ハッピーシュガーソーダ

豆茶

文字の大きさ
24 / 28
4話 体育祭 -前編-

4-4

しおりを挟む
 あれ、というのは円陣のことだ。よく運動部がやる、気合を入れるためのその文化が湊には肌に合わなかった。できることならやりたくないという意を込めて怖い形相で睨んでみるが、裕也は気にした様子もなく湊の腕を引っ張っていく。

 裕也はどちらかというと千秋のような強引さを持ち合わせており、湊は拒むに拒めなかった。これが、和馬のような人だったら、ひたすら文句を垂れ流すところだったが、根っからの善人である裕也にそれはできなかった。


「相変わらず、湊はこういうみんなで何かするの苦手なんだな」


 スポーツ用のメガネをかけた小柄な生徒がニヤニヤと笑っている。彼も身長は低いがバレーボール部に所属しており、そこそこ勉強もできる男だった。小柄な生徒――加藤朔夜は引っ張られてくる湊の腰のあたりをバシバシと叩いてくる。

「去年もやってるんだから、もう慣れても良いのにな」と、裕也は笑っている。それに他のチームメンバーも笑って頷く。

 湊はこういう和気藹々とした雰囲気が苦手だった。とっつきにくいはずの湊に対して誰も尻込みしない。むしろ、暖かく迎えようとしてくれる。そういう態度に湊はどう返せば良いのかわからなくなる。

「よし、湊もほら、肩に手を回せって」

 裕也と朔夜が誘導するように湊の手を肩に持っていく。無理やり円陣の輪に入れられた湊の機嫌は谷底まで落ちていく。

 それを分かりながらも裕也たちは楽しそうに笑っている。

「絶対に優勝するぞ! そんでもって、みんなで打ち上げしような!」

 裕也たちは顔を突き合わせて互いにエールを送り合う。

「それ、打ち上げがメインのやつじゃん」と、茶化したように湊と同じように背の高い生徒――逢瀬龍之介が言う。すると隣でくすくすと笑いながら力強く立川理玖という生徒が頷く。

「えー、そんなことないって。ちゃんと、勝って、美味い飯食おうぜって言ってるだけじゃん」

 メンバーに笑われた裕也は不満そうに口を尖らせている。しかし、次の瞬間には真剣な眼差しでそれぞれの顔をじっと見ていた。

 湊はその真剣な瞳を見て、弓を射ろうとした千秋のまっすぐな瞳を思い出す。

 なんでこんな時まで千秋のことを思い出さなきゃいけないんだ、と心の中でぼやきつつ頭から千秋のことを追い出す。

 その時、ふと湊はこういう時千秋ならどうするんだろうと考えた。



 ――きっとあいつなら、一緒にふざけながら、でも真面目にやるんだろうな。



 それなら、と湊は思い直して自分の意思で円陣に加わりにいく。

 肩に乗せられた手に力が入ったのを裕也と朔夜は感じていた。二人は気づかれないように湊の方を見てから、嬉しさで口がにやけそうになるのを必死に堪えた。

 一匹狼みたいに人と関わるのが少し苦手な湊。

 そんな奴が、変わりつつあるのがわかって二人も嬉しかった。

「よっしゃ! やるぞ! 絶対に勝って、勝って、勝っていくぞ!」

 裕也が合図を出すと、みんなが「おー!」と言って気合を入れ直す。湊は声こそ出さなかったが、一緒に足を一歩前に踏み出した。

 そのわずかな変化に、クラスメイトたちは気づき、心の中で笑う。表に見せてしまったら、警戒心の強い猫はすぐに逃げてしまうだろうから。

 そうして終わった円陣の後、第一試合が始まる。

 本格的な試合とは違って十五点先取もしくは決められた時間内でより多くの点数をとった方が次の試合に進める。

 湊たちA組の対戦相手はC組だった。C組は湊たちと同じようにバレーボール部員が二人チームにいるらしく、ネットを挟んで裕也と朔夜は気軽に話しかけている。公式の試合ではないため、じゃんけんでサーブの権利が決まった。

 チームリーダーでもある裕也はじゃんけんに負けたようで他メンバーに小言を言われながら笑っている。

「ま、相手がどんなサーブ打ってきても、俺らが取るさ。な、朔夜!」
「ボール取るのが俺の仕事だからな。如月が取れない分も俺に任せろな」

 裕也と朔夜はやはり部活の仲間であるからその掛け合いも道に入っていた。そして無駄に朔夜に背中を叩かれた湊は舌打ちをした。下手に押し返したら小さな朔夜が転んでしまうのではないかと思うと、動くことができなかった。それが優しさなのだということに、本人は気が付いていなかった。

「龍之介と理玖はとにかくボールを上げてくれればいいぞ。それで、湊は相手のボールをブロックしてくれればいい。アタックは打てそうな奴が打つって感じにするとして……とにかく、ボールを上げていこう!」

 裕也がテキパキと作戦を話しながらそれぞれがポジションにつく。セッターに裕也、アタッカーに龍之介と湊、後衛に咲夜と理玖が立つ。そして、相手もポジションにつき、ホイッスルの音が鳴り響き試合が始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

僕を守るのは、イケメン先輩!?

BL
 僕は、なぜか男からモテる。僕は嫌なのに、しつこい男たちから、守ってくれるのは一つ上の先輩。最初怖いと思っていたが、守られているうち先輩に、惹かれていってしまう。僕は、いったいどうしちゃったんだろう?

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

推し活で出会った人と

さくら優
BL
二次元男性アイドルにハマっている川瀬理人は、ぼっち参戦したライブで隣の席になった人と翌日偶然再会。食事に誘われ、初の推し友に浮かれる理人だったのだけれど―― ※この物語はフィクションであり、実際の人物·団体·既存のコンテンツとは関係ありません。

処理中です...