8 / 30
4-2
しおりを挟む食後のコーヒーを淹れ、ゼノの前に運ぶ。
「ありがとう。至れり尽くせりだね。こんな良い家族ができたのに、碌に帰らないなんて薄情なご主人様だ」
「ご主人様は、お忙しいですから」
あの晩のことがあり、いまだルーカスへの恐怖は消えない。
それでも自分のために首輪を用意し、丁重にそれをはめたその手からは温もりを感じた。
主人に可愛がってもらいたいという願いが湧き上がってくるのは、犬としての本能だろうか。
「呪術祓いというのは、大変なお仕事なのですよね」
「そう。呪術はかけるよりも祓う方が、強い魔力と高い技術が必要になるからね」
「すごい方なんですね、ご主人様は」
「まあね、すごいやつだよルーカスは。生まれたときからね」
ゼノがコーヒーを一口啜り、カップをソーサーに置いた。カチャリとスプーンが揺れる。
「呪術に手を出す人は意外と多いけど、祓える人間は極僅か。だからこそ仕事が引っ切りなしで、こうして1人暮らしにしては無駄に広い屋敷にも住める。シェルは、ルーカスが幸せそうに見えるかい?」
「それ、は……」
言葉通りならば恵まれた生活だ。
しかし、ゼノの重い口調にシェルは言葉を詰まらせる。ゼノがゆっくりと部屋を見渡した。
「ルーカスの家系は代々魔法使いでね、結構名の知れた家だった。その中でもルーカスの魔力は頭ひとつどころか、十も二十も抜けてたらしい。生まれながらのエリートだって、周りは持て囃したそうだよ」
ゼノは頬杖をつき、視線だけでシェルを見上げた。
「強い魔力は尊敬と称賛に値するけど、強すぎる魔力は恐怖の対象だ。幼少期は、あまり良い思い出がなかったみたいだね。この辺はルーカスも詳しく教えてくれないけど、連絡の取れる家族はいないらしい。恐ろしい呪術師として、近づく者も誰もいない。呪術を祓ってもらった依頼人でさえ、金を渡したらすぐ追い返すそうだからね」
漂う空気が重くなる。
たった1人でいる孤独は、ジルドで嫌というほど味わった。
しかし、家族が傍に居ながらにして感じる孤独は、想像することしかできない。そして今も尚、ルーカスは独りだ。
その類稀なる才能によって。
ゼノは顔を上げると、カップを脇に寄せた。
「ペットを飼ったらどうかって言ったのは僕なんだ。生存確認なんて言って僕もちょくちょく顔を出しに来てるけど、それにも限度がある。あいつの傍には、家族が必要だと思ったんだ。キミみたいなね」
「僕が、ご主人様の家族に……」
「ルーカスがキミにしたことは間違っていると思う。僕からも強く言っておく。あいつは愛情を知らないから、自分でもどう相手と接していいのかわからないんだ」
カップに落とした視線の先に、揺れる顔が映る。
「ご主人様は僕に、愛情を持ってくださっているのでしょうか?」
「もちろんだよ。この前ルーカスを見て驚いた。あんな上機嫌な彼は見たことがなかったからね。それに、食材の配達を頼み始めたそうじゃないか。今まで僕が何度言っても『必要ない』って突っぱねてたのに、キミのためにコロッと変わった。大事にしてるんだよ」
なんと言っていいかわからず、コテンと首を傾ける。首輪に下がったチャームが揺れた。
10
あなたにおすすめの小説
恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています
水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」
王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。
一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……?
勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる