人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

A

文字の大きさ
35 / 106
四章 -近づく関係-

蓮見 透 四章⑦

しおりを挟む
 頭の理解が追い付き始め、こちら側に強く踏み込んでくるようなその視線に動揺する。

 目を合わせていられず、視線を彷徨わせた後、じっと地面を見つめる。


「……………………言えないよ」


 嫌われるのが分かってて、そんなこと言えるわけない。

 私は、誠君みたいに強くないから。



「こんなこと言ったら、さすがの誠君だって、絶対に私のこと拒絶するもん」


 当たり前だ。心を勝手に覗いてくる女と好きで付き合う人なんかいない。
 
 だって、言葉にしないということは、相手に知られたくないことも多いから。それを盗み見られたい人などいない。


「それに、とんでもなく非現実的で、頭がおかしい女だって思うに決まってる」


 当たり前だ。そんなの、創作の中でしか聞いたことない。

 だって、そうでなければ、人の気持ちがわからないことで悩む人がこんなに世間で溢れるわけがない。




「だったら、言わない方がいいじゃない!そう思って、無理してでも、帰ろうと思ってたのに!!」


 言っても、何も得られない。失うくらいなら、自分から捨てたほうがいい。
 
 そう自分に言い聞かせて動かない足を無理やり動かしてたのに。

 なぜ、彼がそんな残酷なことを言うのだろう。貴方のことが本当に好きだから、嫌われたくないから、頑張って諦めたのに。



「拒絶なんかしない。例え、それがどんなことであっても」



 なんで、なんで、そんな優しいことを、言われたら、思われたら、言いたくなってしまう。

 鍵を掛けていられなくなる。



「でも、そんなの…………」

「一つだけ聞かせてくれ」  

 

 更に言い募ろうとした私の言葉に被せるようにして、彼が強い口調でそれを上書きする。
 
 失った言葉に固まる私に、彼は以前と同じようにそれを尋ねた。



「透は、どうしたい?」



 変わった関係と、それでもなお変わらない言葉。本当に、羨ましいくらい、真っ直ぐで、包み込むように温かくて。

 だからこそ、そんなブレない彼だからこそ、その言葉は私に突き刺さった。絶対に裏切らない、それがはっきりと分かるから。



「前にも、言ったはずだ。透がやりたいことをすればいいって。もしそれが、言いたくないってことなら俺はその意志を尊重する」


 ずっと、周りの声に合わせて生きてきた。でも、彼は私のしたいことを何よりも尊重してくれる。


「だけど、そうじゃないなら。本当は言いたいって思うなら話してくれ。何でも聞くし、拒絶もしないから」

 
 
 いつまで経っても、変わらず、彼はズルい。

 本当に求めている言葉を、これ以上無いほど嬉しい言葉を、私に与えてくれる。


 やっぱり、諦めるなんてできない。だって、こんなにも誠君のことが大好きだから。

 何度も何度も、私を助けて、最も深い所にある闇ごと掬い上げてくれる、そんな優しい彼が、もうどうしようもないくらいに大好きだから。



 私は、彼の胸に頭を押し付けながら、自分の秘密を、ポツリポツリと、ゆっくり話していった。
 
 沈殿した恐怖、嫉妬、悲しみ、怒り、それらをごちゃまぜにしながら。










「だから!!だから…………優しい誠君だって、早希ちゃん達だって絶対に私のことを拒絶すると思って、私は!」

 
 高ぶっていった心が、理不尽な強い言葉を彼にぶつける。

 だけど、それに対しての彼の答えは、やっぱりいつも通りの優しさだった。

 そっと抱きしめられ、頭に添わせられた手に体が無意識に跳ねる。




「大丈夫、大丈夫だから」




 その宥めるような、あやすような彼の声は、ずっと自分が求めていたもので、私は声をあげて泣いた。


 




 


 どれだけそうしていただろうか、縋りつくように涙を流し続けた私は、泣き止んだ後もそのぐちゃぐちゃな顔を見られたくなくて彼の胸に顔を隠す。


「………………ありがとう、聞いてくれて」


 そして、その体温も、匂いすらも独り占めできるようにギュッと抱き着く。
 

「いいさ。これくらい」


 ずっと悩んでいたのがなんだったのかというくらいに拍子抜けな彼の態度。
 
 私は、それに呆れるとともに、この上ないほどの居心地の良さを感じた。


「これくらい、か。やっぱり、すごいね、誠君は」

「そうか?」

「そうだよ。気持ち悪いとか、気味が悪いとか、心を読まれて嫌だとかそういうことは思わないの?」


 受け入れてくれたのは分かってる。それでも、まだ底に残っている恐怖を、勇気を出して、尋ねる。


「自分が欲しいと思って手に入れたもんじゃないんだろ?」

「…………うん。でも、実際に読んでるのは私の意志なの」


 望まない力でも、使っているのは私だ。最早癖になっているとはいえ、それは変わらない。


「それでもだよ。だって、自分で好んでそれを使うようなやつは、こんなに泣かないだろ?本当は消し去れるものなら、消し去りたい。違うか?」


 確かに、出来るものならそうしたい。こんな力、無いに越したことないから。
 

「…………うん。私は、普通の女の子になれるものならなりたい」


 今みたいな容姿や、頭や、器用さやそういったものが一切無くてもいい。

 普通の女の子として、普通に人を好きになって、普通の幸せを手に入れられるのが私の昔からの一番の願いだったから。



「なら、仕方ないさ。むしろ、透も被害者みたいなもんだ」



 考えてもみなかったその言葉に、一瞬呼吸すらも忘れてしまう。
 あまりにも衝撃的で、常識が根底から覆ってしまうようなそんな言葉だったから。



「…………………………………………被害者?私が?」

「俺は、そう思うよ」

「本当に?本当に、そう思うの?」

「本当の、本当に、そう思うよ」



 誰かが受け入れてくれることをずっと夢見ていた。それと同時にあり得ないと諦めていた。

 拒絶されないだけでも幸せだったのに、どうやら彼はそのずっと先のものを私にくれるらしい。



 私は、溺死してしまいそうなほどの幸福感の中で、再び涙を流し始めた。










 

 時折聞こえていた車の音や人の声がめっきり聞こえなくなった頃、髪が撫でられる感覚を堪能していた私に、誠君が再び声をかけてきた。


「一回、俺の家に戻らないか?」

 
 バスがもう無いのはなんとなくわかる。だけど、冷静になった今では私がどれだけ迷惑をかけていたのかが分かったのでかなり気まずかった。
 

「…………顔合わせづらいかも」

「大丈夫だって、たぶんうちの家族はみんな気にしてないから」

「本当に?」

「保証する。心なんて読めなくても、家族のことくらいは、手に取るように分かるさ。それに、もしさっきの話を伝えたいなら、俺はその隣にいるよ」

 
 隣にいる。それだけのことがこの上なく嬉しい。それに、誰に反対されてもという彼の心の内の覚悟が私には何よりも心強かった。


「…………ありがとう。嬉しい」

「そりゃ、よかった。じゃあ、これで前弁当忘れた時の借りは返したってことにしといてくれるか?」

  
 そのあまりにも釣り合わない交渉に思わず私は笑い出してしまう。

 
「あははははっ。いいよ、もうとっくに返してると思うけど」

 
 相変わらず、面白い人だ。そして、とっても素敵な人。
 

「一食一飯の恩っていうだろ。それくらい大事なのさ」

「一宿一飯でしょ?」

「なら、前泊まったから、それで釣りは無しだ」


 私に、引け目を感じさせないようにするそのさり気ない優しさに、最初会った時からの思い出が次々に蘇ってくる。

 
 下心も無く重い荷物を運んでくれたこと、富樫先生に嫌がらせされそうなときにさり気なく庇ってくれたこと、面倒くさい私を家に誘ってくれたこと、そして、誰にも言えなかった秘密を受け止めてくれたこと。


 出会ってからそれほど時が経ったわけじゃない。だけど、もう、彼無しでは生きていけないほどに私の心は奪われていた。



「………………………………私、誠君に会えて、本当によかった」



 


 そして、来た道を戻る最中、私は彼の背中に張り付いてまた隠し事をしていた。

 でも、それは今までのように鬱屈とした暗いものなんかではない。

 だって、泣いてグチャグチャの顔と、抑えられないにやけ顔を見られたくなかっただけ、ただそれだけなのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

【完結】社畜が溺愛スローライフを手に入れるまで

たまこ
恋愛
恋愛にも結婚にも程遠い、アラサー社畜女子が、溺愛×スローライフを手に入れるまでの軌跡。

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

女性が少ない世界でVTuberやります!

dekoma26+ブル
恋愛
ある日朝起きてキッチンに行くとそこには知らない男性たちが! …え、お父さん⁉ なぜか突然女性の少ない世界に来てしまった少女がVTuberをしたり、学校に通ったりするお話。 ※恋愛大賞ラストスパートなので24日火曜~27日金曜日まで連日投稿予定! 参加してるみんな!あと少しだよ頑張ろう!(>▽<)/作者ブル

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

【完結】付き合ってもいないのに、幼なじみの佐藤がプロポーズしてきた

ぽぽよ
恋愛
「俺らさ、結婚しない?」 三十二歳、独身同士。 幼なじみの佐藤が、たこ焼きパーティの最中に突然言い出した。 付き合ってもないのに。 夢見てた甘いプロポーズじゃないけれど、佐藤となら居心地いいし、給料もあるし、嫁姑問題もないし、性格も知ってる。 断る理由が、ない。 こうして、交際0日で結婚することが決まった。 「とりあえず同棲すっか」 軽いノリで決まってゆく未来。 ゆるっとだらっと流れていく物語。 ※本編は全7話。 ※スパダリは一人もいません笑

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

【完結】言いつけ通り、夫となる人を自力で見つけました!

まりぃべる
恋愛
エーファ=バルヒェットは、父から十七歳になったからお見合い話を持ってこようかと提案された。 人に決められた人とより、自分が見定めた人と結婚したい! そう思ったエーファは考え抜いた結果、引き籠もっていた侯爵領から人の行き交いが多い王都へと出向く事とした。 そして、思わぬ形で友人が出来、様々な人と出会い結婚相手も無事に見つかって新しい生活をしていくエーファのお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ているもの、違うものもあります。 ☆現実世界で似たもしくは同じ人名、地名があるかもしれませんが、全く関係ありません。 ☆現実世界とは似ているようで違う世界です。常識も現実世界と似ているようで違います。それをご理解いただいた上で、楽しんでいただけると幸いです。 ☆この世界でも季節はありますが、現実世界と似ているところと少し違うところもあります。まりぃべるの世界だと思って楽しんでいただけると幸いです。 ☆書き上げています。 その途中間違えて投稿してしまいました…すぐ取り下げたのですがお気に入り入れてくれた方、ありがとうございます。ずいぶんとお待たせいたしました。

処理中です...