犬獣人は愛されたいのに

水都(みなと)

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1.買われる

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 粗末な檻の隙間から見えるのは、行き交う人々の足元。
 時折蹴り飛ばされた砂や石が鉄格子を通り抜けて身体に当たった。

 立ち上がることもできず、満足に身動きも取れないほど狭いケージの中に押し込まれているのは、一匹の犬の獣人。重い首輪をはめられ、太い鎖がケージの外へと伸びている。
 髪から生えたように覗く垂れ下がった耳、そして尻尾の先まで全身に灰を被ったように煤けていた。身体は骨が浮き上がり、大型犬とは思えぬ貧相な風貌だ。

 死なない程度の僅かな食事しか与えられず、虚ろな目で汚れた床を見つめたいた。

 薄く射し込んでいた陽が遮られる。ローブのようなマントを纏った人間の足が、格子の隙間から覗く。
 ちらりと窺える足元は男物の革靴だった。良く磨かれたその靴は、満足に舗装もされていない地面には似つかわしくない。
 男の元に、犬の所有者である引き取り屋が歩み寄った。

「旦那、どうですかい? 大型犬ですから賢いですよ。それでいて大人しく従順。こんなとこに並べとくと、すぐ薄汚れちまいますがね。キレイに洗ってやれば、なかなか上等な毛並みをしてますよ」

 声は聞こえてくるが、頭には入ってこない。二、三会話を交わすと引き取り屋の声がうわずった。ガチャガチャとした金属音に視線を向けた瞳が、大きく見開かれる。エサを与えるときですら開けなかったケージを、引き取り屋が開けている。

「喜べ、お前を買ってくれるんだと。幸せなやつだな~」
 
 欠けた歯をすっかり覗かせながら、引き取り屋はチャリチャリと革袋を振った。薄汚れた手まで差し出され、戸惑っていると腕を掴まれ引っ張り出された。

「さあ、今日からこの御方がご主人様だ」

 久々に立ち上がり、よろけながら引き取り屋の横に立つ男を見上げた。飼い主となる男は、大型犬の自分よりも長身だった。黒い前髪の奥に、更なる漆黒の鋭い瞳が覗いている。深く冷たさを感じるその視線に、思わず胸元を握りしめた。

 引き取り屋から鎖を受け取り、男は「行くぞ」と低く言った。鎖を引かれ、男の後ろを歩き出す。
 昨夜の雨で湿った地面に、男の足跡が続いて行く。周囲に並ぶケージに入れられた獣人たちから虚ろな目を向けられながら、その場所を通り抜けて行く。

「名前は?」

 男の眼光がこちらを一瞥する。乾ききった唇で、戸惑いながら答えた。

「……シェルです」
「そうか」

 小さく頷いた男の唇が、僅かに緩んだように見えた。
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