平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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84 それぞれの、今とこれから クラフ家

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そのひとは春のように温かく、夏のように煌めいて。
感受性の高い心は秋のようで、瞳は冬の星空のように澄んでいた。

クラフ公爵家に突然訪れた疾風はやてのようなひと
過ぎ去ってみれば…通り過ぎた道に小さな芽がそこかしろにぽつりぽつりと。
旦那様が恋人だと紹介して下さったサイカ・クライス侯爵令嬢はそんな方だった。


「…ふ、皆張り切ってるなぁ。」


思わず笑みが漏れる。
今は空き部屋になっている沢山の部屋。
ベッドやソファーや何から何まで使用人総出で部屋の中にあった家具や荷物を引っ張り出したのは先日の事。
そして今は、屋敷の改修工事中だったりする。
…まあ、改修については私が提案した部分もあるけれど。


『つかぬことを伺うのですが…旦那様、サイカ様の…いえ、未来の奥様の部屋はどうするおつもりで?』

『!?……しまった。僕とした事が…。』


通常、恒例であれば公爵を継いだ旦那様の奥方になられる方の部屋は前奥方の部屋を引き継ぐ。
それはその部屋がこの屋敷で広間やダイニングを除き二番目に広い部屋だから。
一番広い部屋は屋敷の主人である旦那様の部屋。
二番目に広い部屋を奥方、正妻の部屋となるけれど、大旦那様は少し…いやかなり変わった方だったから、正妻の大きな部屋は固定ではなかった。
その時にお気に入りの妻が二番目の大きな部屋を使う。
その度私たち使用人は家具を運び出し運び入れるという大変な作業が待っているのだけれど…大旦那様も奥様たちも私たちの苦労や不満など関係ないと思う人たちだ。
大旦那様が娶る方は貴族もいれば平民もいた。
村や町に美女がいると聞けば呼びつけ、気に入れば妻にする。
嫌々嫁いだ人もいるだろうが…結局は贅沢な暮らしが気に入り現状に収まる。
最初こそ慎ましい、汐らしい平民女性も数ヵ月経てば元々平民だった事実などなかったかのように傍若無人に振る舞った。
私たちは疲れていた。クラフ公爵家の人々に仕えることに。
それでも辞めなかったのは生活があるから。給金が良いこと、そして旦那様がいたからだろうか。
旦那様は憐れになる程身を粉にして広大な領地を守っていた。
それこそ八つの頃から寝る間も惜しんで政務に当たっていたと祖父から聞いていた。
いつも机に向かって黙々と仕事をしている旦那様を見ていると、危うく感じて。この方を支えなくてはとそんな気持ちになる。

クラフ公爵家は毎日毎日不満を漏らしたくなる程最低な人間が集まっていた。
大旦那様は女と性行の事しか頭にない。
奥様たちはそんな大旦那様を諌めるでもなく、言いなり所か寵愛を競う始末。
その子供たちもまた、自分の事しか考えていない…とても高位貴族であるとは思えない人間。
そんな最低の人間たちの中で旦那様だけが唯一まともだった。
否、旦那様もまたどこか狂った部分がある。
けれど旦那様だけが、領地に暮らす人々の事を考えていた。

令嬢は言った。
自分たちが毎日平和に楽しく過ごせていたのはその傍らで旦那様が一人で苦しみを背負い耐えていたからだとどうして考えないのかと。
本当にその通りだと思った。
何も考えず当たり前のように。あるのがさも当然のように使っていたお金は旦那様が寝る間も惜しんで領地を立て直したもの。
平和に過ごしていられるのは旦那様がこの地に住む人々に何度も頭を下げたから。

『…もう、見ている此方が代わって差し上げたいくらいだったよ…。まだ子供のリュカ様に対して、人々は容赦なかった。
あれを罵声と言うのだろうね…。だけどリュカ様は懸命に受け止めていた。心身共に不調が出るくらいの重い、重い責任を果たそうと子供ながら…とても立派だった。』

祖父から沢山旦那様の話を聞かされた。
最初こそ他人事でしかなく、ふうん、と興味もなく聞いていた。
私もまだ十やそこらの子供だったから他人事であっても仕方ない。
けれど祖父は当時から将来はリュカ様の手伝いをして欲しいという思いはあったようで…ある日、私は祖父にある場所に連れて行かれた。
随分遠い所だった。乗り合い馬車で片道二、三日のその場所は…誰も住んでいない村だった。

『すこし前までこの村には大勢の人がいたんだ。』

『皆何処かに行ったの?』

『さあ。行った人もいるかも知れないし、行けず亡くなった人もいるかも知れない。』

『?』

『今、私たちが飲み食いにも困らず、暖かいベッドで眠れ明日を迎える事が出来るのはリュカ様が今も頑張っているからなんだよ。この村は…手遅れだったんだ。』

『可哀想…』

『そう。とても可哀想な事だ。旦那様がきちんと領地を治めていれば…助けられたはずであるのに。
何もしなかった旦那様の代わりに、今もリュカ様が一生懸命頑張って下さっている。一生懸命頑張って、誰よりも苦しんでいるんだよ…。』

『爺ちゃん…。』

『私の体が元気に動けば…。』


この日からだったろうか。
自分から旦那様の話を祖父に聞くようになったのは。
祖父から沢山旦那様の話を聞く内、祖父の代わりに旦那様の手助けをしてあげたいと思うようになった。
沢山の家族に囲まれながらもたった一人、孤独にクラフ公爵領の全ての重責を抱え込む、私たちが住まう地の領主になるべく方を。
クラフ公爵領に住む一人の人間として、恩を返そう。そう、強く思った。
旦那様の手伝いが出来るように祖父に沢山執事としての仕事を教わった。
家の手伝いをしながら苦手な勉強も頑張った。
体を動かす方が好きだった私がよくまあ途中で投げ出さず頑張ったものだと思う。
屋敷で働くようになってからはこんなに酷かったのかと思うくらいに公爵家の環境は酷いものだった。
祖父の話以上に旦那様の置かれている環境は酷いものだった。


『…ルドルフ、次の案件を持って来てくれ。』

『…リュカ様、少し休憩されては…。昨日も眠っておられないのでしょう?』

『大丈夫だ。あれが終わらないとどの道休めない。』

『…畏まりました。』


旦那様は毎日、何の為に生きているのだろう。
私には日々の楽しみがある。些細な事ではあるけれど、でも楽しみが。
毎日毎日書面と向き合い、空いた時間は心を病まれた大奥様の様子を見に行く。
弟妹たちからは感謝もされず嫌味を言われ続け、奥様方からは嫌悪され。
そして大旦那様からは労りの言葉一つない。
何の為に。何の為に旦那様は。
これじゃあまるで。まるで責任の為に生きているようなものじゃないか。
公爵家に生まれた責任を果たす為だけに毎日毎日、身を削って、精神を削って。
何の楽しみもなく、喜びもなく。ただただ自分の背中に重くのし掛かる多くの命を守るという責任を果たす為に。

一緒に視察に行くことも何度かあった。
人々は旦那様を見て顔をしかめる。
醜いと指を差す。嘲笑う。
その度に思う。誰もこの方の苦しみを知らないくせに好き勝手に言うな!
誰もこの方がその命を削ってまでお前たちを守っている事実を知らないくせに!!そう強く思った。
知らず色んな事を言われる旦那様が不憫でならなかった。
いつか旦那様が心から笑える毎日が来るようにと、そう願わずにいられなかった。


そのひとはまさに疾風はやてのような人だった。
この陰鬱としたクラフ公爵家に春を運んできた。
夏のような煌めきをもたらした。
人の気持ちを強く感じる事の出来る感受性の高い心を持つそのひとは旦那様に寄り添い、冬の夜空のように澄んだ瞳で優しい愛を伝えていた。

久方振りに会った旦那様と大奥様の確執は当然綺麗さっぱりと消えているわけではなくて、お互いにどうすればいいのか分からない様子だった。
けれどそこに令嬢が加わるだけで違った。
二人の間には長く見られなかった心からの笑みが。
この屋敷で聞いたことのない賑やかな笑い声が。
陰って見えた屋敷全体が日に晒され眩しく見えて。
それは春の訪れのように温かく優しい世界だった。

旦那様と大奥様。
クライス侯爵閣下と令嬢。
そしてその後を付いていく私たち使用人。
令嬢が笑えば旦那様が、大奥様が、クライス侯爵閣下が笑う。
皆が笑えばつられて私たちも笑う。
疾風はやてのような令嬢がもたらしたのは新たな毎日。輝かしい日々。
屋敷中に小さな芽がいくつも。その芽は小さくとも屋敷中を包むように。
陰っていた屋敷全体は明るく賑やかに。


「ルドルフ様!壁紙の手配が終わりました!」

「エメラルドのような緑がサイカ様にはよく合うと旦那様が仰っていましたからね。未来の奥様の部屋は緑を基調にしたもので統一して下さい。華美な物よりも可愛らしい物を。」

「畏まりました!!他の人たちにもその様に伝えておきます!」

「ええ、お願いしますね。
……ああ、本当に楽しみだ。」


いつかこの屋敷にあの素晴らしい方を奥様として迎える日が来るかも知れない。
それが、私も使用人たちも今から楽しみで仕方ない。

『クライス侯爵令嬢は今度、いつ来て下さるかしら!』

『また来て下さった時はもう、盛大におもてなししたいわね!』

『今からお世話に当たる使用人の順番を決めておかない!?怨みっこなしよ!』


『クライス侯爵令嬢のお好きな食べ物…旦那様に聞いて下さいませんか?』

『味付けもお願いします!』

『いつ来るかは当然知らせてくれますよね!?』


『ルドルフ様。令嬢の為に新しい花を植えたいのですが……どんな花が喜ばれるでしょうか…。』

『…あの方ならどんな花でも喜ばれるでしょうが…ふふ。旦那様に聞いてみましょう。』

『宜しくお願いします…。』


会ったばかりだというのに使用人たちの令嬢への好意は大きくなっていた。
皆令嬢のことを話す時は嬉しそうに、楽しそうに。
今度はいつ来るか、来てくれるかと。それは私も同じ気持ちだった。

強く慕っている令嬢が未来の夫人になる。
旦那様のお側に。私たちにが仕える第二の主人に。
長くいて欲しい。出来るだけ長く、この屋敷に滞在して欲しい。
旦那様には強く、もうそれは強くお願いをしておいた。


『以前も伝えましたけど!旦那様!奥様がこの屋敷で過ごせる期間というものを必ず!必ず陛下や皆様と相談なさって下さい!!』

『だからまだ奥様ではないと』

『ええ!存じております!ですがそんな事はどうでもいいのです!もう、私たち使用人一同は今から奥様のお世話が楽しみで仕方ないんですよ!!』

『お、おう、』

『いいですか旦那様!!一ヶ月…は短い!せめて、せめて十二ヶ月を四人で割った数、即ち三ヶ月です!!この三ヶ月は必ず確保して下さい!!』

『僕もそうしたいが相手はマティアスだぞ。』

『何を弱気な事を!!陛下に負けないで下さい!!旦那様が死ぬ気で交渉しないとそりゃ陛下が三ヶ月所か数ヵ月独占状態になるに決まってるじゃないですか!!嫌ですよそんなの!!王宮の使用人が羨ましいってなるでしょ!!』

『…落ち着けルドルフ。』

『落ち着いてます!いいですか旦那様!サイカ様は陰った屋敷に明るさをもたらす希望の光と言っても過言ではありません!!私たちはこれまで普通を望んでいましたが裏切られ続けていたんです!!ええ、それは最低最悪な主人たちでした!!』

『言うなお前。』

『事実ですので!!ですがサイカ様という素晴らしい方のお世話が出来る…!こんな機会逃せますか!!
侍女たちももうきゃあきゃあと毎日サイカ様の話で盛り上がってるんです!あの珠のような肌を磨いて磨いて朝から晩まで付きっきりでお世話したいと言ってるんです!料理人たちも今からサイカ様の好みの料理をメニューに加えようと…!庭師のガイさんもめちゃくちゃ色んな花取り寄せてますよ!!』

『…変な宗教みたいだなおい。』

『サイカ様教と言ってもいいです!』

『……そうか。…お前の性格が変わっている気が最近もの凄くしているんだが…いや、もう僕はどこから指摘すればいいのか分からなくなってきた。』


…まあ、多少熱くなっていた気はしなくもない。
けれどあれだけ念入りにお願いをしたのだからちゃんと交渉はしてくれると私は信じている。
それに旦那様だってお二人で長く一緒に過ごしたいはず。
……は!?もしかしたら…陛下や他のお二人もこの屋敷に滞在する事になるのでは。有り得ない話じゃない。
令嬢はとても魅力的な女性だ。
その特別な容姿も。けれど一番魅力的なのは内面だろう。
容姿と性格が合わさり他にはない魅力を強く放っている。
きっと周りが放っておかない。あの女神のようなサイカ様の事を、周りは絶対に放っておかない。

「警護の事についても念入りに旦那様と相談しなくては…!」

王宮の警護に劣るとあってはいけない。
このクラフ公爵家でも王宮と同等の警護を付けなければ…でなければそれが不安材料となって三ヶ月のお許しが出ないかもしれない。それは困る。

「…自信を持ってお守りすると断言出来るくらいでなければならない!」


私もしっかりとあの方に魅了された一人である。
お会いして全身が震えた。心が震えた。
美しさに、優しく温かい人柄に。
他を寄せ付けない強い光に魅了された。
忠誠は旦那様に。けれど同じく、令嬢にも忠誠を誓いたい。
お二人に心からの忠誠を捧げたい。
お二人が寄り添う光景を見てから強く思うようになった。
それまでの些細な楽しみ、喜びはお二人の未来を見守っていきたいという楽しみ、喜びで塗りつぶされた。
お二人が歩く未来を傍らで見守りたい。

令嬢が訪れた二日の間、寄り添うお二人を何度も見た。
互いを強く思い、互いを支え合い、見守り、寄り添うその光景はとても美しいものだった。
純粋な愛とはこのことか。そこに損得もなく、打算もない。
条件という条件もなく、ただ愛し合って見えるお二人の姿はとても眩しくて尊いものだと心が震えた。

きっと多くの人が望んでいる。
純粋な愛を。愛し愛され、生涯続いていくそんな愛を。
金や身分など関係なく、心から愛し合える、そんな夢物語のように純粋な愛を多くの人が求めている。
それが、この二人にはあるのではないか。何となくそう思った。
少なくとも私は旦那様を羨ましいと思う一人だ。
旦那様を見つめる目は大きな愛情が伝わってきた。
旦那様に向けられた笑顔も、他とは違う思いが伝わってきた。
優しい令嬢の特別な強い思いが旦那様に向けられていて、旦那様にもそれが伝わっているのだろう。
特別な思いを向けられている旦那様。
純粋な思いを、大きな愛情を。それを羨ましいと思わないわけがない。

世の中には沢山の人間がいる。男も女も。
その中で大切な人の為に声を上げる事が出来る人は少ない。
その中で大切な人に心から寄り添える人は少ない。
皆自分が一番可愛い。一番大切。それが大前提だ。
自分に被害が及びそうであれば、誰かを助けようと思う心があっても行動まで及ばない。

けれどあのひとはそういうものを考えていないようにも見えた。
大旦那様たちへの意趣返し。最初こそ旦那様のちょっとした復讐に付き合ってくれていたのだと思う。
旦那様の事を話す令嬢は途中から意趣返しであるという事を忘れ旦那様への強い思いを伝えていた。
自分が泣いている事にも気付かず。
旦那様はどれ程嬉しかっただろうか。どれ程の熱い感情、感動で胸が満たされたことだろうか。あの瞬間、私まで嬉しくなった。
羨ましい。心の底から羨ましい。あの純粋な愛情を向けられている旦那様が羨ましい。
私にもそういう相手がいれば、どれだけ幸せなことだろう。
けれどきっと、令嬢のような女性は少ない。
自分のこと以上に相手を思える人は少ない。悲しいことに。

旦那様と令嬢。お二人には私の理想の愛がある。
私も、そして多くの人たちが理想とする、その形をしている愛情が。
だから私はこれからもお二人の近くで、お二人の歩まれる道を見守り、育まれる愛を近くで見ていたい。
幸せそうなお二人を見ていると、私まで幸せになれるから。

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