人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

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六章 -交わる関係-

Day2⑤ハレの日

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 荷物を置いた後、隣り合って静かな夜の道を歩く。
 誠君の方が身長が高いはずなのに、重なるように響く足音がなんとなく嬉しくて、相手の腕に抱き着きたくなった。


「どうした?」

「ううん。ただ、こうしたくなっただけ」

「そっか」


 相変わらず、その全てに優しさが溢れているような人だと思う。
 自分が無く、ただただ私に合わせているわけではない。
 
 自分の意志を尊重しながらも、私の意志も最大限尊重してくれる、そんな真心からくる本当の優しさなのだ。


「そう言えば、どこ行くの?」

「近くの展望台かな。来るときにたまたま見つけて、帰りに寄ろうと思ってたんだ」

「ふふっ。なんか、男の子って感じ」

「そうか?まぁ、バイクで走ってると、ふと目に付いた場所に行きたくなるもんなんだよなぁ」


 その言葉は、呆れと一緒に楽しさを含んでいて、これまでもこんなふうに探検をしてきたのだろうということが何となく伝わってきた。


「でもそれだと、なかなか目的地につけなさそうだね」

「ははっ。確かに寄り道ばっかしてぜんぜん着けない時もあるかも」

「ふふっ。それじゃ、ダメなんじゃないの?」


 綺麗に舗装された階段を歩き、上に登っていく。
 簡単なハイキングでもできるようになっているのか、時折脇道が現れて看板が立っているのが見えた。


「別に、ダメじゃないさ。時間が決まってるとか、人待たせてる時とか以外ならそれもまた楽しみの一つだ」


 昔から、あまり考えなくても要領やコツ、答えともいえるようなそれがすぐ理解できた。
 勉強も、運動も、それこそ人との会話も、だいたいのことが、全部。

 どうすれば、早くて、無駄がなく、確実なのか。


「まっ、いろんな意見があるだろうし、今俺の言ったものが正解ってわけでもない。単純に、自分がどうしたいかってだけだと思うよ」

「……そっか。そうだよね」


 でも、今まで正解だと思っていたものは別にそうでもなかったのだろう。
 きっと、私はただ傷つきたくなかっただけなのだと最近になってようやく理解できた。
 

「透は優しいし、人の気持ちが十分過ぎるほどに知れちゃうってのもあるからさ。周りを気遣って、自分の想いを大事にできないことがあるのはわかるよ」

「…………別に、そんなに優しくはないよ?」

「いや、優しいよ。少なくとも、俺はそう思ってる」


 別に謙遜しているわけではない。自分のこれまでの在り方から、ただそこに自信が持てないだけだ。
 綺麗に飾った外面の中で、どれだけ計算して、取り繕ってきたかを自分が一番よく知っているから。


「……………………」

 
 そして、それはこの二日間の旅行だけ見てもそうだった。
 千佳ちゃんや葵ちゃんにはもしかしたら優しかったのかもしれない。
 だけど、その他の人に対してそうだったとはとてもじゃないが言い切れない。
 

「ははっ。そんな暗い顔しなくてもいい。悩んでること自体が、そもそも優しいんだよ」

「……そう、なのかな?」

「ああ。それに、誰にも優しくする必要なんてない。中には悪い人もいるし、悪い人でなくても、押し付けられた好意に答える必要も一切ない。余計なお節介だってあるしな」


 組んだ腕に優しく力が入れられたことに気づき、そちらを見ると、誠君がこちらに微笑みかけているのがわかった。
 まるで、夜空に静かに光る満月のような、そんな穏やかで、包み込むようなそんな笑顔で。


「ただ透は、自分のしたいようにすればいい。そして、もしそれで嫌なことや、悩んでしまうことがあったら全部話してくれ。いらないものは、俺がゴミの日にでも出しとくから」

「……………………………ありがとう。本当に」
  
「別にいいさ。俺がそうしたいだけなんだから」
 
 
 言わなくても察してくれて、溺れるくらいの優しさを注ぎ込んでくれる人がいる。

 会えなくても、勇気が湧いてきた。
 でも、会ったらもっと、心強かった。

 身も心も、全てを渡してしまいたいくらいに。


 





◆◆◆◆◆






 しばらく無言のまま二人で歩く。
 沈黙はまるで苦じゃなくて、むしろくすぐったいほどの幸せすら感じられるほどだった。
 

「ほら、あれあれ。あの展望台」

 
 そして、小高い丘の上に建てられた展望台がようやく見えてくると、誠君の雰囲気が楽し気なものになるのがわかった。


「ふふっ。はしゃいでる」

「いや、思ったよりよかったからさ。ちょっと、テンション上がった」


 確かに、夏の夜に静かに佇むその建物はそういう素材が使われているのか、点々とした淡い光を放っていてとても綺麗に思える。


「ほら、登ってみよう」

「あははっ。うん、そうだね」
 
 
 さっきまでの落ち着いたものとはまた違った子供のような様子に、思わず笑いがこみ上げてくる。
 

「…………いいな、これ」
 
「……うん」

「やっぱ、いろいろと寄ってみるもんだ」

「……そうだね」


 その切り開かれた森の隙間から見える夜景は、もしかしたら、誠君と一緒に見ているからかもしれないけれど、今まで見たどれよりも綺麗に思え、思わず心が動かされる。







「……………………うん。やっぱり、そうだよな」

「どうしたの?」

  
 そして、そのまましばらく、二人で黙って夜景を見ていた時。
 突如、隣から声が聞こえてきてそちらに目を向けると、いつになく真剣な表情をした誠君がこちらをジッと見つめていた。


「突然でごめん。でも、大事な話があるんだ。聞いてくれるか?」

「……………………うん。聞く」

「ありがとう」


 深呼吸をして心を落ち着かせる。
 でも、期待や不安、それらが複雑に入り混じった感情が全身を駆け巡っているのを抑えることはできなかった。
 

「…………最近ようやく、自分の中で悩んでいたことに区切りがついたんだ。絶対に失敗したくなくて、間違えたくなくて、らしくないくらい悩んでたんだけど」


 一言、一言、噛みしめるかのように、ゆっくりと言葉が紡がれていく。


「当然、まだ不安はあるし、努力をすればするほどその遠さが分かって自信を無くしかけることもある」


 端的で、はっきりとした会話を好む誠君らしくない、要領を得ない会話。
 しかし、だからこそ、そこには彼の本心が現れているように思えて一言一句聞き逃したくないと思ってしまう。
 

「でも、結局のところ、やっぱり答えは一つだったんだよ。自分のしたいことをする、ただそれだけ。理屈をこねて諦めたりしたら、後悔するのなんてわかりきってるんだから」


 その真っすぐな心は、恐らくたとえ何があっても変わることは無いのだろう。
 掴めない未来に揺さぶられて、理想と違う現実に揺さぶられて、それでも彼には一本筋の通ったブレない芯がある。









 そして、目を瞑って一際大きく息を吐いた後、再び目を開いた彼の瞳は、これ以上無いほどの力を持って、真正面から私を見つめていた。
 





「俺は…………透のことを、女の子として好きだ。わがままなところも、泣き虫なところも、面倒くさいところも、意地っ張りなところも、どんなところも、全部」








「だから、俺の隣にずっといて、この先を一緒に歩いて欲しい」








「雨の日も、風の日も、晴れの日も、曇りの日も」








「春も、夏も、秋も、冬も」








「来年も、十年後も、その先も、どんな未来でも、ずっと」






 待ち望んでいた以上の言葉。
 見栄えや形式に拘らない誠君のその言葉は、付き合うとか、結婚するとか、そんなものではなくて、もっと確かで素晴らしいものだと思う。

 それこそ、神様の前で、みんなの前で、誓わなくったって、彼が自分の中で決めて、そう言ったのなら、それはもう裏切られることなんて絶対無いと理解できる。






「ダメか?」

「………………ダメなわけ、ないよ」






 あれほど力強い台詞のせいか、弱気に見えるほどに静かな問いかけ。 
 
 喜びが溢れてしまい、笑ったような顔のまま涙を流し続ける私が、拒否することなんて無いと分かり切っているのに。
 それでも、なお私の意志をあくまで尊重してくれるところに改めて彼らしさを感じる。





「…………不束ものですが、末永く、よろしく、お願いします」

「……ああ。こちらこそ、よろしく。この先も、ずっと」





 彼の心を固めようと何度も似たようなことを伝えてきた。
 だけど、今日言葉にしたそれには、これまでで一番の嬉しさが、誰が見てもわかるくらいに、いっぱいに詰まっていた。

















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