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30 リュカ②

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※25話の???→リュカ①に変更しています※







ああ。憂鬱だ。人生の何と退屈なことだろうか。
指を差され笑われ、怯えられ、馬鹿にされ。
それでも自分が死んでしまえば徐々に多くの人間が路頭に迷うことになるだろう。
不自由だらけの人生の中、それでも生きていかなければならない…その、地獄よ。



『ああ…っ、旦那様、旦那様ぁ…』

『はあ、…はあ、いいぞ、もっと…もっと締めろ…!』

『………父上。お楽しみの所申し訳ありませんが…伺いたい事があるのです。
…懇意にしているバチェスト侯爵からの夜会の招待状ですが……僕が父上の名代で参加したので宜しいですか?』

『……そんな事はお前に任せる…ふう、……好きにしろ。』

『バチェスト侯爵は父上にお会いしたいと思うのですが……分かりました。では父上の代わりに僕が参加します。それでいいですね?』

『構わんと言っているだろう!さっさと出て行け。邪魔をするな。』

『…では、失礼します。』


若い頃から色狂いの父は年をとっても尚、盛っている。
一体どれだけ女を囲えばいいのか。もう八人も妻がいるというのにまだ満足していないのか。
新たに迎えた若い妻を、ここ最近父はずっと抱き続けている。


『…色狂いの屑が。』

公爵である自覚もない。おつむはまだまだ、王子だった頃のまま、何の成長もしていないのだろう。
常識人であったマティアスの父、そして女好きである僕の父。
どちらが王に相応しいかなど、そんなもの考えるまでもない。
噂でしか知らないが、父は別に王位に興味があるわけではなかったらしい。
それもそうだろう。あの男は女にしか興味がない。
女を抱けるかそうでないか。その事ばかりだ。
争っていたのは貴族ども。マティアスの父か僕の父か。甘い汁を吸いたい奴らは僕の父を皇帝にしたがった。父が皇帝になれば傀儡に出来ると思ったのだろう。
馬鹿ばかりだ。父が皇帝?普通に考えれば有り得るわけがない。少しの希望もない。
だがその馬鹿な貴族たちは先が全く見えていなかったのか、父が王位を継ぐべきだとのたまったらしい。笑うしかない。

母と結婚したことで賜った公爵位。
その領地は広大で最初こそ父は真面目に賜った領地を治めようとしたらしいが…僕が生まれて数年経てば元通り…いや、色狂いが酷くなった。新たな妻を迎え、日夜色に狂う。
物心が付いてから色んな事を学んだ。
家令に言われ手当たり次第。それが、そこまで来ていた公爵領の破滅を回避せんとする理由だったと気付いたのは八つの頃のことだった。
殆ど放置された政務。急を要するものだけ、父に伺いながら老いた家令がやっていたのだ。

『…これは…王宮へ報告のいるものじゃないのか!?…これもだ……おい、この嘆願書はいつのだ…!?…くそ、何なんだ、この量は…!!』

八つの子供に出来る事にも限界がある。
父の仕事の全てが分かるわけもなく、家令や使用人たちに手伝ってもらう事も多々あった。
子供故に体力にも気力にも限界がある。それでも色に狂った頼りにならない父のした事を、息子である僕が何とかしなくてはと、幼いながらも芽生えていたその責任感だけで動いていた。
学ぶというより、実践だった。間違った選択をした事もかなりあった。
その結果が公爵領に住む民に返る。幼いながら罪悪感に苛まれ、眠れない日もあった。
日中は政務。一段落すれば母の相手。そしてまた政務。夕食を取りながらも見るのは書面。寝る前まで書面の確認。
余りの忙しさに父が第三、第四の母を娶った事にも暫く気付かなかったし弟や妹が生まれていた事にも気付いてなかった。

『お兄様のお顔はどうしてそんなに気持ち悪いの?』

『お前が俺の兄かよー!うげ、気持ち悪い顔!』

『勉学なんかかったるい!兄上がいるんだから俺たちがこんな事しなくてもいいんじゃないのか?』


弟や妹は馬鹿だった。
愚かな事しかその口から出さない、自分たちの身分、その責任も考えた事がない馬鹿ばかり。
何度か手伝えと言った事もある。人手はいつだって欲しいくらいだったからだ。

『お兄様のお手伝い?私、これからお母様と買い物に行くの。だから無理だわ。』

『それは兄上の仕事でしょう?どうして俺が?』

『兄様の足手まといになりますしね。頼まない方がいいですよ、俺には。』

『はあ?俺、これからリリアンナ嬢に誘われてるから。無理ですよ。』


こいつらは分かっているのか。いや、分かっていない。
ドレスも、着飾る為の宝石も、食事もそうだ。
生きる為に金がいる。物がいる。
その金を、今誰が稼いでいると?領地を治める、その収益が公爵家に返ってくる。逆を言えば放置しておけば…その収益はないという事だ。
収益を得る為には土地を、人を守らねばならない。
怠れば人はいなくなり、土地は荒れ、そして誰も住み着かないただの荒れ地になってしまう。
そうなってしまえば、今贅沢をして暮らしている僕やお前たち、そして母たちは皆、生きてはいけないだろう。
下手をすれば誰かに恨まれ酷い扱いを受けるかもしれない。
人は正直な生き物だ。偉くあればすり寄り、価値が無くなれば去っていく。
お前たちが今偉そうに出来ているのも、“公爵家”という巨大な後ろ楯に守られているからだ。
それを一切分かっていない馬鹿共。僕は家族が大嫌いだ。


『そなたが公爵を正式に継げば問題ないだろう。
叔父上は病気療養にでもして何処かへやればいい。
弟妹たちも…やりようはあるだろう?』

『では勅令をくれ。父本人はまだ引退する気はないようだからな。…僕が全ての政務をしている今の実情はもう、形だけの爵位だというのに、その餌が大きいから女たちを囲えるのに味を占めている。
あの状態ではあと十年、いや…父が勃たなくなるまで爵位を継げん。』

『…ああ…であれば…勅令しかないだろうな。
…叔父上は新たな妻を娶ったとか。…変わらない所か酷くなっていないか?』

『ああ。年々な。…何を考えているのか。』

『…ふむ。では準備するか。リュカ。勅令を出す時は事前にそなたに伝えよう。』

『感謝する。』


父の部屋を訪れるといつも聞こえてくる義母の、女の喘ぐ声。
本来であれば、お前たちが父を諌めなくてはならない立場だろうに。
それを一緒になって朝も昼も夜もあんあんと煩い。
母は古くから続く名家、その伯爵家の長女だった。父が新たに妻にした女たちの半数は爵位を持つ家の娘であり、半数が爵位を持たない家の女だ。
爵位のない家に生まれた女たちは仕方がないとして…問題は残り半数だ。…母を含め。
貴族に生まれたのであれば、その意味を考えろと言いたい。
そも、家の管理は貴族の妻として当然だろうに。
皆が皆、父の寵愛を求め牽制し合うしかしていない。
誰が父に呼ばれたか、今父の寵愛を一番受けているのは誰か。
そのことばかりを気にしている。
馬鹿ばかりだ。本当に。馬鹿ばかり。

セックスは子を作るだけの行為だろう?
もう何人も子がいて、まだ足りないのか。
八人も妻がいて、まだ欲しいのか。
九人目の妻にもすぐ飽きるだろう。そういう男だ。
そうしたらまた、新たな若い妻を娶るのか。
年中したくなる程、セックスとはいいものなのか。
経験していないものは分からない。
自慰をする時も、夢中になる程気持ちのいいものと実感した事は今までなかった。
気持ちいいは気持ちいいのかも知れない。
だが、この自慰という行為はあくまで、溜まったものを出すだけの行為だと僕の中では認識している。その程度だった。
父や義母の行為を気持ち悪いと思う。
だが、それほど夢中になれるものなのかと考えると、興味は尽きない。それもこれも、知らないからだ。


けれど僕は今、その行為に夢中になっている。






「…くそ……は、…何だ、これ、…気持ちいい…気持ちよすぎて…っ、おかしいだろうが…!」

「はぁ、はう…ああ、…はげし、…りゅかさま、はげしいっ…!」

「くそっ…くそ…!腰が止まらない…は、…出したくて堪らない、もっと、もっと出したい、なんなんだ、なぜ、こんなに、…っ、く、ぅ…!」


五度目だ。これで五度目の射精。
自慰の時は一度出せば満足した。それなのに、この女との行為ではもう、五回も射精しているにも関わらずまだ出し足りない。
膣の中で射精し、射精してはまた勃つ。
疲れているのにそれでも腰が止まらない。いや、止めたくない。
何もかも意味が分からない。
この美しい女の甘い声が、蕩けるように、悦びに歪んだ表情が、魅惑的な肉体全てが腰にくる。
腰から背中を通り、頭を刺激する。
目も、耳も、匂いも感触も。全てが、この行為を続けさせたいと思う要素になっている。


だらりと力を失っている裸体が月夜に照らされ、美しい。官能的で、美しいのにいやらしい。
陰茎を引き抜けばどろりとした塊が女の中から溢れ落ちる。
女の、サイカの膣口と、僕の先が糸を引いている。
その光景も堪らなかった。
その光景を見れば、垂れ下がった陰茎がまた上向く。
溢れた精液を掬い、陰茎に塗り込むとまた、サイカの膣内へゆっくり沈めた。


「ああ…また……また入ってきたぁ…」

「そうだ。また入った。…お前のはら、すごい事になっているな……はは、僕ので膨らんでる…」

「やあ……それ、りゅかさまの、が、…、からで、」

「僕のが…何だって?」

「…っ、あんっ…!」

「ふ、ふとい、の、…りゅかさまの、ふといぃ…!」

「…くそ、…堪らないな…お前、」


これでは父と同じではないか。
いや、けれど決定的に違うこともある。
僕は自分の責任を放棄したりしない。
やらねばならない事を疎かにしたりは決してしない。
そうだな、マティアス。お前も、この女に会う為に一切を疎かにはしないんだ。


「……ああ…お前のなかは…本当に、気持がちいいな……はは、…これは…狂う…何度でも、出る…っ、」


初対面は互いに最悪だっただろう。
僕はサイカ、お前を偏見の目で見ていた。
お前は僕の態度が気に入らなかった。
お前に怒られ、感じたのは腹立たしさよりも不思議な気持ちだった。
驚きと、安堵だ。
自分でも意味が分からなかった。

帰れば帝都へ来るにも面倒になる。
宿を取って、思い返し、考えた。


「…お前は言ったなっ…自分の人生を、受け入れていると……はっ、…僕は、抗いたかったっ…でも、実際は何も、していなかった…!」


サイカは言った。まさか自分が娼婦になるとは思ってなかったと。
信じられないとも思ったと。
それでもお前は、その娼婦の仕事を、万人には受け入れられない仕事を、楽しんでいるとも言った。
マティアスに会えたのも娼婦で、それが嬉しいと。
苦労も喜びもあると。
初めて考え、そして気付く事があった。

誰かの不幸を望む僕が、自分の不幸を変えられるわけがなかった。
同じ所に落ちてくれと、そのまま落ちたままでいてくれとマティアスに望んでいた僕は、僕自身もその場に留まらせていた。

“人生のなんと素晴らしいことか!”

この女は自分の人生を良い方向へ変える事を自然とやってのけたのだ。
売られ、不幸な娼婦のままでいるのではなく、娼婦でいる自分に喜びを与え、自らの幸せを掴もうとしている。
その生き方は眩しいくらいに輝いて見える。


「…なあ、…っ、僕は、あの牢獄から、出られると思うか…?
お前は…どうして、どうやって、娼婦になって、不幸な自分に…喜びを見い出せた…」

どうすればいいかも分からない。
あの可哀想なひとを、切り捨てる事も出来ない。
助けてほしい。マティアスも、お前が変えたんだろう?
なら、僕も助けてくれ。僕も変えてくれ。
深い沼に嵌まって身動きの取れない僕を、動けるようにしてくれ。


「…ふ、あっ……、はぁ、はぁ…、…そんなの、もともと、ふこう、だって、思って、ないもの…」

「…は…?」

「…わたしの、こころは、わたしのもの、…わたしが、じゆうだって、おもったら、…じゆうなのよ……どんな、ひとも、ひとの、こころまで、じゆうに、できないから、…こころだけは、いつも、じゆう、だもの、」

「……心は、自由…?」

「…だれにだって、いきてれば、しがらみも、りふじんだとおもうこと、だって、とうぜん、ある…それがおおきいか、ちいさいか、それも、ほんにんが、きめること…わたし、も、じぶんで、きめた…きめて、きょうまで、いきてる…」

「………。」

「りゅかさま、…りゅかさまの、こころは、りゅかさまだけのもの…だれにも、しはい、できない…ほんとは…。
じぶんのちからで、じんせいをかえるの、だれか、まかせは、せきにんを、もたないから…じぶんの、じんせい、じぶんで、せきにん、とる…じぶんの、したこと、すること、じぶんで、せきにん、とる…」

そうすれば、後悔しても自分がしたことだから受け入れられる。
目の前の女はそう言った。


「は…はは、…ははははは…!…そうか、…そう、そうだな…お前の言う通りだ…。
僕の人生を、誰かが背負うわけもない…誰かの人生を、誰かが背負う、責任を負うわけがない。
お前は…それを知っているんだな…。」


マティアス。こいつはとんでもない女だぞ。
どこの世界に、こんな自由な、でも自立した考えを持つ女がいる。
自分の人生は自分で決め、後悔のないように生きている人間がどのくらいいる。
それを実際にしてのける人間が、一体どれほど…。
不幸を不幸と思わず、自由よりも不自由が勝る世界で喜びを見つけ、勝手に幸せになる。
眩しい生き方だ。強い女だと思った。
人は流され生きる方が多い。その方が楽だからだ。
この女は流されるにしても、ただ流されるだけじゃない。流されながら、いや、流れながら自分の幸せを探し、見つけ、掴む事が出来る女だ。

「…マティアスがお前に会いたがるわけだ。」

誑かされたのではない。
ただ優しくしてもらって、言葉や体で懐柔されたのでもない。
この女の本質にマティアスは触れたんだ。
美しいだけじゃなく、その心の輝きに触れたんだ。柔軟な考え。自由な考え。それはほんの一部ではあるかもしれないがそういったものを感じたのだろう。
優しさの中に、言葉の中に、行為の中に。
サイカと過ごす時間の中で、それを感じる瞬間があったのだと気付いた。

「…大金貨が安く感じるな。」

ある意味こいつは化け物かもしれない。
馬鹿は僕の方だった。
低俗?いいや違う。こいつは恐らく聡い。
自分で考え、問題を解決出来る能力がある。考える能力を持つというのは、貴重だ。
先ほどの言葉の中で、その能力があると知れた。


「…僕は誰かに止めて欲しかった。母に怒られたかった。
当たり前の事を言って、咎めてほしかった。
人を貶めるなと、そんな無駄な事は止めろと…本当は言ってほしかった。」

「…では、やめてください…もう。自分を落とすのは…これきりに、して。一緒になっては、だめ…」

「…ふ…そうだな。…もう、母は変わらないだろう。ああまで壊れてしまえば…。
だからこれ以上壊れないように、母の言う通り…一緒になって…母の言葉に共感するようにしてきた…それが、どんどん戻れない所まで落ちて…落としていると気付かずに…。」

「…じゃあ、あとは這い上がるだけですね…。」

「その這い上がる、が大変そうなんだが。」




進めと、僕自身が言っている。
重たい、重たい荷が、僕を引きずり込もうとする母の手が、離れていく。
光が射し込む場所へ手を伸ばせば、牢獄の鍵が僅かに開いた気がした。
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