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47 サイカと四人の男たち&お義父様③
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お互いの健闘を称えあっているのか、決勝戦で戦った相手と握手を交わすカイル様。
御前試合はカイル様の勝利で終わり、私はディーノ様と一緒にクライス侯爵領へ戻った。…一つのもやもやを残したまま。
「…はぁ。」
枕を抱え、ごろんとベッドに寝転ぶ。
お屋敷に帰ってきてもう四日も経つのに、考えるのはマティアス様の隣に座っていた女性の事だ。
恐らく、いや絶対にあの女性はマティアス様の奥さんだろう。…奥さん?…側妃か。まあ奥さんには変わりない。
遠目から見ても周りと同じようにぽっちゃり糸目である事は分かったのだけど…だけど可愛らしい人だとも思った。
ぽっちゃりだけど凄く小さくも見えて…なんと言うか、小動物のような感じの人だった。
「…うう……もやもやする…」
どうしてだろうか。
マティアス様に奥さんがいると聞いた時は大事にしないなら私が貰ってやるわ!と強気でいられたのに…今は凄く、不安で仕方ない。
不安というか…何だろう。そう、とても嫌なのだ。
並んでいるのを見るのが。マティアス様をちらちらと見ていたのが。
どうしたって事実だと実感してしまう。
あの女がマティアス様の“側妃”だと。
実感したら…もう、ショックだった。
「はぁ……全然、スッキリしない…」
「何がだ。」
「!!?え、リュカ様!?いつからいました!?」
「先程だ。ノックはしたぞ。ああ…それと。クライス候は少し用があると出掛けられた。
夕刻には戻るとのことだ。」
「…出掛け…?」
「お前の元気がないのを気にしていた様子だったぞ。」
「え!?」
「お前たちは下がれ。」
「ですが…」
「何かあれば呼ぶ。それに、扉は開けたままにしておく。…それなら文句はないだろう?」
「…畏まりました。…レジーヌ、行きますよ。失礼致します。公爵様、サイカ様を宜しくお願い致します。」
「では!失礼します!」
リリアナさんとレジーヌさんを下がらせ、リュカ様はどかりとソファーに座る。
隣をぽんぽんと叩き、ソファーに座るよう私に促す。
「…失礼します。」
「それで?何をもだもだ言っていたんだ?
特別に僕が聞いてやろう。」
「?」
「きょとんとするんじゃない。何か悩んでいるのだろう?
内容までは恐らく分かっていないと思うが…クライス候も気付いているぞ。まあ、だから出掛けたのだろうが。」
言ってみようか、言わないでおくか。
果たして、言ってどうこうなるのか。
そんな事を一瞬思ったけれど、ああ違うと首を振る。
カイル様にも言われたじゃないか。甘えてほしいって。
リュカ様からの手紙にも同じような事が書かれてあった。
“何かあれば頼れ”“辛いなら呼べ”“一人で泣くくらいなら僕を呼べ”
例え誰かに話して解決しなかったとしても、話すだけで心が軽くなる事を知っている。…大人になってからそうしなくなっただけで。
カイル様もリュカ様も。私が悩みを話してもそれを煩わしいとか面倒くさいとか、そういった事はきっと思わない人だ。
「…ええと、悩み……と言いますか…もやもやしているだけと言いますか…」
「何だ。」
「……ええと、この前…ディーノ様と御前試合を見に行ったんです。
そこで…マティアスの隣に座っていた女性を見てから…こう、何かこう…もやっと、」
「……その女が気になるか?」
「………はい。彼女は…マティアスの奥さんですよね?」
「何だ。側妃に罪悪感でも沸いているのか?
なら気にしなくともいい。あの女も好きにやってるんだ。
マティアスがプライベートでお前に会いに来ているのだから、罪悪感が沸く必要もないぞ?」
「いえ…そうではなく…」
「…ふん。冗談だ。あの女はアスガルト国の第一王女…ルシア・カルビナ・アスガルト。
アスガルトは小国でな。周辺ではまだ戦争をしている国もあって、大国の庇護がなければすぐ滅ぶ。」
「……。」
「マティアスはあの見目だろう?…まあ、俺もだが。
マティアスは王になった。国を存続させていかなければならない。
マティアスが生きている内は問題ないが…遅かれ早かれ、後継者の問題が出てくる事はあいつもよく分かっていた。
…醜い容姿を受け入れてくれる奇特な女はそうそういない。だから…丁度良かったのだろう。」
「…そう、ですか。」
私は、マティアス様の奥さんの事を知ってどうしたいんだろう。
どうしようも出来ないのに、どうにか出来るわけもないのに。
知って、どうしようと。…何故、知りたいのだろう。気になって仕方ないのだろうか。
「…マティアスに側妃がいる事を知らなかったわけではないな?」
「はい。…随分前に…話してくれました。…隠しておきたくはないと…。
だから、知ってはいました。」
「………その時は…どう思ったんだ。」
「え?」
「あの女の話を聞いた時は、どう思った。」
「…マティアスの奥さんに、少しの罪悪感を。
だけど、マティアスを大切にしてはいないと聞いて…次には腹立たしさが。」
「…では、今は。」
「…今…は、」
今は…悲しい。苦しい。胸が痛い。
悲しくて、苦しくて、泣きたくなるようなそんな感情。
それだけじゃなく苛立ちやムカつきも。
自分が嫌な人間になった気分だ。
「…まぁ。僕だって知識も経験も余りないが……今、お前が感じているような気持ちは分からんでもない…。…というか、その方面に疎い僕でさえ何となく理解出来ているというのに…鈍感だな。」
「…鈍感?」
「…面白くない。」
眉間に皺を寄せながら考えるように黙り混むリュカ様。
「…マティアスだけか…?それとも、」
「…リュカ様…?」
落としていた視線を私へ向けたリュカ様の、何かを探るようなその視線に居たたまれなくなる。
「…サイカ。今日は大事な話があったんだ。」
「?…何でしょう?」
「…実はな…黙っていたが…僕には婚約者がいる。」
「…え!?」
「それで、だ。結婚に向け色々準備もしなくてはならない。」
「…リュカ様は…その方を…」
「家同士の政略結婚だ。好きとか、そういう気持ちになった事はないが……だが、醜い僕の妻になる女だ。…大切にしたい。精一杯愛し、支えたい。
話というのは…コホン。…そうなるとだ。今後、お前には会えなくなるだろう。」
「………え…、」
「この国では重婚が当たり前に認められている。男も女も、権力や金のある人間が複数の伴侶を持つ事は珍しいことでもない。
だが、僕の母が父に苦しめられたのは…もう知っているな?」
「……はい、」
「それはただ、沢山の妻がいたからではない。
父の気持ちが母へ無かったからだ。
確かに僕も、婚約者への愛情とやらはない。
だが、大切にしてやりたいと思っている。だからサイカ、お前には会わない。…もう、二度と。」
会えない。ではなく会わないとリュカ様は言った。
仕方なくではなく、リュカ様自身で決めたのだと、…そう、言っている。
会えない。いや、会わない。二度と。もう二度と。
リュカ様は私には会わない。
結婚する女性を大切にする為に。愛情はないと言う“妻”を、大切にする為に。
瞬間、私の目からは大粒の涙が溢れた。
私の隣に座るリュカ様の姿が涙で滲んで、よく見えなくなる程の、大粒の涙が。
どうして泣いているのだろう。
素敵なことではないか。
奥さんを大切にしたいというリュカ様の言葉は、とても、素晴らしいものじゃないか。
それなのにどうして。…どうして、こんなに苦しいのだろう。
嫌だと、思うのだろう。
マティアス様の奥さんに感じている気持ちと同じように、嫌だと思っているのだろう。
「…そ、う、…なん、ですね。…リュカさまの、その気持ち、…素敵だって、思います…」
そう。そう思っている。
素敵だと思っているのが半分。もう半分は会わないなんて言わないで。そんな、浅ましい気持ちだった。
「……お前。……僕に、会えなくなるのがそんなに嫌か…?」
「……っ、」
「なあ。どうなんだ?」
「………。」
「答えろサイカ!嫌なのか!?」
「……嫌、です、」
「僕に、婚約者がいると知って…苦しいか?」
「………はい、」
「僕が、その女を大切にすると言って、……悲しくなったのか?」
堪らなくなって、こくりと頷く。何度も。
ぼろぼろと涙を流しながらリュカ様の質問に答える。
こんな気持ち、みっともない。浅ましい。
人の幸せを嫌だと思う自分が、とても嫌な人間に思える。
こんな気持ちに今までなった事がなかった私は、この、処理出来ない負の感情に酷く混乱していた。
「…泣くな。…いや、泣かせたのは僕か。
……悪かった。試しすぎた。」
「………ためす…?」
「ああ。僕に婚約者はいないし結婚の予定も今の所全くない。
…僕の相手をしてもいいという奇特な女は…お前くらいしかいないしな。」
「……。」
「だが、…お前のその泣き顔は可愛い。
ベッドの中ではないお前の泣き顔を初めてみたが……可愛かった。」
「………いない?…婚約者、結婚も、」
「ああ。…試して悪かった。…知りたかったんだ。
その気持ちが、マティアスだけなのか…僕にも、当てはまるのかを。
…優勢なのはマティアスに変わりないだろう。
でも、悪くない結果だ。」
それはそれは嬉しそうに、目尻を赤くさせて広角を上げるリュカ様。
何がそんなに嬉しいのか。私は凄く悲しかったのに、とじとりと睨む。
「なぁサイカ。…お前、嫉妬したんだな。
マティアスの“側妃”や、いもしない僕の“婚約者”に。心は正直なのに、頭で考えようとするから、理解出来なかったんだな。」
「嫉妬……私、…嫉妬して…?」
「ああそうだ。…僕もな、頭で考えていたから理解出来ない事があった。…お前への気持ちとかな。
だけど…心に、素直に従ってみたら…すぐ、答えは出た。……サイカ。目を閉じろ。」
リュカ様に言われたままに、ゆっくりと目を閉じる。
「想像してみろ。お前の前に、マティアスと僕がいる。…お前の前に立っているんだ。」
「……はい。」
「…マティアスと僕がお前以外の他の女を抱くとする。相手は娼婦でもいいさ。娼館へ行き、その娼婦が僕たちのような醜い容姿でも構わないと思っている女だったとして。
…その娼婦に…好きだと好意を伝える。抱きながら、抱き締め合いながら。
自分ではなく、他の女と、だ。」
想像した。私以外の女を抱いているのを想像した。
愛している、好き、大好き。私にそうしているように、好意の言葉を、甘い言葉を伝えながら…キスをして、体を重ねる。
「…嫌か?それとも…仕方がないと思うか…?」
嫌だ。ああ、嫌だ…。マティアス様もリュカ様も。カイル様もヴァレリア様も。
私以外の女に会って、笑うの?同じように過ごすの?
そんなの、嫌だ。すごく嫌だ。
他の女を抱いたりしないで。
キスをしないで。抱き締めないで。
愛しているも、好きも大好きも伝えないで。
嫌だ。だって、だって。
「……好き、なのに。」
「……。」
「好きだから、大好きだから。人としてじゃなくて、男としても、そうだけど、……家族とも、友達とも、親しい人たちとも、“違う好き”だから、」
「…は、はは……ははは!お前、僕が大好きだったんだな!
僕だけじゃないが…僕の事を、男として、“恋する対象”で見ていたんだな…!!」
じわじわ。じわじわ。
急激に恥ずかしくなって、リュカ様の顔を見られない。
「あ、ああ、あああ……!?わ、私、私…!?」
「…ぶふっ……お前、…そんな可愛い反応…!」
「わ、私、私…、す、好き…!?“恋”の、好き…!?」
いや、元々好きだ大好きだとは思っていたけれどまさかそれが“恋”だなんて…。
私以外の人とそういう事をしていると思うと嫉妬して、嫌だ嫌だと、辛い悲しいと心が落ち着かない。
胸がぎゅっと痛んで、切なくなる。
いもしない、想像の相手に腹を立て、苛立つ。
「……好き…リュカ様が、…好き…?
恋を、しているの…私?リュカ様に…皆に、…皆が、…私以外を、抱くの…?」
「……」
恋かもしれない。そうかもしれない。
そう思うと、胸の中に色んな感情が溢れてくる。
色んな感情が交じったものが、どんどん大きくなっていく。
「嫌……リュカ様、嫌…、…私以外の女と、そんな事しないで……嫌なの、…私以外の女、抱き締めないで、…キスしないで、…抱いたりしないで…私だけ、…私だけにして、……でも、幸せにもなってほしい、だけど、苦しい、嫌だ…どうしよう、リュカ様、…わ、私、…すごく…嫌な人間だ…」
「…ああもう……、お前は…!いちいち可愛過ぎるだろうが!!」
痛いくらい強く抱き締められ、私もリュカ様の背中、服をぎゅううと掴む。
「好きだけでいい!他は何も考えるな!嫌な人間?上等だ!お前が悪女でも僕は構わない!男を誑かす悪女なら、それがお前の本質であっても、僕は喜んで受け入れてやるさ!
いいかサイカ。よく聞け。僕はお前が好きだ。お前に“恋”をしている。それから…お前が、僕に“恋”をしているなら…もう、遠慮しない。」
「……。」
「お前は、僕の女だ。
お前が僕を好きなら…何の問題もないな?
マティアスの女であり、僕の女でもある。
…他も、お前が好きであれば認めてやらんこともない。」
「でも、」
「でももだっても聞かないぞ。それでいいんだ、今は。十分だからな。
それから安心しろ。僕はお前しか抱かないしお前以外に相手をしてもらおうとも思わない。
お前以外抱きたいとも思ってない。」
「……リュカ様…」
「お前は言ったな。娼婦はまだ続けると。
それでもいい。恩を返したいなら満足するまで娼婦でいても構わない。
但し、待たせ過ぎるな。恩を返し終わったら、お前がいいと思ったら。……その時は…娼婦を辞めろ。
それまでは、…我慢してやる。」
いいな?と問われ、私は頷く。
ただただ。リュカ様の深く、吸い込まれそうな緑の目をじっと見ながら。
これは現実なのか、それとも夢なのかと、ふわふわとした気持ちで頷いた。
御前試合はカイル様の勝利で終わり、私はディーノ様と一緒にクライス侯爵領へ戻った。…一つのもやもやを残したまま。
「…はぁ。」
枕を抱え、ごろんとベッドに寝転ぶ。
お屋敷に帰ってきてもう四日も経つのに、考えるのはマティアス様の隣に座っていた女性の事だ。
恐らく、いや絶対にあの女性はマティアス様の奥さんだろう。…奥さん?…側妃か。まあ奥さんには変わりない。
遠目から見ても周りと同じようにぽっちゃり糸目である事は分かったのだけど…だけど可愛らしい人だとも思った。
ぽっちゃりだけど凄く小さくも見えて…なんと言うか、小動物のような感じの人だった。
「…うう……もやもやする…」
どうしてだろうか。
マティアス様に奥さんがいると聞いた時は大事にしないなら私が貰ってやるわ!と強気でいられたのに…今は凄く、不安で仕方ない。
不安というか…何だろう。そう、とても嫌なのだ。
並んでいるのを見るのが。マティアス様をちらちらと見ていたのが。
どうしたって事実だと実感してしまう。
あの女がマティアス様の“側妃”だと。
実感したら…もう、ショックだった。
「はぁ……全然、スッキリしない…」
「何がだ。」
「!!?え、リュカ様!?いつからいました!?」
「先程だ。ノックはしたぞ。ああ…それと。クライス候は少し用があると出掛けられた。
夕刻には戻るとのことだ。」
「…出掛け…?」
「お前の元気がないのを気にしていた様子だったぞ。」
「え!?」
「お前たちは下がれ。」
「ですが…」
「何かあれば呼ぶ。それに、扉は開けたままにしておく。…それなら文句はないだろう?」
「…畏まりました。…レジーヌ、行きますよ。失礼致します。公爵様、サイカ様を宜しくお願い致します。」
「では!失礼します!」
リリアナさんとレジーヌさんを下がらせ、リュカ様はどかりとソファーに座る。
隣をぽんぽんと叩き、ソファーに座るよう私に促す。
「…失礼します。」
「それで?何をもだもだ言っていたんだ?
特別に僕が聞いてやろう。」
「?」
「きょとんとするんじゃない。何か悩んでいるのだろう?
内容までは恐らく分かっていないと思うが…クライス候も気付いているぞ。まあ、だから出掛けたのだろうが。」
言ってみようか、言わないでおくか。
果たして、言ってどうこうなるのか。
そんな事を一瞬思ったけれど、ああ違うと首を振る。
カイル様にも言われたじゃないか。甘えてほしいって。
リュカ様からの手紙にも同じような事が書かれてあった。
“何かあれば頼れ”“辛いなら呼べ”“一人で泣くくらいなら僕を呼べ”
例え誰かに話して解決しなかったとしても、話すだけで心が軽くなる事を知っている。…大人になってからそうしなくなっただけで。
カイル様もリュカ様も。私が悩みを話してもそれを煩わしいとか面倒くさいとか、そういった事はきっと思わない人だ。
「…ええと、悩み……と言いますか…もやもやしているだけと言いますか…」
「何だ。」
「……ええと、この前…ディーノ様と御前試合を見に行ったんです。
そこで…マティアスの隣に座っていた女性を見てから…こう、何かこう…もやっと、」
「……その女が気になるか?」
「………はい。彼女は…マティアスの奥さんですよね?」
「何だ。側妃に罪悪感でも沸いているのか?
なら気にしなくともいい。あの女も好きにやってるんだ。
マティアスがプライベートでお前に会いに来ているのだから、罪悪感が沸く必要もないぞ?」
「いえ…そうではなく…」
「…ふん。冗談だ。あの女はアスガルト国の第一王女…ルシア・カルビナ・アスガルト。
アスガルトは小国でな。周辺ではまだ戦争をしている国もあって、大国の庇護がなければすぐ滅ぶ。」
「……。」
「マティアスはあの見目だろう?…まあ、俺もだが。
マティアスは王になった。国を存続させていかなければならない。
マティアスが生きている内は問題ないが…遅かれ早かれ、後継者の問題が出てくる事はあいつもよく分かっていた。
…醜い容姿を受け入れてくれる奇特な女はそうそういない。だから…丁度良かったのだろう。」
「…そう、ですか。」
私は、マティアス様の奥さんの事を知ってどうしたいんだろう。
どうしようも出来ないのに、どうにか出来るわけもないのに。
知って、どうしようと。…何故、知りたいのだろう。気になって仕方ないのだろうか。
「…マティアスに側妃がいる事を知らなかったわけではないな?」
「はい。…随分前に…話してくれました。…隠しておきたくはないと…。
だから、知ってはいました。」
「………その時は…どう思ったんだ。」
「え?」
「あの女の話を聞いた時は、どう思った。」
「…マティアスの奥さんに、少しの罪悪感を。
だけど、マティアスを大切にしてはいないと聞いて…次には腹立たしさが。」
「…では、今は。」
「…今…は、」
今は…悲しい。苦しい。胸が痛い。
悲しくて、苦しくて、泣きたくなるようなそんな感情。
それだけじゃなく苛立ちやムカつきも。
自分が嫌な人間になった気分だ。
「…まぁ。僕だって知識も経験も余りないが……今、お前が感じているような気持ちは分からんでもない…。…というか、その方面に疎い僕でさえ何となく理解出来ているというのに…鈍感だな。」
「…鈍感?」
「…面白くない。」
眉間に皺を寄せながら考えるように黙り混むリュカ様。
「…マティアスだけか…?それとも、」
「…リュカ様…?」
落としていた視線を私へ向けたリュカ様の、何かを探るようなその視線に居たたまれなくなる。
「…サイカ。今日は大事な話があったんだ。」
「?…何でしょう?」
「…実はな…黙っていたが…僕には婚約者がいる。」
「…え!?」
「それで、だ。結婚に向け色々準備もしなくてはならない。」
「…リュカ様は…その方を…」
「家同士の政略結婚だ。好きとか、そういう気持ちになった事はないが……だが、醜い僕の妻になる女だ。…大切にしたい。精一杯愛し、支えたい。
話というのは…コホン。…そうなるとだ。今後、お前には会えなくなるだろう。」
「………え…、」
「この国では重婚が当たり前に認められている。男も女も、権力や金のある人間が複数の伴侶を持つ事は珍しいことでもない。
だが、僕の母が父に苦しめられたのは…もう知っているな?」
「……はい、」
「それはただ、沢山の妻がいたからではない。
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確かに僕も、婚約者への愛情とやらはない。
だが、大切にしてやりたいと思っている。だからサイカ、お前には会わない。…もう、二度と。」
会えない。ではなく会わないとリュカ様は言った。
仕方なくではなく、リュカ様自身で決めたのだと、…そう、言っている。
会えない。いや、会わない。二度と。もう二度と。
リュカ様は私には会わない。
結婚する女性を大切にする為に。愛情はないと言う“妻”を、大切にする為に。
瞬間、私の目からは大粒の涙が溢れた。
私の隣に座るリュカ様の姿が涙で滲んで、よく見えなくなる程の、大粒の涙が。
どうして泣いているのだろう。
素敵なことではないか。
奥さんを大切にしたいというリュカ様の言葉は、とても、素晴らしいものじゃないか。
それなのにどうして。…どうして、こんなに苦しいのだろう。
嫌だと、思うのだろう。
マティアス様の奥さんに感じている気持ちと同じように、嫌だと思っているのだろう。
「…そ、う、…なん、ですね。…リュカさまの、その気持ち、…素敵だって、思います…」
そう。そう思っている。
素敵だと思っているのが半分。もう半分は会わないなんて言わないで。そんな、浅ましい気持ちだった。
「……お前。……僕に、会えなくなるのがそんなに嫌か…?」
「……っ、」
「なあ。どうなんだ?」
「………。」
「答えろサイカ!嫌なのか!?」
「……嫌、です、」
「僕に、婚約者がいると知って…苦しいか?」
「………はい、」
「僕が、その女を大切にすると言って、……悲しくなったのか?」
堪らなくなって、こくりと頷く。何度も。
ぼろぼろと涙を流しながらリュカ様の質問に答える。
こんな気持ち、みっともない。浅ましい。
人の幸せを嫌だと思う自分が、とても嫌な人間に思える。
こんな気持ちに今までなった事がなかった私は、この、処理出来ない負の感情に酷く混乱していた。
「…泣くな。…いや、泣かせたのは僕か。
……悪かった。試しすぎた。」
「………ためす…?」
「ああ。僕に婚約者はいないし結婚の予定も今の所全くない。
…僕の相手をしてもいいという奇特な女は…お前くらいしかいないしな。」
「……。」
「だが、…お前のその泣き顔は可愛い。
ベッドの中ではないお前の泣き顔を初めてみたが……可愛かった。」
「………いない?…婚約者、結婚も、」
「ああ。…試して悪かった。…知りたかったんだ。
その気持ちが、マティアスだけなのか…僕にも、当てはまるのかを。
…優勢なのはマティアスに変わりないだろう。
でも、悪くない結果だ。」
それはそれは嬉しそうに、目尻を赤くさせて広角を上げるリュカ様。
何がそんなに嬉しいのか。私は凄く悲しかったのに、とじとりと睨む。
「なぁサイカ。…お前、嫉妬したんだな。
マティアスの“側妃”や、いもしない僕の“婚約者”に。心は正直なのに、頭で考えようとするから、理解出来なかったんだな。」
「嫉妬……私、…嫉妬して…?」
「ああそうだ。…僕もな、頭で考えていたから理解出来ない事があった。…お前への気持ちとかな。
だけど…心に、素直に従ってみたら…すぐ、答えは出た。……サイカ。目を閉じろ。」
リュカ様に言われたままに、ゆっくりと目を閉じる。
「想像してみろ。お前の前に、マティアスと僕がいる。…お前の前に立っているんだ。」
「……はい。」
「…マティアスと僕がお前以外の他の女を抱くとする。相手は娼婦でもいいさ。娼館へ行き、その娼婦が僕たちのような醜い容姿でも構わないと思っている女だったとして。
…その娼婦に…好きだと好意を伝える。抱きながら、抱き締め合いながら。
自分ではなく、他の女と、だ。」
想像した。私以外の女を抱いているのを想像した。
愛している、好き、大好き。私にそうしているように、好意の言葉を、甘い言葉を伝えながら…キスをして、体を重ねる。
「…嫌か?それとも…仕方がないと思うか…?」
嫌だ。ああ、嫌だ…。マティアス様もリュカ様も。カイル様もヴァレリア様も。
私以外の女に会って、笑うの?同じように過ごすの?
そんなの、嫌だ。すごく嫌だ。
他の女を抱いたりしないで。
キスをしないで。抱き締めないで。
愛しているも、好きも大好きも伝えないで。
嫌だ。だって、だって。
「……好き、なのに。」
「……。」
「好きだから、大好きだから。人としてじゃなくて、男としても、そうだけど、……家族とも、友達とも、親しい人たちとも、“違う好き”だから、」
「…は、はは……ははは!お前、僕が大好きだったんだな!
僕だけじゃないが…僕の事を、男として、“恋する対象”で見ていたんだな…!!」
じわじわ。じわじわ。
急激に恥ずかしくなって、リュカ様の顔を見られない。
「あ、ああ、あああ……!?わ、私、私…!?」
「…ぶふっ……お前、…そんな可愛い反応…!」
「わ、私、私…、す、好き…!?“恋”の、好き…!?」
いや、元々好きだ大好きだとは思っていたけれどまさかそれが“恋”だなんて…。
私以外の人とそういう事をしていると思うと嫉妬して、嫌だ嫌だと、辛い悲しいと心が落ち着かない。
胸がぎゅっと痛んで、切なくなる。
いもしない、想像の相手に腹を立て、苛立つ。
「……好き…リュカ様が、…好き…?
恋を、しているの…私?リュカ様に…皆に、…皆が、…私以外を、抱くの…?」
「……」
恋かもしれない。そうかもしれない。
そう思うと、胸の中に色んな感情が溢れてくる。
色んな感情が交じったものが、どんどん大きくなっていく。
「嫌……リュカ様、嫌…、…私以外の女と、そんな事しないで……嫌なの、…私以外の女、抱き締めないで、…キスしないで、…抱いたりしないで…私だけ、…私だけにして、……でも、幸せにもなってほしい、だけど、苦しい、嫌だ…どうしよう、リュカ様、…わ、私、…すごく…嫌な人間だ…」
「…ああもう……、お前は…!いちいち可愛過ぎるだろうが!!」
痛いくらい強く抱き締められ、私もリュカ様の背中、服をぎゅううと掴む。
「好きだけでいい!他は何も考えるな!嫌な人間?上等だ!お前が悪女でも僕は構わない!男を誑かす悪女なら、それがお前の本質であっても、僕は喜んで受け入れてやるさ!
いいかサイカ。よく聞け。僕はお前が好きだ。お前に“恋”をしている。それから…お前が、僕に“恋”をしているなら…もう、遠慮しない。」
「……。」
「お前は、僕の女だ。
お前が僕を好きなら…何の問題もないな?
マティアスの女であり、僕の女でもある。
…他も、お前が好きであれば認めてやらんこともない。」
「でも、」
「でももだっても聞かないぞ。それでいいんだ、今は。十分だからな。
それから安心しろ。僕はお前しか抱かないしお前以外に相手をしてもらおうとも思わない。
お前以外抱きたいとも思ってない。」
「……リュカ様…」
「お前は言ったな。娼婦はまだ続けると。
それでもいい。恩を返したいなら満足するまで娼婦でいても構わない。
但し、待たせ過ぎるな。恩を返し終わったら、お前がいいと思ったら。……その時は…娼婦を辞めろ。
それまでは、…我慢してやる。」
いいな?と問われ、私は頷く。
ただただ。リュカ様の深く、吸い込まれそうな緑の目をじっと見ながら。
これは現実なのか、それとも夢なのかと、ふわふわとした気持ちで頷いた。
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