人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

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六章 -交わる関係-

Day2②開く蕾

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 予定にあった観光スポットに着くと、駐車場は見渡す限り満車になっていて凄まじい混雑具合だった。


「あちゃー、さすが夏休みだな」

「もうっ!ぜんぜん空いてないじゃん」

「人ヤバすぎ」


 徐行しながら空いているところを探すも、同じような車とすれ違うばかりで全く見つかりそうにない。
 少しの間考えていたようなお兄さんは、注意を向けていなければわからないほど微かにため息をつくと車を一旦停車させた。


「ほら千佳。このままだと時間無くなっちゃうし、とりあえず先に降りて遊んできな。俺も車停めたら合流するから」

「えー、ほんとにいいの?」

「いいから。ちょくちょくはスマホは気にしとけよ?」

「りょーかい。ほら、みんな行こ」


 遠慮させないようためにか、千佳ちゃんが押し出すようにして二列目の人を外に出すとそれに続くように三列目の人も後に続く。


「ほら、蓮見ちゃんも行ってきな」(ほんとは見て回りたかったけど。最悪、終わるまで近くのコンビニで待っとくか)

「…………少しだけ、このまま待ってて貰えますか?」

「え?あ、ああ。わかった」(なんだろ?荷物でも出すのかな)

 
 戸惑いがちに頷くお兄さんをそのままにし、助手席から降りるとみんなの方へ近づく。
 もし時間がかかるようなら、諦めよう。そう思いながら。


「葵ちゃん、自撮り棒の長いやつ持ってたよね?スマホと一緒にちょっとだけ貸して貰ってもいい?」

「へ?別にいいけど?」

「ありがとう」


 そして、気の抜けた返事とともに手渡されたそれに私のものよりも高性能なカメラを搭載した彼女のスマホを取り付けると、ビデオ通話を自分宛てに起動させた状態で最大限上に掲げた。

 ドアミラーの動き、ブレーキランプ、運転手の有無。

 まるで、自分だけ特別になったような俯瞰した世界の中でそんな小さな変化を注意深く観察する。


「千佳ちゃんっ!」

「っは、はいっ!」


 一瞬移り込んだ望ましい変化。
 それに対しての自分の距離、周囲の車との距離を頭の中で照らし合わせ間に合うことを確認する。


「お兄さんに私の後ろついてきて貰ってっ」

「わかった!」

 
 周囲に気を付けながら駆け出し、ちょうど発進したばかりの車と入れ替わるようにして空きスペースに立つと、ちょうどお兄さんの車が顔を出すのが見えてきた。


「こっちです!」 

 
 やがて、誘導された車が後ろ向きに移動し停車すると真夏の暑さを思い出したかのように汗が噴き出てくるのがわかる。


「さすが透ちゃんっ!ほんとすごいよっ」

「ほんとだよね!最初、何してるのか全然わかんなかったもん」

「あはは、ありがとう」

 
 興奮したような千佳ちゃんと葵ちゃんが近寄ってきて褒めてくれるが、その声のせいでかなり目立ってしまっているのでかなり恥ずかしい。


「あー、ほら。時間勿体ないし、早く観光しにいこ」

「あ、確かにそうだね。楽しもー」

「いえーい!」


 すぐさま切り替え、陽気な声で進んでいく二人にクスリとした笑いが思わずこぼれる。
 どうやら、彼女たちは最初に水族館の方へ行きたいようで、事前に買っておいたチケットを見せると男の子達の背中を押しながら入場ゲートへと進んでいった。


「ありがとうね。助かったよ」(すげー機転だったな)

「いえ、気にしないでください」


 そして、遅れてやってきたお兄さんと一緒に私達も入場ゲートをくぐり順路を進んでいく。


「いや、マジでありがとう。たぶんあのままだと、メリーゴーランドみたいに回って終わるとこだった」(みんな死に物狂いで空きスペース探してたし)

「あははっ。本当に気にしないでください。ただ私は仲間外れは嫌だなと勝手に思っただけなので」

 
 正直なところ、その感謝の言葉に手放しで喜ぶのは難しい。
 なぜなら、恐らくその気持ちは、お兄さんが可哀想だという優しさよりも、私の中にある嫌な記憶を思い出したくないという自分勝手な感情から生まれたものだと思うから。


「蓮見ちゃんは、ほんと優しい子だよね」(すごくいい子だよなぁ)

「…………そんなことは、ないですから」

 
 熱を帯び始めた視線から目を逸らすように水槽の中を見つめる。
 
 その強まる好意に、何と返せばいいのか分からなかった。
 最後に出す答えが、この人にとって幸せなものになることはあり得ないのだし。


「ははっ、謙遜しなくてもいいのに。でも、学校では相当モテるでしょ?」(俺が同い年なら、絶対アタックしてたわ)

「…………どうでしょう。あんまり、男の子達とは喋らないので」

 
 確かに、お兄さんのことは人として好きだ。
 誠君に似た優しさや、考え方、そんなところは本当に好ましいものだと思っている。

 それに、いろいろな経験をしてきているのか、その行動には余裕があって頼りがいを感じさせてくれる。


「へーそうなんだ?」(なんでだろ。彼氏がいるからとかかな)

「はい」

 
 昨日から、なんとなく、考え続けてきた。
 この人と、誠君は何が違うのかって。
 
 同じように優しくても、なぜ私の心は揺れ動かないのかって。
 









 そして、ぼんやりとした頭で相手の話が素通りしていく中、ふと周りを見渡すと海の生き物と触れ合えるコーナーでみんながはしゃいでる光景が視界に入ってきた。


「疲れちゃった?さっきからぼーっとしてるけど」

「……すいません。実は、今日が楽しみ過ぎてあんまり寝れなかったんです」

 
 やや後ろから聞こえてきた声に反応して、無意識に偽りの言葉が吐き出されていく。
 記憶はほとんど残っていないけれど、きっと歩いている間もこんなふうに適当に話をしていたのだろう。




「ははっ、そうなんだ。なんか、イメージと違うね」



 
 しかし、かけられたその言葉にだけは脳が強く反応し、一つの記憶が急速に呼び起こされていく。

 『――――それこそ、蓮見さんらしくない』

 それは、夏休みの前日、誰もいなくなった教室で誠君とした話に似ていた。

 



「……私ってどんなイメージなんですか?」




 
 昨日会ったばかりの人に、こんなことを問いかけるのは、残酷だ。
 ほとんどお互いのことなんて知らないし、当然こんな短期間で私のことを理解できるはずが無いなんてのはわかってる。
 
 『――私らしいって何?』
 
 でも、この人の好意が高まりつつあるのがわかるなら。
 保護者という立場を無意識に越えようとしてきているのがわかるなら。

 私はそれを振るいにかけなければいけない。その心の本質を知らなければいけない。
 臆病な自分の心を少しでも守るために。











「え?あーそうだな。しっかりしてるイメージかな?優しいのもあるけど」



 

 似たような優しさ、似たような雰囲気。それでも、この人は誠君じゃない。
 
 『一言でいうなら……ツッコミ役かな』

 その違いに記憶が乱れ、ノイズが走っていく。








 そして、私は一度目を瞑り深い息を吐くと、相手をゆっくりと振り返った。


「っ!」


 氷のように冷たい顔、抜身の刀のような鋭い雰囲気、あえて形作ったそれに驚いたように相手が後ずさるのが見える。

 
「…………お兄さんは、私が幽霊が見えるって言ったら信じますか?」

「え?あの、え?」


 唐突な変化、脈絡のない不可思議な質問に相手が戸惑う。
 それも当然だ。もし私が心を読めず、同じようなことをされたならきっと似たような反応をする。


「ごめん、なんて?」


 心は、見ない。罪悪感に蓋をしきれなくなってしまわないように。
 




「では、もう一度…………お兄さんは、私が幽霊が見えるって言ったら信じますか?」

「あー……どういうこと、かな?」

「………………………………」




 性格が悪いのは分かっている。
 それでも、この人が私に向けつつあるものが異性としての好意ならば、私はそれを試さねばならない。
 心の奥底を、その偽りのない在り方を覗くために。 




「うん、その、なんだ。本当だって言うなら、信じるよ」 

「……そう、ですか」

「まぁ……はは、すごい衝撃的な事実だけどね」


 漂いがちな視線。緊張からか後頭部に回された右腕。それに、多分に含まれた愛想笑い。
 それは、もしかしたら私を傷つけないようにという優しさ故なのかもしれない。 

 








「………………驚きました?冗談です」

「え?……あーそうだよねやっぱ!怖い顔してたからさすがにびっくりしたよ」


 でもだからこそ、この人と誠君は違う。
 誠君は、自分を取り繕わなかった。

 いつも真っ直ぐで、居心地の良さを感じるほどに裏表が無くて…………それでいて底抜けに優しかった。







 私が純粋な善意に対して冷たい対応をしても。

 『なんなら、荷物持つの手伝うけど』






 席が離れて、関わりがほとんど無くなっても。

 『そう言えば、体調は大丈夫か?』



 


 意味の分からない非現実的な話をし始めても変わらず優しくて。

 『なら、仕方ないさ。むしろ、透も被害者みたいなもんだ』





 言わなくてもいいようなことまで、ちゃんと伝えてくれるような人で。

 『今の俺の心は、もしかしたら、透が見たくないものを映してしまうかもしれないから。だから、今だけは、ごめん』





 どんな私も、受け入れてくれるような人で。
 
 『俺は、全部好きだよ。透自身が好きなところも、嫌いなところも、全部』




 始めて会った時から、今までずっと。
 嘘偽りなく真剣に私に向き合って、心に寄り添い続けてくれるような人だった。

 『透は、どうしたい?』






 
 当然、似たような人は今までもいた。
 もっと運動ができるだろう人も、もっと頭がいいだろう人も、もっと話が面白いだろう人も。

 周りの人が誠君よりいいっていうだろう人は、それこそたくさんいた。


 
「ふふっ。実は私、すごく性格悪いんですよ?」

「ははっ。そりゃ、一杯食わされたな」



 でも、それでもやっぱり、誠君は一人しかいない。
 私があれほど憧れていた普通の世界でも、たった一人しか。

 そして……それが私にとっては少しだけ寂しくて、とても嬉しかった。
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