人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

A

文字の大きさ
83 / 106
六章 -交わる関係-

Day2②開く蕾

しおりを挟む
 予定にあった観光スポットに着くと、駐車場は見渡す限り満車になっていて凄まじい混雑具合だった。


「あちゃー、さすが夏休みだな」

「もうっ!ぜんぜん空いてないじゃん」

「人ヤバすぎ」


 徐行しながら空いているところを探すも、同じような車とすれ違うばかりで全く見つかりそうにない。
 少しの間考えていたようなお兄さんは、注意を向けていなければわからないほど微かにため息をつくと車を一旦停車させた。


「ほら千佳。このままだと時間無くなっちゃうし、とりあえず先に降りて遊んできな。俺も車停めたら合流するから」

「えー、ほんとにいいの?」

「いいから。ちょくちょくはスマホは気にしとけよ?」

「りょーかい。ほら、みんな行こ」


 遠慮させないようためにか、千佳ちゃんが押し出すようにして二列目の人を外に出すとそれに続くように三列目の人も後に続く。


「ほら、蓮見ちゃんも行ってきな」(ほんとは見て回りたかったけど。最悪、終わるまで近くのコンビニで待っとくか)

「…………少しだけ、このまま待ってて貰えますか?」

「え?あ、ああ。わかった」(なんだろ?荷物でも出すのかな)

 
 戸惑いがちに頷くお兄さんをそのままにし、助手席から降りるとみんなの方へ近づく。
 もし時間がかかるようなら、諦めよう。そう思いながら。


「葵ちゃん、自撮り棒の長いやつ持ってたよね?スマホと一緒にちょっとだけ貸して貰ってもいい?」

「へ?別にいいけど?」

「ありがとう」


 そして、気の抜けた返事とともに手渡されたそれに私のものよりも高性能なカメラを搭載した彼女のスマホを取り付けると、ビデオ通話を自分宛てに起動させた状態で最大限上に掲げた。

 ドアミラーの動き、ブレーキランプ、運転手の有無。

 まるで、自分だけ特別になったような俯瞰した世界の中でそんな小さな変化を注意深く観察する。


「千佳ちゃんっ!」

「っは、はいっ!」


 一瞬移り込んだ望ましい変化。
 それに対しての自分の距離、周囲の車との距離を頭の中で照らし合わせ間に合うことを確認する。


「お兄さんに私の後ろついてきて貰ってっ」

「わかった!」

 
 周囲に気を付けながら駆け出し、ちょうど発進したばかりの車と入れ替わるようにして空きスペースに立つと、ちょうどお兄さんの車が顔を出すのが見えてきた。


「こっちです!」 

 
 やがて、誘導された車が後ろ向きに移動し停車すると真夏の暑さを思い出したかのように汗が噴き出てくるのがわかる。


「さすが透ちゃんっ!ほんとすごいよっ」

「ほんとだよね!最初、何してるのか全然わかんなかったもん」

「あはは、ありがとう」

 
 興奮したような千佳ちゃんと葵ちゃんが近寄ってきて褒めてくれるが、その声のせいでかなり目立ってしまっているのでかなり恥ずかしい。


「あー、ほら。時間勿体ないし、早く観光しにいこ」

「あ、確かにそうだね。楽しもー」

「いえーい!」


 すぐさま切り替え、陽気な声で進んでいく二人にクスリとした笑いが思わずこぼれる。
 どうやら、彼女たちは最初に水族館の方へ行きたいようで、事前に買っておいたチケットを見せると男の子達の背中を押しながら入場ゲートへと進んでいった。


「ありがとうね。助かったよ」(すげー機転だったな)

「いえ、気にしないでください」


 そして、遅れてやってきたお兄さんと一緒に私達も入場ゲートをくぐり順路を進んでいく。


「いや、マジでありがとう。たぶんあのままだと、メリーゴーランドみたいに回って終わるとこだった」(みんな死に物狂いで空きスペース探してたし)

「あははっ。本当に気にしないでください。ただ私は仲間外れは嫌だなと勝手に思っただけなので」

 
 正直なところ、その感謝の言葉に手放しで喜ぶのは難しい。
 なぜなら、恐らくその気持ちは、お兄さんが可哀想だという優しさよりも、私の中にある嫌な記憶を思い出したくないという自分勝手な感情から生まれたものだと思うから。


「蓮見ちゃんは、ほんと優しい子だよね」(すごくいい子だよなぁ)

「…………そんなことは、ないですから」

 
 熱を帯び始めた視線から目を逸らすように水槽の中を見つめる。
 
 その強まる好意に、何と返せばいいのか分からなかった。
 最後に出す答えが、この人にとって幸せなものになることはあり得ないのだし。


「ははっ、謙遜しなくてもいいのに。でも、学校では相当モテるでしょ?」(俺が同い年なら、絶対アタックしてたわ)

「…………どうでしょう。あんまり、男の子達とは喋らないので」

 
 確かに、お兄さんのことは人として好きだ。
 誠君に似た優しさや、考え方、そんなところは本当に好ましいものだと思っている。

 それに、いろいろな経験をしてきているのか、その行動には余裕があって頼りがいを感じさせてくれる。


「へーそうなんだ?」(なんでだろ。彼氏がいるからとかかな)

「はい」

 
 昨日から、なんとなく、考え続けてきた。
 この人と、誠君は何が違うのかって。
 
 同じように優しくても、なぜ私の心は揺れ動かないのかって。
 









 そして、ぼんやりとした頭で相手の話が素通りしていく中、ふと周りを見渡すと海の生き物と触れ合えるコーナーでみんながはしゃいでる光景が視界に入ってきた。


「疲れちゃった?さっきからぼーっとしてるけど」

「……すいません。実は、今日が楽しみ過ぎてあんまり寝れなかったんです」

 
 やや後ろから聞こえてきた声に反応して、無意識に偽りの言葉が吐き出されていく。
 記憶はほとんど残っていないけれど、きっと歩いている間もこんなふうに適当に話をしていたのだろう。




「ははっ、そうなんだ。なんか、イメージと違うね」



 
 しかし、かけられたその言葉にだけは脳が強く反応し、一つの記憶が急速に呼び起こされていく。

 『――――それこそ、蓮見さんらしくない』

 それは、夏休みの前日、誰もいなくなった教室で誠君とした話に似ていた。

 



「……私ってどんなイメージなんですか?」




 
 昨日会ったばかりの人に、こんなことを問いかけるのは、残酷だ。
 ほとんどお互いのことなんて知らないし、当然こんな短期間で私のことを理解できるはずが無いなんてのはわかってる。
 
 『――私らしいって何?』
 
 でも、この人の好意が高まりつつあるのがわかるなら。
 保護者という立場を無意識に越えようとしてきているのがわかるなら。

 私はそれを振るいにかけなければいけない。その心の本質を知らなければいけない。
 臆病な自分の心を少しでも守るために。











「え?あーそうだな。しっかりしてるイメージかな?優しいのもあるけど」



 

 似たような優しさ、似たような雰囲気。それでも、この人は誠君じゃない。
 
 『一言でいうなら……ツッコミ役かな』

 その違いに記憶が乱れ、ノイズが走っていく。








 そして、私は一度目を瞑り深い息を吐くと、相手をゆっくりと振り返った。


「っ!」


 氷のように冷たい顔、抜身の刀のような鋭い雰囲気、あえて形作ったそれに驚いたように相手が後ずさるのが見える。

 
「…………お兄さんは、私が幽霊が見えるって言ったら信じますか?」

「え?あの、え?」


 唐突な変化、脈絡のない不可思議な質問に相手が戸惑う。
 それも当然だ。もし私が心を読めず、同じようなことをされたならきっと似たような反応をする。


「ごめん、なんて?」


 心は、見ない。罪悪感に蓋をしきれなくなってしまわないように。
 




「では、もう一度…………お兄さんは、私が幽霊が見えるって言ったら信じますか?」

「あー……どういうこと、かな?」

「………………………………」




 性格が悪いのは分かっている。
 それでも、この人が私に向けつつあるものが異性としての好意ならば、私はそれを試さねばならない。
 心の奥底を、その偽りのない在り方を覗くために。 




「うん、その、なんだ。本当だって言うなら、信じるよ」 

「……そう、ですか」

「まぁ……はは、すごい衝撃的な事実だけどね」


 漂いがちな視線。緊張からか後頭部に回された右腕。それに、多分に含まれた愛想笑い。
 それは、もしかしたら私を傷つけないようにという優しさ故なのかもしれない。 

 








「………………驚きました?冗談です」

「え?……あーそうだよねやっぱ!怖い顔してたからさすがにびっくりしたよ」


 でもだからこそ、この人と誠君は違う。
 誠君は、自分を取り繕わなかった。

 いつも真っ直ぐで、居心地の良さを感じるほどに裏表が無くて…………それでいて底抜けに優しかった。







 私が純粋な善意に対して冷たい対応をしても。

 『なんなら、荷物持つの手伝うけど』






 席が離れて、関わりがほとんど無くなっても。

 『そう言えば、体調は大丈夫か?』



 


 意味の分からない非現実的な話をし始めても変わらず優しくて。

 『なら、仕方ないさ。むしろ、透も被害者みたいなもんだ』





 言わなくてもいいようなことまで、ちゃんと伝えてくれるような人で。

 『今の俺の心は、もしかしたら、透が見たくないものを映してしまうかもしれないから。だから、今だけは、ごめん』





 どんな私も、受け入れてくれるような人で。
 
 『俺は、全部好きだよ。透自身が好きなところも、嫌いなところも、全部』




 始めて会った時から、今までずっと。
 嘘偽りなく真剣に私に向き合って、心に寄り添い続けてくれるような人だった。

 『透は、どうしたい?』






 
 当然、似たような人は今までもいた。
 もっと運動ができるだろう人も、もっと頭がいいだろう人も、もっと話が面白いだろう人も。

 周りの人が誠君よりいいっていうだろう人は、それこそたくさんいた。


 
「ふふっ。実は私、すごく性格悪いんですよ?」

「ははっ。そりゃ、一杯食わされたな」



 でも、それでもやっぱり、誠君は一人しかいない。
 私があれほど憧れていた普通の世界でも、たった一人しか。

 そして……それが私にとっては少しだけ寂しくて、とても嬉しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

【完結】社畜が溺愛スローライフを手に入れるまで

たまこ
恋愛
恋愛にも結婚にも程遠い、アラサー社畜女子が、溺愛×スローライフを手に入れるまでの軌跡。

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

女性が少ない世界でVTuberやります!

dekoma26+ブル
恋愛
ある日朝起きてキッチンに行くとそこには知らない男性たちが! …え、お父さん⁉ なぜか突然女性の少ない世界に来てしまった少女がVTuberをしたり、学校に通ったりするお話。 ※恋愛大賞ラストスパートなので24日火曜~27日金曜日まで連日投稿予定! 参加してるみんな!あと少しだよ頑張ろう!(>▽<)/作者ブル

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

【完結】付き合ってもいないのに、幼なじみの佐藤がプロポーズしてきた

ぽぽよ
恋愛
「俺らさ、結婚しない?」 三十二歳、独身同士。 幼なじみの佐藤が、たこ焼きパーティの最中に突然言い出した。 付き合ってもないのに。 夢見てた甘いプロポーズじゃないけれど、佐藤となら居心地いいし、給料もあるし、嫁姑問題もないし、性格も知ってる。 断る理由が、ない。 こうして、交際0日で結婚することが決まった。 「とりあえず同棲すっか」 軽いノリで決まってゆく未来。 ゆるっとだらっと流れていく物語。 ※本編は全7話。 ※スパダリは一人もいません笑

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

【完結】言いつけ通り、夫となる人を自力で見つけました!

まりぃべる
恋愛
エーファ=バルヒェットは、父から十七歳になったからお見合い話を持ってこようかと提案された。 人に決められた人とより、自分が見定めた人と結婚したい! そう思ったエーファは考え抜いた結果、引き籠もっていた侯爵領から人の行き交いが多い王都へと出向く事とした。 そして、思わぬ形で友人が出来、様々な人と出会い結婚相手も無事に見つかって新しい生活をしていくエーファのお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ているもの、違うものもあります。 ☆現実世界で似たもしくは同じ人名、地名があるかもしれませんが、全く関係ありません。 ☆現実世界とは似ているようで違う世界です。常識も現実世界と似ているようで違います。それをご理解いただいた上で、楽しんでいただけると幸いです。 ☆この世界でも季節はありますが、現実世界と似ているところと少し違うところもあります。まりぃべるの世界だと思って楽しんでいただけると幸いです。 ☆書き上げています。 その途中間違えて投稿してしまいました…すぐ取り下げたのですがお気に入り入れてくれた方、ありがとうございます。ずいぶんとお待たせいたしました。

処理中です...