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しおりを挟むファミレスに着くと、俺はオムライス、灰村はうどんを頼んだ。
「灰村くんって、ずっとピンでやってんの?」
「はい、俺の芸風だとピンでしかできないので」
芸風って程のモノか、と言いたかったが黙っておいた。
「そういえば、キューブさんって最近ライブ出てないですよね」
「解散した」
「解散!? どうしてですか?」
もうじき年度末だから、そこで正式に解散発表ということになってる。人に話すのはこれが初めてだ。
「相方……佐野が放送作家になりたいんだと」
「椎名さんは、どうするんですか?」
「俺は引退するつもりだったけど、気が変わった」
キョトンとする灰村の瞳を見つめる。髪色と同じ灰褐色。
心臓がドキドキする。告白するわけでもねえのに。
「俺と、コンビ組んでくれないか」
垂れていた灰村の耳が徐々に起き上がり、ピンと立ち上がった。
「僕とコンビ、ですか?」
「考えてくれないかと思って」
「でもどうして僕を……僕のネタ、おもしろかったですか?」
「いや全然」
きっぱり言うと、しゅんとまた灰村の耳が垂れた。
「どこがつまらなかったですか? あのネタずっとやってるんですけど、全然ウケなくて……」
「逆に聞きたいんだが、あのネタどこが笑いどころなんだ?」
「自信あるのは、『ハイエナー!』って叫ぶところです。でも、あんまり笑ってもらえたことなくて……」
まさかとは思ってたが、やっぱりあそこが笑いどころなのか。一丁前に笑い待ちしてたもんな。
「獣人の種族ってのはデリケートな問題だろ。それを大声で言われても笑えねえよ」
「でも犬か狼か猫かと思っていたところに、ハイエナという予想外の答えを言われる。お笑いって、こういう裏切りが大事なんですよね?」
「それは間違ってねえけど、お前の使い方は間違ってる」
「あいつは犬だから」とか「猫のくせに」と言うやつがいないわけじゃない。
が、暗黙の了解で人間が獣人の種族について触れてはならないとされている。
本人がいくらネタにされたいと思っていても、素直に笑える人間は少ない。
「そこはまだ笑わせたい意図がわかったけど、他はただ単にハイエナの生態説明だろ」
「でも僕は、ハイエナの誤解を解きたいんです。ハイエナは誤解されることが多いから……」
ハイエナは馬鹿で卑怯で意地汚い。それが一般的なイメージだ。
「それなら講演会でも啓蒙活動でもやればいいだろ。その方がまじめに聞いてもらえる」
「僕はお笑いがやりたいんです」
即答した灰村は本気で言っているんだろう。ただ、今のままじゃ無理だ。
「お前の気持ちは、あのネタから十分伝わってきたよ。上手くいけば、ハイエナなことは芸人として武器になる。でも今のネタじゃ、それを活かしきれてない」
3年もやっていてあれじゃ、はっきり言ってネタを書く才能はないだろう。
でも俺なら……
「俺なら、お前を活かすネタが書けるかもしれない」
「……椎名さん、獣人のこと知ってるんですか?」
「知らない。だから教えてほしい。俺にハイエナのネタを書かせてほしい」
キューブのネタは佐野と2人で書いていた。1人で書くことに不安がないわけじゃない。
それでも書きたい。書いてみたいと突き動かされる何かが、灰村にはあった。
そしてなにより……
「お前と一緒に、ネタをやってみたい」
じっと俺を見つめていた灰村が、ゆっくりと頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
灰村の返事に、体温が徐々に上がっていく。
終わりまでのカウントダウンが、始まりのカウントダウンに切り替わった。
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