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2話 学校案内
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そうして二人で運動場の隅っこを歩きながら、弓道場に向かう。弓道場が近くなると、弓を放つ鋭い音と矢が的に刺さる鈍い音が聞こえてくる。
弓道場の入り口を開くと小さな下駄箱があった。そこに靴を脱いで入れると、部屋の中に進んでいく。
弓を射る射場には数名の生徒が一つ一つの動作を確認するように、ゆっくりと弓を構えていた。
ずっと先にある的を見つめる目は、それこそ矢のように鋭かった。
静かな空間で、布の擦れる音一つはっきりと聞こえてくる。
運動場から聞こえてくる、生徒たちの声が遠くに追いやられる。
そして、一瞬の静寂の後、少し長い髪を一つに結んだ生徒がパッと弦を離す。
ヒュンッと鋭い音が聞こえたかと思ったら、鈍い音が遅れて聞こえてくる。
弓を射った生徒は一呼吸置くと射場の入り口に二人が立っていることに気がついた。
「ん? お前らどうした?」
綺麗な所作に湊が思わず見惚れていると、その生徒は二人のそばまで来てくれた。
「こんにちわっす! 俺、今日転校してきたもんなんやけど、見学ってできるんすか?」
「おー、そうかそうか。一年生か? 弓道の経験はあるのか?」
「二年っす! 弓道は一応中学ん時からやってます!」
千秋はふざけたように敬礼をすると、対応してくれた生徒は笑った。朗らかに笑うその様子は、先ほどまでの繊細な所作からは想像もつかないほどの豪快さを感じた。
「元気なやつは好きだぞ。あぁ、俺は主将の竹内雄大だ。先生に聞いてみるからここで待っててくれるか?」
雄大と名乗った生徒の言葉に千秋は「うっす!」と答えた。
雄大は射場の後ろで他の生徒のことを観察していたがたいのいい男のもとに向かう。そして、少し話した後、その男は湊たちの方を見た。
「おう、よく来たな。お前は二年の転校生だな? こっちは……こりゃまた珍しい、如月じゃないか!」
大きな口で笑いながら湊の肩を叩く。目の前にきた弓道部の顧問であるこの男は、二年生の体育の授業を受け持つ杉浦剛志という先生だった。クマのように大きな体に、鍛え上げられた筋肉を惜しむことなく見せている。アメリカンフットボールでもやっていそうなほど体格がいいのに、なぜか弓道部の顧問やっている。
その腕前までは湊は知らなかったが、一度も試合に勝てなかった弱小弓道部を一年で地区大会優勝まで持っていくほどの実力はあった。
「如月も弓道部の部員になるか? 俺は歓迎だぞ!」
「……やりませんよ。俺はこいつに無理やり連れてこられただけです」
剛志から溢れる熱血感が合わなくて、逃げるように後ろに数歩下がる。剛志は気分を害した様子はなく、また大きな口を開けて笑った。静かな射場に剛志の大きな声が響く。部員たちは慣れているのか、自分の練習に黙々と取り組んでいる。
一通り笑い終わると、剛志はもう一度千秋に視線を戻した。
「神原だったか……歓迎するぞー。部員は何人いても嬉しいからな!」
「俺も歓迎するよ。経験者なら尚更な」
剛志の隣に雄大が立ちにっこりと笑う。体格のいい二人を前にして、湊はげんなりとした顔を見せる。
「じゃぁ、俺はここで……」
もう案内はいいだろうと思ってその場を立ち去ろうとしたら、千秋に肩をガシッと掴まれた。
なんだよ、という気持ちを込めて千秋を見ると、彼はきょとんとした顔を浮かべていた。
「なんや、もう行ってしまうんか。俺の華麗な弓捌き、見てってくれてもええやろ」
「……お前、見学に来たんだろ…………いきなり練習に加わる気かよ」
道具も何も持っていないのそんなことできるわけないと思っていると、雄大がニコッと笑った。
「道具なら予備があるから貸してやるよ」
「ほら、先輩もこう言うとる。ちょっと待っててや! 俺着替えてくるもんで」
そう言うや否や雄大と千秋は控え室の方に消えていく。湊はその背中を何も言えずに、見送るだけだった。
弓道場の入り口を開くと小さな下駄箱があった。そこに靴を脱いで入れると、部屋の中に進んでいく。
弓を射る射場には数名の生徒が一つ一つの動作を確認するように、ゆっくりと弓を構えていた。
ずっと先にある的を見つめる目は、それこそ矢のように鋭かった。
静かな空間で、布の擦れる音一つはっきりと聞こえてくる。
運動場から聞こえてくる、生徒たちの声が遠くに追いやられる。
そして、一瞬の静寂の後、少し長い髪を一つに結んだ生徒がパッと弦を離す。
ヒュンッと鋭い音が聞こえたかと思ったら、鈍い音が遅れて聞こえてくる。
弓を射った生徒は一呼吸置くと射場の入り口に二人が立っていることに気がついた。
「ん? お前らどうした?」
綺麗な所作に湊が思わず見惚れていると、その生徒は二人のそばまで来てくれた。
「こんにちわっす! 俺、今日転校してきたもんなんやけど、見学ってできるんすか?」
「おー、そうかそうか。一年生か? 弓道の経験はあるのか?」
「二年っす! 弓道は一応中学ん時からやってます!」
千秋はふざけたように敬礼をすると、対応してくれた生徒は笑った。朗らかに笑うその様子は、先ほどまでの繊細な所作からは想像もつかないほどの豪快さを感じた。
「元気なやつは好きだぞ。あぁ、俺は主将の竹内雄大だ。先生に聞いてみるからここで待っててくれるか?」
雄大と名乗った生徒の言葉に千秋は「うっす!」と答えた。
雄大は射場の後ろで他の生徒のことを観察していたがたいのいい男のもとに向かう。そして、少し話した後、その男は湊たちの方を見た。
「おう、よく来たな。お前は二年の転校生だな? こっちは……こりゃまた珍しい、如月じゃないか!」
大きな口で笑いながら湊の肩を叩く。目の前にきた弓道部の顧問であるこの男は、二年生の体育の授業を受け持つ杉浦剛志という先生だった。クマのように大きな体に、鍛え上げられた筋肉を惜しむことなく見せている。アメリカンフットボールでもやっていそうなほど体格がいいのに、なぜか弓道部の顧問やっている。
その腕前までは湊は知らなかったが、一度も試合に勝てなかった弱小弓道部を一年で地区大会優勝まで持っていくほどの実力はあった。
「如月も弓道部の部員になるか? 俺は歓迎だぞ!」
「……やりませんよ。俺はこいつに無理やり連れてこられただけです」
剛志から溢れる熱血感が合わなくて、逃げるように後ろに数歩下がる。剛志は気分を害した様子はなく、また大きな口を開けて笑った。静かな射場に剛志の大きな声が響く。部員たちは慣れているのか、自分の練習に黙々と取り組んでいる。
一通り笑い終わると、剛志はもう一度千秋に視線を戻した。
「神原だったか……歓迎するぞー。部員は何人いても嬉しいからな!」
「俺も歓迎するよ。経験者なら尚更な」
剛志の隣に雄大が立ちにっこりと笑う。体格のいい二人を前にして、湊はげんなりとした顔を見せる。
「じゃぁ、俺はここで……」
もう案内はいいだろうと思ってその場を立ち去ろうとしたら、千秋に肩をガシッと掴まれた。
なんだよ、という気持ちを込めて千秋を見ると、彼はきょとんとした顔を浮かべていた。
「なんや、もう行ってしまうんか。俺の華麗な弓捌き、見てってくれてもええやろ」
「……お前、見学に来たんだろ…………いきなり練習に加わる気かよ」
道具も何も持っていないのそんなことできるわけないと思っていると、雄大がニコッと笑った。
「道具なら予備があるから貸してやるよ」
「ほら、先輩もこう言うとる。ちょっと待っててや! 俺着替えてくるもんで」
そう言うや否や雄大と千秋は控え室の方に消えていく。湊はその背中を何も言えずに、見送るだけだった。
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