平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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86 それから続く幸せの話

「リリアナ様ー!この荷物は何処に置いたらいいですか!?」

「荷物置き場にした空き部屋よ!」

「その部屋もう物がいっぱいなんですよぉ…!!」

「ええ!?もう!?全く!受け取れないと言えば“主人の命ですので”と屋敷の前に置いていく…!何て非常識なの!」



マティアスとの婚約式から一週間。
クライス家はプチパニックです。


「……あの、お義父様…私…手伝った方が…」

「どうせ送り返す。気にするな。」

「送り返すと言っても……あの量だとかなり日数が…」

「掛かるだろうな。だがお前が公の場に出たらば当然こうなる事は予想していた。…まさか受け取り拒否しても屋敷の前に置いて行くような非常識な連中がこうも多いとは思わなかったがな。」

「……何だかすみません。」

「お前が謝る事ではない。奴らがとんでもなく非常識なだけだ。
それに。それだけあの場にいた貴族たちが初見でお前に好印象を抱いたという事でもある。どんな形であれ。……しかし…外も凄い事になっているな。」

「………ですね。」


社交界デビューから一週間。そう、たった一週間しか経っていないというのにやれ大量の贈り物に色んな会の招待状、そして屋敷の外で連日野次馬と化している沢山の人たち。
ああ、野次馬&何処かの貴族のお使いで来ている人たちか…。
二階の窓から見える人の数はざっと見ただけでも二十近くはいるんじゃなかろうか。しかもここ数日ずっと屋敷の前にいる人も。
もし野次馬ではなく貴族のお使いで来ているのならちょっと可哀想だ。私も上司の我が儘や怠慢で結構大変な思いをした事が何度もある。もう五日くらいは彼を見ている気がする。一方的に。
若干泣きが入った表情をしている彼にはお仕事お疲れ様ですと心から労ってあげたい。


「…会えませんってお断りした方が…。」

「いいや。会わない方がいい。
一度対応してしまえばキリがない。俺が直接会い言葉を掛ける意味は重い。
いつかは、と希望を持たせる事にもなりかねんからな。」

「あ、…確かにそうですね…。」


まるで客寄せパンダ状態な私。いやまあ商売はしてないけど似たようなものだろう。
“サイカお嬢様見て下さい!どの新聞もお嬢様の事ばかりなんですよ!!”と私がお義父様の義娘になってからお嬢様お嬢様と嬉しそうに呼ぶレジーヌから見せられた新聞の数々は大きな見出しで私の事が書かれてあるではないか。
とてつもなく美しい、絶世の美女、女神などなど…式に参加していた貴族たちのインタビューまで載せてまあそれは盛大に。
自分の事を書いている物を見るのはとても気恥ずかしいのでよく見ていない。
この状態は恐らくそういった新聞のせいもある。


「これじゃあ暫くは庭にも出られませんね…。」

「いいや。構わないぞ。」

「え?」

「一人でなければの話だが。その為に屋敷の警護を固めてある。こんな事でお前の生活や行動が狭められるなど以ての他だからな。お前の事はこの父が守る。だから安心していつも通りに過ごしなさい。」

「…あ、ありがとうございますっ、お義父様…。」


私のお義父様、格好よすぎやしないだろうか。
何この安心感。素敵すぎ。大好き。


「では父と散歩でもしようか。」

「はい!是非!」


こうして私は実に一週間振りに庭に出る事に。
屋敷の中もリリアナやレジーヌ、使用人の皆と話をしたり本を読んだり勉強したりとそう退屈はしていなかったけれど、やっぱり屋敷の中と外では違う。
庭も屋敷の敷地内だけど、でも外の空気というのはやっぱりいい。

「旦那様、お嬢様。お二人でお散歩ですか?」

「ああ。二人とも毎日精が出るな。」

「そりゃぁそうですよ!旦那様とお嬢様に綺麗な庭を歩いて欲しいですからね!お嬢様、新しい花を植えましたから楽しみにしていて下さいね!」

「イヴァーノもメディもありがとうございます。
二人のお陰でいつも、庭に出るのが楽しいです。新しい花も咲くのを楽しみにしています。」

「相変わらずお優しい…!ねえあんた!」

「ああ。私たちもお嬢様のお陰で毎日仕事が楽しいんです。
私たちはまだ手入れがありますがどうぞ楽しんで下さい。」

「ありがとうごいざいます。」

「ではサイカ。今日は池の方に行ってみるか。」

「はい!」


手を繋いでお義父様と庭を散歩する。
屋敷の庭はとても広くて、もう何度もこうして散歩しているのに全然飽きない。
いつも違う景色が私を待っている。
朝、昼、夕方、夜。お義父様、マティアス、ヴァレ、カイル、リュカ。リリアナにレジーヌ、沢山の使用人たち。
誰といつ庭を歩いても今日とは違う景色がある。
例えばそう、木の枝に鳥が巣作りをしていたり。
七日前まではなかった光景がある。

「見てお義父様。巣を作ってる。」

「ああ、本当だな。…巣箱を作れば他の鳥も住みつくかも知れんぞ。」

「いいですね!巣立っても、また他の鳥が来てくれるかも!」

「そうだな。作らせるか。」

「私も作ってみたいです!」

「それはいい。では俺も一緒に作ろう。」

「はい!楽しみです!」


毎日が尊くて、愛しい。
この世界に来て少し苦労もあるけれど、でも私はこの世界が大好きだ。
何もかも便利だった日本と何をするにも手間が掛かる異世界。
だけどこの世界の人たちは温かくて、人と人の繋がりは深い。
きっと私はこっちの世界の方が性に合ってたんだろう。
生活の手間は慣れれば何て事ない。本当に、この世界に来られた事、その後の事も幸運だった。
私は今、こんなにも幸せ。


「……。」


お義父様はたまに遠い目をして何処かを見つめている時がある。
その表情は悲しそうで、でも何処か嬉しそうでもある。ううん、嬉しそうというよりは…まるでそこに、大好きな、愛しい何かがあるような。そんな表情だ。
一生に一度の恋をしたとお義父様は私に言った。
他の女はいらない、そのひとしか愛せないと思うそんな恋をしたと。
その恋は実らなかったけれど、とても幸せだったと。

お義父様はまだ、そのひとの事を凄く愛している。
そのひとの幸せを祈り、願い、思い出を生涯の宝として生きている。
素敵な恋を未だにしているのだ。お義父様は。
ずっとずっとそのひとだけを思う、素敵な恋を今も。
きっと今、お義父様はそのひととの事を思い出しているんだ。
この表情をする時は多分、いつも。
私はお義父様の側にいますよと、握る手の力を強める。
まだお義父様の視線は遠い所を見ているけれど、でも握り返した手の力が強まった。


「…ルイーザと言うんだ。彼女は。」

「…お義父様の、好きな方?」

「ああ。幼い頃互いの家でよく遊んだ。
この庭を、ルイーザは気に入っていた。ルイーザのお陰で…楽しい日々を過ごせた。
俺はそれまで友もおらず一人でいる事が多かったんだ。」

「……そうでしたか…。」

「ルイーザの兄であるルースとも友になった。
あの日、一人でいた俺にルイーザが声を掛けてくれなければ…ルースとも出会えなかっただろう。
今の俺があるのはルイーザがいたからだ。」

「…環境の中で、人格は作られる…ですか?」

「ああ。あのまま一人で居続けたら、今の俺にはなっていなかったろう。
マティアスとも交流はなく、お前とも出会わない今があっただろう。そう思うと身震いがする。今の幸せがない日常…それがあったのだろうと思うと。」

「私は今、お義父様の側にいます。」

「ああ、そうだな。…俺は幸せだ、サイカ。
いつでもルイーザを思い出せる。マティアスに出会い、そしてお前という尊い娘まで出来た。幸せだ、俺は。この幸せを手放したくないと思える程に。」

「私も幸せです。皆に出会えた事、恋したひとたちと結ばれ、そのひとたちが側に居てくれる事、そしてお義父様に出会えた事も、お義父様の娘になれた事も。全部幸せ。」

「では一緒だな。」

「はいっ、一緒ですね。」


だけどお義父様。
お義父様にはもっともっと幸せになって欲しい。
出来る事なら、お義父様が今も愛しているひとといつか…結ばれる日がくればいいのになと思う。
ずっとずっとそのひとだけを愛してきたお義父様。
尊く、素敵な恋を今もしているお義父様。
大好きなお義父様。どうか、私の大好きなお義父様が幸せであり続けますように。もっと幸せになりますようにと、そう願う。

そんなある日の事だった。


「これは驚いた……まさか、こんなに美しいお嬢さんを娘にしていたとは…。
ディーノから“娘を貰った”と手紙が来たのも驚いたが…。」

「サイカ、紹介しよう。先日話したと思うが…友のルース・マクシムだ。ルースと呼んでやってくれ。ルースも構わないだろう?」

「そうだな。ディーノの娘なんだ。堅苦しい呼び方でなく気軽に…うん、ルース様でいい。そう呼んでくれ。」

「は、はい!初めまして。サイカ・クライスと申します…!ルース様、宜しくお願いします…!」

「ああ…こちらこそ、宜しく。
ディーノの娘になったならこれから何度か会う事もあるだろうからな。
…サイカ嬢、ディーノはいい父親だろう?」

「はい!とても!」

「あはは、そうか!うんうん。ディーノはしっかりしているけれど、たまに抜けている所があるから…。
ディーノの事、宜しく頼んだ。」

「…?……はい。」


お義父様の大好きなひとのお兄さん。
この世界基準でいくとルース様も醜いとされる人だった。
私にとってはイケメンなおじ様だけど。
ルース様と一緒にいるお義父様はマティアスといる時とも少し違う。
お互いに年が近いからだろうか、遠慮も気遣いもなくいつも以上に砕けた様子だ。

「だから言っただろう!ほら見ろ言わんこっちゃない!大体ディーノ、お前は」

「煩い!いいだろ別に!何をしようが俺の勝手だ!お前は小姑か!」

「なにおう!?誰が小姑だ!」

いつもとは違う少し荒れた言葉使い。不思議と違和感もなかったのはお義父様が嬉しそうだったからかも知れない。
その日、ルース様は屋敷に泊まる事になり、一緒に楽しい時間を過ごした。
お義父様とルース様、私でお酒を飲み、あり得ないペースでお酒を飲み続けたお義父様はソファーで寝てしまう。
私は側にいたリリアナに毛布を持ってくるよう頼んで酔って眠るお義父様に毛布を掛けた。


「……ディーノは、いい娘を持ったなぁ。」

「?」

「…手紙を貰った時…心配したんだ。
俺もそうだが…ディーノも、容姿がこうだろう?
……手紙に書かれた“娘”と上手くいってるのかとか…どんな経緯でそうなったのか分からないから…余計になぁ。」

「…はい。」

「でも、要らぬ心配だった。…サイカ嬢はとても優しい娘だって分かって…安心した。…よかった。」

「ルース様…。ありがとうございます。」

「ん?」

「お義父様の事、心配して下さって。
そういう方がお義父様の側にいたのだと知れて、私も嬉しいです。ルース様と一緒にいるお義父様は、まだ見たことのないお義父様でした。とても嬉しそうで、楽しそうで。見ている私も楽しくなるくらい。」

「…そうか。…ふふ、本当に…君はいい子だ…。
……ディーノは…幸せだなぁ。嬉しいなぁ…。言わなくて良かったのかも知れない…。」

「…?」

「……。」


お義父様をじっと見るルース様。
その視線の、何て優しいこと。二人は本当に仲のいい、“親友”と呼べる間柄なんだろうなと思う。
それから何となくだけど…ルース様は今日、私を見に来ただけじゃないのかも知れないとそう感じた。
お義父様に何か報告があったんじゃないだろうか。
お義父様と話している節々で、何か伝えようとして、でも出来ない様子が見受けられたのだ。
そして先程の“言わなくてよかったのかも知れない”という言葉。
気になってルース様に何か言いたい事があったんじゃないかと聞いてみた。


「……サイカ嬢は…俺の妹…ルイーザの事は知っているのか?」

「…はい。お義父様が今も、愛している方ですよね。」

「……そうか。…ディーノは君に話したのか。
ディーノとルイーザは家同士が決めた婚約者だったんだ…。」

二人の詳しい話は初めて聞いたけれど、とてもやりきれないものだった。
幼い頃に決まった婚約を当時の二人はとても喜んでいた。
だけど大人になる内、ルイーザさんの気持ちだけが離れていく。
子供の頃の純粋な好きが、成長して異性としてではなく家族や友人に対してのものだと気付いて。


「妹は…恋に夢を見ていたのかも知れない。
感情が豊かな子だったから。貴族としての自覚も無かったのかも知れないな……言い訳にしかならないけれど。
ルイーザは貴族としてではなく、…恋を取った。若すぎる決断がその後どうなるか…深く考えもせず。」

「…どういう、事ですか…?」

「……妹はね、子供が出来なかったんだ。
恋した相手と駆け落ちしてまで家を出て、その後勝手に幸せになったとばかり思ってた。
でも……何年か前、帰ってきたんだよ。ぼろぼろだった。」

「!!」

「家で過ごしていた時とは変わり果てた姿で帰ってきた。
肌はかさついて…手なんて荒れ放題。綺麗だった髪もぐしゃぐしゃ。……“お願いします、何か食べさせて下さい”って帰ってきたんだ。」

「…そんな…」

「兄として…ディーノの友として。妹のした事は許せる事じゃない。でも、ディーノが昔、言ったんだ。
ルイーザが帰って来たら今まで通り迎えてやってくれって。
ひもじいと帰ってきたら温かい食事を、寒いと帰ってきたら温かいベッドで眠らせてやって欲しい。傷付いて帰ってきたら…優しく、迎えてやってくれって。」

「…ああ、…お義父様っ…!」

優しい、本当に優しいお義父様。
苦しい思いをしたのはお義父様。傷付いたのはお義父様。
なのに余りにも優しくて、涙が出た。

「妹は恋人と一緒になって暫くは幸せだった。
恋人は平民で、町で出会ったんだ。向こうの両親と一緒に暮らして、やった事のない家事も頑張ったって言ってた。
……でも、いつまで経っても子供が出来ない。」

「……向こうの態度が、変わったんですね。」

「そう。義両親にまだかと催促されるようになった。
恋人…いや、夫にも子供が出来ない事を責められるようになった。
お前が悪い、女として出来損ないじゃないのか、孫が欲しい、どうして出来ない。……帰ってくるまでの二十年余りの間、言われ続けたらしい。」

「…酷い。子供は授かりものじゃないですか!それを、」

「…サイカ嬢のような考えでいてくれたなら、こんな事は起こらなかっただろう。
妹は疲れ果てていた。夫だった男は年を取ったルイーザに見向きもしなくなって、終いには新しい女を妻に迎えた。
その妻はすぐに身籠って、ルイーザは妻であるのに使用人のように過ごしていたんだ。……調べたら…ルイーザが話していた内容より酷いものだった…。」

「……ルイーザさんは、」

「…ディーノに対しての罪悪感はルイーザにも当然あった。
帰って来てからディーノの事を一言も話さなかったのが何よりだと思う。だけど…ルイーザがね、一度だけ言ったんだ。
ディーノに会いたいって。」

「!!」

「俺は会わすつもりはなくて。だってどの面下げてディーノの会いたいなんて言うんだって。その時は思った。
でも、後々考えて…どうして会いたいか、理由だけでも聞いておこうと思って聞いたら。」

「…聞いたら?」

「……馬鹿な話だけど。失って初めて、ディーノの存在がどれだけ大切だったか、思い知ったんだと。
燃え上がるような恋。それが恋だと妹は思ってた。でも実際はね…恋に恋してただけ。笑えるだろう?
まあでも、勘違いは誰にでもあるさ。それまで家族以外…ディーノしか男を知らなかった妹にとっては…そいつが魅力的に写ったんだろう。」

「………。」

「辛い日々を過ごす中、ディーノの事ばかりだったと言っていた。ディーノはこうだった。ディーノはああだった。
ディーノといた頃はもっとこうで、ああだった。
燃え上がるような情熱はなかったけれど、ディーノの側に、静かな、だけど深い愛があったんだと気付いて…妹は後悔した。自業自得としか思えないけどな。俺には。」


そう。自業自得だ。家族やお義父様を捨てて家を出たのも、当時の恋人と駆け落ちしたのも、全てルイーザさんの意思。
一時の感情に支配され、後の事を考えず行動したルイーザさんの自業自得。
でも人は誰でも間違う。間違った選択をしたとその時は気付けないけれど、後々気付く事は多々ある。
その後どうするかだ。その人の先が決まるのは。
気付いて後悔して、同じ事を繰り返さないのか、また同じ事を繰り返すか。
人から許されるか、そうでないかもその後の行動で決まる。


「…ルース様。会わせましょう。」

「え?」

「お義父様とルイーザさんを、会わせましょう?」

「だが…、……俺は、正直会わせたくない。
これ以上ディーノが傷付く事になるのは嫌なんだ。
それに…俺も許せない。優しい友を傷付けた妹が、許せない。
家族としての情は勿論あるさ。妹だ。でも、やっぱり色々考えると…やりきれない。ディーノは受け入れるだろう。許すだろう。優しい奴だ。今でも妹を愛している。でも、俺は、」

「ではルース様や私も、立ち会いましょう。
側にいて、一緒に話を聞きませんか。」

「……。」

「人は間違います。誰しもそう。正しいかそうでないかは選択した後でしか分からない。
ルイーザさんは後悔した。間違っていたと後悔して、お義父様への気持ちに気付いた。
ルース様、私はこう思うんです。」

「?」

「間違えた後、やってしまった後に、その人がどういう人かが出るんじゃないかと。その人の本性や性格が出ると思うんです。
もし、会わせてお義父様が許さなかった場合…自分の事だけ話して謝って、それで満足する様な人であるなら…私は許しません。そんな人にお義父様は譲りません。
だけど心から後悔して、謝って、一度だけじゃなく何度も何度も謝る人だったなら…その時は見守ります。」

「……。」

「お義父様は今でもルイーザさんの事を愛しています。
私はお義父様の娘になりました。ルイーザさんがお義父様と一緒になるなら、私たちは家族にもなります。当事者ではないけれど、関係なくはない。だって私は、お義父様が大好きだから。
娘である私が許さない。それを気にも止めない人であるなら、私はお義父様を説得します。悪者になろうと、止めます。」

「……君は…すごい考え方をする子だな…。
過ちを犯した後に…人としての性が出る、か。確かに。確かにそうだ。
……会わせても、いいだろうか。…ディーノに。」

「はい。ある日突然ルイーザさんが来る事だってあるかも知れないじゃないですか。
その可能性があるなら、私たちがいる時に会わせた方がまだいいです。」

「…そうだな。…その通りだ。」


翌朝ルース様を見送ったその数日後、ルース様は再びクライス家へやって来た。
妹の、ルイーザさんを連れて。


「…ディーノ、」

「…!!?ルイーザ…、ルイーザか!?」


話し合いは応接間で。使用人たちは下がらせ、四人だけで話をする事となった。
沈黙する二人はいつまで経っても話さない。
はあ、と大きな溜め息を吐いたルース様がルイーザさんに話をしないのであれば帰るぞと半ば脅すようにそう伝えると、ルイーザさんはお義父様への謝罪の言葉を口にした。

ごめんなさい。貴方を傷付けた。ごめんなさい。
一時の感情に身を任せて、ディーノだけじゃなく家族にも迷惑をかけてしまった。本当にごめんなさい。許さなくていい。一生、私を許さなくていい。ごめんなさい。馬鹿だった。とんでもなく馬鹿だった。

そう何度も何度も謝るルイーザさんは、その後の辛い話は一切しなかった。
自分がどれだけ辛い思いをしたとか、向こうで元夫や家族たちにどれだけ苦しめられたか。そんな話は一切。
この人がどういう人なのか、少しだけ分かった気がした。
ルイーザさんは本当に後悔していて、お義父様に許して欲しいとは思っていない。許されるとも思っていない。
ただ、謝るのが筋だと。その気持ちだけで謝っているのも伝わった。

お義父様はルイーザさんの謝罪をただ聞いているだけだった。
どんな気持ちでいるのか、何を考えているのかまでは分からない。
だけどお義父様は最初から怒ってなんていないし、もっとずっと前からルイーザさんの事を許していた。


「…俺の言葉は、呪いのようだったろう。」

「…え?」

「君と家族になりたい。待ち遠しい。早く結婚したい。
そんな言葉でルイーザ、君をずっと苦しめてきた。
…俺の方こそ、気付いてやれずすまなかった。」

「違うわ…!ディーノは、ディーノは何も悪くない…!」

「いいや。何も悪くないという事はない。
俺にも非があったのだ。だからもう、謝らないでくれ。お互い様だった…それでいいんだ。」

「ディーノ、」

「俺は幸せだった。ルイーザ、君を好きになった事に後悔もない。君がいてくれたお陰で、俺の世界は広がった。俺は、幸せだった。今も幸せだ。だからもう、謝るな。謝るな、ルイーザ。もういいんだ。君も、幸せになっていいんだ。」

「…ディーノ、…ディーノっ、…ディーノ…!」


わんわんと顔を手で覆いながら泣くルイーザさん。
子供のように素直な感情のまま、溢れる気持ちのまま泣いている。
ディーノとお義父様の名前を呼びながら泣くルイーザさんから、お義父様への気持ちが溢れていた。
好きだと心が叫んでいる。大好きだとルイーザさんの心が、そう叫んでいる。伝えたいのに伝えてはいけないとそう思っている。


「ルイーザさん、…いえ、ルイーザ様。
それ程までお義父様への強い気持ちがあるのに、伝えなくていいのですか?後悔しませんか?」

「……え…?」

「もう、二度と後悔しないで。
人はいつ死ぬか分からない。いつ会えなくなるか分からないんです。ある日突然、大切な人と離れ離れになる事もあります。…死ぬほど後悔したはずです。ああすればよかった。もっとこうすればよかった。自分の気持ちを伝えればよかった。
感謝や愛情を、大切で大好きな人に…もっと、伝えておけばよかった。そんな後悔を、もう二度としたくないんです、私は。
…ルイーザ様も、同じではありませんか…?」

「っ、……後、悔…」

「はい。溢れる程の強い気持ちを、お義父様へ伝えなくていいのですか?後悔、しませんか?
もしかしたら、このまま…二度と、会えなくなる事もあるかも知れないのに。それでいいのですか?」

「……嫌……、いいわけ、ない…でも、…だけど、だけど…!」

「言って下さい。私は、お義父様が大好きです。
お義父様の幸せを、私は願ってる。お義父様が幸せなら、私も幸せ。私ではなく、他の誰でもなく。ルイーザ様にしか出来ない事があるんです。お義父様への気持ちを、言葉で伝えて下さい。」

「…サイカ…」

「お義父様。もっと幸せになりましょう?
お義父様の幸せはこんなものじゃない。いつだって誰かの幸せを祈り、願ってきたお義父様の幸せは、こんなものじゃない。
…ルイーザ様、言って下さい。溢れるくらい強い気持ちがあるなら、全部、何もかもさらけ出して下さい。」

今、お義父様を心から愛していると伝えてほしい。
そういう気持ちを込めてルイーザさんを見ると、ルイーザさんは涙を流しながら叫んだ。

「今更、今更かも知れないけど、でも、後悔したくない…!
ずっと後悔してた…!辛い日々でも、ディーノを思い出すと幸せな気持ちになれた…!!その思い出だけが、私の支えだった…!!
どれだけ、私が貴方に甘やかされていたか…!どれだけ、貴方が私を愛してくれていたか…!!
貴方を愛してる…!ディーノ、…私はっ、貴方を、貴方をっ…!!」

「……ルイーザ、」

「愛してるっ…!気付いた時から、後悔、ばかり…!
ずっとずっと、こ、後悔ばかりの日々、…でも、私は、ディーノを傷付けた…!この気持ちを、伝えちゃいけない、そ、そう、思って、言えなくて…!だって、だって、どの面下げてっ、今更ディーノの事、好きって、貴方を、心から、愛してるって、」

私の隣にいたお義父様が勢いよく立ち上がり、向かいに座るルイーザさんを抱き締める。
わんわんと子供のように泣きじゃくるルイーザさんを抱き締め、もういい、もういいんだとその頭を撫でている。

「俺も、愛している…!ルイーザ、君を、今も…!今までもずっとずっと…!君を思わない日は一日たりとなかった…!いつも、ルイーザ、君の幸せを祈っていた…!
愛してる…俺も、俺も、愛している…!!」


ふう、と溜め息を吐くルース様と一緒に私は応接間を出て、苦笑するルース様と一緒に笑った。


「…結局こうなったか…。」

「ルース様も、こうなって欲しいと思っていたんでしょう?」

「……どうしてそう思う?」

「ルース様はお義父様が大好きですから…最終的にはお義父様の幸せを願ってるんじゃないかなって…そう思っただけです。」

「……そうだね。…妹へは…まだ、思うところがあるけれど。
でも少なくとも…自分の不幸をディーノに伝えなかった辺りは認めてやってもいいと思った。」

「はい。私もそれで…見守ろうと思いました。
ルイーザ様は自分のした事を許されたいから、楽になりたいからではなくて…何というか、謝るのが筋だから、自分が悪い事をしたと心から後悔している人なんだと伝わりました。」

「ディーノを譲ってもいいと…判断した?」

「それはまだ、これからです。まだ最初の段階ですから。
これからのルイーザ様の努力次第、といった所じゃないですか?ルース様との関係も。」

「…確かにね。」

「…でも…近く、お義母様と呼べる日が来そうな気がします。」

「…そうなると…俺は一応、叔父様になるか。」

「ふふ、嫌ですか?」

「いいや。…俺も、君を気に入ってる。そうなる日が楽しみだ。」


この日はお義父様と私、ルース様とルイーザさんと四人で夕食を食べた。
恥ずかしそうなルイーザさんと、ルイーザさんを嬉しそうに見つめるお義父様に私まで嬉しくなる。


「…サイカ。」

「はい。」

「お前のような娘を持てて…俺は幸せ者だ。ありがとう。」

「そんな事…私の方こそ、幸せです。私にはお義父様を含めた三人の素敵な父親がいるんですから。」

「お前はまるで幸運の象徴だな。
お前と出会ってから、俺にはいい事しかない。」

「お義父様ったら。…早く、ルイーザ様……いえ。お義母様と暮らせるようになりたいですね、お義父様。そしたら…三人で沢山思い出を作りましょう。あ、ルース叔父様も含めて四人で、ですね!」

「サイカ…!本当に、…お前という娘は何処までも…父親思いの可愛い娘だ…!!」


この日からクライス家とマクシム家の交流が以前よりも盛んになる。
お義父様とお義母様の結婚式が屋敷で行われるのも、もう少し後の事。

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