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2話 学校案内
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年季の入った校舎。ところどころ黒ずんだ壁の横を通り過ぎ、校舎と技術棟に繋がる渡り廊下を歩く。
どうして千秋が湊を案内役に抜擢したのかは分からなかった。自分で言うのもなんだが、湊は積極的に話をするタイプではなかった。口下手で、丁寧な説明も面白い話もできない。どう考えても湊みたいなやつが案内するよりも他の人に頼んだ方がいいだろう。
――例えば、あいつとかな。
湊は頭の中で自分のクラスのムードメーカーになっている人物を思い浮かべる。その人物の名前は綾瀬和馬といい、サッカー部に所属している典型的な明るい性格の持ち主だった。誰にでも分け隔てなく接してくれて、無愛想で話すのが苦手な湊でも話しやすいと思える人物だった。
今からでも和馬を捕まえてきて変わろうかと思ったが、そう考えると心の中がモヤッとした気持ちになった。
首を傾けてその気持ちの根っこを探そうとした時、千秋が頭の後ろで手を組みながら湊の方を振り向く。
「なぁなぁ、如月は何部やっとるん? 家庭科室におったっちゅうことは料理部とかか?」
「…………違う。俺は、手芸部だ」
湊の答えに千秋は大きく目を見開く。湊のような不器用そうな男が手芸部にいることに驚いているようだった。
しかし、そう思うのも無理ないことだった。湊は身長がクラスで三番目に高いし、肩付近まで乱雑に伸ばした髪にメガネをかけている。見た目だけで言えば、バスケットボールやバレーボールをやっていそうとよく言われる。
「なんだよ。俺が手芸やってたらおかしいのかよ」
それらがわかっていながらも、湊は突っ掛からずにはいられなかった。すると、千秋はキョトンとした顔をした後、大きな声で笑い出す。
「ちゃうちゃう、逆や。如月、すごく丁寧にノートまとめっとったし、掃除もサボらず隅々までやっとったから、なるほどなって思ってな!」
千秋の言葉に今度は湊が驚く番だった。普段の生活態度は見ていればわかっただろうが、ノートまで見られているとは思わなかった。それだけ千秋に見られていたんだと思うと、むず痒い気持ちになった。
いつ見られたんだろうと、湊が考えていると千秋が勢いよくぶつかってきたかと思うと肩を組んでくる。急に近づいてきた千秋の顔に驚いて思わず体が跳ねてしまう。
「お前、本当におもしろいつやなぁ! そんなに表情コロコロ変わるやつ、なかなかおらんやろ」
至近距離であのひまわりみたいな笑顔を見せられて、湊は体ごと固まる。まるで子猫が母猫に首根っこを掴まれたようだった。
「な、あ、おま……」
言葉にならない言葉が口から漏れ出る。こういう時にうまく返せない自分が嫌になる。しかし、そんな嫌な気持ちを吹き飛ばすくらい千秋のまっすぐの瞳は美しかった。
キラキラと降り注ぐ太陽の光に照らされたその瞳も、同じくらい輝いていた。
「いやぁ、この学校に来てよかったわ! こうやって如月にも出会えたしな!」
千秋の嬉しそうにはしゃぐ様子に飾らない本音を聞いて、湊の顔は真っ赤に染まる。すると、千秋は笑いながら指で湊の頬を突いてきた。
「ほら、また顔、真っ赤にしとる。ほんま、可愛いやつや」
「……お、男に可愛いとか言うなっ」
言葉の嵐から意識を取り戻した湊は千秋の腕を払って距離をとる。そして、少し離れたところから千秋のことを睨みつける。
小さな子猫の精一杯の威嚇だった。
そんな小さな抵抗も面白いのか千秋は一人でケラケラと笑っている。
「いやいや、本当に良かったと思ってるんやで。みんな優しいし、先生たちもとっつきやすい……前の学校は威厳溢れる学校やったからなぁ」
千秋は昔を懐かしむ老人のようにうんうん唸りながら呟く。
「俺は自由が好きや。格式ばっとんのも悪くはないが、やっぱり子供なんやからのびのびとやっていきたいよなぁ」
千秋はそう言いながら渡り廊下から飛び出していく。光が溢れる下の方がより輝いているように見えた。
千秋のいうことは湊には少し難しかった。確かに、この学校は自由が売りの高校だ。制服を着崩していても、髪を染めていても、ピアスを開けていても何も言われない。
だけど、自由には責任がつきものだ。
自由だからといって、なんでもやれるわけではない。
湊はそのことを嫌というほど知っている。だから、湊は今も深い水に沈んだように息が苦しいのだけれど――。
湊が顔を俯かせて黙り込んでいると、千秋は湊の手を掴んだ。そして、湊を太陽の下へと連れ出してくれる。
「そんな暗い顔しとったらあかんよ。なぁ、知っとるか? 笑えば福が来るんや! 一人で笑えんのやったら、俺が一緒におってやる。だから、笑え!」
太陽の光が暖かい。触れられた手から伝わる体温はそれ以上に温かった。
千秋も湊も互いのことはまだ何も知らない。だけど、何も知らないからこそ伝わる想いもあった。
どうして千秋が湊を案内役に抜擢したのかは分からなかった。自分で言うのもなんだが、湊は積極的に話をするタイプではなかった。口下手で、丁寧な説明も面白い話もできない。どう考えても湊みたいなやつが案内するよりも他の人に頼んだ方がいいだろう。
――例えば、あいつとかな。
湊は頭の中で自分のクラスのムードメーカーになっている人物を思い浮かべる。その人物の名前は綾瀬和馬といい、サッカー部に所属している典型的な明るい性格の持ち主だった。誰にでも分け隔てなく接してくれて、無愛想で話すのが苦手な湊でも話しやすいと思える人物だった。
今からでも和馬を捕まえてきて変わろうかと思ったが、そう考えると心の中がモヤッとした気持ちになった。
首を傾けてその気持ちの根っこを探そうとした時、千秋が頭の後ろで手を組みながら湊の方を振り向く。
「なぁなぁ、如月は何部やっとるん? 家庭科室におったっちゅうことは料理部とかか?」
「…………違う。俺は、手芸部だ」
湊の答えに千秋は大きく目を見開く。湊のような不器用そうな男が手芸部にいることに驚いているようだった。
しかし、そう思うのも無理ないことだった。湊は身長がクラスで三番目に高いし、肩付近まで乱雑に伸ばした髪にメガネをかけている。見た目だけで言えば、バスケットボールやバレーボールをやっていそうとよく言われる。
「なんだよ。俺が手芸やってたらおかしいのかよ」
それらがわかっていながらも、湊は突っ掛からずにはいられなかった。すると、千秋はキョトンとした顔をした後、大きな声で笑い出す。
「ちゃうちゃう、逆や。如月、すごく丁寧にノートまとめっとったし、掃除もサボらず隅々までやっとったから、なるほどなって思ってな!」
千秋の言葉に今度は湊が驚く番だった。普段の生活態度は見ていればわかっただろうが、ノートまで見られているとは思わなかった。それだけ千秋に見られていたんだと思うと、むず痒い気持ちになった。
いつ見られたんだろうと、湊が考えていると千秋が勢いよくぶつかってきたかと思うと肩を組んでくる。急に近づいてきた千秋の顔に驚いて思わず体が跳ねてしまう。
「お前、本当におもしろいつやなぁ! そんなに表情コロコロ変わるやつ、なかなかおらんやろ」
至近距離であのひまわりみたいな笑顔を見せられて、湊は体ごと固まる。まるで子猫が母猫に首根っこを掴まれたようだった。
「な、あ、おま……」
言葉にならない言葉が口から漏れ出る。こういう時にうまく返せない自分が嫌になる。しかし、そんな嫌な気持ちを吹き飛ばすくらい千秋のまっすぐの瞳は美しかった。
キラキラと降り注ぐ太陽の光に照らされたその瞳も、同じくらい輝いていた。
「いやぁ、この学校に来てよかったわ! こうやって如月にも出会えたしな!」
千秋の嬉しそうにはしゃぐ様子に飾らない本音を聞いて、湊の顔は真っ赤に染まる。すると、千秋は笑いながら指で湊の頬を突いてきた。
「ほら、また顔、真っ赤にしとる。ほんま、可愛いやつや」
「……お、男に可愛いとか言うなっ」
言葉の嵐から意識を取り戻した湊は千秋の腕を払って距離をとる。そして、少し離れたところから千秋のことを睨みつける。
小さな子猫の精一杯の威嚇だった。
そんな小さな抵抗も面白いのか千秋は一人でケラケラと笑っている。
「いやいや、本当に良かったと思ってるんやで。みんな優しいし、先生たちもとっつきやすい……前の学校は威厳溢れる学校やったからなぁ」
千秋は昔を懐かしむ老人のようにうんうん唸りながら呟く。
「俺は自由が好きや。格式ばっとんのも悪くはないが、やっぱり子供なんやからのびのびとやっていきたいよなぁ」
千秋はそう言いながら渡り廊下から飛び出していく。光が溢れる下の方がより輝いているように見えた。
千秋のいうことは湊には少し難しかった。確かに、この学校は自由が売りの高校だ。制服を着崩していても、髪を染めていても、ピアスを開けていても何も言われない。
だけど、自由には責任がつきものだ。
自由だからといって、なんでもやれるわけではない。
湊はそのことを嫌というほど知っている。だから、湊は今も深い水に沈んだように息が苦しいのだけれど――。
湊が顔を俯かせて黙り込んでいると、千秋は湊の手を掴んだ。そして、湊を太陽の下へと連れ出してくれる。
「そんな暗い顔しとったらあかんよ。なぁ、知っとるか? 笑えば福が来るんや! 一人で笑えんのやったら、俺が一緒におってやる。だから、笑え!」
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千秋も湊も互いのことはまだ何も知らない。だけど、何も知らないからこそ伝わる想いもあった。
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