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第三章 危機

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「真凜は、世間なんて知らなくていいんだよ……。ずっと俺の元にいればよかったんだ。それなのに、お前という男のせいで、真凜はどんどん外の世界に出て行ってしまった。しまいには、このマンションからも……」
「そんな勝手なエゴで、『ドン・ラヴニール』の人たちを苦しめたんですか」
 麻生の口調は、静かながら怒りに燃えていた。
「真凜は、一人の成人した人間だ。いつかは自立してあなたの元を離れることくらい、わかっていたでしょう」
「うるさい!」
 叶真が怒鳴る。
「真凜は、俺の全てだ。小さい頃から、可愛くて仕方なかった。だからずっと、守ってやってきたんだ……。レイプ事件はかわいそうだったが、正直チャンスだと思った。家にこもるようになれば、真凜を誰の目にも触れさせずに済む……」
 真凜は、愕然とした。脳裏に、過去の記憶が蘇る。あの事件の後、泣きじゃくる自分に、叶真はこう言ってきかせた……。
 ――アルファなんて、怖い奴らばかりだよ。
 ――外に出れば、アルファと遭遇してしまう。だから真凜は、ずっと家にいればいいんだよ……。
 引きこもるようになったのは、自分自身に原因があると思っていた。でも思い返せば、些細な外出でも、叶真は止めていた気がする。
(僕の引きこもりは、叶真に誘導されていた……?)
 叶真は、ぶつぶつと呟いている。
「お前が、『中世ヨーロッパ展』をダシに真凜を誘惑しようとしてるのはわかってた。だから、どうにかそのフェアをぶち壊そうと、機会を狙ってたんだ。でも真凜がここを出て行って、予定が狂った。ああいう強引な手段に出るしかなかったんだよ……。情報サイトへ掲載させたのは、いざという時のための保険だった。それが役に立ったよ。店が潰れて仕事がなくなれば、真凜はここに帰ってくるかもしれない、それに賭けたんだ……」
「……浅はかな」
 麻生が、深いため息をつく。叶真が気色ばむ気配がした。
「何だと!?」  
「浅はかだ、と申し上げたんです。真凜は、あなたが思ってらっしゃる以上に自立している。万一『ドン・ラヴニール』が潰れたとしても、次の職を探しますよ……。叶真さん、僕はあなたがなさったことを、真凜に話すつもりはありません。その代わり、約束してください。もう真凜を解放すると……」
「――は。この期に及んで、紳士を気取るんだな」
 叶真がせせら笑う。
「約束なんて、できるか。よそに就職したって、邪魔してやる……」
「もう止めて!」
 真凜は、思わずリビングに飛び込んでいた。
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