人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

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五章 -触れ合う関係-

子供と大人

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 お互いの息づかいが聞こえるような距離の中、透がさらに近づき鼻を触れあわせてきた。

 首筋が痺れるような背徳的な感覚に、そこから何とか逃れようとするも、するりと彼女の手が肩に伸びてきて俺の体を固定してくる。


「透、勘弁してくれ」

「ふふっ。残念」


 相手の手を掴み、何とかそれを引きはがすと全く残念そうじゃない透がさも楽しそうな顔でこちらに笑いかけてきた。
 
 そして同時に、俺が掴んだ手から抜け出すと両手の指を絡ませてくる。


「本当に、勘弁してくれ」

「えー。じゃあ、片手だけ、それならいいでしょ?」


 その柔らかく、張り付くような肌は、女性というものをこれ以上無いほどに感じさせる。

 既に限界が近かった俺の脳は、その慣れない感触にさらに思考を奪われ、何が正解なのか全く考えることができなかった。


「わかった!わかったから」

「ふふふっ。やったね」

 
 やけくそ気味にそう言うと、嬉しそうな声と共に透の左手が俺の右手に繋がれる。
 暑さで手汗が滲むが、彼女にはそんなことは全く関係ないようで、空気の入る隙間すらないほどに固く結ばれていった。


「お手柔らかに頼むよ」

「やだ。だって、私のしたいことをしていいんでしょ?」

「…………まぁ、そうなんだけどさ」

「だったら、やだ」

「はぁ。ほんと、勘弁してくれ」


 早希とはまた違ったわがままっぷりに思わずため息をつくが、それすらも彼女にとっては楽しさのスパイスらしい。

 楽しげな声がさらに積み重なっていく。


「けど、さすがに戻るか。そろそろ、手伝いに行かないとダメだろ」

「うーん、確かにそうだね。ほんとは、ずっとこうしていたいけど」


 苦し紛れにそう提案すると、透は少し考えた後、今度は本当に残念そうな顔をしてそう言った。
 いつの間にか、空が茜色に染まりつつあることを理解したのだろう。


「じゃあ、行くか」

「うん、行こっか。手はこのままでね」

「……また揶揄われるぞ?」

「いいもーん。むしろ、ハル姉がまた変なことしないように見せつけとかなきゃ」


 どうやら、思っていた以上に透は振り切れてしまったらしい。
 俺は、何度目かのため息をつくと、空いたもう一つの手を地面につきながら立ち上がった。


「透には敵わないよ」

「ふふっ。だったら、このままどんどんいこうかな。誠君が振り向いてくれるまで」

「ごめんな、中途半端なことしか言えなくて」

「ううん、いいの。どれだけ時間がかかろうと、私はずっとそれを待つつもりだから」

「もし、待ちきれなくなったら、言ってくれていいからな」

「あははっ。大丈夫!たぶんその時は、心臓が止まる時だよ」


 笑いながらも、その目には強い意志が宿っていて冗談で言っているような雰囲気は一切無い。
 
 これは、責任重大だな。

 俺は、無意識に重責を感じているのか、少し痛みを持ち始めた胃をさすりながら改めて自分の心に向き合うことを心に誓った。






◆◆◆◆◆



  

 
 店に戻ると、遥さんが目聡く変化に気づいて、にやけながらこちらに近づいてきた。


「おーおー、お二人さん。相変わらずラブラブだねぇ」

「ふふっ。わかる?ラブラブなの」

「は?…………あははははっ。こりゃなんかあったみたいだな」

 
 今までとは違う、見せつけるようにアピールする透に、遥さんは一瞬虚を突かれたような表情をしたが、俺のげんなりとした顔を見ると楽しそうに笑い出した。


「笑い事じゃありませんよ。ちょっと手貸してもらってもいいですか」
 
「なんだよ、誠。私の手も握りたいってのか?」


 その言葉に一瞬にして空気が冷えていくのがわかる。痛いくらいに手が強く握られるも、そちらを見ることはとてもできそうになかった。


「違いますからね。火に油を注ぐようなこと言わないでください」

「悪い悪い。でも、まぁ、頑張れ。悲しませたら許さないからな」

「…………それは、頑張ります」

「ははっ。そんな顔しなくても大丈夫だって。お前はやる時はやる男だろ?」


 何故か、やけに自信満々な様子で遥さんが俺の肩を叩く。
 言ってはなんだが、今日始めて会ったのにそんなのわかるんだろうか。


「今日会ったばかりで、そんなのわからないですよね?」

「いいや、わかるね。だって、私は透がどういうやつか知ってるからさ。なら、お前はちゃんとやり切るよ。なぁ、透?」

「うん!」

「ほらな?」


 二人は本当に強い絆で結ばれているらしい。

 透にとって、多感な幼少期は今以上に辛かったと思う。生きるのに疲れ、諦めてしまってもおかしくなかったはずだ。

 だけど、そんな境遇の中、彼女がこれまで壊れずにこれた理由は大事な人がいたからなんだと改めて思った。


「本当に、仲が良いですよね」

「地元じゃ最強ってやつだな。あっはっはっはっは」


 腰に手をやりながら、遥さんが煩いくらいに豪快な笑い声を上げる。
 それは、近くを通る海水浴客もびっくりするような大声で、近くにいる俺は少し鼓膜が痛くなるほどだ。

 だけど、その体を揺らす振動は、大きな何かに包み込まれているようで、とても安心できるものでもあった。
 

  




◆◆◆◆◆






 なんとか夜の部を乗り切り、撤収を済ませた俺達は遥さんの車で帰路につく。
 
 だが、やはり厨房は暑かったのか、俺たち以上に疲れがたまっていたようだ。隣では透が俺に寄りかかるようにしながら可愛い寝息を立てていた。


「今日はありがとうな」

「いえ、こちらこそ。明日もよろしくお願いします」

「ああ」


 街灯すらも無い真っ暗な田舎道を走り続ける。時折、大きく揺れる車体が、その路面の状況を教えてくれているようだった。

 
「でも、やっぱりお前はすごいよ。バイトのことじゃなくて、透のことに関して」

「それは、どういう意味ですか?」


 暗い車内では前を見る遥さんの顔は見えない。しかし、その声色は今までに無いほどに真剣なように感じられた。


「…………透がそんな無防備な顔して、人前で寝るなんてこれまで無かったからさ」

「それは、疲れてるからじゃないんですか?」

「いや、違うね。透は、どれだけ疲れてようが、何度寝ていいと言おうが、意地でも眠らなかった。それこそ、家以外の場所で眠ったところを私は見たことない」


 それを聞いて少し驚く。今だけじゃない、彼女の家に行った時も、俺の家に来た時も、それこそ何度か彼女が寝た姿を見ていたから。


「そう、なんですか」

「知らなかっただろ?だから、お前はすごいんだよ。透にとっては、お前の隣がそれほどまでに安心できる居場所ってことだからな」


 改めて、彼女を知っている人にそう言われると理解せざるを得ない。
 そして、それ故にもっと俺も頑張らなければいけないと思わされる。今のままじゃ、その信頼に釣り合えていないと感じてしまうから。


「………………それにな。私やばあさんといても、たまに辛そうにしてたんだよ。何か重いものを背負っているような、そんな顔で」


 しばしの沈黙の後、遥さんが言ったその言葉に驚く。
 恐らく、それは透がこれまで隠してきた秘密に関係することだと思ったから。
 
  
「ばあさんと話し合って、透が言うまでは、もしくは、耐えられなくなるまではそっとしておくことにしてたんだ。でも、たぶんお前はもうそれを知ってるんだろ?」

 
 確信的な問いかけに対し、話すわけにもいかず黙るしかない。だけど、誤解だけはして欲しく無くて、何とかそれだけは伝えたかった。
 
 透は、おばあさんや遥さんが大好きだからこそ、大事だからこそ、そうしていたはずだから。


「俺は、何も言えません。でも――――」

「いいさ、わかってる。それは透の優しさだってんだろ?ははっ、ほんと手のかかるやつだよな」


 言えないながらに弁明しようとした俺の言葉に被せるようにして遥さんはそう言った。
 呆れる様な、慈しむような、そんな声で。


「……はい。本当に、不器用で、優しすぎるんですよね」

「ああ、そうだな。頭いいのに、アホで、それに、すごい良いやつなんだ」


 あの秘密を話してくれた日、透はずっと泣いていた。
 恐らく、人とは違うものが見える彼女にとっては、この世界は汚れすぎているのだろう。
  
 だけど、それを帳消しにするくらい、彼女の周囲は美しく、澄み渡っている。

 いや、もしかしたら、そうだからこそ、余計に彼女は辛かったのかもしれないと、何となく思った。








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