兄弟の……それからクライス侯爵も…。

醜い容姿は沢山いるけれど、加えて大金貨一枚をぽんと支払える財力もあるとなると…かなり絞られてくる。
誰だ。誰だろう。誰が今日、サイカを買ったんだろう。
その相手とサイカは、どう過ごすんだろう。
どんな話をして、どんな表情を見せて、…どんな夜を、過ごすんだろうか。


ああ嫌だ。嫌だ。誰にもサイカを買ってほしくない。
俺だけかと思ってた。そんな事あるはずないのに、俺だけが、サイカを買ったと思い込んでた。
嫌だ嫌だ。心底嫌だ。誰にもサイカに触れないで。サイカを買わないで。俺以外の男を相手にしないで。
やっと、やっと出会えたひとなんだ。
奪わないで。


自分の感情がコントロール出来なかった。
意味も理由も分からない。自分の感情なのに、どうしてこんなにもやもやが晴れないんだろう。
きっとサイカに会えば分かる。サイカに会えたら、このもやもやもすぐ晴れるはずだって、そう思った。

だけど、次の日も、また次の日もサイカに会えなくて。そんなことないって信じているけど、避けられているのかもって、少しだけ思ったり。


「…大変申し訳ありません…本日サイカは体調を崩していまして…。」

「え…!?サイカは、…大丈夫…?」

「病気ではありませんから大丈夫です。
だいぶよくなっていますし、あと五日ほど安静にしていればすぐ良くなるでしょう。」

「……よかった。」


もう、会えないなんて嫌だった。
何がなんでもサイカと会う約束を取り付けようと思った。
仕事の調整をして会うんじゃ、いつ会えるか分からないから、サイカの予定に合わせて仕事を調整する事にした。


「予約、出来る?」

「勿論です。いつになさいますか?」

「…じゃあ…七日後。…でも、サイカが…まだ、体調、悪そうなら……無理しないでって、言って。」

「ありがとうございます。…ああ、少しお待ちを。サイカから手紙を預かっていますから。」

「!!」



渡された封筒をその場ですぐに開封して、サイカの手紙を読む。
そこにはサイカらしい、可愛い文字でこう書かれてあった。


“会いに来てくれたのにごめんなさい。
少し体調が悪くてお休みを貰っています。

カイルが会いに来てくれるのを楽しみにしています。
愛を込めて、サイカより。”



サイカが俺を気にかけてくれている。そう感じるとじわりと胸が温かくなる。嬉しい気持ちになる。
だけど、それでも。それでもやっぱり…もやもやは晴れなかった。
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