人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

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五章 -触れ合う関係-

時計の針

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 お互いの指を絡めていた時、隣にある部屋から時計の鐘が鳴る音が聞こえてきて時間を思い出す。ふと外を見ると既に夜の帳(とばり)は下りていたようで真っ暗だった。
  
 
「あっ、そろそろ晩御飯の手伝いに行かないとさすがに怒られちゃうかも」

「俺も何か手伝えることあるか?」

「ううん、大丈夫。そこの居間でくつろいでくれてればいいから」

「ほんとに何もしなくていいのか?」

「ほら、いいから。座ってて」


 何かできることをしようかと思ったものの、透に無理やり座らせてしまったので、とりあえずそのまま待っていることにする。


「わかった。ありがとう」

「ううん。じゃあ、ちょっと待ってて。腕によりをかけて作ってくるから」

 
 自信満々な表情で力こぶを作って見せる透の姿は微笑ましい。
 だが、彼女が料理上手なのは既に知っているので今から楽しみだ。


「期待しとくよ」

「うん!」

 
 とびっきりの笑顔で透が部屋を飛び出していくのを見ると、まるで早希のような落ち着きのない行動に少し苦笑してしまう。
 
 そして、時計の音だけが響く空間の中、手持ち無沙汰になった俺が何となく周りを見渡していると、立派な掛け軸や花瓶、日本刀などが置かれた床の間の横にそれらとは雰囲気の大きく異なるものが置いてあることに気づいた。


「これは…………透の描いた絵か?」


 恐らく、幼い頃に描いたのだろう。小さいサイズの透と祖母が手を繋いで立っている。
 どうやら、彼女は幼少の頃から多才だったようで、一目で誰と分かるほど特徴を捉えた絵になっていた。

 
「さすがというべきか、ほんと器用だな」


 思い出の品なのだろう。綺麗に額に入れられた上で飾ってある。
 自分でそうするとは思えないので、たぶんこれをしたのはおばあさんの方かもしれない。


「他にもあるかもな」


 そうして俺が、他にも無いかと部屋をぐるっと見渡し始めると、所々にそういったものが並べられていた。

 
 工作で作ったのか、粘土細工の二人の人形。いつもありがとうと縫われたタペストリー。七五三の時にはにかみながら笑っている着物姿の写真。


 この家族のこれまでの歩みが感じられる品々に思わずほっこりする。


「ははっ。これもそうかな」


 襖(ふすま)の端の方、穴を隠しているように貼られている桜の花びらの形の厚紙。

 その近くには、成長する度にここで身長を測っていたのだろうか、立派な柱に横向きの線が何本も入っていた。 


 たぶん、こんなものは直そうと思えばいくらでも直せるはずだ。
 
 だけど、それがわざわざ残してあるというところに深い愛を感じさせられる。


「いいな、こういうの」


 この家の何気ない所に、彼女が大事にされてきたという記憶が散りばめられている。
 それに、ここだけを見てもそうなのだ。きっと、もっと多くの成長の足跡がこの家には刻まれているのだろう。

 本当にとても暖かい、優しい家だ。


「こことは、全然違うな」

 
 だからこそ、この家とは明らかに違う、あのほとんど物の置いていなかった冷たい家を思い出してしまう。

 こことは対照的な、冷たく、空虚な彼女の箱庭。そして、過去を捨て去り、未来を諦め、停滞することを選んだ悲しい牢獄。

 今ならわかる。きっと、自分に厳しい彼女はあえてそうしていたのだ。



 あれは、彼女の覚悟の証だった。自分の殻に閉じこもって、幸せを思い出さないように蓋をして、闇を抱えたまま一人で生きていこうとする覚悟。

 彼女にとってごく一握りの人間の幸せを何よりも大事にして、自分を犠牲にすることを決めた壮絶な覚悟。

 本人から聞いたわけでは無い。だけど、俺は何となくそう思わされてしまった。
 

「本当に、不器用なやつだ」

 
 その呟きに返答してくれるものは誰もおらず、空気に溶けるように消えていった。






◆◆◆◆◆





 料理が出来たようで俺のいる部屋にそれらが運ばれてくる。


「ほらほら、どいたどいた。料理が置けないだろ」

「すいません。運ぶのくらいは手伝います」

「だったらあっちにあるから適当に運んできな」

「わかりました」

 
 台所の方に行くと透がお盆に料理を乗せている最中だった。
 机の上には多種多様な品が並んでいて綺麗に盛り付けられている。


「美味そうだな」

「ふふっ。もしかしたら、胃袋掴まれちゃうかもよ?」

 
 揶揄うように笑いながら透が言ってくるが、今更すぎることを少し不思議に思う。
 今日の好物だらけの弁当を食べさせられては既に手遅れだろうに。


「ん?とっくに掴まれてるよ。昼食べた弁当も毎日食べたいくらい美味かったしな」

「うぅ……たまの返しがほんとズルいなぁ」

 
 頬を仄かに赤く染めながら透がジト目でこちらを睨みつけてくる。
 

「え、思ったことを言っただけなんだが」

「そういうとこだよ?ああ、もう!また負けちゃった」

 
 謂(いわ)れのない非難に潔白を訴えかけると、さらに不満そうな顔でこちらを睨んでくる。
 勘弁してくれ、何もしゃべるなとでもいうのだろうか。


「俺はどうすればいいんだよ。はっきり言ってくれれば直すが」

「…………やっぱり、そのままでいいよ。うん、そのままがいい」

  
 さっきまでの膨れっ面はどこに行ってしまったのか、急に笑みを浮かべてそう言ってくる透に、ほんとに、女心というやつはわからないものだと改めて思わされる。


「じゃあ、とりあえず運ぶか」

「そうだね」





 そして、置かれた料理をせっせと運び終えると、三人で夕食を食べ始めた。


「「「いただきます」」」


 まず、煮魚を小さく取り分けて口に入れると、じんわりと口の中に広がる旨みに思わずご飯が進む。


「美味い!!」

「あんた意外によく食べるんだねぇ」

「あははっ。そんなに急がなくても誰も取らないから大丈夫だよ」


 里芋と人参の煮物、ほうれん草のお浸し、キュウリの酢漬け、きんぴらごぼう、ひじきの和え物、だし巻き卵等、写真映えするような今流行りのお洒落な料理とは違う。
 だが、その素朴な感じが逆に俺には心地よくて、それにどれを食べても丁寧に味付けされているそれらはとても美味しかった。

 
「ほんとに美味しいですね」

「まぁ、たくさん食べな。いつもはもっと品数も少ないのに、この子が止めるのも聞かずにどんどん作り始めちゃうんだから。ほんと、困った子だよ」

「ごめんね、おばあちゃん」

「こんなに作ってどうするのかと思ったけど。こんだけ食べるならそれもいいさ」


 運動部に入っているわけでもないが、代謝はかなり良い方なので、どんどん料理が消えていく。しかし、本当に美味い。母さんとはまた違った、いい味付けだ。


「そういや、海の家には電車とかで行くのか?」

「ううん。この家のすぐ近くの人がやってるから車で送ってってくれるよ」

「そりゃ楽でいいな」

「うん。あっ、休憩時間は海で遊ぼうね」

「別にいいぞ。せっかく来たんだしな」
 

 またバスか電車に揺られてと思っていたのでそれは大変助かる。別に嫌なわけじゃないが、楽に越したことはないし。


「ん?透も行くのかい?」

「うん、そのつもりだけど」

「中二くらいの時にもう海には行かないとか言ってなかったかい?人が多いからとか何とか」

「それは過去の私だから」

「はぁ、過去の私って。まっ、どっちでもいいんだけどね」

「たぶん、大丈夫。今の私は最強だから」

「はいはい。勝手にしな」

 胸を張りながらピースサインする透におばあさんが呆れたようにため息をつく。
 しかし、本当に大丈夫なのだろうか。彼女の秘密を知っている身としては若干気になるところだ。


「本当に大丈夫なのか?別に一人で行ってもいいんだぞ?」

「いいの。むしろ、それが今の私のしたいことだから」


 透はそう言うと、意味ありげにこちらに笑いかけてくる。
 二人の間でだけ伝わるそれは、ゆっくりながらも彼女の着実な歩みを俺に感じさせた。

  
「そっか。なら、いい」

「うん」


 目線を合わせ、お互いの意志を確認し合うとどちらともなく笑顔が漏れる。
 だが、そうしていると透の横から咳払いする声が聞こえてきた。


「ほら、冷めちまうからさっさと食べな」
 
「「はーい」」

「それと坊主、後であそこの時計のゼンマイを回しておいておくれ。もしやり方がわからなければ透に聞きな」


 言われて指し示された方を見ると木製の木箱のような形をした時計の針が止まっていた。
 ゼンマイで回す時計とやらを見るのが初めてなので少し、興味が湧いてくる。


「ゼンマイで回す時計ってあるんだな。初めて見た」

「そっか、あんなの滅多に見ないもんね。じゃあ、後で回し方を教えてあげる」


 今の時代の物とは違う年季の入った時計。
 
 手間のかかるそれは、逆にそうであるからこそ人に愛されてきたのかもしれない。
 
 この時計は時に立ち止まりながら、時に人の手を借りながら、それでもきっと、この先も時を刻み続けるのだろうと何となく思った。
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