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98 会えぬ間に動き出す③
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「失礼致します、旦那様。陛下から手紙が届いております。」
「マティアスから?サイカからはこの前に届いたし…何かあったんじゃないだろうな…。」
マティアスと二人で話してから二ヶ月という日が経った。
その間僕はサイカと一切会ってはおらず、愛する女の姿を一目たりと見ないようにしていた。
一目でも見てしまえば会いたいという気持ちが余計に募る。
万が一を考えてクライス邸から直接ではなく、クライス邸からマティアスの元へ、そしてマティアス経由で送るようにしてもらっているサイカからの手紙。
手紙でさえもうどうしようもない気持ちになるというのに、会ってしまえばどうなるか。
ベルナンド、そしてバロウズの動向を探っている間はサイカの後ろに僕がいる事を匂わせてはならない。
マティアスからの手紙は心配していた様な事はなく、色々と順調に進んでいる事が書かれてあった。
土砂崩れが起きてしまったディアゴ村へサイカと共に訪れた事も。それから、サイカが故郷でどんな人生を送っていたか。
「……これはまた…成る程成る程…。」
以前からサイカについては驚く事が多々あった。
その根本とも言える部分がはっきりと分かった瞬間でもあった。
美貌、優しさ、知性、そして…他の令嬢にはない自立した考えを持つ女だと。自分の事は自分で責任を取る。この言葉は容易く言える言葉じゃない。他の女なら。
両親からは大きな愛情もらい善悪をきちんと教わり、人として生きる上で必要な事を教わった。幼い頃から教育を受け、集団で行動する事で協調性を学んだ。そして成人し、世に出てからは社会を学んだ。親元を離れ働きながら一人で生活をしてきたというサイカ。
貴族社会、王政国家でないサイカの故郷。
身分関わらず誰もが幼い頃から勉学を学べ、人生の選択もそれぞれが出来る。
富裕層と貧困層の生活格差はあるものの、多くを望まなければ人が生きていく上で生活には困らないという…信じられない程高い水準の暮らし。
この国で言えば平民も貴族も関係なく読み書きを習い、計算や自国だけでなく他国の歴史も、一般常識も学べるという事であり、そして貴族と平民の間には大きな格差や差別がある。
教育、教養は貴族しか受けれられない、否、平民がそういったものを受ける必要がないこの国とは違い、サイカの故郷はとんでもなく時代が進んでいる事もマティアスの手紙を読めば分かった。
ああ、成る程なと納得した。
「他にいないわけだ。」
そう。サイカという女はこの世界にとって極めて異質な存在であり、それと同時に稀有な女だったという事だ。
「……焦りは禁物。だが…急ぐ必要もあるか。」
引き出しから資料を取り出し、内容に目を通す。
ベルナンドとバロウズの件は僕がサイカと婚約する前に片付けなければならない。
けれどベルナンドは細心の注意を払わなくてはならない人物だった。
狡猾な男はこれまでも何度も汚い手を使い人を不幸に落としている。
全ての財産を奪われ、失った者。大切なものを奪われた者。殺された者。
ベルナンドという男を信じたせいで、ベルナンドという男に従ったせいで不幸になった者は想像以上に多かった。
ベルナンドがバロウズと結託してサイカに何かをするか、その確証はないが…あの婚約式の日からどうにも嫌な予感と言うか、何か引っ掛かっているままだ。
「どうしたルドルフ。用がないなら下がっていいぞ。」
「いえ……見張りから気になる報告がありまして…。」
「…気になる報告?何だ。」
「ベルナンド侯爵の屋敷で…リスティア連合国第一王子の護衛騎士を見かけたとか。」
「……王太子の護衛騎士が?何故王太子の護衛だと分かったんだ。」
「御前試合に参加していたそうです。
買収したベルナンド邸の使用人が侯爵に付き添って御前試合を見学したそうで…似た人物が二度、屋敷に来たと。アーマーを着てはいなかった為確かであるかは分からないそうですが。」
「…もしそうだとすれば…何故リスティア連合国王太子の護衛がベルナンド邸へ…?
そもそもレスト帝国とリスティア連合国は互いにそう付き合いはない。昔は戦争をした事もあるし……個人間の付き合いか?いや…だが…。」
まただ。胸の引っ掛かりがより増した気がする。
クライス候からの報告では、ベルナンドからクライス候へパーティーの招待状や親交を深めたいといった内容の手紙が何度も送られているらしい。
サイカをあんないやらしい目で見ていたのだからそれも当然だろう。
ベルナンドはクライス候と何とか縁を深めようとしている。
サイカ見たさかサイカと縁を持ちたいだけならいい。でもそれがサイカを手込めにしようとしている可能性もあると当然、僕やマティアス、皆が同じ事を考えているだろう。
サイカはベルナンドより立場が上の、クライス候の義娘だ。
そして我が国の王、マティアスの婚約者でもある。
サイカを手込めにしたりといった、馬鹿な事はしないはずだ。普通ならば。常識的に考えれば。
けれどどうしても、あの婚約式からずっと、胸の中に何か嫌なものが引っ掛かっている。
「……マティアスの所へ行く。先触れを出しておいてくれ。」
「…畏まりました。…何か、思い当たる事でも?」
「…いや、正直まだ分からない。
婚約式の招待客…そのリストを見たいんだ。見れば何か気付く事もあるかも知れない。」
「では直ぐに用意を整えます。」
「ああ、頼んだ。」
慎重に。注意深く。焦らず、確実に。
ベルナンドという男の性格、性質を分析し奴の思考や行動を予想、予測して動かなくてはならない。
何せ相手は僕やマティアスらより四十も上の爺だ。
まだ二十六、七の僕らと六十過ぎたベルナンド。四十年という空いた歳の、人生経験値は大きな差がある。
王太子であったマティアスは兎も角、僕はこれまで必要最低限人を避けて生きてきた。
どうしても参加しなくてはならないものでない限り、あらゆる貴族の集まりを避けてきたのだ。
普段からそういった集まりに参加していれば…ベルナンドの事前情報はもっと集まっていただろう。それが悔やまれる。
「クラフ公爵閣下、お待ちしておりました。
陛下の元へご案内致します。」
「ああ。」
この王宮にもベルナンドと繋がりのある貴族がいるだろうと話し合った僕たちはその対策も考えた。
まあ、対策という程のものじゃないが。僕がマティアスと従兄弟である事実は国中にいる人間が知っている。
マティアスと僕に繋がりがあろう事も、ベルナンドは当然分かっている。
けれど僕たちの変化までは分かっていない。
僕とマティアスは互いに醜い容姿で、これまでにも愚痴やら領地の事やら何やらと会って話すだけじゃなく食事をしたりする機会も多かった。
僕が知るこれまでのマティアスは…誰かを頼る男じゃなかった。
容姿の事で周りに遠慮していた部分はあるが、必要な事に対しては難くなに我を通すし一歩も引かない。
周りが敵だらけの状況下でも、マティアスは怯まない。
父親を頼るでもなく、従兄弟の僕を頼るでもなく、マティアスは自分の力でやり遂げる男だ。
ある種のプライドは高い。その事はマティアスがこれまで通してきた政策に関わった事のある人間であれば知っている。
「……庭?」
「陛下は丁度休憩中で御座いまして。
最近は庭園で休憩時間を過ごされます。」
「へえ。珍しい。」
「ご婚約者様の影響で御座いますよ。」
「…成る程。」
サイカを守る為に、それだけの為にマティアスは僕らを受け入れた。
ある種のプライドが高い男が、僕らを受け入れた。僕らを頼ったのだ。
それをベルナンドは知らないだろう。マティアスが僕らを頼った事実を。
今のマティアスは一人ではなく、その後ろにクラフ公爵である僕、ウォルト宮中伯の跡取りであるヴァレリア、帝国騎士団の副団長であるカイルが共にいる事を。
そして僕らがいる事実を匂わせてはならない。
「庭園で休息なんてお前らしくない。
婚約者の影響を受けすぎじゃないのか?嬉しいのは分かるが。」
「俺の愛しい婚約者がこの庭園を気に入っていてな。
毎日会う事は難しいがここに来ればサイカとの楽しいやりとりを思い出せる。」
「すっかり腑抜けたじゃないか。」
「どうとでも言え。何ならそなたに俺とサイカの仲の良さを聞かせてやろう。俺の婚約者は世界で一番愛らしい女だ。」
「いい。確かに婚約式で見たお前の婚約者はとんでもなく美しい令嬢だったが…だと言ってもお前のノロケには微塵も興味はない。」
「そう言うな。まあ座れ、爺の入れた紅茶でも飲みながら聞かせてやろう。」
「は!?いいと言っているだろう!?」
「サイカはこの庭園では特に薔薇が好きでな。
俺がサイカに初めて渡した花も薔薇だった。それを今でも嬉しく思ってくれているらしい。…全く、可愛いと思わないか?」
「勝手に話し出すな!興味ないと言っているだろうが!!
独り身の僕への当て付けか!?」
王宮では誰が聞き耳を立てているか分からない。
安全なのはマティアスの部屋か政務室のみ。
僕とマティアスの関係が変化した事を匂わせない為、怪しませない為にもこの下らない寸劇がある程度必要……必要か?これ。こいつが自慢したいだけでは?
「…ったく。…女一人で腑抜けるなよ、マティアス。
お前はこの国のトップなんだ。それを忘れるな。」
「忘れるものか。寧ろ以前より一層、政務に励んでいるぞ。
婚約式から俺の最愛の婚約者に興味津々な害虫共が増えてしまってな…。クライス邸には連日贈り物が届いているらしい。あとサイカと縁を持ちたい貴族たちからの招待状も。
…全く困ったものだ。」
「…まあ、あの美しさじゃ仕方ないだろう。
……まさかお前……まさかとは思うが……令嬢に近付く貴族の動向を監視して……たりはしないよな。まさかそこまで。」
「しているが?」
「…………女一人の為に何をやってるんだお前……呆れてものが言えん……。」
「女一人の為ではない。俺の、レスト帝国皇帝の、その最愛の婚約者が危険に陥らぬように配慮するのは必要な事だ。
いずれ国母になる女だぞ。」
「……そうだとしても、だ。……マティアス、お前は僕の父がどんな男かよく知っているだろう?
女に現を抜かし、公爵という重く、責任ある立場でありながら公務の一つもしなかった録でもない父親だ。
……同じになるな。僕を失望させるな。」
「…同じになると?」
「既にその片鱗があると見て取れるが。
僕らの容姿を異性として受け入れてくれる女は少ない…いや、ほぼいないだろう。お前の喜びは分かる。でもお前はレスト帝国の皇帝だ。立場を忘れるなよ。…僕は父のような人間が嫌いだ。立場を忘れ女に現を抜かす人間が、大嫌いだ。
もしお前が父と同じ側の人間になるなら……悪いがその時、僕はお前に付いてはいかない。早々に見限らせてもらうぞ。」
「……心に留めておこう。」
「そうしてくれ。それで、もう休息はいいか?
いいなら仕事の話をしたいんだ。僕だって暇じゃない。お前の婚約者との下らない話より有意義な仕事の話がしたい。」
「では執務室へ行こう。」
物事には幾つもの可能性がある。
道は一本ではなく、幾つも枝分かれしそれぞれの結果に繋がっている。
マティアスが様々な可能性を考え手を打っているその伏線を、僕らは予測して対応し続けなければならない。
それだけでなく、僕ら個人でも幾つもの可能性の、その先々を考え行動しなければならない。全く骨が折れる。
「…はあ、演技というのは疲れるものだな。」
「その割りに熱の入った演技だったではないか。」
「僕なりに奴の性格を分析した結果だ。
僕とお前の共通点は従兄弟同士で、そして醜い容姿である事。
これまで僕とお前は醜い容姿で受けてきた差別や悪意、その愚痴も沢山話してきた。周りからはそうやって慰め合っていると思われていただろうし、実際そうだった。
そういった部分の絆が僕らの間にはあるとベルナンドも思っているはずだ。」
「まあ、そうだろうな。……さて、必要なのは婚約式に来ていた者のリストだったか…持って帰るか?」
「いや、この場で読ませてもらう。その方がいいだろう?」
「だな。…これがリストだ。」
「……各国の王族貴族目白押しだな…。まあ、大国レスト帝国、その皇帝陛下の婚約式だから当然か。」
リストの中にはリスティア連合国の王族貴族の名前も当然あった。
流石に護衛の名前は記載されていないが王族が来ていたのだからその護衛も来ていたに違いない。
リストを見れば何か気付く事もあるんじゃないかと思っていたが…見ても何かを感じたりはなく、おかしな所もなかった。
「……国王夫妻…王太子である第一王子、第二、第三王子…第一王女、第二王女…全員来ているか…。
……なあマティアス、リスティア連合国の王族とは話した事があるか?」
「当然だろう。同じ大国同士だ。ドライト王国とリスティア連合国の王族、貴族はどの国の王族より優先して話をすべき相手だぞ。」
「…王太子とは?どんな奴だ?」
「……分からん。」
「……は?分からない、とはどういう事だ?話した事があるんだろう?」
「歳は今年で十九。容姿は平凡…普通だな。
性格は…いつ話しても終始穏やかだった。物腰柔らかで初めて会った時も俺を見て嫌な目を向けて来なかった。
弟妹たちにも慕われている様子だったし…王太子の悪い噂は聞かない。公務も積極的に励んでいるしサイカを連れて挨拶もしたが…特にこれといったものは感じなかった。」
「……何だ、知ってるじゃないか。ふぅん……いい奴っぽいな。
他の王子や王女はどうだ?」
「第二王子と第三王子は容姿に恵まれている。女たちが放っておかないだろう。
第二王子は兄と似たような性格で第三王子は甘やかされているか。王女たちもそれなりに美しいと称される容姿に入っている。第一王女は気位が高い。第二王女は一番末だ。まだ幼いのでなんとも。国王よりも王妃が強い感じだな。あれは。
それで?リスティアの事を聞くくらいだ。何かあったのだろう?」
「…まだ全くもってはっきりとしないんだ。ただこう…ずっともやもやとしたものがあってだな……いや、お前に話すのはもう少し後にする。」
「そうか。……リュカ。」
「うん?」
「一点に集中するのではなく範囲を広げて見てみるのも手だぞ。」
「……?」
「俺の経験上の話だ。そうしてみれば見えてくるものもあるし、気付きや閃きもある。
……そうだな、色んなパーティーに参加してみたらどうだ?
これまでそうした集りには余り参加してこなかっただろう?
そなたは頭が切れるがそういう経験の少なさ故に一点しか見えていない事がある。」
にやりと悪い顔をして笑うマティアス。
その意図を察するまで、僕は一週間も悩み続けた。
「マティアスから?サイカからはこの前に届いたし…何かあったんじゃないだろうな…。」
マティアスと二人で話してから二ヶ月という日が経った。
その間僕はサイカと一切会ってはおらず、愛する女の姿を一目たりと見ないようにしていた。
一目でも見てしまえば会いたいという気持ちが余計に募る。
万が一を考えてクライス邸から直接ではなく、クライス邸からマティアスの元へ、そしてマティアス経由で送るようにしてもらっているサイカからの手紙。
手紙でさえもうどうしようもない気持ちになるというのに、会ってしまえばどうなるか。
ベルナンド、そしてバロウズの動向を探っている間はサイカの後ろに僕がいる事を匂わせてはならない。
マティアスからの手紙は心配していた様な事はなく、色々と順調に進んでいる事が書かれてあった。
土砂崩れが起きてしまったディアゴ村へサイカと共に訪れた事も。それから、サイカが故郷でどんな人生を送っていたか。
「……これはまた…成る程成る程…。」
以前からサイカについては驚く事が多々あった。
その根本とも言える部分がはっきりと分かった瞬間でもあった。
美貌、優しさ、知性、そして…他の令嬢にはない自立した考えを持つ女だと。自分の事は自分で責任を取る。この言葉は容易く言える言葉じゃない。他の女なら。
両親からは大きな愛情もらい善悪をきちんと教わり、人として生きる上で必要な事を教わった。幼い頃から教育を受け、集団で行動する事で協調性を学んだ。そして成人し、世に出てからは社会を学んだ。親元を離れ働きながら一人で生活をしてきたというサイカ。
貴族社会、王政国家でないサイカの故郷。
身分関わらず誰もが幼い頃から勉学を学べ、人生の選択もそれぞれが出来る。
富裕層と貧困層の生活格差はあるものの、多くを望まなければ人が生きていく上で生活には困らないという…信じられない程高い水準の暮らし。
この国で言えば平民も貴族も関係なく読み書きを習い、計算や自国だけでなく他国の歴史も、一般常識も学べるという事であり、そして貴族と平民の間には大きな格差や差別がある。
教育、教養は貴族しか受けれられない、否、平民がそういったものを受ける必要がないこの国とは違い、サイカの故郷はとんでもなく時代が進んでいる事もマティアスの手紙を読めば分かった。
ああ、成る程なと納得した。
「他にいないわけだ。」
そう。サイカという女はこの世界にとって極めて異質な存在であり、それと同時に稀有な女だったという事だ。
「……焦りは禁物。だが…急ぐ必要もあるか。」
引き出しから資料を取り出し、内容に目を通す。
ベルナンドとバロウズの件は僕がサイカと婚約する前に片付けなければならない。
けれどベルナンドは細心の注意を払わなくてはならない人物だった。
狡猾な男はこれまでも何度も汚い手を使い人を不幸に落としている。
全ての財産を奪われ、失った者。大切なものを奪われた者。殺された者。
ベルナンドという男を信じたせいで、ベルナンドという男に従ったせいで不幸になった者は想像以上に多かった。
ベルナンドがバロウズと結託してサイカに何かをするか、その確証はないが…あの婚約式の日からどうにも嫌な予感と言うか、何か引っ掛かっているままだ。
「どうしたルドルフ。用がないなら下がっていいぞ。」
「いえ……見張りから気になる報告がありまして…。」
「…気になる報告?何だ。」
「ベルナンド侯爵の屋敷で…リスティア連合国第一王子の護衛騎士を見かけたとか。」
「……王太子の護衛騎士が?何故王太子の護衛だと分かったんだ。」
「御前試合に参加していたそうです。
買収したベルナンド邸の使用人が侯爵に付き添って御前試合を見学したそうで…似た人物が二度、屋敷に来たと。アーマーを着てはいなかった為確かであるかは分からないそうですが。」
「…もしそうだとすれば…何故リスティア連合国王太子の護衛がベルナンド邸へ…?
そもそもレスト帝国とリスティア連合国は互いにそう付き合いはない。昔は戦争をした事もあるし……個人間の付き合いか?いや…だが…。」
まただ。胸の引っ掛かりがより増した気がする。
クライス候からの報告では、ベルナンドからクライス候へパーティーの招待状や親交を深めたいといった内容の手紙が何度も送られているらしい。
サイカをあんないやらしい目で見ていたのだからそれも当然だろう。
ベルナンドはクライス候と何とか縁を深めようとしている。
サイカ見たさかサイカと縁を持ちたいだけならいい。でもそれがサイカを手込めにしようとしている可能性もあると当然、僕やマティアス、皆が同じ事を考えているだろう。
サイカはベルナンドより立場が上の、クライス候の義娘だ。
そして我が国の王、マティアスの婚約者でもある。
サイカを手込めにしたりといった、馬鹿な事はしないはずだ。普通ならば。常識的に考えれば。
けれどどうしても、あの婚約式からずっと、胸の中に何か嫌なものが引っ掛かっている。
「……マティアスの所へ行く。先触れを出しておいてくれ。」
「…畏まりました。…何か、思い当たる事でも?」
「…いや、正直まだ分からない。
婚約式の招待客…そのリストを見たいんだ。見れば何か気付く事もあるかも知れない。」
「では直ぐに用意を整えます。」
「ああ、頼んだ。」
慎重に。注意深く。焦らず、確実に。
ベルナンドという男の性格、性質を分析し奴の思考や行動を予想、予測して動かなくてはならない。
何せ相手は僕やマティアスらより四十も上の爺だ。
まだ二十六、七の僕らと六十過ぎたベルナンド。四十年という空いた歳の、人生経験値は大きな差がある。
王太子であったマティアスは兎も角、僕はこれまで必要最低限人を避けて生きてきた。
どうしても参加しなくてはならないものでない限り、あらゆる貴族の集まりを避けてきたのだ。
普段からそういった集まりに参加していれば…ベルナンドの事前情報はもっと集まっていただろう。それが悔やまれる。
「クラフ公爵閣下、お待ちしておりました。
陛下の元へご案内致します。」
「ああ。」
この王宮にもベルナンドと繋がりのある貴族がいるだろうと話し合った僕たちはその対策も考えた。
まあ、対策という程のものじゃないが。僕がマティアスと従兄弟である事実は国中にいる人間が知っている。
マティアスと僕に繋がりがあろう事も、ベルナンドは当然分かっている。
けれど僕たちの変化までは分かっていない。
僕とマティアスは互いに醜い容姿で、これまでにも愚痴やら領地の事やら何やらと会って話すだけじゃなく食事をしたりする機会も多かった。
僕が知るこれまでのマティアスは…誰かを頼る男じゃなかった。
容姿の事で周りに遠慮していた部分はあるが、必要な事に対しては難くなに我を通すし一歩も引かない。
周りが敵だらけの状況下でも、マティアスは怯まない。
父親を頼るでもなく、従兄弟の僕を頼るでもなく、マティアスは自分の力でやり遂げる男だ。
ある種のプライドは高い。その事はマティアスがこれまで通してきた政策に関わった事のある人間であれば知っている。
「……庭?」
「陛下は丁度休憩中で御座いまして。
最近は庭園で休憩時間を過ごされます。」
「へえ。珍しい。」
「ご婚約者様の影響で御座いますよ。」
「…成る程。」
サイカを守る為に、それだけの為にマティアスは僕らを受け入れた。
ある種のプライドが高い男が、僕らを受け入れた。僕らを頼ったのだ。
それをベルナンドは知らないだろう。マティアスが僕らを頼った事実を。
今のマティアスは一人ではなく、その後ろにクラフ公爵である僕、ウォルト宮中伯の跡取りであるヴァレリア、帝国騎士団の副団長であるカイルが共にいる事を。
そして僕らがいる事実を匂わせてはならない。
「庭園で休息なんてお前らしくない。
婚約者の影響を受けすぎじゃないのか?嬉しいのは分かるが。」
「俺の愛しい婚約者がこの庭園を気に入っていてな。
毎日会う事は難しいがここに来ればサイカとの楽しいやりとりを思い出せる。」
「すっかり腑抜けたじゃないか。」
「どうとでも言え。何ならそなたに俺とサイカの仲の良さを聞かせてやろう。俺の婚約者は世界で一番愛らしい女だ。」
「いい。確かに婚約式で見たお前の婚約者はとんでもなく美しい令嬢だったが…だと言ってもお前のノロケには微塵も興味はない。」
「そう言うな。まあ座れ、爺の入れた紅茶でも飲みながら聞かせてやろう。」
「は!?いいと言っているだろう!?」
「サイカはこの庭園では特に薔薇が好きでな。
俺がサイカに初めて渡した花も薔薇だった。それを今でも嬉しく思ってくれているらしい。…全く、可愛いと思わないか?」
「勝手に話し出すな!興味ないと言っているだろうが!!
独り身の僕への当て付けか!?」
王宮では誰が聞き耳を立てているか分からない。
安全なのはマティアスの部屋か政務室のみ。
僕とマティアスの関係が変化した事を匂わせない為、怪しませない為にもこの下らない寸劇がある程度必要……必要か?これ。こいつが自慢したいだけでは?
「…ったく。…女一人で腑抜けるなよ、マティアス。
お前はこの国のトップなんだ。それを忘れるな。」
「忘れるものか。寧ろ以前より一層、政務に励んでいるぞ。
婚約式から俺の最愛の婚約者に興味津々な害虫共が増えてしまってな…。クライス邸には連日贈り物が届いているらしい。あとサイカと縁を持ちたい貴族たちからの招待状も。
…全く困ったものだ。」
「…まあ、あの美しさじゃ仕方ないだろう。
……まさかお前……まさかとは思うが……令嬢に近付く貴族の動向を監視して……たりはしないよな。まさかそこまで。」
「しているが?」
「…………女一人の為に何をやってるんだお前……呆れてものが言えん……。」
「女一人の為ではない。俺の、レスト帝国皇帝の、その最愛の婚約者が危険に陥らぬように配慮するのは必要な事だ。
いずれ国母になる女だぞ。」
「……そうだとしても、だ。……マティアス、お前は僕の父がどんな男かよく知っているだろう?
女に現を抜かし、公爵という重く、責任ある立場でありながら公務の一つもしなかった録でもない父親だ。
……同じになるな。僕を失望させるな。」
「…同じになると?」
「既にその片鱗があると見て取れるが。
僕らの容姿を異性として受け入れてくれる女は少ない…いや、ほぼいないだろう。お前の喜びは分かる。でもお前はレスト帝国の皇帝だ。立場を忘れるなよ。…僕は父のような人間が嫌いだ。立場を忘れ女に現を抜かす人間が、大嫌いだ。
もしお前が父と同じ側の人間になるなら……悪いがその時、僕はお前に付いてはいかない。早々に見限らせてもらうぞ。」
「……心に留めておこう。」
「そうしてくれ。それで、もう休息はいいか?
いいなら仕事の話をしたいんだ。僕だって暇じゃない。お前の婚約者との下らない話より有意義な仕事の話がしたい。」
「では執務室へ行こう。」
物事には幾つもの可能性がある。
道は一本ではなく、幾つも枝分かれしそれぞれの結果に繋がっている。
マティアスが様々な可能性を考え手を打っているその伏線を、僕らは予測して対応し続けなければならない。
それだけでなく、僕ら個人でも幾つもの可能性の、その先々を考え行動しなければならない。全く骨が折れる。
「…はあ、演技というのは疲れるものだな。」
「その割りに熱の入った演技だったではないか。」
「僕なりに奴の性格を分析した結果だ。
僕とお前の共通点は従兄弟同士で、そして醜い容姿である事。
これまで僕とお前は醜い容姿で受けてきた差別や悪意、その愚痴も沢山話してきた。周りからはそうやって慰め合っていると思われていただろうし、実際そうだった。
そういった部分の絆が僕らの間にはあるとベルナンドも思っているはずだ。」
「まあ、そうだろうな。……さて、必要なのは婚約式に来ていた者のリストだったか…持って帰るか?」
「いや、この場で読ませてもらう。その方がいいだろう?」
「だな。…これがリストだ。」
「……各国の王族貴族目白押しだな…。まあ、大国レスト帝国、その皇帝陛下の婚約式だから当然か。」
リストの中にはリスティア連合国の王族貴族の名前も当然あった。
流石に護衛の名前は記載されていないが王族が来ていたのだからその護衛も来ていたに違いない。
リストを見れば何か気付く事もあるんじゃないかと思っていたが…見ても何かを感じたりはなく、おかしな所もなかった。
「……国王夫妻…王太子である第一王子、第二、第三王子…第一王女、第二王女…全員来ているか…。
……なあマティアス、リスティア連合国の王族とは話した事があるか?」
「当然だろう。同じ大国同士だ。ドライト王国とリスティア連合国の王族、貴族はどの国の王族より優先して話をすべき相手だぞ。」
「…王太子とは?どんな奴だ?」
「……分からん。」
「……は?分からない、とはどういう事だ?話した事があるんだろう?」
「歳は今年で十九。容姿は平凡…普通だな。
性格は…いつ話しても終始穏やかだった。物腰柔らかで初めて会った時も俺を見て嫌な目を向けて来なかった。
弟妹たちにも慕われている様子だったし…王太子の悪い噂は聞かない。公務も積極的に励んでいるしサイカを連れて挨拶もしたが…特にこれといったものは感じなかった。」
「……何だ、知ってるじゃないか。ふぅん……いい奴っぽいな。
他の王子や王女はどうだ?」
「第二王子と第三王子は容姿に恵まれている。女たちが放っておかないだろう。
第二王子は兄と似たような性格で第三王子は甘やかされているか。王女たちもそれなりに美しいと称される容姿に入っている。第一王女は気位が高い。第二王女は一番末だ。まだ幼いのでなんとも。国王よりも王妃が強い感じだな。あれは。
それで?リスティアの事を聞くくらいだ。何かあったのだろう?」
「…まだ全くもってはっきりとしないんだ。ただこう…ずっともやもやとしたものがあってだな……いや、お前に話すのはもう少し後にする。」
「そうか。……リュカ。」
「うん?」
「一点に集中するのではなく範囲を広げて見てみるのも手だぞ。」
「……?」
「俺の経験上の話だ。そうしてみれば見えてくるものもあるし、気付きや閃きもある。
……そうだな、色んなパーティーに参加してみたらどうだ?
これまでそうした集りには余り参加してこなかっただろう?
そなたは頭が切れるがそういう経験の少なさ故に一点しか見えていない事がある。」
にやりと悪い顔をして笑うマティアス。
その意図を察するまで、僕は一週間も悩み続けた。
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