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1 出会い

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「こんな場所で何をしている?」 
 男は、思わず怯むほどのオーラと存在感を醸し出している。やはりアルファだ、と純は確信した。同時に、まずいな、と思う。今純は、まさに発情期なのだ。抑制剤で抑えてはいるが、アルファなら微量のフェロモンでも嗅ぎ分けるだろう。
(襲われたりしたら……)
 約一ヶ月前にアルファに犯された記憶が蘇り、純はぞくりとした。
「答えないつもりか?」
 男は眉をつり上げると、純の腕を捕らえたまま歩き出した。
「ど……、どこへ連れて行くんですか!」
「人の質問は無視しておいて、その態度はないだろう……。とにかく、その先は子供が行く場所じゃない。安全な場所まで、責任を持って送ろう」
 男は、仕立ての良いスーツの上に、トレンチコートを無造作に羽織っていた。肩幅はがっしりとして、胸板も厚い。年齢は、二十代後半か。私服警官かな、と純は思った。なら、別の意味でまずい。家へ連れ戻されたら、一巻の終わりなのだ。
「ごめんなさい」
 純は男に向かって、にっこり微笑んでみせた。とっさの機転だ。
「父と来ていたんですが、はぐれてしまって困っていたんですよ。父を探すの、手伝っていただけませんか?」
 少しは信用したのか、腕を捕らえていた男の力が緩んだ。その瞬間、純は大きく目を見開いた。
「あ! 父だ!」
 男が、純の視線の先を振り返る。その隙に、純は力任せに彼の手を振りほどいた。全速力で、走り出す。
「あっ……、こら、待て!」
 男の焦った声がしたが、純は構わず疾走した。どうにか、目当ての紫色の門にたどり着く。一歩足を踏み入れて、純は息をのんだ。
(ここが……)
 そこには、別世界が広がっていた。けばけばしい看板がそこここに並び、甘いフェロモンの香りが漂っている。そこにいるのは欲望に目をぎらつかせた男たちと、彼らにすり寄るオメガたちだ。何よりも、淫靡な空気に満ちている……。そう、ここはY街といって、N国最大の、男性オメガ専門娼館街なのである。
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