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終わりゆく日常

ご都合主義はオプションです

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 泣き疲れて寝てしまった姉妹をベッドに運んだ後、自室に戻る。

 そして、俺の様子から普段と違うのを感じたのだろう。アインがこちらをじっと見つめている。



 こいつは賢い。喋れなくても言葉を理解し、人を思いやれる優しいやつだ。

 村の時は子供の腹の音だけで動き出した、それにアオイや孤児院の子供の世話も率先してやって何をされても怒ることは全く無い。



 だから、俺はこいつを信頼して大事な仕事を今から任せるのだ。

 語りかけるようにアインに伝える。



「アイン。俺は戦争に行く。だが、お前は連れて行かない」



「それはな、お前が邪魔だったり弱いからっていうわけじゃない。むしろその逆だ」



「お前は強いし、その上賢い。十分戦えるのは分かってるんだ。でも、ここに残す。それはな、俺の守りたいものがここにもあるからだ」



「お前を信頼して頼む仕事だ。カエデやアオイ、そしてこれまで関わってきた人たちを俺に代わって守ってくれ。

 頼んだぞ、相棒!」



 アインはこちらを見続けている。その目には強い意志が乗っているようだ。



 そして、窓から飛び降り、庭に出ると強く空に向かって吠えた。



 任せろ、そういっているように俺には聞こえる。満月の夜、彼のその銀色の美しい毛並みはその優しさを示すように穏やかに輝いていた。















 次の日、商店街を訪れ、一時の別れの挨拶をしていく。



「前線に行くのか……。勇者様は知らないかもしれないが、あんたが現れるまでは連戦連敗でな。これまでいがみ合っていた大国同士が手を組んでも戦線の維持ができる程度だったんだ。」



「そうなのか。知らなかったよ」



 正直、俺はこの国しか知らないし、実際に前線に立ったことは無いから初めて聞く情報だった。



「それにな、勇者様が召喚されてからも、すげー人だって新聞では言われつつもその姿をみることはほとんどなくてさ。どこか遠くの存在に感じていたよ。

 だからだろうな、みんな勇者を称えつつも、早く魔王を倒して来いよ、何やってんだよって思ってたんだ」



「そうか……」



 勇者は世界を守り、救うもの。ゲームではみんなが勇者を信じてて、好意の言葉しか言わない。だが、現実は違う。みんな自分たちの生活がかかっている。



「でも今は違うんだ。早く平和になって欲しいとは思うよ。ただ、あんたは俺らにとって遠い人じゃなくなったんだ。直接話して、関わって、強いながらもふつーの気のいい兄ちゃんだって知っている。

 だからさ、無理そうなら帰ってこい。物語の勇者様は皆勇敢で完璧な人達だが、俺らの知ってる勇者様はアインの食欲に小言を言っちゃうくらいのへなちょこ勇者様なんだから」 



「おい!へなちょこは言い過ぎだろう」



「ははっ。わるいわるい。魔王を倒して来たら撤回してやるからすぐ倒して帰って来いよ。

 それまでは子供達の笑顔くらいなら代わりに守ってやるさ。

 今回の支払いは後払い、料金は魔王討伐ってのはどうだい?」



 本当に、俺は周りに恵まれている。世界はそれほど綺麗じゃない。前世の、それこそ命のかかっていない仕事でさえ、足の引っ張り合いや責任の押し付け合いがあったくらいだ。

 世の中みんないい人なんて青臭いことを考えるほど俺は若くない。でも、それでも俺の周りにはこれほどいい人たちが溢れているんだ。



「……そんな安くていいのか?だったらいっちょやってくるか」



「おうよ。まいどあり!!」



 別れを告げて孤児院に向かう。俺は戦意は人に会うごとにその強さを増していっている。















 子供たちが纏わりついてくるのを今日は抑えつつ、院長室を訪れる。



「前線ですか……。それは大変でしょうな。

 勇者様もご存じかと思いますが、ここにいる子達は魔王軍との戦争でその親を亡くした者も多いのです。ですので、早く魔王が討伐されて欲しいとは切に願っております。

 ただ、魔王を倒したとしても失われた命はもう戻りません。そして、子供達はみな勇者様を慕っている。勝手なことを申しますが、魔王討伐が勇者生還よりも天秤を傾けることがないようにと私からは忠告させて頂きます」



 院長は普段子供たちにむけるような穏やかな表情を俺に向け、そう言い聞かせるように伝えた。

 当然、俺も死ぬつもりは無い。だが、人に言われて改めて生きることへの意識が強まった。

 勇者は負けない、そして死なない。全ての笑顔を守り切る。



 無茶苦茶な論理だけど俺はそれを固く胸に誓った。



「……ありがとうございます。絶対に生きて帰ります」



「ええ。そうしてください。私よりも先に死ぬ若者をもう見たくありませんので」





 たくさんの親がいる。甘やかすだけでも、厳しくするだけでも子供は育てられない。

 子供を時には褒め、時には叱り、時には諭し育てる。

 このような人がいることが俺はとても嬉しかった。















 街のみんな、孤児院のみんな、それにカエデとアオイ、そしてアイン

 みんなが無事を願ってくれている。

 だったら俺は生きて帰ろう。心配させないようにできるだけ早く。



 そのためには考えられることを全てする。

 サクラに会いに行く。ノックをすると入室し、相談したいことを伝えた。



「軽く、極めて丈夫な素材の心当たりですか。それを何に使われるかお聞きしても?」



「ああ。俺の世界では空を飛ぶ乗り物があってな。羽の付いた馬車のようなものなんだが、それを作りたい。早く移動するために」



 俺が無尽蔵の魔力で強い風を作る。そして、軽く、それを受け止めるだけの丈夫さを兼ね備えるもの。それがあるなら欲しい。

 土魔法のイメージで作った金属をもとに飛行機もどきを作ったが飛ばせなかった。おそらく重すぎるのだろう。

 そして、半端な素材では風を受けて壊れてしまう。

 矛盾するそれらを兼ね備えられる素材が無いかを期待はしないが、一応聞いてみる。



「そうですね。心当たりがあるにはあるのですが…………」



「本当か!?ぜひ教えてくれ」



 サクラは本当に博識だ。俺のふんわりした問いにいつも回答をくれる。



「それがですね。手に入るのに、手に入らないというかですね……」



 珍しく言葉が不明瞭だ。どういうことだ?



「この世界には神樹というものが存在します。それは、全く重さを感じさせず、柔軟性がありながらもどんな物質よりも頑丈であると言われています。まさに今勇者様が求めている通りのものなのですが……」



「まさにそれだ!どこにあるんだ?」



 さすがファンタジー世界。ご都合主義万歳!!



「ただ問題があって、それを生み出せるのが、神の血を受け継ぐと言われるハイエルフのみであり、また、それ以外のものが触れると瞬く間に枯れてしまうらしいということです。

 つまりフェアリス様にご協力いただく必要があるのですが、あの方は故郷を取り戻すために一時的に協力をしているだけで、内心では森を敬わない人間を毛嫌いしております。

 私は獣人ということで若干哀れみの感情から優しく接してくれているようですが、神樹はそれこそエルフの宝。人間が使うために協力いただける可能性は極めて低いでしょう」





 それを聞いて急激に嬉しさが萎む。え、それってつまり、あの俺をゴミと同価値とでも言うような目で見てくるエルフの姫君を説得して協力してもらえない限り入手できないってこと?



 どうやら俺の異世界転生にはご都合主義とやらはついてこなかったらしい。

 追加料金ありでいいから後付けしてくれ。そう思った。

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