仕えているお嬢様が、ちょっとしたことですぐにラスボス化する件について

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ー前日譚ー 全部、いらない。私に優しくないこんな世界なんて

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「リリアナ・ラ・バルティア、君との婚約を今日この場をもって破棄させてもらう」


 突如、よく通る声がホールに満ちた。声の主は、この国の王太子、ユリウス・リ・グリセリア。
 今日は体調が悪いからと突如エスコート役を断ったはずの私の婚約者が何故かそこに立っていた。
 
 一瞬、理解の追い付かない出来事に頭の中に空白が生まれる。

 だが、彼のその隣でしな垂れかかるように一人の女が立っていることに気づくと全てのことが繋がった。自分は嵌められたのだと。

 私を目の敵にしている忌々しい、グレイシア・ラ・ブライゼスに。
 口だけで脳みその足りない下らない性悪女に。


 皆がパートナー同伴で入場する中、屈辱的な羞恥を我慢しながら入場させられたのもこいつのせいかと憤怒の炎が燃え盛り、自分のものとは思えない低い声が私の口から発せられる。



「………………私達の婚約は、王家と私の家で正式に結ばれたもののはずです。正式に抗議いたしますがよろしいですか?」



 グレイシアの産まれる二年前、二大公爵家のうちの一つであるバルティア公爵家の娘として生まれた私とこの国の皇太子との間には、政略結婚の一環として生後すぐに婚約が結ばれた。
 
 当然、それは正式に両家で結ばれたもので、いかに王太子といえど勝手にそれを破棄することはできないはずだった。例え、それがもう一つの公爵家の娘が相手であったとしても。



「あれほどの醜い所業をしておいて、抜け抜けとよく言う。むしろ、王家の評判を堕とす行いに抗議をするところ、優しいグレイシアが君を気遣って止めたのだ。感謝はされど、不満を言われる筋合いなど無い」

 
 心底軽蔑したような眼差しで私を見る彼に怒りがさらにこみ上げてくるのを何とか抑える。決して優秀とは言えない方だ、恐らく何か早とちりしているのだろうと無理やりな言い訳で自分を宥めながら。


「………………身に覚えがございませんが。醜い所業とはどういったことを指すのでしょうか」


 ただ、何もせずにはいられないので、私は出せるものなら証拠を出して見ろとでもいうように相手を睨みつける。

 しかし、いつもだと、私の強い眼光ですぐにたじろぐ彼が今日は堂々とそれを受け止めたことに少し疑問を覚える。


「はぁ、ここまで愚かだとは思ってもみなかった。いいだろう、これを読みたまえ」

 
 相手が手に持っていた丸められた羊皮紙をこちらに投げてきたのでそれを開き読み始める。

 そこには、信じられないことが書いてあった。


≪国境を守るアインラッド辺境伯家の令嬢を無理やり呼びつけたにも関わらずその約束を無視し、特に重要でもない社交界に出て地方貴族の盟主の顔に泥を塗ったこと≫

≪ブライゼス伯爵家の令嬢の魔力の素養が低いことを不必要に煽った上、有りもしない男女関係を捏造して彼女の評判を地に落としたこと≫
 
≪ターレン男爵家の三男を自分から誘ったことを始め、複数の男と関係を持っていたこと≫ 


 何故なら、まるで身に覚えのないそれらが、事実認定ではなく、疑い有という意見ではあるものの王室調査局の押印付きで記載されていたから。

 その組織は第三者的な調査機関としてある程度の権威は持っているので、それが覆されるまでの間、一時的にとはいえ根拠にはなるだろう。



「そんな………………こんなこと、私には全く身に覚えが」


「ふん、白々しいな。君の家の者からも一定の証言は既に得られたと聞いているぞ。事実認定のための詳細調査を止めてくれたグレイシアに感謝するのだな」




 これは、恐らく我が家と犬猿の仲であるブライゼス公爵家が画策したものだ。

 お父様は昨日隣国へと旅立ち今この国にいない。ずっとその隙を狙っていたのだろう。


 殿下は政治に興味が無いので知らないかもしれないが、王室調査局の現在の長官も確かブライゼスの派閥の者だったはずだ。

 それに、再調査を依頼すれば証拠不十分で処分は取消されるだろうが、自分が誤解を招きやすいこともあり、悪評はずっと付きまとうに決まっている。

 婚約破棄による空席という既成事実を一瞬さえでも作ってしまえれば、日和見がちの国王陛下は、客観的に理解を得られやすい評判が綺麗な方を選ぶに決まっているのだし。
 



「お待ちください!これは濡れ衣です。再度調査を依頼すれば明らかに捏造されたことだとわかるはずです。それまで婚約破棄はお待ちください」

 
 事実では無いと彼に理解してもらい、先ほどの言葉を撤回してもらうことで時間を稼ぐのが最善の策だろう。
 

「なるほど。そうやって公爵家の力でもみ消すということかな?」


「そうではありません!これは、極めて政治的な…………………………」


 必死に説明しようとして、気づいた。ああ、この人は私を全く信用していないのだと。

 その目を見ればわかる。彼の中で既に答えは決まっており、覆す気は無いらしい。

 だったら、こんなことを言っても全く意味は無いではないかと私は、深い脱力感に襲われた。





 幼少期から、それこそ十年以上この人とは婚約者としての関係を続けてきた。

 将来の王妃としての教育はとてもつらかったけど、必要なことだと割り切って泣きながら我慢してきたし、放蕩気味な彼に王としての責務を持ってもらおうと嫌われるのを覚悟で忠言を繰り返し伝えてきた。



 もちろん、仲良くなるための努力も惜しまなかった。

 彼の好きなものは極力調べてそれを理解できるように努めてきた。
 
 それに、私の趣味も知って欲しいと、『栄光の王冠』と呼ばれるとても珍しい花を東方からわざわざ取り寄せ、その手間のかかる花を綺麗に咲かせて送った。


 プライドが邪魔をして素直な言葉を伝えられず、回りくどい態度をしがちなのはこちらの落ち度だとは思う。
 
 それでも、私なりに出来る限り頑張ってきたのだ。不器用な自分なりに。
 
 
 

 自分は器用には生きられない。昔から謂れの無い誹謗中傷や陰口を叩かれていたのも知っていたがそれも仕方ないと諦めていた。身近な人だけでも私を理解してくれればそれでいいと。

 
 
 しかし、将来結婚し、運命を共にするのだからと尽くしてきた彼すら私を信じてはくれないらしい。ぽっと出の甘い言葉しか囁かない性悪女を信じ、ずっと近くで行動を積み重ねてきた私のことは全く見ようともしないのだから。
 

 

 長きに渡る婚約を、どんな形であれ一緒に共有し、育んできたと思っていた。

 何かしらの情やそれなりの信頼関係があると信じていた。
  


 でも、それは私の中でしか咲かない花だったのだ。

 楽しめたはずの時を注ぎ、自分の手を傷つけながらも世話をし、蕾が開くのを辛抱強く待ち続けても。

 


 
 そちらがそうくるならば、それでいい。だけど、私を踏みにじろうとするならば容赦はしない。

 全てを無にしてやる。この世界もろとも。








「…………もう、たくさん」


 頬を涙が伝うのが分かる。だけど、これは殿下に信じて貰えないからでは決してない。
 
 いや、むしろこんな男のために流す涙など一滴も無い。決して流してなんかやらない。
 
 私は今、自分のために、自分で泣いているのだ。誰も、私のために悲しんでくれないから。
 


「泣いても無駄だ。潔く罪を認めるならば……なんだ、これは、体が動かな――――」

「殿下!?なによ、なんなのよ、これ!私は、もうすぐ王妃に――――」



 黒い羽を繭のようにして自分を包むと、悲鳴を子守歌にして目を瞑る。

 閉ざした視界にも関わらず、解放した魔力が靄となって世界を黒く塗りつぶしていくのが感覚として分かる。

 物、人、衛兵たちが放った魔術、果てには光すらも呑み込みながらそれは国中に広がっていく。
 

「全部、いらない。私に優しくないこんな世界なんて」

 
 やがて、その靄は、全てを呑み込んだ。私の嗚咽交じりの呟きでさえも。
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