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第10-2話
しおりを挟むヴェインがリゼルに手招きした。
「さあ、ガキ。とっととこっちへ来い。まずは視力検査だ」
「ガ、ガキだと!? 誰に向かって口を利いている! 俺はシルヴァリー伯爵の長男だぞ!」
「貴族もガキも関係あるか。眼鏡が欲しいやつは等しく全員同じ客だ。恭しく仕立ててやると思ったら大間違いだぞ」
「誰がお前なんかに頼むか!」
「リゼル」
言い方は悪いが、ヴェインの言っていることは正しい。貴族だからなどと言ってはいけない。それに、ここでヴェインに「作らない」と言われてしまえば終わりだ。
「あなたのために作ってくださるのよ。こちらがお願いする立場なの。品位のある伯爵はきちんと礼儀をわきまえるものよ。お父様もそうなさっていたでしょう。あなたも未来の伯爵ならできるはずだわ」
リゼルは奥歯を噛み締めるようにしていたが、癇癪を堪えてヴェインに向き直った。不本意を隠そうともせずギリギリと上目遣いに彼を睨み上げる。
「……お願いします」
「いいだろう」
ヴェインが勝ち誇ったように笑った。リゼルは真っ赤な顔で頭から湯気が出そうだったが、よく堪えた。偉い。後でしっかり褒めてあげなければ。
踊るようにヴェインが準備をし始める。
「初めてのガキ用の眼鏡だ。いろいろと試行錯誤する必要がある。そして、作るからには最高の物を。予算はいくら用意できる?」
「いくらでもご用意いたします」
パチンッとヴェインが指を鳴らした。
それから、リゼルの視力検査が始まった。まずは前世でもやっていたように、片目を隠して見えるかどうかチェック。それからいろんな色のカードを見せたり数字を読ませたり、ヴェインは紙に細かく記録を取っていった。
リゼルは何度も「まだやるのか?」「もう飽きた」「帰る!」とグズッたり癇癪を起こしそうになったが、アンブローズさんがお菓子をくれてなんとか収まった。しかし、まだ先は長いはずだ。
「あなたのためにやってくださっているのよ。これは必要なことなの。最後まで頑張れるわね?」
「こんなことで本当に目が良くなるのか?」
「なるわ、必ず。だから頑張りましょう」
そんな私たちの様子に、ヴェインがはっと鼻で笑った。
「ガキはすぐ泣き言をいうから嫌いだ。ママと一緒がいいのならば、ずっと手でも握っていてもらえばいい。それとも膝に乗せてもらうか?」
言い方は悪いが、それもありだ。抱き上げてしまえば、リゼルが暴れても抑えられる。
「リゼル、お母様が抱っこしましょうか」
「嫌だ!」
リゼルが私から飛び退くように離れた。アンブローズさんが声を殺して笑っている。
「俺1人でできる! 母上はそこで見ていろ!」
ずんずんと自分からヴェインの元に行って、視力検査の確認を続けた。もしかして、リゼルを挑発してわざと……
「なんだ、ママと一緒じゃなくてもいいのか?」
「俺は未来の伯爵だぞ! バカにするな!」
いや、ヴェインのはただの素かもしれない。どちらにせよ、リゼロがやる気になってくれたのならばそれでいい。
その後、しばらく検査を続け、ヴェインは大きく頷いた。
「少し待っていろ」
そう言い残し、店の奥へ引っ込んで行った。
ようやく終わったのかと、リゼルがふらふらと私に抱き着いてくる。
「お疲れさま、ちゃんと最後までできたわね」
銀の髪をサラサラと撫でると、リゼルが顔を上げた。
「俺頑張った? 偉い?」
「とっても頑張ったわ。偉いわよ、リゼル」
えへへと、リゼルは得意気に笑った。アンブローズさんもリゼルに目を細めた。
「視力検査はなかなか根気のいる作業で、わしでもくたびれてしまいましたぞ。坊ちゃんはさすがじゃな」
「当然だ! 俺は将来伯爵になるんだぞ!」
「これはこれは、恐れ入りました。リゼル伯爵」
アンブローズさんにも褒められて、リゼルは気分上々だ。かわいい。こんなドヤ顔ならいつまでも見ていたい。
「できたぞ」
ヴェインの声がした瞬間、リゼルが私から離れた。甘えているところをヴェインに見られるのは恥ずかしいらしい。
「これだ、掛けてみろ」
ヴェインが深い紫色の眼鏡ケースを開けると、中には楕円形で白いフレームの眼鏡が入っていた。リゼルが不安そうに私を見上げたので微笑むと、意を決したのか眼鏡に手を伸ばす。
その小さな眼鏡を恐る恐ると言うように、耳に掛けた。
「どう? リゼル?」
リゼルは辺りを見回し、キョロキョロとしている。落ち着きのない子犬のように、その場をクルクル回っていた。それから私を見上げる。フレームから零れそうなほど、大きく見開かれた紫の瞳。
「見える……遠くまで見える! あっちの小さな人形の顔も、そっちの本の文字も見えるぞ! すごい! 全部見える!」
「良かったわね、リゼル!」
ぴょんぴょんと子犬のように跳ね回るリゼルに、胸が熱くなった。恐らく生まれて初めてはっきりと世界を見たのだ。ボヤけた世界ではなく、くっきりと縁どられた世界を。
「ありがとうございます! ヴェインさん!」
「当然だ。俺は世界で唯一にして、最高の眼鏡屋だからな」
腰に手を当て、ヴェインはふふんと笑った。その自信に満ちた顔が神のように思える。
「母上」
涙ぐむ私に、リゼルが手を伸ばした。膝を突くと、リゼルが私の頬に手を当てる。
「母上は、こんな顔をしていたのだな。はっきりと見える。とても優しいお顔だ」
「リゼル……!」
ぎゅっと抱きしめると、ヴェインの前だからか慌てて離れようともがいた。でも私が離さないので、諦めたのかそのまま腕の中に抱き止められていた。温かなぬくもりが私の胸に溢れる。
「これで俺はバカじゃない?」
「最初からリゼルはバカじゃないわ。優しくて賢い、私の大切な子」
ヴェインの溜め息と、それをやんわり制止するアンブローズさんの空気を背中に感じた。その優しさに甘え、しばらくリゼルをこの胸に抱いていた。
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