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しおりを挟む「ああ、くっそ」
コンビニで酒を買えるだけ買って、ムシャクシャしながら家に急ぐ。
空はどんよりと暗い雲に覆われていて、今にも雨が降りそうだ。
同期のやつらも社長も、ヨルがつまらないから反対するならわかる。でもそうじゃない。
ロクにハイエナと絡んだこともないくせに、バカで卑怯で意地汚いってイメージを鵜呑みにしてやがる。
まだ獣人はダメというなら100万歩譲ってわかるが、犬猫ならいいけどハイエナがダメってそりゃもう差別だろ。
……ヨルはいつも、こんな気持ちを味わってるのか。
売れない芸人が、バイト先や合コンでいじられたりバカにされたりすることなんて日常茶飯事だ。社会的信用なんてないに等しい。
けど、同じような売れない芸人はわんさかいる。
愚痴をこぼすことも傷を舐め合うことも、ムカつくやつの悪口を肴に酒を呑むこともある。
ヨルはどうなんだろう。そんな愚痴や弱音を言い合える仲間は、いるんだろうか。
ポケットの中でスマホが震える。見ると、ヨルから着信だった。
一瞬迷って、画面をスライドさせる。
「……ヨル?」
『陽向さん、お疲れさまです。あの……事務所、行ってきたんですか?」
「ああ、さっきな」
『どうでしたか?』
「うちの社長、ホント頭固いわ。話になんねえ」
ため息交じりに語気を荒げると、ヨルにはすべて伝わったらしい。
『そう、ですか……』
「だから俺、事務所辞める」
『えっ!?』
「お前と組むにはそれしかないんだよ。俺もフリーになって、一緒にやってく」
ヨルを誘ったとき、事務所を辞めるまでは考えてなかった。
でも何度もネタ合わせをしたときの楽しさ、舞台に立ったときの高揚感。キューブでいたときに味わえなかったとは言わないが、それとはモノが違った。
ネタをやる度、もっとこいつとネタをやっていきたい、相方でいたいという思いが募っていた。
『考え直してください』
「は……?」
『フリーでやっていくのって、想像以上に大変ですよ』
俺の決意とは裏腹に、ヨルの返事は重かった。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ。社長説得しろって?」
『陽向さんには、きっと良い人間の相方が見つかると思います』
「待てよ。それって」
『解散、しましょう』
解散。
この短期間で2度も聞くハメになるとは思わなかった。
「はあ!? 何言ってんだよお前! 本気で言ってんのか!?」
『僕のせいで陽向さんの夢を壊したくないんです。僕とじゃなければ、きっといつか陽向さんは売れます』
「ヨルはどうすんだよ! お前も、売れてハイエナのイメージ変えたいんじゃなかったのか?」
『それは僕の都合ですから……陽向さんまで、巻き込みたくないんです』
ポツリ、と鼻に水が当たった。降ってきた。
「……巻き込まれる覚悟がなかったら、ハイエナと組みたいなんて言うかよ」
俺の名前を呼ぶヨルの声が聞こえたが、構わず通話を切った。
所詮俺は人間だ。獣人の気持ちも立場も、本当のところは俺にはわからない。
どんなに傍に居たくても、その絶対的な境界線を越えることなんてできない。越えさせてはもらえない。
ポツポツと降り始めた雨が、あっという間に本降りになった。傘を持たない通行人たちが雨の中を駆け抜けていく。
俺は指先ひとつ動かす気になれなくて、ただ雨に打たれていた。
激しい雨が俺の身体に打ちつける。
このまま濡れて、溶けて、消えてしまえればいいのに。
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