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しおりを挟む事務所に到着し、打ち合わせに使う部屋に入る。
待っていたのはマネージャーの守谷さんと……社長だった。
大手事務所と違い、うちくらいの規模だと社長も結構フランクに芸人と接してくれる。だから社長と話すのは初めてじゃない。
ただ、話し合いの場にいるのは初めてだ。
「え、あ……お疲れさまです」
「今日は社長も同席してもらうことになったから」
マネージャーの守谷さんに促されて、社長の正面に座る。
守谷さんは俺より少し年上だが、メガネを掛けていつも笑っている優しい兄ちゃんって感じだ。
社長は白髪交じりのオールバック。いくらフランクに話してくれると言っても、こう改めて対面すると迫力あって結構ビビる。
「椎名、キューブを解散するんだったな。昨日佐野が挨拶に来た。あいつは放送作家としてうちに残ることになった」
「それは、良かったです。俺は引退するつもりだったんですけど、実は組みたいやつがいて……」
「獣人なんだろう?」
既に噂が耳に入っていたのか、社長の方から聞かれた。
「ハイエナの獣人で、灰村ヨルってフリーのピン芸人なんです。一緒にコンビを組もうと」
「ダメだ」
社長の太い声にぶった切られた。
「フリーの芸人と組もうが構わんが、獣人はダメだ」
「なんでですか! この前ライブ出て1位取ったんですよ。そりゃ地下の小さいライブでしたけど、絶対イケますって」
「人獣コンビは売れない」
またそれだ。社長ともあろう人が、地下ライブ小屋の支配人や若手芸人と同じこと言うのかよ。
「猿まわし以来売れた人獣コンビはいない、ですよね。俺らが猿まわし以来の売れた人獣コンビになればいいだけですよ」
「獣人でも、犬猫ならば可能性がある。が、ハイエナだろう」
「そうです、珍しいでしょう。絶対目立ちますって」
ふーっと、社長が椅子に沈み込んだ。
「お前、芸人ならネタがおもしろければ売れると思ってるんだろう」
「そりゃ、芸人ですから」
「売れるからにはテレビに出てもらわなきゃならん。つまりイメージが大事だ」
芸人もタレントだ。司会業にCM、ストイックにネタだけやってればいいわけじゃない。
大昔のように、酒・たばこ・女に溺れる芸人は使われない。すべてはイメージの良さが大事だ。
「ハイエナがテレビに出られるわけがないだろう」
ズバリと言われた言葉が、俺の胸を貫く。
「今や芸人も朝や昼の番組に出る。そんな番組に誰がハイエナなんて使う」
「ヨルはハイエナですけど真面目なやつなんです。世間が思ってるハイエナとは違う」
「事実の話じゃない。これはイメージの話だ。イメージが悪ければ起用はされない」
「そのハイエナのイメージを覆したくてヨルは芸人やってるんですよ!」
ダン、と立ち上がると守谷さんに「落ち着いて」と窘められる。
落ち着けるわけないが、黙って座り直した。
「椎名、お前は養成所の頃からうちで面倒見てる。お前には売れてほしいと思ってるんだ」
「……俺は、絶対ヨルとやりたいんです」
俺と社長の話し合いは続いた。
でも、いつまでたっても話は平行線。
「とにかく、うちではハイエナは預かれない。もう少し考えなさい」
それだけ言って、社長が出て行った。
部屋には守谷さんと2人きり。
「ごめんね。社長が自分からも言ってやるって聞かなくて」
「いえ、俺の方こそ守谷さんにも報告せずに勝手にやっててすいません」
「僕は構わないよ。でも社長を納得させるのは難しいかもしれないね。僕の方からも説得してみたけど、ダメだの一点張りで」
「……じゃあ俺、事務所辞めます」
守谷さんが一瞬息を飲んだ。
「どこか行く当てがあるの?」
「ないです。この調子じゃ他事務所でも断られそうですし、フリーでやっていきます」
「フリーはキツいよ。出られるライブも限られてくるし、受けられるオーディションも」
「キツくてもなんでも、俺は絶対ヨルとやりたいんで」
それだけは譲れない。
何か言いたげな守谷さんを置いて立ち上がった。
「今まで、ありがとうございました」
「ちょっ、椎名くん!」
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