犬獣人は愛されたいのに

水都(みなと)

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2-1.新しいご主人様

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 どれくらい眠っていたのか。シェルはまどろみの中から目を覚ました。

 その柔らかな感覚に、一瞬自分が天国にいるのではないかと錯覚した。
 ようやく意識が晴れて、硬い床ではなく暖かいベッドの中にいると気づく。
 そして、自分が何故ここにいるかも思い出した。
 
 引き取り屋からシェルを買い取ったのは、年の頃は26,7の男だった。
 成犬になったばかりのシェルから見れば、その逞しい体格からも相まってずっと大人に見えた。

 男に連れられた家は、レンガ造りの屋敷だった。
 家族や使用人たちがいる様子はなく、この広い屋敷に一人で暮らしているようだ。

 すぐに風呂に入れられ、食事を与えられた。
 それから用意された寝室に入った途端、緊張の糸が切れて泥のように眠ってしまった。


 柔らかなベッドに手をついて起き上がる。
 昨夜は部屋を見まわす間もなく寝てしまったが、部屋にはベッドとサイドテーブル、その上にシェードの付いたランプが置かれていた。ドアの横には鏡が吊るされている。
 簡素な部屋だが、暖かなレンガ色の壁紙とカーペットで無機質な印象はない。

 用意されたシルクの寝巻は滑らかで、何度も頬に袖を擦りつけてしまう。
 頬に当たる髪は綺麗に洗われて、元の透き通るような白銀を取り戻していた。
 細く萎びているようだった尻尾も、長い毛並みがふさふさと広がっている。

 シェルは子犬の頃、1人暮らしの老婦に飼われていた。
 ペットとして可愛がられていたが、突然老婦が姿を消した。老婦に一目会いたいと家を出て彷徨っていたところ、引き取り屋に捕らえられた。

 新しい主人の元へと売られたが、主人は大勢の獣人をペットとしてではなく、奴隷として労働させていた。
 死んだように生かされている状態の日々が続く中、次第に大型犬として成長していくシェルを持て余した主人は再び引き取り屋に売り飛ばした。

 まともな飼い主が非合法の引き取り屋から犬を飼うなどありえない。
 もう犬として主人に愛されることはないだろうと諦めていた心に、希望の明かりが灯っていた。


 音もなく扉が開いた。反射的に身構える。
 顔を出した男は、ラフな黒いシャツにスラックスを履いていた。

「起きたか」
「ご主人様……!」

 慌ててベッドから降りようとしたが、そのままでいいと手で制される。
 ベッドサイドに立ったルーカスを見上げると、漆黒の双眸にじっと見下ろされた。

「あの、助けていただいて……いえ、僕を飼っていただいてありがとうございます。僕、ご主人様のためになんでもします。頑張ります!」

 男の瞳が僅かに揺れた気がした。
 はたと、シェルはまだ男の名前すら聞いていなかったと思い出す。

「ご主人様のお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「……ルーカス」

 新しい主人の名。ルーカスさま、とシェルが噛みしめるように繰り返す。
 ふさふさの尻尾を揺らすシェルとは裏腹に、ルーカスの瞳が冷めていった。

「わからないか?」

 何を問われたのかわからず、シェルは首を傾げた。
「そうだよな」と自嘲気味に笑ったルーカスが、シェルの肩を掴んだ。

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