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95 サイカの不安
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勉強、王妃教育、そしてディアゴ村への視察と本当に忙しい、目粉るしい日々を送っている私。
無理はするなと皆心配してくれているけれど、無理をしているつもりは全くない。
まだまだ知らない事ばかりで、私が出来る事も少ない。
皆の役に立ちたいと思っても、役に立てない事が多いのが現状で、それは自分でも理解している。
常であれば何とかなる、なるようになる。そんな考えだけど、そんな事は言ってられないわけだ。
マティアスやヴァレ、カイル、リュカ。
皆はこの国で、否、この世界で立場ある人だから。
日本生まれ日本育ちの私は自分の為にも頑張らなければとならない思っているし、沢山学ばなければと、出来る事をしているつもりだ。
皮肉な言い方をするけれど、皆と私は違う。
学校や社会で学んだ事、経験できた事は勿論沢山ある。
だけど私は、どこまでも平凡な人間だったから。
将来の夢もこれ!といったものが無かった私は流されながら生きてきた部分が多く、何かを成し遂げる為にがむしゃらになる事もなかった。
でも、皆は違う。
マティアスは王になる為に、レスト帝国で生きる全ての人の為に必死で学び、経験を積んできた。
ヴァレリアは尊敬するお父さんの跡を継ぐ為に。宮中伯という家柄の、その長男として生まれた義務が。
カイルは跡を継ぐのを放棄して、騎士になるべく剣の腕を磨いたのだと思う。
リュカだって、公爵家の跡継ぎだから。クラフ家の中で一番リュカが苦しんできた事を知っている。
皆、理由があって平凡ではいられなかった。
必死に学んで、必死に努力して、必死に経験して各々が持つ才能を育ててきたのだ。
だから皮肉な言い方だけれど、私は皆と違う。それは生まれた瞬間から。環境の違いから。
今の私が皆と同じものを見て、考えられるようになるには必死に、死ぬ気で沢山学んで経験を積まなければならない。
そして逆に言えば、今の私は貴族社会の何たるかではまだまだ役に立たないという事。
そんなどうしようもない事を、最近思ってしまう。
この日は特にそうだった。
「え?……会えない…?」
「ああ。各々と婚約に至るまでの間は会えん。
皆で決めたというよりはそうしなければならなかったんだ。」
「……そ、なん、ですね…。」
王妃教育を受けている私は、王宮に行く事が増えた。
クライス邸でユリエル・カーク夫人に色々教えてもらってはいるけれど、カーク夫人だけでなく王宮でも王妃教育を受けている私は以前よりもマティアスに会う機会が増えて喜んでいた。
けれどマティアスに会えるのが増えたその反対にヴァレやカイル、リュカとは中々会えずにいる。
ヴァレやカイルは王宮で会う事が何度かあった。
恋人同士のやり取りは出来ないし話も出来ないけど、でも一目会えるだけでも違う。元気でいる姿を見れば安心したし、挨拶した後ににこりと微笑まれれば嬉しくなる。
けれどリュカとは…手紙のやり取りしか出来ていない。
寂しいけれど当然それには理由があるんだろう。そう思ってはいた。
「…俺とサイカの婚約式…その少し前から話し合っていたんだ。」
「…何を、ですか…?」
「俺と婚約したそなたはいずれ王妃になる。俺はサイカ、今後そなた以外の妃を迎えるつもりはない。それはこの場でもはっきり言っておく。俺の妃はそなただけ。側妃も妾もいらぬ。」
「は、はい。」
「リュカ、ヴァレリア、カイル。
この三人がそなたの夫になるにもまた問題がある。
この国は重婚が認められてはいるが……王族はその限りではないんだ。」
「…え…?」
「法では認められている。法では、な。
だが法で認められようと、民の強い反発の前では法などない。民は平民だけでなく貴族も、だ。
何とも勝手な理由だが…多くの民は王や女王以外、つまり妃や王配が王の他に夫を持つ行為を不貞と思っている。」
「……。」
マティアスからの話は驚きの連続だった。
重婚は認められているけれど王、女王以外の王族はそうじゃない。
王や女王が何人もの伴侶を迎えるのは国を存続させる為の当然の行為であるけれど、でも伴侶側はそうじゃないなんて。
その理由も、人の認知の問題が理由だと言う事も。
だけどその理由が矛盾していると思いつつ、納得した自分がいた。
私だって、映像で見る芸能人に勝手なイメージを持っていた事がある。
凄くいいイメージを持っていた人がちょっと悪い事をしただけで勝手にガッカリした事が多々あった。
きっとそういう事なんだろうと。
「……祝福は、してもらえないんですね…。」
「いいや。そうならないように色々と準備をしているんだ。」
「…準備…?」
「その準備の中に、先程言った『皆と会えない』というものが入っている。準備は直ぐには整わない。何事も急いては事を仕損じるものだ。
サイカ。そなたには寂しい思いをさせると思う。だが…どうか分かって欲しい。皆、そなたと一緒になる為に辛抱している。」
「……それは、勿論です…。」
「…すまないな。」
何だろうか。心の中がもやもやする。
理解している。頭は。マティアスの話を理解した。
日本から異世界に、この国に来た私はこの世界、国の多くを知っているわけじゃない。
まだまだ知らない事は沢山あるし、学ばないといけない事も沢山ある。
王族の重婚についてだって、今日初めて知ったくらいだ。
マティアスたちに任せた方がスムーズに進むだろうし、安心感だってある。
けれど。頭ではそう理解しているけれど……私は当事者ではないのだろうか。そう心は思ってしまう。
どうしてその話し合いの場に呼んでくれなかったのだろう。
どうして、私を抜いて話し合いが行われたのだろう。
婚約式の前からとマティアスは言っていた。数ヵ月経って、言われた私は一体何なのだろうか。
もっと早く伝えて欲しかったとそう思うのは…私の我が儘なのだろうか。
子供みたいと言われてしまうかも知れないが…酷い疎外感を感じた。
「……分かりました。」
「…サイカ…?」
「…ごめんなさい、マティアス…。今日はもう、帰ります。」
「え?」
何かもう。何かもう。頭の中もぐちゃぐちゃになっている。
疎外感は膨れ上がって、嫌な事ばかり考えてしまう。
私がまだ、貴族社会とか、常識とか、色々知識が足りないから、私に知らせなかったんだ、とか。
私が頼りないから私抜きで話し合ったんだ、とか。
私に言っても、私が出来る事なんてないから、だから皆で勝手に決めたんだとか。
そんな事ないって思っていても、嫌な事ばかり考えてしまう。
大好きなマティアスに、否、大好きな皆に八つ当たりとも言える気持ちをぶつけてしまいそうだった。
泣いてしまいそうだった。
「サイカ、何を思っている。思っている事があれば言ってくれ。」
「…っ、……何も、ないです。」
「サイカ。」
「だって!言ったってもう意味がないじゃない!」
八つ当たりとも言える強い口調が言葉に出て、はっとする。
マティアスは驚いたような表情で私を見ている。
これ以上こんな私を見られたくなくて、私は部屋を飛び出して帰りの馬車に乗り込んだ。
焦った様子で追いかけて来たマティアスを振り切り、急いで馬車を出させた。
「…お義父様がいなくてよかった…。」
なるだけ私に付き添ってくれるお義父様は今回、視察でいない。
護衛してくれているのはクライス領の私兵で、彼らは走ってきた私を見てぎょっとしていたけれど…何も言わずにいてくれた。
馬車が走り出して暫く。私は窓枠にもたれ掛かり目を瞑る。
完全に八つ当たりだった。あんな事を言うつもりなんてなかったのに、子供みたいな事をしてしまった。
「…もっと早く話して欲しかった。」
なんて。仮にそれを知って何か出来るわけでもないのに。
本城彩歌は平凡な家庭に生まれて、平凡に育ってきた。
共働きの両親。裕福でもなければ貧乏でもないどこにでもある平凡な一般家庭の一人娘として。
そんな私は貴族社会がどんなものかもまだまだ知らない。
異世界の、いや、この国の常識だってまだ知らない事も沢山あるだろう。
私が知らずとも、何の問題もない。知らない内に色んな事が終わっていて、私は一人蚊帳の外。
酷い疎外感だ。そこに、私が居ても居なくてもいい。何て疎外感だろう。何て虚しさだろう。何だかどっと疲れた。
「……でも、マティアスも誰も悪くない。」
マティアスも皆も、私と一緒になる為に色々としてくれている。忙しい中頑張っている。
私と一緒になる為に、各々の仕事がある中動いている。
ああだけど。私だけ知らないという事はこんなに悲しいものなのね。
疎外感と自己嫌悪。
大好きなマティアスに、苛立ちをぶつけてしまった。
その事も情けなくて涙が出た。抱えた膝に顔を埋めるように泣いていると馬車が突然止まり、体育座りをしていた私は椅子から転げ落ちる。
「…あたた……な、なに……?どうして急に、」
ぶつけた所がじんじん痛んで、別の意味で涙が出た。
ソファーに座り直そうとすると馬車の扉が勢いよく開き……そこに居たのは息を切らしたマティアスだった。
「…は、…はぁっ、はっ…!」
「マ…マティアス…」
「…はあ、……っ、…御者、城へ戻れ。護衛は俺の馬を頼んだぞ。」
「はっ!!」
馬車に乗り込んだマティアスは汗だくだった。
「マティアス、どうして…仕事は、」
「今そんな事はどうでもいい。」
「っ、」
少しだけ苛立った様子のマティアスはどかりと向かいのソファーに座り、大きく息を吐き出す。
息を整える為だと分かっていても、溜め息の様にも聞こえてしまい思わず肩が跳ねてしまう。
「…サイカ。」
「……あの、マティアス…、ごめんなさい。」
「…何を謝っている。」
「…変な事を言って、勝手に飛び出して。
忙しいのに…こんな事までさせて…。」
「…こんな事…?」
「……。」
「こんな事とは何だ。」
「……。」
ああ嫌だ。また泣きそうだ。
鼻がツンとする。
「どうして放っておける。あの時も今も、泣いてしまいそうな顔をしているそなたを、どうして放っておける。」
「ずっ…、ごめん、なさ、」
「謝るな。謝るのは俺の方だろう?……すまなかった、サイカ。」
「…?」
「…少し考えれば分かる事だった。
そなたは…疎外感を感じたのだな?」
「………。」
「すまなかった。そなたの、情に厚い性格を考えれば…そう思うのも当然だった。良い所を見せようと…知らぬ内に終わらせようとしたのは俺の、男の下らぬ見栄だ。
言うのが遅くなってすまなかった。許してくれ。俺の下らぬ見栄のせいでサイカ、そなたを悲しませてしまった。」
「…マティアス…、」
「サイカの怒りは当然だ。それを、俺に伝えぬまま去るのは止めてくれ。言いたい事、思っている事があるなら言って欲しい。…遠慮されるのは辛い。
そういった…似たような思いを、俺はそなたにさせてしまったのだろう?」
向かい合って座っていたマティアスは隣に腰を落とし、私の手を取る。
「俺は我が儘なんだ。サイカの全てを知っておきたい。
それが怒りであろうと何だろうと…そなたが感じた事や思った事を全て知りたい。
だが…これも俺の我が儘だな。俺も話していないのに、そなただけに話をさせようというのも一方的だ。…すまなかった。」
マティアスの誠実な気持ちが伝わって、私は首を横に振る。
きちんと話をせず飛び出したのは、私の見栄だ。
こんな子供っぽい私を知られたくなくて、良く思われたままでいたくて。
「…私だけ、仲間外れみたいで寂しい。」
「ああ。」
「私、貴族の事だけじゃなくて…この世界、この国のことだってまだまだ知らないから、…そのせいかもって。そんな事ないって分かってても、そう思っちゃって、」
「…そんな事はない。」
「…うん。…見栄、だったんですよね…?」
「そうだ。俺はそなたに何の憂いもなく過ごして欲しいとそう思っている。それは俺だけでなく皆そうだ。
故郷を離れ慣れぬ世界へ。そして俺の婚約者になり、色々とすべき事も増えたろう?
…これ以上心配事を増やしたくもない。無理もさせたくない。
準備を進めているがどうなるかは分からない。伝えるのはある程度先が見えてからで十分だと思っていた。」
「…うん。」
「物事には幾つもの可能性がある。何が起きても対処出来るよう方々に手を打つ必要がある。
だが手を打っていても、不安は残る。その不安がある程度消えるまではそなたに伝えぬと俺が勝手に決めたんだ。
悪かった、サイカ。下らぬ見栄を張った俺を許してくれ。」
「…私も、八つ当たりしてごめんなさい。」
「いいや。俺が悪かったんだ。そなたが謝る必要などない。」
私はこんなに単純な人間だったんだ。
マティアスの話を聞いて、悪かったと謝るその言葉を聞いて、それだけでもういいと思える。
これからも色んな事があるはずだ。今回と同じように私だけ蚊帳の外だろうと事前に伝えてくれるのであればそれでもういいと思う。
「…あのねマティアス。」
「うん?」
「…伝えてくれるだけでいいの。」
「?」
「事後報告だけは嫌。過程も、伝えられない事なら伝えなくていい。最初に伝えてくれるだけでいいの。
私が協力出来る事なら勿論協力したいし、出来る事があるならしたい。
でも、私が動く事で何かしら支障がある事も当然あると思う。」
「…ああ。」
「そういう時は、最初に伝えてくれるだけでいいの。
最初に伝えてくれさえすれば…私に出来る事がなくても心から納得出来る。」
「…サイカ…」
「でもね、どうしても伝えられない事は伝えなくていい。
ええと、これは言ってる事が矛盾してるんだけど…。」
「聞かせてくれ。」
「うん。何かあれば最初に言ってとは言ったけど、でもどうしても伝えられない事は伝えなくていいの。
でも、伝えてもいいと思った事は最初に伝えて欲しい。
その中で私に出来る事があるなら、都度伝えて欲しい。ごめんね、訳の分からない事言って…。」
「いいや。よく分かった。…話してくれてありがとう、サイカ。
悲しい思いをさせてすまなかった。」
「ううん、もういいの。ちゃんと話せてスッキリしたし、納得出来た。…追いかけて来てくれてありがとう、マティアス。」
抱き締められて、ほっと安心する。
マティアスの気持ちを知る前と知った後では、状況が変わらないとしてももう、疎外感を感じなかった。ついさっきまでが嘘の様に。
「サイカ。」
「はい。」
「そなたの不安に気付いてやれず、すまなかった。」
「え?」
「これも、そなたの性格を考えれば分かる事だったのに。
気付くのが遅くなった俺のせいだな。」
「マティアス、何を…。」
「不安だろう?俺からのプロポーズを受けてから…そなたの環境は大きく変わった。
俺の妻になるその重みをそなたは想像し、受け止め、そしてそれから出来る事を努力してくれている事を俺は知っている。
ディーノからの報告もあれば、会って直接そなたの成長を感じる事もあるからな。」
「…そっか、私、成長出来てたんだ…。」
「ああ。ディアゴ村からの帰り道。俺はそなたが故郷でどう過ごしていたかを聞いたな。
俺も想像してみた。貴族社会や王政国家ではない、この世界とは随分違う所から来たのだと理解した。
…そなたはこれまでずっと、先の見えない不安の中、頑張っていたのだな。」
マティアスに言われて、私は初めて気付いた。
私は今日までずっと不安だったんだと。
ある程度の事を学ぶにしても、どの程度まで知っておくべきなのかも分からない。
何が必要で、一番しなくてはならない事も検討が付かない。
ただ今日はこれをやりましょうと先生に言われるままなのも不安で、自分がちゃんと先に進んでいるのかさえ分からなかった。
王妃という立場が何をすべきなのかもよく分からない。
でも、人の命を背負う立場になる事だけは分かって、ただマティアスの隣に立っているだけじゃいけないのだけは分かっていて、それは皆と一緒になるにも。
でもその他に何も分からないのがまた不安だった。
「……ああ、そっか……私、」
「そなたが飛び出した理由はそういった不安もあって…と、考えた。
未知の世界。どこまで、何をすればいいのか。想像すら出来ない事も不安で、ちゃんと前に進んでいるのかも分からない。
そんな中で今日、俺からの話だ。さぞ心苦しかった事だろう。
何も出来ないからではない。俺が、そう思わせてしまったのだな。」
「……ううん、マティアスのせいじゃない…。自分でも不安だった自覚、なかったから…。
悔しいとも思ったし、自分が情けないとも思ったし、悲しかったし寂しかったし、…何かぐちゃぐちゃだった。
だから余計に…私だけが知らなかった事が、余計に、きちゃったみたい。」
「…ああ、そうだろうな。」
悔しい、情けない。苛立ち、悲しさ、虚しさ。
そういった感情を感じたのは、私が必死に努力をしていたからだという事だ。
何かを成し遂げる為にそれこそがむしゃらに。不安にすら気付かない程。
それはこれまでの人生で初めての事。
「私、役立たずじゃない?」
「そんな事はない。そなたがいてこそ、皆頑張れる。
それだけじゃない。ディアゴ村でもサイカはよくやってくれた。無力を感じる事はない。」
「うん。」
「サイカ自身の為にというのも勿論だろうが…俺や皆の為に頑張ってくれてありがとう。
そなたはいつも、本当によく頑張ってくれている。」
「うん。」
「そなたの頑張りはちゃんと、身に現れている。
そなたの努力を、ディーノも俺も、皆も分かっているから。」
「ん、…うんっ、」
良くやったとマティアスに頭を撫でられる。
これまでの頑張りが報われて、認められて、単純だけどもっともっと頑張ろうという気持ちになった。
「…さて。まだ帰るには早いだろう?部屋に戻り休息に付き合ってくれるか?」
「うん…!」
王宮へ戻った私はマティアスと一緒に紅茶を飲みながら沢山話をした。
何故皆に会えないのか、その具体的な理由。
私が四人全員と一緒になる為にはどうすればいいか。マティアスたちが出した結論。
「皆に私を認めさせる…?」
「そうだ。だが特別な事はしなくていい。普段通りのそなたでいれば、きっと民は納得すると俺たちは確信している。」
「…分かった。特に何かする必要はない…それでいい?」
「それでいい。…そなたの魅力はその美しい容姿ではない。
それを一番よく知っているのはそなたの恋人である俺たちだからな。」
多分、これからも私に内緒で進んでいく事もあるのだろう。
それがどうしても言えない事であるなら仕方ないと、今の私はそう思えた。
無理はするなと皆心配してくれているけれど、無理をしているつもりは全くない。
まだまだ知らない事ばかりで、私が出来る事も少ない。
皆の役に立ちたいと思っても、役に立てない事が多いのが現状で、それは自分でも理解している。
常であれば何とかなる、なるようになる。そんな考えだけど、そんな事は言ってられないわけだ。
マティアスやヴァレ、カイル、リュカ。
皆はこの国で、否、この世界で立場ある人だから。
日本生まれ日本育ちの私は自分の為にも頑張らなければとならない思っているし、沢山学ばなければと、出来る事をしているつもりだ。
皮肉な言い方をするけれど、皆と私は違う。
学校や社会で学んだ事、経験できた事は勿論沢山ある。
だけど私は、どこまでも平凡な人間だったから。
将来の夢もこれ!といったものが無かった私は流されながら生きてきた部分が多く、何かを成し遂げる為にがむしゃらになる事もなかった。
でも、皆は違う。
マティアスは王になる為に、レスト帝国で生きる全ての人の為に必死で学び、経験を積んできた。
ヴァレリアは尊敬するお父さんの跡を継ぐ為に。宮中伯という家柄の、その長男として生まれた義務が。
カイルは跡を継ぐのを放棄して、騎士になるべく剣の腕を磨いたのだと思う。
リュカだって、公爵家の跡継ぎだから。クラフ家の中で一番リュカが苦しんできた事を知っている。
皆、理由があって平凡ではいられなかった。
必死に学んで、必死に努力して、必死に経験して各々が持つ才能を育ててきたのだ。
だから皮肉な言い方だけれど、私は皆と違う。それは生まれた瞬間から。環境の違いから。
今の私が皆と同じものを見て、考えられるようになるには必死に、死ぬ気で沢山学んで経験を積まなければならない。
そして逆に言えば、今の私は貴族社会の何たるかではまだまだ役に立たないという事。
そんなどうしようもない事を、最近思ってしまう。
この日は特にそうだった。
「え?……会えない…?」
「ああ。各々と婚約に至るまでの間は会えん。
皆で決めたというよりはそうしなければならなかったんだ。」
「……そ、なん、ですね…。」
王妃教育を受けている私は、王宮に行く事が増えた。
クライス邸でユリエル・カーク夫人に色々教えてもらってはいるけれど、カーク夫人だけでなく王宮でも王妃教育を受けている私は以前よりもマティアスに会う機会が増えて喜んでいた。
けれどマティアスに会えるのが増えたその反対にヴァレやカイル、リュカとは中々会えずにいる。
ヴァレやカイルは王宮で会う事が何度かあった。
恋人同士のやり取りは出来ないし話も出来ないけど、でも一目会えるだけでも違う。元気でいる姿を見れば安心したし、挨拶した後ににこりと微笑まれれば嬉しくなる。
けれどリュカとは…手紙のやり取りしか出来ていない。
寂しいけれど当然それには理由があるんだろう。そう思ってはいた。
「…俺とサイカの婚約式…その少し前から話し合っていたんだ。」
「…何を、ですか…?」
「俺と婚約したそなたはいずれ王妃になる。俺はサイカ、今後そなた以外の妃を迎えるつもりはない。それはこの場でもはっきり言っておく。俺の妃はそなただけ。側妃も妾もいらぬ。」
「は、はい。」
「リュカ、ヴァレリア、カイル。
この三人がそなたの夫になるにもまた問題がある。
この国は重婚が認められてはいるが……王族はその限りではないんだ。」
「…え…?」
「法では認められている。法では、な。
だが法で認められようと、民の強い反発の前では法などない。民は平民だけでなく貴族も、だ。
何とも勝手な理由だが…多くの民は王や女王以外、つまり妃や王配が王の他に夫を持つ行為を不貞と思っている。」
「……。」
マティアスからの話は驚きの連続だった。
重婚は認められているけれど王、女王以外の王族はそうじゃない。
王や女王が何人もの伴侶を迎えるのは国を存続させる為の当然の行為であるけれど、でも伴侶側はそうじゃないなんて。
その理由も、人の認知の問題が理由だと言う事も。
だけどその理由が矛盾していると思いつつ、納得した自分がいた。
私だって、映像で見る芸能人に勝手なイメージを持っていた事がある。
凄くいいイメージを持っていた人がちょっと悪い事をしただけで勝手にガッカリした事が多々あった。
きっとそういう事なんだろうと。
「……祝福は、してもらえないんですね…。」
「いいや。そうならないように色々と準備をしているんだ。」
「…準備…?」
「その準備の中に、先程言った『皆と会えない』というものが入っている。準備は直ぐには整わない。何事も急いては事を仕損じるものだ。
サイカ。そなたには寂しい思いをさせると思う。だが…どうか分かって欲しい。皆、そなたと一緒になる為に辛抱している。」
「……それは、勿論です…。」
「…すまないな。」
何だろうか。心の中がもやもやする。
理解している。頭は。マティアスの話を理解した。
日本から異世界に、この国に来た私はこの世界、国の多くを知っているわけじゃない。
まだまだ知らない事は沢山あるし、学ばないといけない事も沢山ある。
王族の重婚についてだって、今日初めて知ったくらいだ。
マティアスたちに任せた方がスムーズに進むだろうし、安心感だってある。
けれど。頭ではそう理解しているけれど……私は当事者ではないのだろうか。そう心は思ってしまう。
どうしてその話し合いの場に呼んでくれなかったのだろう。
どうして、私を抜いて話し合いが行われたのだろう。
婚約式の前からとマティアスは言っていた。数ヵ月経って、言われた私は一体何なのだろうか。
もっと早く伝えて欲しかったとそう思うのは…私の我が儘なのだろうか。
子供みたいと言われてしまうかも知れないが…酷い疎外感を感じた。
「……分かりました。」
「…サイカ…?」
「…ごめんなさい、マティアス…。今日はもう、帰ります。」
「え?」
何かもう。何かもう。頭の中もぐちゃぐちゃになっている。
疎外感は膨れ上がって、嫌な事ばかり考えてしまう。
私がまだ、貴族社会とか、常識とか、色々知識が足りないから、私に知らせなかったんだ、とか。
私が頼りないから私抜きで話し合ったんだ、とか。
私に言っても、私が出来る事なんてないから、だから皆で勝手に決めたんだとか。
そんな事ないって思っていても、嫌な事ばかり考えてしまう。
大好きなマティアスに、否、大好きな皆に八つ当たりとも言える気持ちをぶつけてしまいそうだった。
泣いてしまいそうだった。
「サイカ、何を思っている。思っている事があれば言ってくれ。」
「…っ、……何も、ないです。」
「サイカ。」
「だって!言ったってもう意味がないじゃない!」
八つ当たりとも言える強い口調が言葉に出て、はっとする。
マティアスは驚いたような表情で私を見ている。
これ以上こんな私を見られたくなくて、私は部屋を飛び出して帰りの馬車に乗り込んだ。
焦った様子で追いかけて来たマティアスを振り切り、急いで馬車を出させた。
「…お義父様がいなくてよかった…。」
なるだけ私に付き添ってくれるお義父様は今回、視察でいない。
護衛してくれているのはクライス領の私兵で、彼らは走ってきた私を見てぎょっとしていたけれど…何も言わずにいてくれた。
馬車が走り出して暫く。私は窓枠にもたれ掛かり目を瞑る。
完全に八つ当たりだった。あんな事を言うつもりなんてなかったのに、子供みたいな事をしてしまった。
「…もっと早く話して欲しかった。」
なんて。仮にそれを知って何か出来るわけでもないのに。
本城彩歌は平凡な家庭に生まれて、平凡に育ってきた。
共働きの両親。裕福でもなければ貧乏でもないどこにでもある平凡な一般家庭の一人娘として。
そんな私は貴族社会がどんなものかもまだまだ知らない。
異世界の、いや、この国の常識だってまだ知らない事も沢山あるだろう。
私が知らずとも、何の問題もない。知らない内に色んな事が終わっていて、私は一人蚊帳の外。
酷い疎外感だ。そこに、私が居ても居なくてもいい。何て疎外感だろう。何て虚しさだろう。何だかどっと疲れた。
「……でも、マティアスも誰も悪くない。」
マティアスも皆も、私と一緒になる為に色々としてくれている。忙しい中頑張っている。
私と一緒になる為に、各々の仕事がある中動いている。
ああだけど。私だけ知らないという事はこんなに悲しいものなのね。
疎外感と自己嫌悪。
大好きなマティアスに、苛立ちをぶつけてしまった。
その事も情けなくて涙が出た。抱えた膝に顔を埋めるように泣いていると馬車が突然止まり、体育座りをしていた私は椅子から転げ落ちる。
「…あたた……な、なに……?どうして急に、」
ぶつけた所がじんじん痛んで、別の意味で涙が出た。
ソファーに座り直そうとすると馬車の扉が勢いよく開き……そこに居たのは息を切らしたマティアスだった。
「…は、…はぁっ、はっ…!」
「マ…マティアス…」
「…はあ、……っ、…御者、城へ戻れ。護衛は俺の馬を頼んだぞ。」
「はっ!!」
馬車に乗り込んだマティアスは汗だくだった。
「マティアス、どうして…仕事は、」
「今そんな事はどうでもいい。」
「っ、」
少しだけ苛立った様子のマティアスはどかりと向かいのソファーに座り、大きく息を吐き出す。
息を整える為だと分かっていても、溜め息の様にも聞こえてしまい思わず肩が跳ねてしまう。
「…サイカ。」
「……あの、マティアス…、ごめんなさい。」
「…何を謝っている。」
「…変な事を言って、勝手に飛び出して。
忙しいのに…こんな事までさせて…。」
「…こんな事…?」
「……。」
「こんな事とは何だ。」
「……。」
ああ嫌だ。また泣きそうだ。
鼻がツンとする。
「どうして放っておける。あの時も今も、泣いてしまいそうな顔をしているそなたを、どうして放っておける。」
「ずっ…、ごめん、なさ、」
「謝るな。謝るのは俺の方だろう?……すまなかった、サイカ。」
「…?」
「…少し考えれば分かる事だった。
そなたは…疎外感を感じたのだな?」
「………。」
「すまなかった。そなたの、情に厚い性格を考えれば…そう思うのも当然だった。良い所を見せようと…知らぬ内に終わらせようとしたのは俺の、男の下らぬ見栄だ。
言うのが遅くなってすまなかった。許してくれ。俺の下らぬ見栄のせいでサイカ、そなたを悲しませてしまった。」
「…マティアス…、」
「サイカの怒りは当然だ。それを、俺に伝えぬまま去るのは止めてくれ。言いたい事、思っている事があるなら言って欲しい。…遠慮されるのは辛い。
そういった…似たような思いを、俺はそなたにさせてしまったのだろう?」
向かい合って座っていたマティアスは隣に腰を落とし、私の手を取る。
「俺は我が儘なんだ。サイカの全てを知っておきたい。
それが怒りであろうと何だろうと…そなたが感じた事や思った事を全て知りたい。
だが…これも俺の我が儘だな。俺も話していないのに、そなただけに話をさせようというのも一方的だ。…すまなかった。」
マティアスの誠実な気持ちが伝わって、私は首を横に振る。
きちんと話をせず飛び出したのは、私の見栄だ。
こんな子供っぽい私を知られたくなくて、良く思われたままでいたくて。
「…私だけ、仲間外れみたいで寂しい。」
「ああ。」
「私、貴族の事だけじゃなくて…この世界、この国のことだってまだまだ知らないから、…そのせいかもって。そんな事ないって分かってても、そう思っちゃって、」
「…そんな事はない。」
「…うん。…見栄、だったんですよね…?」
「そうだ。俺はそなたに何の憂いもなく過ごして欲しいとそう思っている。それは俺だけでなく皆そうだ。
故郷を離れ慣れぬ世界へ。そして俺の婚約者になり、色々とすべき事も増えたろう?
…これ以上心配事を増やしたくもない。無理もさせたくない。
準備を進めているがどうなるかは分からない。伝えるのはある程度先が見えてからで十分だと思っていた。」
「…うん。」
「物事には幾つもの可能性がある。何が起きても対処出来るよう方々に手を打つ必要がある。
だが手を打っていても、不安は残る。その不安がある程度消えるまではそなたに伝えぬと俺が勝手に決めたんだ。
悪かった、サイカ。下らぬ見栄を張った俺を許してくれ。」
「…私も、八つ当たりしてごめんなさい。」
「いいや。俺が悪かったんだ。そなたが謝る必要などない。」
私はこんなに単純な人間だったんだ。
マティアスの話を聞いて、悪かったと謝るその言葉を聞いて、それだけでもういいと思える。
これからも色んな事があるはずだ。今回と同じように私だけ蚊帳の外だろうと事前に伝えてくれるのであればそれでもういいと思う。
「…あのねマティアス。」
「うん?」
「…伝えてくれるだけでいいの。」
「?」
「事後報告だけは嫌。過程も、伝えられない事なら伝えなくていい。最初に伝えてくれるだけでいいの。
私が協力出来る事なら勿論協力したいし、出来る事があるならしたい。
でも、私が動く事で何かしら支障がある事も当然あると思う。」
「…ああ。」
「そういう時は、最初に伝えてくれるだけでいいの。
最初に伝えてくれさえすれば…私に出来る事がなくても心から納得出来る。」
「…サイカ…」
「でもね、どうしても伝えられない事は伝えなくていい。
ええと、これは言ってる事が矛盾してるんだけど…。」
「聞かせてくれ。」
「うん。何かあれば最初に言ってとは言ったけど、でもどうしても伝えられない事は伝えなくていいの。
でも、伝えてもいいと思った事は最初に伝えて欲しい。
その中で私に出来る事があるなら、都度伝えて欲しい。ごめんね、訳の分からない事言って…。」
「いいや。よく分かった。…話してくれてありがとう、サイカ。
悲しい思いをさせてすまなかった。」
「ううん、もういいの。ちゃんと話せてスッキリしたし、納得出来た。…追いかけて来てくれてありがとう、マティアス。」
抱き締められて、ほっと安心する。
マティアスの気持ちを知る前と知った後では、状況が変わらないとしてももう、疎外感を感じなかった。ついさっきまでが嘘の様に。
「サイカ。」
「はい。」
「そなたの不安に気付いてやれず、すまなかった。」
「え?」
「これも、そなたの性格を考えれば分かる事だったのに。
気付くのが遅くなった俺のせいだな。」
「マティアス、何を…。」
「不安だろう?俺からのプロポーズを受けてから…そなたの環境は大きく変わった。
俺の妻になるその重みをそなたは想像し、受け止め、そしてそれから出来る事を努力してくれている事を俺は知っている。
ディーノからの報告もあれば、会って直接そなたの成長を感じる事もあるからな。」
「…そっか、私、成長出来てたんだ…。」
「ああ。ディアゴ村からの帰り道。俺はそなたが故郷でどう過ごしていたかを聞いたな。
俺も想像してみた。貴族社会や王政国家ではない、この世界とは随分違う所から来たのだと理解した。
…そなたはこれまでずっと、先の見えない不安の中、頑張っていたのだな。」
マティアスに言われて、私は初めて気付いた。
私は今日までずっと不安だったんだと。
ある程度の事を学ぶにしても、どの程度まで知っておくべきなのかも分からない。
何が必要で、一番しなくてはならない事も検討が付かない。
ただ今日はこれをやりましょうと先生に言われるままなのも不安で、自分がちゃんと先に進んでいるのかさえ分からなかった。
王妃という立場が何をすべきなのかもよく分からない。
でも、人の命を背負う立場になる事だけは分かって、ただマティアスの隣に立っているだけじゃいけないのだけは分かっていて、それは皆と一緒になるにも。
でもその他に何も分からないのがまた不安だった。
「……ああ、そっか……私、」
「そなたが飛び出した理由はそういった不安もあって…と、考えた。
未知の世界。どこまで、何をすればいいのか。想像すら出来ない事も不安で、ちゃんと前に進んでいるのかも分からない。
そんな中で今日、俺からの話だ。さぞ心苦しかった事だろう。
何も出来ないからではない。俺が、そう思わせてしまったのだな。」
「……ううん、マティアスのせいじゃない…。自分でも不安だった自覚、なかったから…。
悔しいとも思ったし、自分が情けないとも思ったし、悲しかったし寂しかったし、…何かぐちゃぐちゃだった。
だから余計に…私だけが知らなかった事が、余計に、きちゃったみたい。」
「…ああ、そうだろうな。」
悔しい、情けない。苛立ち、悲しさ、虚しさ。
そういった感情を感じたのは、私が必死に努力をしていたからだという事だ。
何かを成し遂げる為にそれこそがむしゃらに。不安にすら気付かない程。
それはこれまでの人生で初めての事。
「私、役立たずじゃない?」
「そんな事はない。そなたがいてこそ、皆頑張れる。
それだけじゃない。ディアゴ村でもサイカはよくやってくれた。無力を感じる事はない。」
「うん。」
「サイカ自身の為にというのも勿論だろうが…俺や皆の為に頑張ってくれてありがとう。
そなたはいつも、本当によく頑張ってくれている。」
「うん。」
「そなたの頑張りはちゃんと、身に現れている。
そなたの努力を、ディーノも俺も、皆も分かっているから。」
「ん、…うんっ、」
良くやったとマティアスに頭を撫でられる。
これまでの頑張りが報われて、認められて、単純だけどもっともっと頑張ろうという気持ちになった。
「…さて。まだ帰るには早いだろう?部屋に戻り休息に付き合ってくれるか?」
「うん…!」
王宮へ戻った私はマティアスと一緒に紅茶を飲みながら沢山話をした。
何故皆に会えないのか、その具体的な理由。
私が四人全員と一緒になる為にはどうすればいいか。マティアスたちが出した結論。
「皆に私を認めさせる…?」
「そうだ。だが特別な事はしなくていい。普段通りのそなたでいれば、きっと民は納得すると俺たちは確信している。」
「…分かった。特に何かする必要はない…それでいい?」
「それでいい。…そなたの魅力はその美しい容姿ではない。
それを一番よく知っているのはそなたの恋人である俺たちだからな。」
多分、これからも私に内緒で進んでいく事もあるのだろう。
それがどうしても言えない事であるなら仕方ないと、今の私はそう思えた。
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