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3話 体育祭 -準備編-

3-5

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「五月と言えばなにか! そう、体育祭!」


 丸い眼鏡をかけた細身の生徒が黒板の前に立っている。その生徒はメガネをクイッと持ち上げ、黒板にでかでかと書かれた『体育祭』という文字を平手で叩く。


「僕らの絆が試される時! いまこそ力を合わせて立ち上がろうではないか!」


 その生徒は拳を天高く突き上げる。

 やりきった、そう言わんばかりの満足そうな表情をしている。

 その演説に一拍おいてからクラス全体がわっと盛り上がる。

「よっしゃぁ! やるぞ!」
「今年こそ優勝だ!」

 盛り上がるクラスに反比例するように湊の気持ちは下がっていく。湊は黒板の前でクラスの士気を高めたメガネの生徒――足立直樹を睨みつける。しかし直樹は気がついていないのかクラスメイトと一緒に盛り上がっていた。

「あはは、相変わらずなだな」

 一歩引いたところから和馬が朗らかに笑っていた。湊は反射的に声の聞こえた方を睨むと、和馬は両手を上げて笑った。

「あいつもよくやるよな。運動苦手なはずなんだけどな」

 和馬の言う通り、あんなにクラスを引っ張ろうとしている直樹は決して運動が得意ではなかった。むしろ体力測定ではクラスの後ろから数えた方が早いくらいだ。

 それでも彼がこんなにやる気を見せているのは、彼の掲げる信念にあった。


 常に全力に、高みを目指し、一番であれ。


 それは直樹がよく口にする言葉だった。出来ないから諦めるのではなく、出来ないからこそ全力を尽くせという意味だといつか朗々と語っていた。

 ゆえに彼はどんなことにでも全力だった。よくあるクラスの影にひっそりと収まるタイプでは無いのだ。


「如月! お前もしっかりやれよ! 持久力だけはあるんだから!」
「……チッ!」


 輪の外にいたのに直樹に指をさされ湊の機嫌はどん底にまで落ちていく。

「まぁまぁ、ええやないか。俺はこういうの好きやで」

 隣に立った千秋が笑う。湊は顔を顰めたまま隣を見ると、千秋が湊の方を向いていて思わずドキッとした。

 じっと見つめてくる千秋に湊は目を逸らしながら「なんだよ」とぶっきらぼうに聞く。


「あはは、こういうんは苦手か? まぁ、如月が率先してやっとるところは想像できひんけどな」
「わかるわー。湊ってクラス行事いつも面倒臭そうにしてるんだぜ」


 千秋の言葉に和馬が同乗する。二人から散々に言われた湊はさらに眉間の皺を深くする。

「だけど、こう見えて心の底ではお祭り事は楽しむタイプなんだぜ」

 同意を求めるように和馬が湊にウィンクする。湊はそれを跳ね返すように手で払うと威嚇するように睨みつけた。

「へぇ、そうなんや。じゃあ、もしかして今も実はワクワクしとるんか?」
「してねぇよ!」

 牙を剥くように歯ぎしりをしながら千秋の言葉を否定する。しかし否定すればすれほど千秋と和馬には肯定しているように見えて微笑ましい気持ちになる。

 生暖かい視線を送られて、さらに気分が悪くなった湊は口をへの字に曲げる。

「よーし! それではここからは我らが学級委員長に任せようじゃないか!」

 教室中に響き渡る大きな声で直樹は和馬にバトンタッチをする。和馬は笑いながら「最後までやってくれてもいいんだぞ」と茶化しつつ、教壇に向かっていく。

「じゃあ、僭越ながら直樹に変わって俺が……種目の確認と誰がどこに出るか決めていこう」

 教卓に手をつくと和馬は爽やかな笑顔を浮かべる。ボルテージが上がりきった生徒たちはやる気に満ちた声をあげる。

「じゃあ、私、書記やるね」
「お、じゃあ、よろしくな」

 和馬の後からおさげの髪型をした女子生徒が教壇に上がって白いチョークを手にする。

 彼女はこの学級の女子の学級委員である、高坂紅音だ。成績優秀、運動もできる文武両道で、部活は剣道部に所属している。真面目そうな性格をしているが、実は大雑把でよく失敗もしている。それでも、彼女の可愛らしい笑顔や柔らかい雰囲気が全てを許してしまう。


「まずは目玉競技のリレーの選手から決めるか」


 和馬が話し始めると後ろでは紅音が黒板に文字を書き始める。
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