31 / 106
四章 -近づく関係-
蓮見 透 四章⑤
しおりを挟む
少し休み、ある程度持ち直してきたので階段を降りる。
「よし!頑張らなきゃ」
リビングに入ると、誠君のお母さんの瑛里華さんが夕食の準備を始めるところだった。
「どうしたの?」
無表情で問いかけてくるその顔は、整っていることもあって酷く冷たく見えた。
たぶん、背が高いから、なおさらそう思えるのだろう。
でも、心の内が見える私には、彼女がとても優しいことが伝わってくる。
「お手伝いしようと思って。一人暮らしということもあって、それなりにできることも多いので」
どうやら、その氷の仮面の下では、誠君と早希ちゃんが何か嫌な思いをさせたのかと私を心配してくれているようだった。
「ああ、そういうこと。まぁ、別に気にしなくてもいいんだけど、逆にそれが落ち着かないようなら手伝ってもらおうかしら」
さすが、誠君のお母さんだ。人の繊細な部分に配慮できるところがとても似ている。
「ありがとうございます。今日は何を作るんですか?」
「冷しゃぶ、オクラとイカの和え物、お味噌汁に昨日の残りのサラダとかかしら。簡単なものでごめんね?」
「いえ、夏っぽくてとても良いと思います。夏バテにも効きそうですし」
「ありがとう。そう言って貰えてよかったわ」
夏らしい料理で暑い今日に食べるにはぴったりの料理だ。
「はい。そういえば、なんてお呼びすればいいですか?」
おばさんというのはとても憚られるというか、高校生の子供がいるとは全く思えないほど若々しい外見なので、何と呼ぶのかかなり迷う。
「何でもいいわよ?おばさんでも、瑛里華さんでも。何なら、お義母さんでもいいし」
淡々とした口調ながら、彼女がこちらを揶揄ってくるのが分かる。
「あんまり、揶揄わないで下さい。じゃあ、瑛里華さんって呼びますね」
「あら、まんざらでもなさそうね。誠のこと、憎からず思ってくれているってこと?」
「ノーコメントでお願いします」
さすがに初対面の、それも想い人の母親に伝えることでは無いので、明言は避けておこうと苦し紛れの言葉を告げる。
「なるほどね。まぁ、二人の好きにすればいいわ。どっちも、火遊びするタイプでは無さそうだし」
バイクの免許を取ってることから、厳しい家では無いとは思っていたけれど、子供の自主性を尊重する家庭なのが伝わってきた。
私は、彼の性格はこうやって作られたんだなと勝手に納得する。
「じゃあ、ササっと作っちゃいましょうか。一番やかましい人もそろそろ帰ってくることだし」
その素っ気ない言葉とは裏腹に、少しだけ微笑む瑛里華さんは、女の私でも照れてしまうほどに、とても綺麗に思えた。それはもう、心から羨ましいほどに。
◆◆◆◆◆
鍋に水を入れ、汁用と茹で上げ用に沸かし始めたことがわかったので、私も聞いたメニューで必要になることを手伝い始める。
「オクラ、下処理しちゃいますね」
ヘタの下処理をするため包丁を取り出す。整理整頓され、必要なものがすぐ手の届くところに並べられている台所は、瑛里華さんの性格が表れているのだろう。
「ありがとう」
私の処理したオクラを瑛里華さんが水洗いして、うぶ毛を取っていく。
お互いが何をするかわかっているからか、何も言わなくても伝わるのがとても不思議な感覚だった。
「イカも捌いちゃいますね」
置いてあったイカを取り、サッと捌いていく。
「え、それもできるの?本当にすごいのね」
「実家が海の近くなので」
昔は、お祖母ちゃんの知り合いがやっている海の家を手伝うこともあったし、海鮮物の捌き方は一通り教えて貰っていた。
「へー。ここらへんなの?」
「いえ、あまり近くはないんです」
皮をむいた後、寄生虫の可能性も考慮して細かく刻んでいくと、その間に片方の鍋が湧いたようでオクラが茹で上げられていった。横に豚肉が置いてあるところを見ると、その後にすぐそれも処理するのだろう。
そのまま順調に分担しながら料理を続けていき、最後に瑛里華さんがみそ汁の味の調整をしている最中、私は何かやれることが無いかと、彼女の心を癖で覗きこむ。
どうやら、後は冷しゃぶ用の大根おろしだけらしい。
そして、カットされた大根と奥にある添え物を冷蔵庫から取り出し、それをすりおろし終わった時、瑛里華さんがお玉を置いて話しかけてきた。
「透ちゃんは、本当に気が利くわね」
何気ないその言葉に、蓋をしていた罪悪感が再び息を吹き返しだす。
「…………いえ、そんな」
答えを見ているのだから、当たり前だと冷たい顔をした自分が心の中で呟く。
「謙遜しなくていいのよ。そのくらいの年でそれだけできるのは本当にすごいんだから」
彼女が、純粋な気持ちでそれを言ってくれているのが分かるからこそ、余計に胸が苦しくなる。
早希ちゃんに、瑛里華さん。彼の大切な人達を、その心から優しい人たちを、私は騙しているという残酷な事実を突き付けられるから。
「それに、うちの家族がもみじおろしが好きってよくわかったわね。おばさん、それはさすがにびっくりしちゃった」
言われて、気づく。単純な作業だと、特に気にも留めなかったそれは、白ではなく、赤く染まった山を形作っていた。
「貴方の家ももみじおろしだったの?」
「あ、はは。そうなんです、実は」
「うちだけかと思ってたけど、意外と同じような家庭もいるのね」
誤魔化すような、乾いた私の声が空虚に響く。
やっぱり、ダメだ。どれだけ取り繕っても、私は普通じゃない。
こんな素敵な人達の心を勝手に覗いて、騙して、すり寄っていく私。
綺麗に着飾っても、美しい言葉を並べても、それは変わらない。
私が、自分の本当の姿を暴かれたくないように、心を覗かれたい人なんているわけないのだ。
だから、こんな私を知れば、きっと優しい彼も私を避ける。大事な人に近づけることも無くなる。
そして、絶え間なく押し寄せる自己喪失感の中、赤く染まった大根おろしと、おろし金に残ったその白い欠片が目に映った時、私は思った。
朱に交われば赤くなる。だけどそれでも、混じり切れず、残った異物がきっと自分なのだろうと。
「よし!頑張らなきゃ」
リビングに入ると、誠君のお母さんの瑛里華さんが夕食の準備を始めるところだった。
「どうしたの?」
無表情で問いかけてくるその顔は、整っていることもあって酷く冷たく見えた。
たぶん、背が高いから、なおさらそう思えるのだろう。
でも、心の内が見える私には、彼女がとても優しいことが伝わってくる。
「お手伝いしようと思って。一人暮らしということもあって、それなりにできることも多いので」
どうやら、その氷の仮面の下では、誠君と早希ちゃんが何か嫌な思いをさせたのかと私を心配してくれているようだった。
「ああ、そういうこと。まぁ、別に気にしなくてもいいんだけど、逆にそれが落ち着かないようなら手伝ってもらおうかしら」
さすが、誠君のお母さんだ。人の繊細な部分に配慮できるところがとても似ている。
「ありがとうございます。今日は何を作るんですか?」
「冷しゃぶ、オクラとイカの和え物、お味噌汁に昨日の残りのサラダとかかしら。簡単なものでごめんね?」
「いえ、夏っぽくてとても良いと思います。夏バテにも効きそうですし」
「ありがとう。そう言って貰えてよかったわ」
夏らしい料理で暑い今日に食べるにはぴったりの料理だ。
「はい。そういえば、なんてお呼びすればいいですか?」
おばさんというのはとても憚られるというか、高校生の子供がいるとは全く思えないほど若々しい外見なので、何と呼ぶのかかなり迷う。
「何でもいいわよ?おばさんでも、瑛里華さんでも。何なら、お義母さんでもいいし」
淡々とした口調ながら、彼女がこちらを揶揄ってくるのが分かる。
「あんまり、揶揄わないで下さい。じゃあ、瑛里華さんって呼びますね」
「あら、まんざらでもなさそうね。誠のこと、憎からず思ってくれているってこと?」
「ノーコメントでお願いします」
さすがに初対面の、それも想い人の母親に伝えることでは無いので、明言は避けておこうと苦し紛れの言葉を告げる。
「なるほどね。まぁ、二人の好きにすればいいわ。どっちも、火遊びするタイプでは無さそうだし」
バイクの免許を取ってることから、厳しい家では無いとは思っていたけれど、子供の自主性を尊重する家庭なのが伝わってきた。
私は、彼の性格はこうやって作られたんだなと勝手に納得する。
「じゃあ、ササっと作っちゃいましょうか。一番やかましい人もそろそろ帰ってくることだし」
その素っ気ない言葉とは裏腹に、少しだけ微笑む瑛里華さんは、女の私でも照れてしまうほどに、とても綺麗に思えた。それはもう、心から羨ましいほどに。
◆◆◆◆◆
鍋に水を入れ、汁用と茹で上げ用に沸かし始めたことがわかったので、私も聞いたメニューで必要になることを手伝い始める。
「オクラ、下処理しちゃいますね」
ヘタの下処理をするため包丁を取り出す。整理整頓され、必要なものがすぐ手の届くところに並べられている台所は、瑛里華さんの性格が表れているのだろう。
「ありがとう」
私の処理したオクラを瑛里華さんが水洗いして、うぶ毛を取っていく。
お互いが何をするかわかっているからか、何も言わなくても伝わるのがとても不思議な感覚だった。
「イカも捌いちゃいますね」
置いてあったイカを取り、サッと捌いていく。
「え、それもできるの?本当にすごいのね」
「実家が海の近くなので」
昔は、お祖母ちゃんの知り合いがやっている海の家を手伝うこともあったし、海鮮物の捌き方は一通り教えて貰っていた。
「へー。ここらへんなの?」
「いえ、あまり近くはないんです」
皮をむいた後、寄生虫の可能性も考慮して細かく刻んでいくと、その間に片方の鍋が湧いたようでオクラが茹で上げられていった。横に豚肉が置いてあるところを見ると、その後にすぐそれも処理するのだろう。
そのまま順調に分担しながら料理を続けていき、最後に瑛里華さんがみそ汁の味の調整をしている最中、私は何かやれることが無いかと、彼女の心を癖で覗きこむ。
どうやら、後は冷しゃぶ用の大根おろしだけらしい。
そして、カットされた大根と奥にある添え物を冷蔵庫から取り出し、それをすりおろし終わった時、瑛里華さんがお玉を置いて話しかけてきた。
「透ちゃんは、本当に気が利くわね」
何気ないその言葉に、蓋をしていた罪悪感が再び息を吹き返しだす。
「…………いえ、そんな」
答えを見ているのだから、当たり前だと冷たい顔をした自分が心の中で呟く。
「謙遜しなくていいのよ。そのくらいの年でそれだけできるのは本当にすごいんだから」
彼女が、純粋な気持ちでそれを言ってくれているのが分かるからこそ、余計に胸が苦しくなる。
早希ちゃんに、瑛里華さん。彼の大切な人達を、その心から優しい人たちを、私は騙しているという残酷な事実を突き付けられるから。
「それに、うちの家族がもみじおろしが好きってよくわかったわね。おばさん、それはさすがにびっくりしちゃった」
言われて、気づく。単純な作業だと、特に気にも留めなかったそれは、白ではなく、赤く染まった山を形作っていた。
「貴方の家ももみじおろしだったの?」
「あ、はは。そうなんです、実は」
「うちだけかと思ってたけど、意外と同じような家庭もいるのね」
誤魔化すような、乾いた私の声が空虚に響く。
やっぱり、ダメだ。どれだけ取り繕っても、私は普通じゃない。
こんな素敵な人達の心を勝手に覗いて、騙して、すり寄っていく私。
綺麗に着飾っても、美しい言葉を並べても、それは変わらない。
私が、自分の本当の姿を暴かれたくないように、心を覗かれたい人なんているわけないのだ。
だから、こんな私を知れば、きっと優しい彼も私を避ける。大事な人に近づけることも無くなる。
そして、絶え間なく押し寄せる自己喪失感の中、赤く染まった大根おろしと、おろし金に残ったその白い欠片が目に映った時、私は思った。
朱に交われば赤くなる。だけどそれでも、混じり切れず、残った異物がきっと自分なのだろうと。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
女性が少ない世界でVTuberやります!
dekoma26+ブル
恋愛
ある日朝起きてキッチンに行くとそこには知らない男性たちが! …え、お父さん⁉
なぜか突然女性の少ない世界に来てしまった少女がVTuberをしたり、学校に通ったりするお話。
※恋愛大賞ラストスパートなので24日火曜~27日金曜日まで連日投稿予定!
参加してるみんな!あと少しだよ頑張ろう!(>▽<)/作者ブル
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
【完結】付き合ってもいないのに、幼なじみの佐藤がプロポーズしてきた
ぽぽよ
恋愛
「俺らさ、結婚しない?」
三十二歳、独身同士。
幼なじみの佐藤が、たこ焼きパーティの最中に突然言い出した。
付き合ってもないのに。
夢見てた甘いプロポーズじゃないけれど、佐藤となら居心地いいし、給料もあるし、嫁姑問題もないし、性格も知ってる。
断る理由が、ない。
こうして、交際0日で結婚することが決まった。
「とりあえず同棲すっか」
軽いノリで決まってゆく未来。
ゆるっとだらっと流れていく物語。
※本編は全7話。
※スパダリは一人もいません笑
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
【完結】言いつけ通り、夫となる人を自力で見つけました!
まりぃべる
恋愛
エーファ=バルヒェットは、父から十七歳になったからお見合い話を持ってこようかと提案された。
人に決められた人とより、自分が見定めた人と結婚したい!
そう思ったエーファは考え抜いた結果、引き籠もっていた侯爵領から人の行き交いが多い王都へと出向く事とした。
そして、思わぬ形で友人が出来、様々な人と出会い結婚相手も無事に見つかって新しい生活をしていくエーファのお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ているもの、違うものもあります。
☆現実世界で似たもしくは同じ人名、地名があるかもしれませんが、全く関係ありません。
☆現実世界とは似ているようで違う世界です。常識も現実世界と似ているようで違います。それをご理解いただいた上で、楽しんでいただけると幸いです。
☆この世界でも季節はありますが、現実世界と似ているところと少し違うところもあります。まりぃべるの世界だと思って楽しんでいただけると幸いです。
☆書き上げています。
その途中間違えて投稿してしまいました…すぐ取り下げたのですがお気に入り入れてくれた方、ありがとうございます。ずいぶんとお待たせいたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる