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4話 体育祭 -前編-
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湊が冷静になったのを和馬も気がついていた。
「ありゃ、今日はあいつが近くにいないから正気に戻るのも早いんだな」
仕方がなさそうに肩を竦め、ちらっと前の方を見る。
誰のことだ、と思いその視線を追いかけると、キラキラとした笑顔を周囲に振り撒いている千秋が目に映る。
その瞬間、湊の心にもやっとした気持ちが溢れ出す。
しかし、それが何かわからず湊は心臓のあたりを摩りながら首を傾ける。和馬はそれを見ながら「相変わらずの鈍チンだな」と笑っていた。
「まぁ、そろそろ開会式も始まるだろうし、俺は行くな」
「また後でな、綾瀬。今日は絶対に優勝するぞ!」
先頭に戻ろうとした和馬に晶が拳を突き出す。和馬は同じように拳を突き出し、それにコツンと当てるとニッと笑った。そして、二人はちらっと湊の方を見た。
何を求められているか珍しくわかった湊は顔を引き攣らせる。
湊の心中を分かりながらも二人は拳を突き出した。じっと見てくる二対の瞳に気まずさを覚える。第一、こんなことをするのは湊の性格に合わない。
だけど、その時また前の方から笑い声が聞こえてきた。
ハッとして顔をあげると、湊が周囲の生徒の中心でふざけている様子が目に入る。他クラスの生徒も混じってみんなで笑い合う姿を見て、湊は自分の手を見た。
――高校生らしい、青春ってやつをやってみるのもいいかもしれない。
彼を見て、湊はそう考えた。
だから、ゆっくりと両手を上げて握り拳を作ると、控えめに和馬と晶の手にコツンとぶつけた。
「…………ん」
二人の手に触れた瞬間、和馬と晶は顔を見合わせた。一瞬の静寂の後、和馬は頭を撫でまわし、晶は肩を痛いぐらいの力で叩いてきた。
自分のやったことが遅れて恥ずかしくなった湊は、どちらの手も振り払った。
「やめろ、鬱陶しいな! これくらいで、いちいち騒ぐな!」
湊が顔を赤くさせて言うと、和馬は笑いながら「ごめんごめん」と軽く謝った。そして、今度こそ先頭に戻って行った。
晶はまだニヤニヤと笑っており、それが癪に触ったため後ろから晶の尻を蹴り飛ばすことにした。
そんな男子高校生のノリに、周囲にいた人はくすくすと笑っていた。そのざわめきは前の方にも伝わっており、千秋がちらっと湊の方を見ていた。
自分の時はあんな風に笑ってくれないのに――と、心の中でむすっとしていると後ろから和馬が戻ってくる。
和馬は不満そうな千秋の顔を見て、思いっきり吹き出して笑う。
「あはは、お前……その顔、湊にも見せてやりたいわ」
「楽しそうで何よりやん。俺といる時はいーっつも不機嫌そうなのにな!」
プリプリと怒ったフリをして和馬にやつ当たりをする。しかし、和馬は気にした様子はなく、二人のくっつきそうですれ違う様子に優しい笑みを漏らす。
「俺とおるんのしんどいんかな……」
珍しく弱気な様子を見せる千秋に和馬は背中を思いっきり叩く。思いの外大きな音が鳴って、周りの生徒が驚いていたが何よりも叩かれた本人が一番驚いていた。
「なーに弱気になってるんだよ。千秋のいいところは諦めずに相手と向き合うことだろ? それに、俺はお前だから応援するんだぞ」
和馬の言葉に千秋は顔をあげる。励ますように笑いながらもその瞳は真剣だった。
信じてるぞ、とその瞳は語っているようだった。
「ま、今日はお祭りみたいなもんだし、楽しんでいこうぜ。湊にかっこいい姿でも見せて惚れさせてやろうぜ」
ケラケラと笑いながら和馬は一番先頭に戻っていく。
千秋は和馬のような人と過去に出会ったことがなかった。千秋の嗜好を肯定して、励ましてくれる人なんていなかった。
それに、和馬だけじゃなくて、クラスメイトも千秋のことを否定しなかった。転校初日でカミングアウトしてからも、クラスメイトたちは優しく、受け入れてくれた。そのことがむず痒くて、ほわほわとした温かい気持ちが足元から湧き上がってくるようだ。
千秋はチラッと後ろを見る。湊の方を見ると彼も千秋のことを見ていたようで、バチっと視線が絡み合う。
湊は一瞬顔を顰めたが、すぐにむすっとした顔に戻り、口をぱくぱくと動かした。
「こっち見るな」と、言っているようだった。
遠目で見る表情からは怒っているようにも見えたが、そうじゃないようにも見えた。
だけど、千秋にはどっちでも良かった。湊も千秋の方を見ていてくれたことが嬉しかった。
千秋はべっと舌を出すと手を振って前を向く。湊がどんな反応をしてくれているのか、想像するだけで楽しかった。
そんなことをしていると準備が整ったのか体育祭の実行委員が白い台座に登った。
「ありゃ、今日はあいつが近くにいないから正気に戻るのも早いんだな」
仕方がなさそうに肩を竦め、ちらっと前の方を見る。
誰のことだ、と思いその視線を追いかけると、キラキラとした笑顔を周囲に振り撒いている千秋が目に映る。
その瞬間、湊の心にもやっとした気持ちが溢れ出す。
しかし、それが何かわからず湊は心臓のあたりを摩りながら首を傾ける。和馬はそれを見ながら「相変わらずの鈍チンだな」と笑っていた。
「まぁ、そろそろ開会式も始まるだろうし、俺は行くな」
「また後でな、綾瀬。今日は絶対に優勝するぞ!」
先頭に戻ろうとした和馬に晶が拳を突き出す。和馬は同じように拳を突き出し、それにコツンと当てるとニッと笑った。そして、二人はちらっと湊の方を見た。
何を求められているか珍しくわかった湊は顔を引き攣らせる。
湊の心中を分かりながらも二人は拳を突き出した。じっと見てくる二対の瞳に気まずさを覚える。第一、こんなことをするのは湊の性格に合わない。
だけど、その時また前の方から笑い声が聞こえてきた。
ハッとして顔をあげると、湊が周囲の生徒の中心でふざけている様子が目に入る。他クラスの生徒も混じってみんなで笑い合う姿を見て、湊は自分の手を見た。
――高校生らしい、青春ってやつをやってみるのもいいかもしれない。
彼を見て、湊はそう考えた。
だから、ゆっくりと両手を上げて握り拳を作ると、控えめに和馬と晶の手にコツンとぶつけた。
「…………ん」
二人の手に触れた瞬間、和馬と晶は顔を見合わせた。一瞬の静寂の後、和馬は頭を撫でまわし、晶は肩を痛いぐらいの力で叩いてきた。
自分のやったことが遅れて恥ずかしくなった湊は、どちらの手も振り払った。
「やめろ、鬱陶しいな! これくらいで、いちいち騒ぐな!」
湊が顔を赤くさせて言うと、和馬は笑いながら「ごめんごめん」と軽く謝った。そして、今度こそ先頭に戻って行った。
晶はまだニヤニヤと笑っており、それが癪に触ったため後ろから晶の尻を蹴り飛ばすことにした。
そんな男子高校生のノリに、周囲にいた人はくすくすと笑っていた。そのざわめきは前の方にも伝わっており、千秋がちらっと湊の方を見ていた。
自分の時はあんな風に笑ってくれないのに――と、心の中でむすっとしていると後ろから和馬が戻ってくる。
和馬は不満そうな千秋の顔を見て、思いっきり吹き出して笑う。
「あはは、お前……その顔、湊にも見せてやりたいわ」
「楽しそうで何よりやん。俺といる時はいーっつも不機嫌そうなのにな!」
プリプリと怒ったフリをして和馬にやつ当たりをする。しかし、和馬は気にした様子はなく、二人のくっつきそうですれ違う様子に優しい笑みを漏らす。
「俺とおるんのしんどいんかな……」
珍しく弱気な様子を見せる千秋に和馬は背中を思いっきり叩く。思いの外大きな音が鳴って、周りの生徒が驚いていたが何よりも叩かれた本人が一番驚いていた。
「なーに弱気になってるんだよ。千秋のいいところは諦めずに相手と向き合うことだろ? それに、俺はお前だから応援するんだぞ」
和馬の言葉に千秋は顔をあげる。励ますように笑いながらもその瞳は真剣だった。
信じてるぞ、とその瞳は語っているようだった。
「ま、今日はお祭りみたいなもんだし、楽しんでいこうぜ。湊にかっこいい姿でも見せて惚れさせてやろうぜ」
ケラケラと笑いながら和馬は一番先頭に戻っていく。
千秋は和馬のような人と過去に出会ったことがなかった。千秋の嗜好を肯定して、励ましてくれる人なんていなかった。
それに、和馬だけじゃなくて、クラスメイトも千秋のことを否定しなかった。転校初日でカミングアウトしてからも、クラスメイトたちは優しく、受け入れてくれた。そのことがむず痒くて、ほわほわとした温かい気持ちが足元から湧き上がってくるようだ。
千秋はチラッと後ろを見る。湊の方を見ると彼も千秋のことを見ていたようで、バチっと視線が絡み合う。
湊は一瞬顔を顰めたが、すぐにむすっとした顔に戻り、口をぱくぱくと動かした。
「こっち見るな」と、言っているようだった。
遠目で見る表情からは怒っているようにも見えたが、そうじゃないようにも見えた。
だけど、千秋にはどっちでも良かった。湊も千秋の方を見ていてくれたことが嬉しかった。
千秋はべっと舌を出すと手を振って前を向く。湊がどんな反応をしてくれているのか、想像するだけで楽しかった。
そんなことをしていると準備が整ったのか体育祭の実行委員が白い台座に登った。
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