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王都への帰還

綻ぶ仮面

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 私は、東方の島に興された獣人達の国、ヤマト王朝の出身だ。

 歴史ある華族の長女として生まれた私は、底抜けのお人よしさで周りをいつも苦笑させる優しい父、目が見えないながらも巫女姫として皆に敬われる気高い母、そして可愛らしい妹に囲まれて幸せな毎日を過ごしていた。



 しかし、その幸せは突然奪われる。魔王軍が突如侵攻を開始、これまで海により隔たれ長い平和を享受していた私達の国は、飛翔能力を持った魔族の電撃戦により即座に混乱し、その後に続く敵本隊の前に各個撃破されていった。



 敵の進軍速度はあまりにも早く、女子供を守るため戦える男達は殿を務め、そのほとんどが命を散らした。

 そして、それは父も例外ではない。



 泣きじゃくる妹を宥めながら、母と話をすると、父は私の方を向いてこう言った。

 『二人を頼む』と。



 今でこそ私は穏やかな性格をしているが、昔はかなりおてんばで、武術も嗜んでいたので男顔負けの強さを誇っていた。そして、同時に国随一の水魔法の使い手でもあった。

 だからだろう、盲目の母と幼い妹、それを守ることを父は最後に私に託したのだった。



 男達を置いて、隠れ船場へ向かう。



 島を出てからも魔王軍の追撃は激しく、多くの船が沈んでいった。

 そして、追っ手を振り切ることができず、無茶を承知で嵐の中へ船団は入っていく。



 おそらく、あの時ほとんどの者は助からなかったのだろう。

 私は、歯を食いしばりながら水魔法を行使し続け、ふと目覚めると、母と妹を含めた三人だけで岸に打ち上げられていた。



 着の身着のまま、当然お金など無く、行く当てもなく歩いていると、寂れた漁村に辿り着いた。



 すると、私達を見かねたのか、老夫婦が声をかけてくれ、家に招待される。

 金品を一切を持っていないと伝えたが、その夫婦は温かい食事を用意してくれた。



 私達の国は長い間鎖国しており、人というものにはその時初めて出会ったが、その優しさに涙ぐみながらお礼を言い、久しぶりに食べるまともな食事を勢いよく食べた。



 どうやら疲労が溜まっていたのか、母と妹は気づいたらテーブルの上で寝ており、私もウトウトと眠くなってくる。

 食器の片づけを始めたその夫婦に、強い眠気を感じつつも声をかけ、何も支払えないのでそれくらいは手伝うと伝えた。



 だが、彼らは顔を見合わせると、こう言った。

 『大丈夫、もう対価は貰っているからと』



 その言葉を聞くと、私はその場で意識を失った。





 目が覚めると、牢屋の中で一人鎖に繋がれていた。

 そして、悟る。私達は騙されたのだと。

 なんと愚かだったのだろう。父に家族を託されたというのに。





 私は下着の中に隠した短剣を掴み、服を破って口に噛むと、鎖の繋がれた右足へその刃を振り下ろした。

 凄まじい痛みに涙が流れる。叫びそうになるのを必死で我慢する。



 削れた肉のおかげで細くなった足から震えながら鎖を外すと回復魔法を唱える。

 強力な魔法の使用に一瞬立ち眩みがするが、何とか耐える。



 そして、慎重に身を隠しながら進んでいくと母と妹の姿を見つけた。

 その前には欲望に目を染めただらしない顔の男が二人立っており、殺意を覚える。



 後ろから忍び寄る。鋭い氷の刃を形作ると同時に二人の心臓部分をそれで穿った。

 二つの崩れる音がする。



 母と妹の手を強く掴むと見つからないうちに逃げ出した。



 それからは、本当に多くの悪意に晒された。それは王都に来ても何も変わらない。

 どうやら、獣人がこの国で生きていくのは容易いことではないらしい。



 時に騙され、時に騙し、殺し、奪った。

 家族を守るためにはその方法しかなかったから。



 そして、回復魔法の使い手であることをカードに王国と交渉をし勇者パーティ兼監査役に任じられた。疲弊しきった母と妹、その身の安全の確保と引き換えに



 弱みを見せないようにしてきた。笑顔を貼り付け、誰も信じず、騙し、家族だけを守っていく。



 そう思っていた…………















 不思議な人だ。



 これまでずっと観察してきた。



 以前の勇者はそれこそ人の形をしたケダモノのような存在だったのに。



 今はまるで違う。



 村を救い、姉妹を助け、子供を育む。





 別人のような行動に疑念を頂くも、その愚かしいほどの優しさは私が失い、渇望してきたかつての父の温かさのようで。



 そして、今日、姉妹を守るその姿を見た瞬間、自分たちが守られる姿を重ねてしまい、思わず心動かされた。





 もしかしたら、騙されているのかもしれない。



 しかし、少しだけ。そう、もう少しだけ。



 この強く頼りがいがありながらも、どこか放っておけないこの人のことを信じて見よう。



 それがどういう結果になるかはわからないが、今より悪くなることもそうないだろう。









 巫女は思う。仕方のない人だと。少しだけ力になってあげようかと。



 しかし、それは彼女の中で、騙し合う関係ではなく、本当の意味で笑顔を見せられる人になったのだということには気づかない。



 仮面は外れる。誰かの手が触れたなら。
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