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仕えているお嬢様が、ちょっとしたことですぐにラスボス化する件について

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 俺は、異世界転移者だ。

 でも、よく言うチュートリアルなんかは一切なく、気づいたらこの世界にいた。

 当初、俺は、転移したことがわかると興奮した。だけど、特別な力はもとより、この世界の常識すらも知らない俺の生活がにっちもさっちもいかなくなるのにそれほど時間はかからなかった。

 あっという間に困窮し、浮浪者のような生活を送る日々。最後には道に捨てられた生ごみと化しつつあったのは苦い思い出だ。




 しかし、俺は運が良かったのだろう。

 
 単なる暇つぶしだったらしいが、今仕えているお嬢様に偶然拾われ、なんだかんだ人並み以上の生活を送ることができているのだから。


 



 そして、そんな風に拾われた後、使用人としてあくせく働いていたある日、気づいた。どうやら俺は死んだら運命の分岐路まで時を遡る力があるらしいと。

 最初はやけに現実感のある夢を見るなと思っていただけだった。

 だが、今までやっていないことができたり、知らないはずのことを知っているということが何度もあり、やがて特殊な力があることがだんだんとわかってきた。
 

 転移してからチートが無いことに絶望していた俺は、当然それに喜んだし、事実何でも手に入れられそうなすごい能力だとも思う。




 とはいっても、正直この能力をあんまり有効活用できていないので宝の持ち腐れ感はすごいんだけど。

 何故なら俺はこの能力を『お嬢様をラスボス化させない』という目的にしか使えていないからだ。



 
 俺の仕えているお嬢さまは調整ミスなのかちょっとしたことですぐにラスボス化し、片手間に世界を滅ぼす。

 婚約者である王子様に浮気されてはラスボスになるし、親友に裏切られてはラスボスになるし、自分の家が政敵に嵌められて没落してはラスボスになるし、それを全部乗り切ったと思えば何故か隣国との戦争に巻き込まれてラスボスになる。

 周りにはその力を危険視されないようセーブしているところがなおさらラスボスっぽい。



 もちろん、始めにそれを知った時は、やべーなこの女と思った。それでも、恩があるのは確かだし、悲しい理由もあるようなので、距離まで取るのはどうかな、とそれからも同じように接し続けた。
 

 そして、何度もやり直し、似たような光景を幾度も経る中で、彼女が泣きながら世界を滅ぼすのを何とかしたいと思ってしまったのだ。


 俺は、戻る度にたくさんの可能性を探るようになり、反省を踏まえた軌道修正もそれとなくし続けてきた。


 もしかしたら、俺が大雑把で鈍感な性格でなければ気が狂っていたかもしれない。


 
 当然、自分がお人よしだという自覚もある。
 
 だけど、彼女には恩もある、同情もある、人柄への好意もある。

 だからこそ、今の俺の最重要課題は彼女がハッピーエンドで物語を卒業できることなのだ。

 まぁ、同時に、そろそろ俺のハーレム物語も開始させてくれないかなぁとも思っているけれど。



  
 



◆◆◆◆◆






 目が覚めると見慣れた天井が目の前にあり、また戻って来てしまったことを実感する。


「いやー、お嬢様ほんと謎。あれでなんで世界が滅ぶんだよ」

  
 王子様との婚約破棄や、親友の裏切り、その他もろもろの苦難は既に乗り越えている。そして前回、悪い評判が流れつつあったお嬢様のため、ご当主様が何とか良い縁談をもぎ取ってきた時、つまり、俺がフィナーレの音楽を頭の中で流しながらルンルンでお祝いの言葉を彼女に述べた時、それは起きた。
 

 既視感のある黒い靄が周りを包み込み始め、俺は思った。『あ、これアカンやつだ』と。
 

 案の定、俺は過去に戻されてしまい、愛用の手帳をぼーっと眺めている。



「なんで、あれでダメなんだ。もしかして、王子様にまだ未練でもあったのか?一生彼を想って未婚でいます的な」
 

 今回の相手情報を事前に得ていたが、別に悪くないし、むしろ良縁だった。

 中央の貴族では無いものの、それなりに家格は高いし、イケメンだ。それに、悪い評判も全く無く旦那とするには理想的かなって感じだったのに。



「ほんと、女心はわかんねー。彼女とか作ればわかるのかもしれないけど、消えるの知ってて恋人作りたいとも思わないし。というか、最近じゃ離れた場所に居すぎると理由もわからず死んでることあるしな」


 
 以前のラスボス化は単純明快で理由が分かりやすかった。
 
 だけど、最近は意味不明な死に方をすることがほとんどで、彼女の幸せのため、婚約相手を何とか頑張って見つけ、ようやくフィナーレだと思った直後の強制送還ばかりだった。
 もはや無理ゲーここに極まるといった感じだ。
 
 

「けど、気の知れたメイド達と別荘に送って未婚でひっそり終了エンドもダメだったしな。もう、無理。これ以上思いつかねえ!」


 この分厚い手帳ももう最後のページだ。足りない頭で考えてきたが、これでほぼ全てのページを書き切ってしまった。


「一度原点に返るか。どうせ、俺以外の記憶には残らないんだし」


 以前、それとなくお嬢様に直接聞いた時には、『私だけを想ってくれる人と幸せになりたい』(意訳)みたいなことを言っていた気がする。

 めちゃくちゃプライドが高い上にかなり面倒な性格なので素直にそう言っていたわけではないけど。

 
「また直接聞きに行こう。今日の曜日的には……行くのは温室だな」

 
 我がままで自分勝手ではあるが、自分の決めたルールには忠実な人なので、俺は身支度を整えるとそちらに向かった。
 




◆◆◆◆◆





 持ってきたお菓子を盛り付けた後、紅茶をカップにいれ冷ましておく。

 うん。温度や、蒸らす時間も完璧だ。

 前の世界では一切できなかったそれが片手間でやれることに、少し感慨を覚えてしまう。

 
「ついでに、好みの花でも添えておくか」

 
 時間はまだ少しありそうなので、機嫌が取れそうなことは全てしておこうと温室の奥に向かう。

 正直花の種類なんてよくわからないが、これだけ何回も見させられればさすがにだいたい分かってくる。


「あれ?こんなんあったっけ?」


 だがその途中、ふと見慣れない花が咲いていることに気づいた。他の花にちょうど隠れるように咲いているので今まで気づかなかったのだろうか。
 

「なんか、見たことある気が……なんだっけ……ああ!お嬢様がたまに俺につけさせるブローチと同じやつか」


 なんて品種なのかは知らないが、この温室にある以上はお嬢様のお気に入りなのだろう。


「可哀想に。でも、頑張れよ。お嬢様はわがままで面倒くさい人だけど、なんだかんだ可愛いんだぜ?」


 その中でも端に追いやられてしまった哀愁を誘う姿に、つい自分の境遇を重ねてしまった俺は、花を撫でながら、語り掛ける。


「誰かいるの?」


 だが、その最中、温室の入口の方からお嬢様の声が響いたことに驚き体が跳ねた。


「あ、やべ」


 手には、途中で手折られた花。青ざめるが、やってしまったことは仕方が無い。

 俺は、ため息をつき、花をハンカチで包みポケットに入れると嬢様の方へと向かった。後で絶対怒られると思いながら。










「あら、リヨン。私を待っているなんていい心がけじゃない」


 お嬢様にこの世界での俺の名を呼ばれる。本当の名前はリョウなのだが何故か発音が伝わらなかったのだ。



 目の前に上品に立っているのは俺の主。

 二大公爵家のうちの一つ、バルティア公爵家の娘、リリアナ・ラ・バルティアだった。

 夜を思わせるような漆黒の髪に、雪よりも白い肌、そして特徴的な真っ赤な瞳を持つ彼女はとても目を引く外見をしている。
  
 それに、魔力の傾向は極めて珍しい闇属性だそうで、隠している状態でもその膨大な魔力は国随一とも言われているほどらしい。

 まるで誤解を自分から連れてくるような独特の雰囲気の彼女は、話してみると意外な一面を見せてくれるビックリ箱のような人だった。ラスボスなのは変わらないけど。


「ありがとうございます。お待ちしておりました」


 俺は、彼女に近づくと、泣き黒子があるのは個人的にグッとくるわーとどうでもいいことを考えながら椅子を引く。



「忠犬ぶりはちゃんと評価してくださいね。具体的にはご褒美とかで」

「そうね。考えてあげてもいいわ」

 
 席に座ると、彼女は俺が用意した紅茶に口をつける。少し口角があがったところを見るとちゃんと猫舌の彼女にも飲める温度になっていたようだ。
  
 


「でも、この花を添えたのはとてもいいわね。『限りない献身』、素晴らしいわ」

「ありがとうございます」


  
 世界を滅ぼすほどの力を持つお嬢様は意外なことに、だいたいの花言葉を覚えているほどには乙女だ。

 正直俺は、彼女がいつも好んで世話をする花を用意しただけで意味なんて知らないし、興味自体も無いのでテキトーに返事をする。



 そして、そのまま当たり障りの無い会話を少しした後、本題に話を移していった。


「そう言えば、メイドのクリスから聞いたのですが、結婚は女性の夢だとか。私はよくわかりませんが、世の女性はみんなそうなんでしょうかね」


 そもそも結婚したいのかをまず聞き出そうと思い様子見の一手を入れる俺。だが、反応を窺うため、チラと彼女の方を見ると、何故か黒い靄がチロチロと蛇のように顔を出してきていた。

 いや、なんで!?これもダメなの!?

 混乱する俺にお嬢さまは冷たい視線を送ってくる。


「へぇ、メイドの、クリスから聞いたの?…………仲が良さそうでいいわねぇ」


 どちらかというと人間不信気味で好き嫌いの激しい人なので、もしかしたらクリスは話題に出してはダメな人だったのかもしれない。

 以前、王子様の周辺情報を探ろうと関係者に近づいたとき、裏切りと思われ粛清されそうになった記憶が蘇る。


 だが、一度出してしまったものは仕方ない。俺はそのまま乗り切る方向に舵を全力で切った。 




「いや、仲良くはないですよ?メイド達には付き合い悪い上に地味面とか陰で言われてて、相手にされる気配が微塵も無いので」


 自分で言ってて泣きそうだが、事実である。本当はイチャイチャ異世界生活を送りたいところではあったが、まずは全力で死を回避しようとしている俺は、極力時間をそれに費やし、付き合いも断ってきた。

 まぁ、それを抜きにしても女性経験皆無の俺が異世界に来たからといってモテるはずも無いしな。さすがに、仕事仲間なので一緒にいる時は雑談くらいはするが。


「それは、本当なのかしら?」


「俺が女性と二人で楽しそうに話しているところ見たことあります?それこそ、俺に付きあってくれるのは優しいお嬢様くらいなもんですよ」

 
 俺は、必死でよいしょをして、靄退散!と心の中で唱え続ける。
 

「……そう、そうよね。貴方みたいな鈍感でどうしようもない男を相手にする女なんて聖母のように優しい私くらいなものよ」


 おい、さすがに言い過ぎだろう。自分の部屋に帰ってから泣き喚くぞ。


「いつもありがとうございます。ところで、お嬢様がご結婚されるならどのような方を望まれるのですか?」

「ふーん。それは、貴方が、私の好みの殿方のタイプが気になるということでいいのかしら?」


 何故かはわからないが、機嫌は急回復したようだ。ニヤニヤとした顔でこちらにそう問いかけてくる。本当に何がスイッチなのかよくわからん。


「はい。私のこれからの人生にも影響してくるでしょうから、とても気になります」

「っ!そう……とても、良い心がけだわ。とってもね!そこまで言うなら、仕方ないから教えてあげる」

「ありがとうございます」


 彼女は、少し興奮した様子で体を前に乗り出した後、こちらに言葉を伝えてくる。何故か愛用の扇子で顔を隠しながら。


「まず、私だけを見なさい!他の女を見てはダメよ」

「はい」

「次に、私だけと話しなさい!他の女と話してはダメよ」

「はい」

「それと、私のことをずっと考えるの!他のことなんか考えていてはダメよ」


 どうして、お嬢さまは俺に向けた言葉で言ってくるのだろうか。実際の相手に言うべきでは?


「最後に、告白はやはり男からしなければいけないわね。ロマンチックな伝え方だとなおいいわ」


 扇子から少し顔を出し、上目遣いでチラチラとこちらを窺うお嬢さまは不覚にも少し可愛いと思った。


「なるほど、覚えておきます」

「…………それだけ?」

「え?はい」

「これを聞いて、何か私に言いたいことは無いの?」

「んー、今のところは特にありませんが」

「…………………………………………そう」

 
 俺がそう言うと、先ほどまで過去に類を見ないほど上機嫌だったお嬢様が地を這うような低い声と共に立ち上がった。

 急激に温室全体に広がった黒い靄が、世界の終わりを俺に伝えてきているようだった。

 あっ、まずった。俺は、今回はもうダメそうだなと天を仰ぐ。

 相変わらず、何がセカオワスイッチなのかがさっぱりわからん。

 
 周りに靄が広がり、天すらも覆い始めたそれを見ると生命としての恐怖からか冷や汗が流れでる。
 
 そして、ハンカチでそれを拭おうとしたとき、何かの感触が当たり、そう言えばと花のことを思い出した。

 ついでに謝っておくか。気分的にも後味が悪いし。
 



「最後に一つだけよろしいですか?どうしても、お嬢様に伝えておきたいことがありまして」

「…………なにかしら?」

 

 収束した黒い靄がまるで羽のように彼女の後ろに具現化していく。最後のトリガーとなるそれが出来始めたならもう残された時間はほとんどないなと他人事のように思った。


「これを見て頂ければわかるかと」

 
 ハンカチを開き、無残にも茎の部分で折られてしまったその綺麗な花を見せた後、目を瞑る。

 どうせ、また見慣れた天井が見えるのだろう。









「………………それが、貴方の伝えたいこと?」


 なかなか終わりが来ないなと思っていると、お嬢様は声を震わせながらこちらに問いかけてきた。

 目を開けると、靄はまるで夢であったかのように綺麗さっぱりと消えていた。臨界点を確認してからのリセットは初めてのことなので動揺する。
 

「え?あ、はい。いつ伝えようかとずっと思っていたんですが」

「ずっと……そう。ずっと、想っていたのね」


 なんだろう、致命的なボタンの掛け違いをしている気がする、と俺がそれを聞こうとした時、突如お嬢様が俺に抱きついてきた。

 混乱する俺の頭、どうしていいのかわからず、両手が宙を彷徨う。


「私だって、ずっと待ってたのよ?」


 だけど、じんわりと胸元が湿っていく感覚から、泣いていることに気づいた俺は思わず彼女の背中に手を回した。


「でも、嬉しいわ。こんな素敵な告白をしてくれるなんて思ってもみなかったから」

「え、いや、俺は」

「いいの。『言葉に出来ないほどの愛情』、そういうことでしょう?」


 そのまま嬉しそうな顔のお嬢様に押し倒された俺は、口を塞がれ、次の言葉を言えなくなる。
 
 息苦しくなるほどの長い接吻の後、彼女は唇を舐めながら魅惑的に笑った。

 
「本当に嬉しいわ。貴方が想いを伝えてくれるまで、何度だって繰り返すつもりだったけど、ようやくそれが叶ったのね」


 俺の首筋に、自らの痕跡を唇の形で刻み込み始めた彼女から逃れようとするも、魔力のせいか一切体が動かない。


「最初は、貴方のことなんて石ころ同然に思ってたのよ?助けたのもただの暇つぶしだったし」


 まるで蛇のように絡みつく彼女の体温が俺に伝わる。

 その何とも言えない感覚が毒のように全身に回り、俺の思考を奪っていくような気がした。


「でも、貴方は、私を見てくれた、私の幸せを考えてくれた、裏切らないでいてくれた。見当はずれな行動ばかりでイライラもさせられたけれど、何度繰り返してもずっと変わらずそうしてくれたわ」

 
 動かない体に、俺はとうとう観念することにした。
 
 それにどうやら、彼女はずっと記憶が残っているらしい。


「私が全てを捧げてあげる。この体はもちろん、立場も、力も、世界だって。それこそ、貴方が欲しいものは何でも」

 
 まるで悪魔の囁きだ。人を惑わす暗い誘惑。
 本当のラスボスは世界の半分だけなんてケチくさいことは言わないようだ。
 
 
「その代わり、貴方は、未来永劫、私だけを見て、私だけと話して、私のことだけを考えるの。命が尽きるその時まで」


 逃げるべきかもしれないが、どうせ、逃げられない。それに、今までとあまり変わらないことにも気づいたのでまぁいいかと思う。

 彼女はずっとラスボスだった。それが『世界の』から『俺の』に変わっても別に大きな違いではない。


 幸せそうに抱き着く彼女は、やっぱりなんだかんだ可愛いなぁと色ボケたことを思いながら、俺はそれを受け入れた。

 どうやら俺の異世界ハーレム物語は絶対に始まることは無くなってしまったらしいし。
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