人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

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五章 -触れ合う関係-

蓮見 透 五章:序幕

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 翌朝、目が覚めると、見慣れない光景に少し混乱する。
 
 だが、意識がはっきりするにつれ、徐々に昨日の記憶を思い出してきた。


「そっか、誠君の家に泊まって…………よかった、夢じゃないんだ」


 冷たい自分の部屋とは対照的な、その生活感あふれる部屋に、昨日のことが夢ではないことが分かってほっと安心する。

 そして、気持ちに余裕が出てきたことで、体の異常に気づいた。なんか、右半身が暑い。

 暗闇に慣れ、だんだんと見えてきたその目でふと横を見ると、そこにはこちらの腕を抱えながら眠る早希ちゃんがいた。


「トイレに行った時にでも間違えたのかな?」


 布団とベッドで分かれて寝ていたはずなのに、今は何故か私の横にいる彼女に思わず笑みがこぼれてくる。

 
 本当に人懐っこい子だなと思いながら、その柔らかいほっぺたを軽くつつくと、彼女は嫌がるように顔を背けた。


「ふふっ。ごめんね」


 起こしては可哀想なので、ゆっくりと腕を外して布団から抜け出ると、そのまま微かに光の漏れているリビングに向かった。









 中へ入ると、瑛里華さんが既に起きて朝食の準備を始めていた。


「おはようございます」

「あら?早いのね。別に気にせず、もう少し寝ててもいいのよ?」

「大丈夫です。いつも、このくらいの時間には起きてるので」

「ほんとに、しっかりしてるのね。寝坊助のうちの家族にも見習わせたいくらい」

「いえ、そんな」
 

 とりあえず何か手伝えることはないだろうかと、台所へ近づく。


「何か手伝いましょうか?」

「そうね。じゃあ、目玉焼きを作って貰える?」

「わかりました」


 フライパンを温めながら、卵を冷蔵庫から出した後、水を準備しておく。

 そして、そのまま心の中を覗いてどんな焼き加減にすればいいのかを確認しようとした時、はっと気づいてそれを止める。


「…………どんな焼き加減にすればいいですか?」


 完全に癖になってるなと反省しつつ、瑛里華さんの方を向いて尋ねると、彼女は微かにだが目尻を下げていた。


「癖になってるんでしょう?ずっとそうしてきたんだから仕方ないわ。でも、ゆっくりでいいから直していけるといいわね」


 本当に、何でも気づいてしまう人だなと思う。だけど、拒絶するでもなく、見守ってくれていることに思わず胸が熱くなる。


「はい!」

「いい返事だけど、フライパンが熱くなり過ぎちゃうから今は料理に集中しましょうか」

「え?あっ、ほんとだ、すいません」

「いいえ。こっちも変なこと言ってごめんなさいね。とりあえず、ササっと作っちゃいましょう」

「そうですね」

 



 そうしてしばらくすると誰かが階段を降りてくる足音が聞こえ、誠君のお父さんが中に入ってきた。


「うー、会社行きたくないー」

「おはよう」

「おはようございます」


 眠そうな顔で目を擦りながら歩く姿はまるで子供みたいで少し笑えてしまう。


「あれ?女神と天使がいる。もしかして、俺死んだ?」

「はぁ、寝ぼけてないで早く支度しないと。はい、コーヒー」


 いつもこんな感じなのか、瑛里華さんが、慣れた様子で近づき、眠気覚ましのコーヒーを渡す。


「母さんは、ほんと毎日可愛くなるなぁ」

「……ちょっと、恥ずかしいからやめて。ご飯の準備できてるから」

「いつもありがとう!」


 朝から仲の良い二人だなと微笑ましく見ていると、お父さんが何故かニヤニヤとした顔でこちらを見てきた。


「早く孫の顔見せてね?」

「えっ!?いや、あの、誠君とはそういう関係では無いので…………まだ」

「ははっ。いやー楽しみだ!」

「ほら、透ちゃんで遊んでないで早く食べて。遅れちゃうわよ」

「へーい」
 

 突然のことにしどろもどろになった私を見ながら、楽しそうに笑う彼を瑛里華さんが急かす。

 そして、そのまま愉快に話しながら朝の身支度を終えると、家を出て会社へと向かっていった。




「ごめんね?ほんと、子供みたいな人でしょ」

「いえ、ぜんぜん大丈夫です。でも、とても明るい人ですね」

「まぁね。それこそ、どんな時も、どんなことがあっても笑える人なのよね。昔からずっと」


 二人がどうやって愛を育んできたのかは分からない。

 だけど、柔らかい雰囲気で少しほほ笑む彼女の顔が、その積み重ねた時間を表しているように思えた。







◆◆◆◆◆


 


 瑛里華さんと一緒に朝食を食べ、しばらくした後、町内会の用事があるとかで彼女が外出していった。

 氷室家の兄妹もまだ寝ているようだし、どうしようかなと思っていた時、ふと早希ちゃんが薦めてきた少女漫画のことを思い出したので、とりあえずそれを読むことにする。




 ストーリーとしては、高校生の男女が色々なことを共に経験する中で、少しずつ恋心を育てていき、最後にはお互いの想いが一緒になる、そんなありきたりの物語だった。

 だけど、日常の描写が上手で、心を許していく様子がとてもわかりやすかった。


 私は、自分と誠君を登場人物に重ねながらページを捲っていく。

 どうやってこの片思いを両想いに変えていけばいいかを考えながら。






 ある程度読み進めた頃、一区切りもついたので、少し休憩することにした。


「とりあえず、一緒に過ごす時間を増やすところから始めるしかないかなぁ」


 周囲にはバレバレな好意が、彼には微塵も届いていないところを見るに、もしかしたらあまりそういったことに関心が無いのかもしれない。

 私個人としては、すぐにでも付き合いたいし、なんなら婚約も済ませておきたいところだけど、まだ早すぎるみたいだ。


「でも、この夏休みはチャンスだよね」


 それこそ、学校に行く必要が無い今が絶好の機会だろう。私は、過去一番といえるほどに頭を回しながら、今後のプランを練っていった。






◆◆◆◆◆





 気づくとかなりの時間が過ぎていたらしい。眠そうな顔の誠君が扉を開けた状態でぼんやりと立っていた。


「あれ?」

「おはよう」


 言葉をかけるも、ぼーっとしているのか、反応が薄い。


「透?なんでいるんだ?」

「ふふっ。寝ぼけてるの?」


 寝ぼけた様子の彼はとても可愛い。思わず抱きしめてしまいたくなるようなその顔に、胸が高鳴る。

 いや、見惚れてるだけじゃダメだ。たくさん話しかけてアプローチしないと。

 
 想定した様々な会話が頭の中に浮かぶ。しかし、何も言えないまま、その視線から思わず顔を逸らしてしまう。


「…………ちょっと、見すぎじゃない?別に、嫌なわけでは無いんだけど」


 考えていたことは清々しいほどに全て吹き飛び、恥ずかしさで頭が真っ白になる。
 どうしようもなく、とりあえず彼の質問に答えるだけの会話を続ける他なかった。



 
 そして、思い通りにならない自分の体にもどかしかさを感じていた時、台所の方から聞こえてきた間抜けな声につい笑ってしまう。


「うめー」

「あははっ。おじいちゃんみたいな反応だね」

「ぴっちぴちの男子高校生ですが何か?」


 腰を少し屈め、麦茶を両手で抱えながら、のほほんとそれを飲む彼の姿はとても面白かった。


「あははははっ。そんな顔で言っても説得力無いから!」

 
 飾らない彼に、今まで色々と考えていたことが馬鹿馬鹿しくなってしまった私は降参して普通に話すことにした。










 心を読めることを知っても、全く変わらず、むしろ気遣いの心を向けてくれる彼の傍はとても居心地がいい。


「ふふっ。でもね、誠君の隣の席になってからは、毎日行くのが楽しみだったんだよ?」

「そうなのか?ほんと、物好きなやつだな。俺みたいなやつなんて、そこら中にいるだろうに」


 だけど、一つだけどうしても否定したい言葉があって、思わず真剣に答えてしまう。


「ぜんぜんいないよ。誠君みたいな人なんて」


 素敵な家族に囲まれているからかもしれないが、彼は自分が特別だとまるで認識していないようだった。



 大人も含めて、たくさんの人の心の中を覗いてきた。

 確かに昔はそうでもなかった、だけど私が大きくなるにつれて、女性に近づくにつれて周囲は好ましくない感情をその内に抱くようになっていった。

 偽りの表情に、偽りの言葉、でもその内が見える私にはそんなの関係なく、残酷なほどに真実がわかってしまう。


 だから、私はその言葉を否定する。自分の人生の中で、誠君の存在が、愛しいその人の存在が、唯一無二で、かけがえのないものだと思っているから。似たようなというくくりの人すら誰も認めたくないほどにそう思っているから。


 




「ははっ。透って意外と頑固だよな」


 しかし、頑なに否定しすぎたことに呆れてしまったのだろうか、彼が急に笑い始めた。

 
「………………誠君は、そんな女の子は嫌い?」


 瑛里華さんに言われ、出来る限りその癖を直そうとしている私にはその心の内を知ることができず、不安になる。

 だから、迷いながらも、直接尋ねた。それは私がどうしても聞きたいことだったから。

 もし嫌いと言われたら、私は死んでしまうかもしれないと物騒なことを考えながら。
 



「いや、俺は透のそういうとこ嫌いじゃないよ」

「ほんとに?」



 心を見て安心したい、でも、ダメだ。

 少なくとも、私に真摯に接してくれる彼と、彼の家族の心はできる限り覗きたくない。
 こんな私を気味悪がらず、真正面から真心を持って接してくれる彼らには私も同じように返したいから。

 そして、私はもう一度言葉で確認する。もしかしたら、何回聞いても、不安は拭えないのかもしれないけど。
 



「はははっ。ほんとだって」


 だが、何故かそれが彼のツボにはまったようで笑われてしまった。

 これ以上無いほど真剣な気持ちを笑われて少し怒れてきてしまう。私にはとっても大事なことなのに、全然彼がそう思っていないことに腹が立ってしまったから。


「ふんっ。もう知らないから」

「ごめんごめん。俺が悪かった」


 顔を背け、怒っていることを伝える。しばらくは、そうしていないと気が晴れなさそうだった。


「笑ったのは謝るよ。だけど、そういう子供っぽい所もなんかいいなって思ってさ。それに、昨日は泣いてた記憶が印象深いから、余計にそう思った」


 しかし、それも彼の言葉ですぐに霧散してしまう。

 ただただ優しい彼の前では、そんなこと意味は無いことに気づかされる。それに、子供っぽい所もいいと言ってくれたことがとても嬉しかった。


「………………はぁ、誠君はほんと、ずるいよね」

「ん?なにが?」

「な・ん・に・も!」


 どれだけ、考えを巡らせても、前もって準備しても、やっぱり、手玉にとられてしまう。
 これが惚れた弱みというやつなんだというのを思い知らされて、悔しくなる。




 でもまぁ、別にそれでもいいのかもしれない。

 昨日までの自分は、失敗しないために、身を守るために、考え、心をすり減らしていた。

 だけど、今の自分は、幸せになるために、彼に近づくために、考え、心を充実させている。
 

 同じように頭を使っていても、こんなにも世界は違って見えるんだから。
 
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