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第1章

第5話 旅の始まり

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 祝勝会の会場を抜け出してから、三十分後。

「……本当に、一緒に行くの?」

 私は改めて、もうすでに準備をし終えているジルに問いかけた。
 抜け出してから落ち着くところで話をすると思いきや、ジルは真っ先に私の家に向かった。

 家の場所を伝えてないのになんで知ってるの!? と言ったら、

『昔、遊びに行ったから』

 と……八年以上前のこと、よく覚えてるわね。
 もともと今日旅に出る予定だったから、私が用意していた旅路の荷物を持つとすぐに家から離れた。

 両親から「その男は誰だ!? バンゴ様とはどうなったのだ!?」と聞かれたのだが、私が何かを言う前に、

「フラーはもらっていきます。必ず守るのでご安心を」

 ジルがそう言ってしまい、両親は混乱してしまった。

 とりあえず上辺だけ説明し、両親に別れを告げて家を出た。
 一から説明するのは難しすぎるから。

 いや、説明は単純だけど、「平民学校にいた頃の友達が世界最強の騎士になってて、その人と一緒に旅に出ます」なんて言っても、理解出来ないだろう。

 混乱中の両親と別れを告げ、次はジルの家に行った。

 ジルは最低限の荷物を持ってすぐに出てきて、また私を抱えて街の門の方へ。

 そして、今……馬車を用意し、出発直前といったところだ。
 ジルは家に帰った時に軍服を着替えていて、動きやすそうな軽装姿だ。

 適当な服なのにジルはスタイルがいいから、とても似合っている。

 もちろん私もドレスを脱ぎ捨て、動きやすい服を着ていた。

「行くよ、一緒に。約束したでしょ?」
「子供の頃の約束を、大人になった今になってそこまで律儀に守る必要もなかったのに」

 あの頃と今では立場が全く違う。
 子供の頃にした気軽な約束を、そこまでして守るなんて。

「フラー、俺がついてきて、嬉しくない?」

 ジルは首を傾げて、少し寂しそうな雰囲気を

「そ、そういうことじゃなくて、ただ私は、巻き込んでしまったから、申し訳ない気持ちでいっぱいで……」

 本当ならジルは世界最強の騎士として、この国で将来を約束された人生だったはずだ。

 ジルの小さい頃を知ってる私は、ジルがどれだけ努力して強くなったのか、なんとなく想像出来る。
 剣術も魔法も出来なくて、弱くて虐められていたジルが、あんな魔法を使えるようになっていた。

 才能があったと言われていた私でも、あんな魔法は行使出来ない。
 あの魔法一つだけで、ジルが騎士になるために本気で努力してきたことがわかる。

 それが私のせいで、ジルは国家反逆罪となって……。

 私は自ら国を出るだけだが、ジルはこのオーウェン王国から追われる身となってしまった。

「フラーのせいじゃない。これは俺がやったことだ」
「でも……」
「やりたかったことをやっただけ。それは、フラーも同じでしょ?」
「えっ、どういうこと?」

 そう問いかけると、ジルは真っ直ぐと私の目を見て言う。

「子供の頃から、この世界を旅したいって言ってたでしょ」
「っ、覚えてたんだ……」
「忘れるわけない。一緒に行くって約束したから」
「……それも私は申し訳ないけど、昨日まで忘れてたの」

 昨日一人で旅するのを怖くなった時に、脳裏に浮かぶまで忘れていた。

「うん、わかってる。今日話した時に、忘れてることに気づいてたから」
「うっ……ごめんなさい」
「別に気にしてない」

 そう言われると余計になんだか申し訳なく思ってしまう。
 ジルはずっと無表情だから本当に気にしてないのかよくわからないし……。

「フラーはずっと旅に出たかったんでしょ? 俺も、フラーと一緒にいたかった」
「っ……そ、そういうことを、よくさらっと言えるわね」
「? 本当に思ってることだから」

 いや、だからそれも……!
 いつからこんな天然でドキッとさせるようなことを言えるようになったのか。

「もう一回聞くけど。フラーは俺がついてきて、嬉しくない?」
「うっ……そ、それは、もちろんその、一人よりかは二人のほうが寂しくないし、怖くないから……」
「嬉しいの? 嬉しくないの?」

 ジルははっきりしろ、とでも言うように、私の目を真っ直ぐと見つめてもう一回聞いてきた。

「っ! う、嬉しいわよ! ジルが来てくれて安心したわ!」

 私は顔が熱くなりながらもそう言った。
 すると、ジルは初めて頬を綻ばせた。

「そっか。よかった」

 私の言葉に笑ったジルに、さらに恥ずかしくなって私は目を逸らした。

「じゃあ、そろそろ行こっか。そろそろ門にいる兵士にも、俺が国家反逆罪になったことが伝わるかもしれないし」
「あっ、そ、そうね。早く行かないとね」

 ジルが馬車の御者席に身軽に乗り込むと、私のほうに手を差し出してきた。

 その姿が様になりすぎててちょっと緊張したけど、手を掴んで私も御者席に座る。
 二人で座るとちょうどいいくらいの横幅で、乗り心地は悪くない。

 目の前を見ると、門の向こうに草原が見える。

 もうほとんど日が沈んでいるので暗くてあまり見えないけど、私は今さらながらに興奮し始めた。

 これから、ずっと夢だった、旅が始めるのね……!
 私が見ていた世界は、どれだけ小さいのか。

 これから見る世界は、どれだけ大きい世界なのか。

 一度もこの街を出たことがないから、この門を出るということだけでもすごい胸が高鳴る。

「いよいよね、ジル……!」
「フラー、手綱はそこまで強く握らないで。馬が緊張しちゃうから」
「……はい」

 緊張と興奮で強く握っていた手綱を離し、ジルに任せた。

「ジル、なんだか冷めてるわね……私は門を出るだけでもこんなに興奮してるのに」

 まあジルは騎士で戦いに赴くことが多かったのだから、そんなことで興奮はしないのだろうけど。

「そう? これでもドキドキしてるけど」
「本当に? そうは見えないけど」
「うん、フラーが隣に座ってるから」
「っ……! そ、それ禁止よ!」
「何が?」

 違う意味でドキドキさせられながらも、私とジルの旅は始まったのだった――。


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