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しおりを挟む音もなくルーカスが部屋に入って来ていた。
まるで気配を感じなかったことに、シェルは動揺する。
耳も鼻も人間よりは利くはずが、鈍ってしまったのだろうか。
「人聞きが悪いな。キミはシェルのご主人様なんだから、この子もキミのことを知る権利があるだろう」
「ただ陰口叩いてただけだろ」
「僕は事実を教えてあげただけだよ」
機嫌を損ねたルーカスにも、ゼノはまったく気にした様子はない。
シェルはルーカスと顔を合わせるのも恐ろしく、視線を彷徨わせていた。
「それにしても、シェルをジルドから引き取ってきたらしいじゃないか。なんでまたジルドで」
「どこだっていいだろう」
「そうだけどさ……まあ、それならしっかり健康診断しておかないとね。シェル、ちょっと胸を見せて」
鞄から聴診器を取り出すゼノに、ルーカスの視線を気にしつつバスローブの前をはだけさせた。
聴診器を当てようとしたルーカスの手が止まる。
「ちょ……ルーカス、もしかしてこの子と……シたの?」
「犬の躾は最初が肝心だからな」
「だからって、この状態の子をいきなり襲う……?」
額に手をやったゼノがガックリと項垂れた。
シェルが胸元を覗くと、そこにはルーカスにきつく吸われた痕がいくつもあった。
身体を引きずって風呂に入ったときには気づかなかった。
青ざめて胸元を隠すシェルを、ゼノが憐れむ。
「ああ、怖かったね。悪いご主人様だ」
「何が悪い。主従関係を教えてやっただけだ」
「そうだけど、やり方ってものがあるだろう。ジルドにいたからこんなに怯えてるのかと思ったら、それのせいで怖がってるんじゃないか。トラウマになったらどうするんだ」
「お前にそんなことを言われる筋合いはない」
「あ、あの……!」
シェルが声を振り絞ると、2人の顔が同時に向けられた。
「僕、あの、大丈夫ですから。ご主人様がお望みなら、何でもします。頑張ります!」
到底大丈夫と言える状況ではなかったが、シェルは必死だった。
ジルドに戻りたくはない。奴隷扱いされるよりはずっといい。捨てられたくない。
そんな健気さにルーカスは黙り込み、ゼノは「シェル……」と涙ぐんだ。
「キミは優しい子だね。嫌なことがあったら僕に言うんだよ」
「ありがとうございます、ゼノ先生」
気にかけてくれる人がいるというだけで十分だ。シェルはようやく肩の力を抜いた。
ひとしきり検診を受け、疲労と栄養失調だと診断された。
とにかくよく休ませるようにとルーカスは釘を刺されていたが、当の本人の耳には届いていないようだった。
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