人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

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六章 -交わる関係-

Day2④そこにしか咲かない花

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 聞きなれたバス停の名前が聞こえたことにふと気づき、下に向けていた顔を上げボタンを押す。 
 窓の外には見慣れた景色が既に広がっており、バスはやがてゆっくりと減速していった。

 
「ありがとうございました」


 バックミラー越しに感じるチラチラとした運転手からの視線を避けるように、小さくそれだけを言って降りると、軽い溜息を吐く。


「帽子、被っとけばよかったな」


 きっと、疲れているのだろう。
 これまでのように、終始仮面を被り続けたわけじゃなくて、心の内を見せたりもしたから余計に。

 
「難しいなぁ。ほんと」

 
 自分が気にし過ぎなのかもしれない。
 でも、臆病な私にはこれ以外の生き方は難しい。
 簡単なものから専門的なものまでいろいろな本を見て、試してきたけれど、それでも。
 
 自分という本質が、小手先の技術程度で変わることは一切無かった。
 彼に会うまでは、少しも。


「これも成長なんだよね。誠君」


 もう一度スマホを確認するも、通知は無い。
 歩み寄る勇気を与えてくれた人、私の心に強さを与えてくれた人、その人からのメッセージは未だ。


「…………………………帰ろう」


 力無く立ち尽くす自分に呼びかけるようにそう呟くと、家の方へと歩みを進めた。






 
 地面を点々と照らす、街路灯の明かりを何となく見ながら俯きがちにとぼとぼと歩く。
  
 遠くに聞こえる車の音、時折すれ違う人や近くの家から聞こえる話声。
 人の営みを感じる中で、自分の周りにはただただ足音だけが響いていた。

 
「………………ふぅ」

 
 朝から夜までずっと一緒にいた実家での楽しい想い出。
 浮かび上がるその記憶を心の奥底に押し込め、鍵を掛ける。
 とりあえず、家に帰るまでは、そう思ったから。
 
 
「…………重いよ、誠君」


 背負ったリュックには本当に最低限のものしか入っていない。

 大げさな重箱のような弁当箱も、しまうのに気を遣うお洒落な服も、暇なときに遊べるようなカードゲームも、全て。

 一応鍛えてもいるし、片手でも簡単に持てるような重さ。
 それでも、今はなんだかそれがすごく重いものであるかのように感じられてしまった。

 
 




◆◆◆◆◆
 





 いつも以上に時間をかけ、最後の曲がり角がようやく見えてくると、俯きがちだった顔を戻して歩みを早める。
 とりあえず、今日はすぐに寝よう。そう思いながら。
 

 そして、そのまま駐輪場を抜けエントランスに入ろうとしたその時。
 微かに聞こえる不思議な音が気になって目を向けると、そこには誠君が立っていた。


「お疲れ。ははっ、気づいて貰えないかと思ったよ」

「…………っ!」

 
 最初に会った時に比べ、格段に柔らかくなった表情。
 それが労るように私に向けられていることを理解した瞬間、飛び込むように抱きついていた。

 
「おっとっと、大丈夫か?」  

 
 触れ合った体から、滲みつつある汗。
 でも、その暑さは不快感ではなく幸福感をこれ以上無いほどに感じさせる。
 まるで、欠けた心を全部埋めて、さらにその上から大きく包み込んでくれるかのように。 
 

「………………今来たの?」
 

 横に置かれたバイク、排気用のパイプの方から微かに聞こえるパチパチとした音が今さっきまでそれが動いていたことを教えてくれた。
 

「ああ」

「…………ごめんね。きっと、私が疲れたって言ったからだよね?」

 
 会いたいという言葉は迷った挙句に送らなかったはずだ。
 枷を嵌めなければと、自分の想いだけで誠君を振り回してはいけないと、そう思ったから。
 

「うーん。まぁ、それもあるけど、一番は、あれだな」

「…………あれ?」

 
 何か、用事でもあったのだろうか。
 考えてみても心当たりは無くて、問いかけるようにそう言葉を返すと、やがて少し照れたような表情をした彼が、頬をかきながら口を開いた。
 






「ただ俺が、会いたいと思ったんだ。荷物を運ぶ手伝いついででも、それこそ、どんな理由をつけてでも」


 その言葉に、どうしようもないほど嬉しさがこみ上げ、自分が抑えられなくなる。
 
 だって、私も、同じことを思っていた。
 思って、悩んで、また思って、悩んで、それを繰り返し続けてきた。


「っ!私もっ、私もだよっ!」

「そっか。そう言って貰えて嬉しいよ」

「うんっ!」


 まるでプレゼントを貰った子どものようにはしゃぎ、さらに力強く抱き着くと、それを宥めるかのように頭の上に手が乗せられた。
  

「とりあえず、荷物持つよ」
  
「荷物だけ?私は抱っこしてくれないの?」

「それは勘弁してくれ。筋トレして出直してくるから」

「もう!そんなに重くないからね」

 
 変わった関係。それでも変わらない優しさと、気兼ねしない会話。
 笑顔が抑えられないほどの居心地の良い空間に、さっきまであれほど感じていた疲れは吹き飛んでしまっていた。


「ははっ。悪い」

「次言ったら、ほんとに怒るから」

「わかった。もっと回りくどい言い方を考えとく」

「そういう意味じゃないよ?」


 疲れた私を気遣ってか、いつも以上におどけたような会話。
 そのさり気ない優しさにすらも、心は弾みっぱなしで、止められなくなる。
 ずっと、一緒にいたい、そう思ってしまうほどに。







「じゃあ、ゆっくり休めよ」
 
「………………」


 でも、やっぱり楽しい時間ほどあっという間に過ぎ去ってしまうのだろう。
 気づくと、目の前には自分の部屋の扉があって、幸せの魔法がとけてしまう時が近づいてきていることがわかった。


「どうした?」

「………………やだ」

「え?」

「……まだ、一緒にいたい」


 二人の気持ちが一緒なら、わがままを言ってもいいはずだ。
 顔色を窺うようして、伝えたその言葉に対し、少しだけ誠君が悩んでいるのがなんとなく分かった。


「でも、疲れてるだろ?それに、あんま寝れてないんじゃないか?」

「……こんなに、興奮してたら眠れないよ」

「………………そう、か。じゃあ、荷物だけ置いてちょっとだけ付きあってくれるか?」

「どこか行くの?」

「ああ。そんなに遠いところじゃないけど、いいか?」

「いいよ。近いところでも、遠いところでも、誠君が一緒なら、どこでも」

「ありがとう」


 思案気な顔に、何を考えているのかはわからない。
 だけど、たとえそれがどんなことだったとしても構わない。

 だって、誠君なら私を幸せにしてくれる、その結果だけはいつも変わらなかったから。
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