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104 狐と狸の化かし合い
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「クラフ公爵閣下…!お待ち申し上げておりました!本日は我がベルナンド邸へお越し下さりました事、心より感謝申し上げます…!」
「気になる手紙が届いたんだ。来ないわけにもいかないだろう。」
「そうでしょうとも…。
心苦しい事ではありますが…私も…これ以上見過ごすわけには行かず…しかし…誰にこの事実をお伝えしてよいものかと…。」
「それで僕か。」
「左様で御座います。公爵閣下は陛下の従兄弟であらせられる。陛下に諫言出来る数少ないお方ですからな。」
ある日の事、リュカは自身が調べているベルナンド侯爵本人からの手紙を貰った。
その手紙の中にはマティアスがサイカにうつつを抜かし、王としての責務を軽んじるようになってしまった…といった内容だった。
「王宮に勤めている貴族には我が家と懇意にしている貴族が多数おりましてな…。
彼らから、相談を受けておったのです。」
「…マティアス…陛下が婚約者の令嬢にうつつを抜かしていると書いていたな。」
「左様で御座います。聞く所によると…陛下は令嬢が王宮に来られる日は政務もせず、令嬢の傍にべったりと……お喜びになる気持ちは皆、重々理解しておるのですが…。
陛下は令嬢の傍を一時も離れず、臣の呼び声にも答えないと…。嘆かわしい…。」
「……成る程……悪い予感が当たった訳だ…。……はあ、何をやっているんだ、全く。…仕事をちゃんとしていると僕は聞いていたが…違うのだな?」
「…そのようですな…。」
「…だが…ベルナンド侯爵。…それを、僕に伝えようと思ったのは何故だ?確かに僕は陛下の従兄弟だ。だが…陛下の味方かも知れんぞ。」
「何を仰いますか。公爵閣下がどんなお方であるかは聞き及んでおりますとも。」
真摯な顔でリュカを見つめるベルナンドは、リュカに手紙を送った経緯を訥々と話す。
通常、長子が爵位を継承するのは先代が亡くなってからの事で、リュカのケースは珍しい。珍しくはあるが、無くはない事。
噂好きの貴族たちは当然、珍しいケースで爵位を継承したリュカと、リュカの父親である先代クラフ公爵の確執も知った。
先代の女好きを知っている者も多く、噂はあっという間にレスト帝国へ広まったのだ。
「今の陛下は正に、先代公爵と同じ道を辿っていると…。
女に狂った王の末路は…歴史が物語っております…。
私はこのレスト帝国を愛しておるのです…!故郷であるこの国を、大切に思っておるのです…!!
それに、…あの令嬢にも…私はずっと疑問を抱いておりました。」
「疑問とは…?」
「クライス侯爵に引き取られる以前は、何処で何をしていたのか…クライス侯爵に伺ってもこれといった返事はなく…。
公爵閣下は何か伺っておいででしょうか。」
「いや。クライス侯爵の古い知人の娘だとは聞いたがそれ以外は。確かにかなり美しい令嬢だったが…令嬢より陛下が父と同じにならないか…それが心配だったのでな。
…前に、陛下と会った時に何となく不安があって…陛下には色々苦言したんだが…。」
「…公爵閣下より……婚約者である令嬢を取ったのでしょう…。
お辛いでしょうが……。」
「……そうか…。僕は、陛下にとってその程度の存在だったのだな…。」
その時、ベルナンドが一瞬にやりと口許を歪めたのをリュカは見逃さなかった。
ベルナンドから手紙を貰う前、リュカは貴族の集まりに何度か参加した。“種”を蒔く為に。
「実は…そういう嫌な予感もあって、何度か貴族の集まりに行ったんだ。僕は普段公爵領で仕事をしているから、色々知らない事も多い。陛下の話なんかがそうだ。そういった集まりに出ないと分からない事もある。」
「そうですな。陛下だけの話では、知り得ない事もありますからな…。」
「その通りだ。……そこでもやはり…陛下が婚約者を溺愛しているという噂ばかりだった。
父と同じになって欲しくない……だから僕は、言いたくもない事を言ったというのに…。
何故だ…女一人でこうも変わってしまうのか…?信じられない…。」
「公爵閣下…。」
マティアスの元へ訪れた際、マティアスはリュカに“色んなパーティーに参加してみたらどうだ?”と助言した。
マティアスが何故そんな事を言ったのか、マティアスの言葉にどんな意図があるのか。察するまでにリュカは一週間も悩んだ。
サイカの後ろにリュカ、ヴァレリア、カイルといった存在がいると勘付かせない為にも演技…振る舞いを取ろうと決めたのも当然二人で考えた。
悩んで、考えて、また悩んで。
そして漸く意図を察した時にまず感じたのは“悔しい”気持ち。
マティアスは演技をしようと話し合ってから…恐らくすぐ、幾つもある可能性、その枝分けを増やした。
その枝分けは、ベルナンド自身がリュカに近付くかもしれない、といった可能性のもの。
マティアスとリュカ、二人の関係が以前までとは違い、変わったという事も悟らせてはならない。
リュカはサイカをマティアスの婚約者としてしか知らないし、二人の関係も、以前同様従兄弟であっても“醜い者同士で、臣下”でなくてはならない。
そこに従兄弟以上の、“友”としての絆がある事を悟られてはならない。
「…公爵閣下は…陛下にどのような言葉をかけられたのですか?」
「失望させるなと言った。陛下が父と同じ側の人間になった時は……早々に見限るとも。
僕は本気だった。本気で、そう伝えたんだ。
陛下は優秀な男だ。僕はこの国の為に精一杯、臣下として支えようと思っていた……だが、目は覚めなかった様だな…。」
「…そうでしたか…。………公爵閣下、陛下は素晴らしい方です。陛下が玉座に就かれ、この国はより良くなりましたとも。
皆が陛下の統治者としての手腕を称え、名君、賢君、慈悲ある王と称えております。」
「………ああ、僕だって、陛下の能力を素晴らしいと思っている。素晴らしいから、期待する。一臣下として共に国をより良くしていこうと…誓ったんだ。あいつには…陛下にはその力がある。」
「はい。悪いのは陛下を誑かした令嬢です。」
「何…?」
「女というものは本当に愚かな生き物なのです、公爵閣下。
陛下は令嬢を“愛する婚約者”として我々に紹介なさいましたが……果たしてそれは、令嬢も同じでしょうか。
私にはどうにも信じられません。…無粋な考えやも知れませんがね…クライス侯爵は優しい領主と民から慕われてはおりますが…心の中まで察する事は出来ませんからな。」
「…ふむ。……僕は、女に関してはよく分からん。
民や貴族たちからの評判はとても良いものだったぞ…?」
「しかしそれが…陛下やクライス侯爵の作戦である可能性も御座いますぞ。陛下にはルシア様の件があります。
まあ…ルシア様は態度があからさま過ぎましたな。あれでは我々も…世継ぎは望めないやも知れないと…そう思ってしまいます。」
「…つまり、令嬢は義父であるクライス侯爵の指示に従っているだけだと言いたいのだな?」
「左様で御座います。」
ベルナンドはこの世界で醜い容姿のリュカに“女”がいないと決めつけていた。
彼は目の前のいるリュカを見下してもいる。
それはごく自然に。敬っているように見えてその実、リュカが女という生き物に対して無知であると決めつけて話をしている。その事に気付いていない。
ベルナンドはリュカだけでなく、多くの人間を見下している。
普段が“そう”だからこそ、自分が今、自分より格上の存在であるリュカをも見下していると気付いていない。
「女とは誠に恐ろしい生き物なのです。
此方が優しくすれば付け上がる。好きにさせれば我が儘放題。…我々、男が必死に稼いだ財産を、我が物顔で搾取する生き物です。
それは…公爵閣下にも覚えがあるのでは?」
「…確かにな。…義母たちも義妹たちも、必要とは思えない量のドレスや宝石を買ったり……呆れた事も多々ある。
咎めると甘えた声ですり寄ってきた。」
「そうで御座いましょう。
ですから、あれほど美しい令嬢が…優しい女とは到底思えないのです。陛下もまた、“女”という生き物を深く存じ上げない。
しかし令嬢はあの美しさです。…これまでも、多くの男を手玉に取っていたでしょう。」
「…成る程。令嬢に熱を上げるわけだ。
男というものを熟知しているからこそ、マティ…陛下を簡単に籠絡出来るというわけか。
……しかし、世継ぎの事を考えるとだな…。」
「そんなものはどうとでもなりますぞ。
大国である我が国の庇護を求めている国は多い。
クライス侯爵令嬢でなくとも構わないではありませんか。
侯爵閣下……私の考えを、お伝えしても宜しいですかな?」
「何だ。聞かせてみろ。」
「…令嬢を、陛下から遠ざけましょう。
陛下はとても素晴らしい統治者です。この国には陛下が必要なのです。無礼を承知で申し上げますと…今の陛下は異常です。
令嬢さえ陛下の傍にいなければ……それで、全て収まりましょう。」
“引掛かった”
リュカは心の中でほくそ笑む。
マティアスが幾つも張り巡らせていた糸に、ベルナンドが見事に掛かった瞬間だった。
「…だが、令嬢を失った陛下がどうなるか…。」
「なに、女などこの世界に幾らでもおります。
確かに令嬢程の美しい女はこの世にはおらんでしょう。
ですが、陛下は寂しい方です。優しくしてくれる女であれば……簡単に、虜になるでしょう。」
「…そんなものか……で?ベルナンド侯爵。お前は僕に、何を望んでいるんだ?」
「…どうか、お力を貸して下さい。
私はこれまで、令嬢の人と成りを知りたく…クライス侯爵に手紙を送って参りました。
我が家に招待して、直接令嬢を見ようと。…しかし、クライス侯爵は変わらず拒否されています。
公爵閣下には……令嬢を、招いて頂きたく存じます。」
「…僕がか?」
「はい。クライス侯爵も、公爵閣下の誘いは無下に出来ません。閣下は陛下の従兄弟でもあらせられます。
令嬢を屋敷に招くのも、何ら疑われるような事は御座いません。その日に、私の手の者に……令嬢を拐わせます。」
「…成る程…。令嬢を招いた後…僕は疑われないようにすればいいわけだ。
だが僕の領地で令嬢が拐われたとなれば…僕も只では済まんだろうな…。
まして、僕より婚約者を大切にする今の陛下であれば…。」
「クライス侯爵の屋敷の周囲には今も大勢の人間がおります。
公爵閣下に招かれ、クライス侯爵が同意をすれば…責任は閣下だけでなくクライス侯爵にも当然ありましょう。
閣下には私から…お礼金を献上させて頂く所存です。」
「……この場では答えが出せんな。
やるにしても、僕が陛下に疑われないようにしなくてはならない。…考えさせてくれ。」
「勿論で御座います。…お返事は、いつでも構いません。
閣下の決断を……良い返事を、お待ちしております。」
リュカがベルナンド邸を後にしたのはもう日が傾き始めた頃だった。
馬車に乗り、カーテンを閉めたリュカは堪えきれずに声を上げて笑う。
「ははははは…!!」
「旦那様のその様子ですと…上手くいったのですね。」
「ははっ…、ああ!ベルナンドは僕とマティアスの関係が変わった事を知らない。サイカの後ろに僕がいる事も。
一応、今日はそれを探るつもりでもいたが…心配はなかったな。」
「…陛下や旦那様の思惑通りに進んでいる…と思っても?」
「ああ。…奴は僕にこう言ってきた。
マティアスからサイカを引き離す為に、サイカを屋敷に招待しろと。奴はそこで…サイカを拐うつもりだ。」
「……なんとまあ……そんな大それた計画を…。
……でも、罠という可能性もあるのでは…?」
「そうだな。ある意味罠だ。」
「え?」
「あの狸、僕を逃げ道にしたんだ。
僕の屋敷にサイカを呼ぶ。そこでサイカが拐われる。
僕の領地で起こった事は当然僕に責任が及ぶ。
あいつはマティアスが優しい男じゃない事を理解しているんだ。従兄弟だからという理由で手加減はしない男だと。
そして僕の性格もどんな性格か分かっている。」
ああ、といつだってリュカの傍に控えていたルドルフは納得し頷いた。
子供の頃から領地の責任を負わされてきたルドルフの主は…領地を愛し、国を愛している。
マティアスという素晴らしい統治者を尊敬し、尊敬する王と共に国を守っていこうとする、責任感が強く、誠実な主。
怠慢を嫌い、怠惰を何よりも嫌う主。
ベルナンド侯爵はそういった主の性格を知り、逃げ道として罠に嵌めようと考えたのかと納得した。
仮にリュカがベルナンド侯爵の思っている通り、サイカの恋人ではなく、サイカとの繋がりが無かったとして。
疎む父親と同じ道を歩もうとするマティアスを、リュカは失望し、決して理解しようとしないだろう。
領地の為国の為、リュカは覚悟を決めたらその責任を負う。
ベルナンド侯爵に唆されたとか、そういった自分の保身に走らないだろう。
そして自分がいなくなったとしても、ベルナンドが味方でいるのなら…またマティアスが道を誤ったとしても諌めてくれるだろう。だから何かあったとしても、リュカはベルナンド侯爵の名前を出さないだろう。
恐らくそう、ベルナンドは考えている。
だって自分の主は、そういう潔い男だとルドルフは知っているから。
「…おのれあの腐れ爺…!未来の奥方であるサイカ様を手込めにしようとするだけでなく…私たちの大切な旦那様まで…!
おのれ腐れ爺!おのれ腐れ狸…!!…旦那様!あの腐れ狸爺を完膚なきまで叩き潰しましょう…!!」
「お、おう…。
……だが、返事は当分書かないつもりだ。」
「…何故です。現行犯を捕まえればいいことです!捕まえて、黒幕を吐かせてやりましょう!!
それに、旦那様が証言されればいいのです!!黙っている義理もないのですから!!」
「いや。…恐らく、まだ何かある。
これだけじゃないはずだ。……なあルドルフ。疑問に思わないか?」
「?」
「サイカが行方を眩ましたとする。
そうなった時、サイカを溺愛していると噂されているマティアスの行動は…何が考えられる。」
「…それは…全力でサイカ様の行方を探すでしょう!
疑わしい者の屋敷だけでなく国中のありとあらゆる所を陛下はお探しになると思います!」
「ではそのサイカを何処に隠す。
マティアスが国中のありとあらゆる所を探す…そう思うなら、サイカは何処に隠しておく。」
「あ……。」
「それをあの狸が考えていないはずがない。
今日、ベルナンドの話を聞いて有り得ない可能性に気付いた。」
「…有り得ない可能性…?」
「…この国のありとあらゆる場所をマティアスは探すだろう。
ベルナンドはマティアスがサイカを溺愛し、自分を警戒しているのも知っている。
……レスト帝国内に隠すのは危険だ。マティアスがどんな男か知っているのなら尚更…国内に隠す事はしない。
なら何処だ。……国外だ。」
「!!!」
「何故、リスティア連合国の者が侯爵の屋敷にいたのかがずっと気になっていた。
まだ、そいつがリスティア連合国の者だと断定出来ないと言ったな。
まずはそいつが…本当に王太子の護衛騎士か。…確信を持たなければならない。」
ルドルフは有り得ない話を聞いて、先程まで背筋を伸ばして座っていた馬車のソファーに力なく凭れる。
それがもし、事実であれば……事は国際問題に発展する。
しかも……ただの国同士の問題ではなく…大国同士の。
仮に戦争にでもなってしまえば……それこそ、この世界の至る所に影響が出てしまうのだから。
「気になる手紙が届いたんだ。来ないわけにもいかないだろう。」
「そうでしょうとも…。
心苦しい事ではありますが…私も…これ以上見過ごすわけには行かず…しかし…誰にこの事実をお伝えしてよいものかと…。」
「それで僕か。」
「左様で御座います。公爵閣下は陛下の従兄弟であらせられる。陛下に諫言出来る数少ないお方ですからな。」
ある日の事、リュカは自身が調べているベルナンド侯爵本人からの手紙を貰った。
その手紙の中にはマティアスがサイカにうつつを抜かし、王としての責務を軽んじるようになってしまった…といった内容だった。
「王宮に勤めている貴族には我が家と懇意にしている貴族が多数おりましてな…。
彼らから、相談を受けておったのです。」
「…マティアス…陛下が婚約者の令嬢にうつつを抜かしていると書いていたな。」
「左様で御座います。聞く所によると…陛下は令嬢が王宮に来られる日は政務もせず、令嬢の傍にべったりと……お喜びになる気持ちは皆、重々理解しておるのですが…。
陛下は令嬢の傍を一時も離れず、臣の呼び声にも答えないと…。嘆かわしい…。」
「……成る程……悪い予感が当たった訳だ…。……はあ、何をやっているんだ、全く。…仕事をちゃんとしていると僕は聞いていたが…違うのだな?」
「…そのようですな…。」
「…だが…ベルナンド侯爵。…それを、僕に伝えようと思ったのは何故だ?確かに僕は陛下の従兄弟だ。だが…陛下の味方かも知れんぞ。」
「何を仰いますか。公爵閣下がどんなお方であるかは聞き及んでおりますとも。」
真摯な顔でリュカを見つめるベルナンドは、リュカに手紙を送った経緯を訥々と話す。
通常、長子が爵位を継承するのは先代が亡くなってからの事で、リュカのケースは珍しい。珍しくはあるが、無くはない事。
噂好きの貴族たちは当然、珍しいケースで爵位を継承したリュカと、リュカの父親である先代クラフ公爵の確執も知った。
先代の女好きを知っている者も多く、噂はあっという間にレスト帝国へ広まったのだ。
「今の陛下は正に、先代公爵と同じ道を辿っていると…。
女に狂った王の末路は…歴史が物語っております…。
私はこのレスト帝国を愛しておるのです…!故郷であるこの国を、大切に思っておるのです…!!
それに、…あの令嬢にも…私はずっと疑問を抱いておりました。」
「疑問とは…?」
「クライス侯爵に引き取られる以前は、何処で何をしていたのか…クライス侯爵に伺ってもこれといった返事はなく…。
公爵閣下は何か伺っておいででしょうか。」
「いや。クライス侯爵の古い知人の娘だとは聞いたがそれ以外は。確かにかなり美しい令嬢だったが…令嬢より陛下が父と同じにならないか…それが心配だったのでな。
…前に、陛下と会った時に何となく不安があって…陛下には色々苦言したんだが…。」
「…公爵閣下より……婚約者である令嬢を取ったのでしょう…。
お辛いでしょうが……。」
「……そうか…。僕は、陛下にとってその程度の存在だったのだな…。」
その時、ベルナンドが一瞬にやりと口許を歪めたのをリュカは見逃さなかった。
ベルナンドから手紙を貰う前、リュカは貴族の集まりに何度か参加した。“種”を蒔く為に。
「実は…そういう嫌な予感もあって、何度か貴族の集まりに行ったんだ。僕は普段公爵領で仕事をしているから、色々知らない事も多い。陛下の話なんかがそうだ。そういった集まりに出ないと分からない事もある。」
「そうですな。陛下だけの話では、知り得ない事もありますからな…。」
「その通りだ。……そこでもやはり…陛下が婚約者を溺愛しているという噂ばかりだった。
父と同じになって欲しくない……だから僕は、言いたくもない事を言ったというのに…。
何故だ…女一人でこうも変わってしまうのか…?信じられない…。」
「公爵閣下…。」
マティアスの元へ訪れた際、マティアスはリュカに“色んなパーティーに参加してみたらどうだ?”と助言した。
マティアスが何故そんな事を言ったのか、マティアスの言葉にどんな意図があるのか。察するまでにリュカは一週間も悩んだ。
サイカの後ろにリュカ、ヴァレリア、カイルといった存在がいると勘付かせない為にも演技…振る舞いを取ろうと決めたのも当然二人で考えた。
悩んで、考えて、また悩んで。
そして漸く意図を察した時にまず感じたのは“悔しい”気持ち。
マティアスは演技をしようと話し合ってから…恐らくすぐ、幾つもある可能性、その枝分けを増やした。
その枝分けは、ベルナンド自身がリュカに近付くかもしれない、といった可能性のもの。
マティアスとリュカ、二人の関係が以前までとは違い、変わったという事も悟らせてはならない。
リュカはサイカをマティアスの婚約者としてしか知らないし、二人の関係も、以前同様従兄弟であっても“醜い者同士で、臣下”でなくてはならない。
そこに従兄弟以上の、“友”としての絆がある事を悟られてはならない。
「…公爵閣下は…陛下にどのような言葉をかけられたのですか?」
「失望させるなと言った。陛下が父と同じ側の人間になった時は……早々に見限るとも。
僕は本気だった。本気で、そう伝えたんだ。
陛下は優秀な男だ。僕はこの国の為に精一杯、臣下として支えようと思っていた……だが、目は覚めなかった様だな…。」
「…そうでしたか…。………公爵閣下、陛下は素晴らしい方です。陛下が玉座に就かれ、この国はより良くなりましたとも。
皆が陛下の統治者としての手腕を称え、名君、賢君、慈悲ある王と称えております。」
「………ああ、僕だって、陛下の能力を素晴らしいと思っている。素晴らしいから、期待する。一臣下として共に国をより良くしていこうと…誓ったんだ。あいつには…陛下にはその力がある。」
「はい。悪いのは陛下を誑かした令嬢です。」
「何…?」
「女というものは本当に愚かな生き物なのです、公爵閣下。
陛下は令嬢を“愛する婚約者”として我々に紹介なさいましたが……果たしてそれは、令嬢も同じでしょうか。
私にはどうにも信じられません。…無粋な考えやも知れませんがね…クライス侯爵は優しい領主と民から慕われてはおりますが…心の中まで察する事は出来ませんからな。」
「…ふむ。……僕は、女に関してはよく分からん。
民や貴族たちからの評判はとても良いものだったぞ…?」
「しかしそれが…陛下やクライス侯爵の作戦である可能性も御座いますぞ。陛下にはルシア様の件があります。
まあ…ルシア様は態度があからさま過ぎましたな。あれでは我々も…世継ぎは望めないやも知れないと…そう思ってしまいます。」
「…つまり、令嬢は義父であるクライス侯爵の指示に従っているだけだと言いたいのだな?」
「左様で御座います。」
ベルナンドはこの世界で醜い容姿のリュカに“女”がいないと決めつけていた。
彼は目の前のいるリュカを見下してもいる。
それはごく自然に。敬っているように見えてその実、リュカが女という生き物に対して無知であると決めつけて話をしている。その事に気付いていない。
ベルナンドはリュカだけでなく、多くの人間を見下している。
普段が“そう”だからこそ、自分が今、自分より格上の存在であるリュカをも見下していると気付いていない。
「女とは誠に恐ろしい生き物なのです。
此方が優しくすれば付け上がる。好きにさせれば我が儘放題。…我々、男が必死に稼いだ財産を、我が物顔で搾取する生き物です。
それは…公爵閣下にも覚えがあるのでは?」
「…確かにな。…義母たちも義妹たちも、必要とは思えない量のドレスや宝石を買ったり……呆れた事も多々ある。
咎めると甘えた声ですり寄ってきた。」
「そうで御座いましょう。
ですから、あれほど美しい令嬢が…優しい女とは到底思えないのです。陛下もまた、“女”という生き物を深く存じ上げない。
しかし令嬢はあの美しさです。…これまでも、多くの男を手玉に取っていたでしょう。」
「…成る程。令嬢に熱を上げるわけだ。
男というものを熟知しているからこそ、マティ…陛下を簡単に籠絡出来るというわけか。
……しかし、世継ぎの事を考えるとだな…。」
「そんなものはどうとでもなりますぞ。
大国である我が国の庇護を求めている国は多い。
クライス侯爵令嬢でなくとも構わないではありませんか。
侯爵閣下……私の考えを、お伝えしても宜しいですかな?」
「何だ。聞かせてみろ。」
「…令嬢を、陛下から遠ざけましょう。
陛下はとても素晴らしい統治者です。この国には陛下が必要なのです。無礼を承知で申し上げますと…今の陛下は異常です。
令嬢さえ陛下の傍にいなければ……それで、全て収まりましょう。」
“引掛かった”
リュカは心の中でほくそ笑む。
マティアスが幾つも張り巡らせていた糸に、ベルナンドが見事に掛かった瞬間だった。
「…だが、令嬢を失った陛下がどうなるか…。」
「なに、女などこの世界に幾らでもおります。
確かに令嬢程の美しい女はこの世にはおらんでしょう。
ですが、陛下は寂しい方です。優しくしてくれる女であれば……簡単に、虜になるでしょう。」
「…そんなものか……で?ベルナンド侯爵。お前は僕に、何を望んでいるんだ?」
「…どうか、お力を貸して下さい。
私はこれまで、令嬢の人と成りを知りたく…クライス侯爵に手紙を送って参りました。
我が家に招待して、直接令嬢を見ようと。…しかし、クライス侯爵は変わらず拒否されています。
公爵閣下には……令嬢を、招いて頂きたく存じます。」
「…僕がか?」
「はい。クライス侯爵も、公爵閣下の誘いは無下に出来ません。閣下は陛下の従兄弟でもあらせられます。
令嬢を屋敷に招くのも、何ら疑われるような事は御座いません。その日に、私の手の者に……令嬢を拐わせます。」
「…成る程…。令嬢を招いた後…僕は疑われないようにすればいいわけだ。
だが僕の領地で令嬢が拐われたとなれば…僕も只では済まんだろうな…。
まして、僕より婚約者を大切にする今の陛下であれば…。」
「クライス侯爵の屋敷の周囲には今も大勢の人間がおります。
公爵閣下に招かれ、クライス侯爵が同意をすれば…責任は閣下だけでなくクライス侯爵にも当然ありましょう。
閣下には私から…お礼金を献上させて頂く所存です。」
「……この場では答えが出せんな。
やるにしても、僕が陛下に疑われないようにしなくてはならない。…考えさせてくれ。」
「勿論で御座います。…お返事は、いつでも構いません。
閣下の決断を……良い返事を、お待ちしております。」
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「ははははは…!!」
「旦那様のその様子ですと…上手くいったのですね。」
「ははっ…、ああ!ベルナンドは僕とマティアスの関係が変わった事を知らない。サイカの後ろに僕がいる事も。
一応、今日はそれを探るつもりでもいたが…心配はなかったな。」
「…陛下や旦那様の思惑通りに進んでいる…と思っても?」
「ああ。…奴は僕にこう言ってきた。
マティアスからサイカを引き離す為に、サイカを屋敷に招待しろと。奴はそこで…サイカを拐うつもりだ。」
「……なんとまあ……そんな大それた計画を…。
……でも、罠という可能性もあるのでは…?」
「そうだな。ある意味罠だ。」
「え?」
「あの狸、僕を逃げ道にしたんだ。
僕の屋敷にサイカを呼ぶ。そこでサイカが拐われる。
僕の領地で起こった事は当然僕に責任が及ぶ。
あいつはマティアスが優しい男じゃない事を理解しているんだ。従兄弟だからという理由で手加減はしない男だと。
そして僕の性格もどんな性格か分かっている。」
ああ、といつだってリュカの傍に控えていたルドルフは納得し頷いた。
子供の頃から領地の責任を負わされてきたルドルフの主は…領地を愛し、国を愛している。
マティアスという素晴らしい統治者を尊敬し、尊敬する王と共に国を守っていこうとする、責任感が強く、誠実な主。
怠慢を嫌い、怠惰を何よりも嫌う主。
ベルナンド侯爵はそういった主の性格を知り、逃げ道として罠に嵌めようと考えたのかと納得した。
仮にリュカがベルナンド侯爵の思っている通り、サイカの恋人ではなく、サイカとの繋がりが無かったとして。
疎む父親と同じ道を歩もうとするマティアスを、リュカは失望し、決して理解しようとしないだろう。
領地の為国の為、リュカは覚悟を決めたらその責任を負う。
ベルナンド侯爵に唆されたとか、そういった自分の保身に走らないだろう。
そして自分がいなくなったとしても、ベルナンドが味方でいるのなら…またマティアスが道を誤ったとしても諌めてくれるだろう。だから何かあったとしても、リュカはベルナンド侯爵の名前を出さないだろう。
恐らくそう、ベルナンドは考えている。
だって自分の主は、そういう潔い男だとルドルフは知っているから。
「…おのれあの腐れ爺…!未来の奥方であるサイカ様を手込めにしようとするだけでなく…私たちの大切な旦那様まで…!
おのれ腐れ爺!おのれ腐れ狸…!!…旦那様!あの腐れ狸爺を完膚なきまで叩き潰しましょう…!!」
「お、おう…。
……だが、返事は当分書かないつもりだ。」
「…何故です。現行犯を捕まえればいいことです!捕まえて、黒幕を吐かせてやりましょう!!
それに、旦那様が証言されればいいのです!!黙っている義理もないのですから!!」
「いや。…恐らく、まだ何かある。
これだけじゃないはずだ。……なあルドルフ。疑問に思わないか?」
「?」
「サイカが行方を眩ましたとする。
そうなった時、サイカを溺愛していると噂されているマティアスの行動は…何が考えられる。」
「…それは…全力でサイカ様の行方を探すでしょう!
疑わしい者の屋敷だけでなく国中のありとあらゆる所を陛下はお探しになると思います!」
「ではそのサイカを何処に隠す。
マティアスが国中のありとあらゆる所を探す…そう思うなら、サイカは何処に隠しておく。」
「あ……。」
「それをあの狸が考えていないはずがない。
今日、ベルナンドの話を聞いて有り得ない可能性に気付いた。」
「…有り得ない可能性…?」
「…この国のありとあらゆる場所をマティアスは探すだろう。
ベルナンドはマティアスがサイカを溺愛し、自分を警戒しているのも知っている。
……レスト帝国内に隠すのは危険だ。マティアスがどんな男か知っているのなら尚更…国内に隠す事はしない。
なら何処だ。……国外だ。」
「!!!」
「何故、リスティア連合国の者が侯爵の屋敷にいたのかがずっと気になっていた。
まだ、そいつがリスティア連合国の者だと断定出来ないと言ったな。
まずはそいつが…本当に王太子の護衛騎士か。…確信を持たなければならない。」
ルドルフは有り得ない話を聞いて、先程まで背筋を伸ばして座っていた馬車のソファーに力なく凭れる。
それがもし、事実であれば……事は国際問題に発展する。
しかも……ただの国同士の問題ではなく…大国同士の。
仮に戦争にでもなってしまえば……それこそ、この世界の至る所に影響が出てしまうのだから。
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本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
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