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幕章Ⅱ -逢瀬-
蓮見 透 逢瀬①
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ふと目が覚めると、どうやらまだ日も登り切っていない時間であるようで、ただただ暗闇が一面に広がっていた。
自分の手すらも見えないような黒一色の静かな部屋の中では、時計の針の動く音だけがカチッ、カチッと規則的に響いている。
(…………今、何時だろ)
意識がゆっくりと、まるですくい上げらるように引き上げれていき、やがて、はっきりとし始めた時、私は携帯を探すために手を彷徨わせ始める。
予想していたのは硬質な何かに触れる感触。
しかし、それに対して返ってきたのは弾力性のある柔らかいもので一瞬疑問に思った。
「あれ?…………そっか。そういえば、そうだったよね」
見えはしないものの、それがなにかはすぐに分かった。
何故なら、これは昨日買ったばかりのものだったから。
「ぬいぐるみって年頃でもないんだけどなぁ」
元々昨日は早希ちゃんの宿題を一日見た後、夕方過ぎから予約しておいた美容院に行くはずだった。
しかし、彼女は、あまりに生活感の無いこの部屋に入るなり絶叫し、急に買い物に行くと言い出し始めたのだ。
(………………寂しくないように、か)
今日は徹夜になっても自分でやると言い切られた私は強引に連れていかれ、買ったものはぬいぐるみ、写真立て――そして、お揃いの髪留め。
誰かが横にいることを思い出させるような、そんなものだった。
「ふふっ。ほんと、よく似てるよね」
自分の家に来るかと誘った誠君と、私の家を変えようとする早希ちゃん。
その性格は、行動はいっそ正反対なほどに違うのに、根本にあるものが全く一緒なことに思わず笑えてきてしまう。
「よしっ…………やるぞ!」
そう言って勢いよく立ち上がる。
ふと、外を見ると空の端っこが燃えたように明るくなっていて徐々に朝日が近づいて来ていることがわかった。
(乙女の朝は、早いんだから)
私は、自分の頬を軽く一度叩くと、誠君との初デートをめいいっぱい楽しむため、気合を入れ始めた。
◆◆◆◆◆
色々と試していく中で少しずつわかってきた、誠君の好む匂い。
シャワーを浴び、一通り眠気を覚ました私は、液剤を髪の毛に丁寧に馴染ませていく。
それが、自分の匂いになるように、ゆっくりと。
きっと、地道に反応を窺っていかなくても、私が聞きたいと言えば、彼は毎回感想を教えてくれただろう。
でも、それでは嫌だったのだ。
全てを知りたい――いや、知れるようでありたい。
一番、私が彼を理解できる。そう思いたいから。
「…………私のしたいが、誠君の好きであって欲しい」
さすがに、全く一緒にというのが難しいことはわかっている
でも私は全てが欲しい、そして、全てを捧げたいのだ。
きっと、異性にそんな想いを抱いていることを伝えたら、かつての自分は信じられないというような顔をするのだろうけど。
「…………ほんと、変わったよね」
前はあまり気にもしてこなかったことに、最近では力を入れるようになった。
髪も、体も、服も、料理も、何もかも。
費やした時間に、努力に気づいてくれるかはわからなくても。
何よりも、自分がそうしたかったから。
「ふふっ。今日は、どんな幸せが待ってるのかな?」
鏡に映った自分は、昨日よりも幸せそうにしていて。
そしてきっと、明日はもっとそうなのだろうと、私は思った。
◆◆◆◆◆
待ち合わせにはまだ早い時間。
鏡の前に立つと、念入りに変なところがないかチェックする。
二度、三度、回るように全身を見ながら。
「うん。大丈夫」
ショートブーツに足を通し、靴ひもを結ぶ。
そして、玄関に置いておいたキャスケットを頭に被った。
(……ほんとは、無い方がいいんだけど)
別に帽子が好きなわけではない。
でも、集まる視線を少しでも減らせれば、それだけ煩わしさもなくなるのではと思った。
せっかく行くデートなのだ。
当然、邪魔はされたくない。
「行ってきます」
見える位置に立てかけられた写真立てには、合言葉の描かれた厚紙が入れられている。
早希ちゃんの真心の塊であるそれに優しく声をかけると、一瞬応援するような声が微かに聞こえてきたような気がした。
待ちあわせ場所のバスに乗り込むと、汗ばんだ体に涼しい風が当たり、寒いくらいに体が冷えていく。
(…………マフラーでも編んでみようかな)
一瞬震えた体に、ふと思いついた考え。
まだまだ気の早いそれは、自分でも苦笑してしまうようなものなのはわかっている。
でも、その光景をイメージするだけで緩む口元にだんだんとやる方向へと頭が切り替わっていってしまった。
(色は、どうしよう。刺繍も悩むなぁ)
昔、おばあちゃんにも編んだことがあるので技術的には難しくない。
問題なのは、マフラーのみではなく、手袋、セーターといろいろなものが頭に浮かんできてしまうところだろうか。
(……………………同じものを身に着けるのは、してみたいかも)
いわゆるペアルックと呼ばれるものに対して多少の気恥ずかしさはあるものの、それ以上に心が惹かれる。
もしかしたら、さすがの誠君も嫌がるのかもしれないけど、部屋の中だけといえば最悪許してくれるはずだ。
(やりたいことが、たくさんあるなぁ)
話し相手もおらず、本を読んでいるわけでもない静かな車内。
それでも、私は目的地を乗り過ごしかけてしまいそうなほどに、夢中な時を過ごしていた。
自分の手すらも見えないような黒一色の静かな部屋の中では、時計の針の動く音だけがカチッ、カチッと規則的に響いている。
(…………今、何時だろ)
意識がゆっくりと、まるですくい上げらるように引き上げれていき、やがて、はっきりとし始めた時、私は携帯を探すために手を彷徨わせ始める。
予想していたのは硬質な何かに触れる感触。
しかし、それに対して返ってきたのは弾力性のある柔らかいもので一瞬疑問に思った。
「あれ?…………そっか。そういえば、そうだったよね」
見えはしないものの、それがなにかはすぐに分かった。
何故なら、これは昨日買ったばかりのものだったから。
「ぬいぐるみって年頃でもないんだけどなぁ」
元々昨日は早希ちゃんの宿題を一日見た後、夕方過ぎから予約しておいた美容院に行くはずだった。
しかし、彼女は、あまりに生活感の無いこの部屋に入るなり絶叫し、急に買い物に行くと言い出し始めたのだ。
(………………寂しくないように、か)
今日は徹夜になっても自分でやると言い切られた私は強引に連れていかれ、買ったものはぬいぐるみ、写真立て――そして、お揃いの髪留め。
誰かが横にいることを思い出させるような、そんなものだった。
「ふふっ。ほんと、よく似てるよね」
自分の家に来るかと誘った誠君と、私の家を変えようとする早希ちゃん。
その性格は、行動はいっそ正反対なほどに違うのに、根本にあるものが全く一緒なことに思わず笑えてきてしまう。
「よしっ…………やるぞ!」
そう言って勢いよく立ち上がる。
ふと、外を見ると空の端っこが燃えたように明るくなっていて徐々に朝日が近づいて来ていることがわかった。
(乙女の朝は、早いんだから)
私は、自分の頬を軽く一度叩くと、誠君との初デートをめいいっぱい楽しむため、気合を入れ始めた。
◆◆◆◆◆
色々と試していく中で少しずつわかってきた、誠君の好む匂い。
シャワーを浴び、一通り眠気を覚ました私は、液剤を髪の毛に丁寧に馴染ませていく。
それが、自分の匂いになるように、ゆっくりと。
きっと、地道に反応を窺っていかなくても、私が聞きたいと言えば、彼は毎回感想を教えてくれただろう。
でも、それでは嫌だったのだ。
全てを知りたい――いや、知れるようでありたい。
一番、私が彼を理解できる。そう思いたいから。
「…………私のしたいが、誠君の好きであって欲しい」
さすがに、全く一緒にというのが難しいことはわかっている
でも私は全てが欲しい、そして、全てを捧げたいのだ。
きっと、異性にそんな想いを抱いていることを伝えたら、かつての自分は信じられないというような顔をするのだろうけど。
「…………ほんと、変わったよね」
前はあまり気にもしてこなかったことに、最近では力を入れるようになった。
髪も、体も、服も、料理も、何もかも。
費やした時間に、努力に気づいてくれるかはわからなくても。
何よりも、自分がそうしたかったから。
「ふふっ。今日は、どんな幸せが待ってるのかな?」
鏡に映った自分は、昨日よりも幸せそうにしていて。
そしてきっと、明日はもっとそうなのだろうと、私は思った。
◆◆◆◆◆
待ち合わせにはまだ早い時間。
鏡の前に立つと、念入りに変なところがないかチェックする。
二度、三度、回るように全身を見ながら。
「うん。大丈夫」
ショートブーツに足を通し、靴ひもを結ぶ。
そして、玄関に置いておいたキャスケットを頭に被った。
(……ほんとは、無い方がいいんだけど)
別に帽子が好きなわけではない。
でも、集まる視線を少しでも減らせれば、それだけ煩わしさもなくなるのではと思った。
せっかく行くデートなのだ。
当然、邪魔はされたくない。
「行ってきます」
見える位置に立てかけられた写真立てには、合言葉の描かれた厚紙が入れられている。
早希ちゃんの真心の塊であるそれに優しく声をかけると、一瞬応援するような声が微かに聞こえてきたような気がした。
待ちあわせ場所のバスに乗り込むと、汗ばんだ体に涼しい風が当たり、寒いくらいに体が冷えていく。
(…………マフラーでも編んでみようかな)
一瞬震えた体に、ふと思いついた考え。
まだまだ気の早いそれは、自分でも苦笑してしまうようなものなのはわかっている。
でも、その光景をイメージするだけで緩む口元にだんだんとやる方向へと頭が切り替わっていってしまった。
(色は、どうしよう。刺繍も悩むなぁ)
昔、おばあちゃんにも編んだことがあるので技術的には難しくない。
問題なのは、マフラーのみではなく、手袋、セーターといろいろなものが頭に浮かんできてしまうところだろうか。
(……………………同じものを身に着けるのは、してみたいかも)
いわゆるペアルックと呼ばれるものに対して多少の気恥ずかしさはあるものの、それ以上に心が惹かれる。
もしかしたら、さすがの誠君も嫌がるのかもしれないけど、部屋の中だけといえば最悪許してくれるはずだ。
(やりたいことが、たくさんあるなぁ)
話し相手もおらず、本を読んでいるわけでもない静かな車内。
それでも、私は目的地を乗り過ごしかけてしまいそうなほどに、夢中な時を過ごしていた。
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