ハッピーシュガーソーダ

豆茶

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4話 体育祭 -前編-

4-5

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 第一投はバレー部員のサーブから始まる。ふわっと浮いたボールを追いかけるように相手選手が空を飛ぶ。まるで羽が生えたように軽々と空を飛んだ彼は正確にボールの芯を捉える。

 鋭い音と共にボールが飛んでくる。そのボールはまっすぐに理玖の方に飛んでいく。理玖は「狙うのはやっぱりこっちだよな」と毒吐きながらボールを拾う。バレー部員ではない理玖だったが、なんとかボールを前方に送ることができた。

 ボールはセッターの裕也のところに行き、裕也はその場で垂直に飛び上がった。

 パッと裕也から放たれたボールがスローモーションのように湊には見えていた。目の前では相手選手がブロックするためにタイミングを押し測っていた。

 湊はネットから少し離れたところから助走をつけてダンっと跳躍する。元々の身長の高さもあって、空を飛ぶ彼はまるで鳥のように自由だった。

 大きく振りかぶった手をボールに合わせて振り下ろす。

 しかし、その手は何も捉えることはなかった。

 ターンと音を立てながらボールが場外に転がっていく。

 地面に足をつけた湊はギギギっとロボットのように顔を横に向ける。ボールは湊の頭上を超えて場外に落ちていた。

 やってしまった、と思った時に後ろから衝撃が走った。

「あはは! さすがやな、湊! お前、去年から何も成長してないじゃん!」

 固まる湊の背中を走り寄ってきた裕也がバシバシと痛いくらい何度も叩く。そして、他のメンバーも走って湊のもとにやってくると腹を抱えて笑い合っている。

 みんなに笑われた湊は失敗した罪悪感より恥ずかしさの方が勝ってしまい「うるせーな! 仕方がないだろ!」とつい言い返してしまった。

「いやいや、悪い。お前の運動能力の無さを知ってはいたけど、万が一があるだろ?」
「…………万が一ってなんだよ」
「もしかしたら、去年より運動ができるようになってる、とか? ま、そんなことなかったけどな!」

 揶揄うように裕也が笑うと、周囲もドッと笑い始める。湊はわなわなと体を震わせると、火山が噴火したように顔を真っ赤にして怒り出す。

「あーもー、黙れよ! いいだろ、別に、運動ができなくても!」

 湊は身長も高く、体格もいい。そのため、一見すると運動ができそうに見えるがそんなことはなかった。

 走る足は平均的だったが、水泳を除くその他の競技はほとんどできない。動かすイメージがあっても、体が追いつかないのだ。
 それでも、バスケットボールならゴール下でゴールを入れるだけとか、バレーボールなら相手のボールをブロックするだけとか。身長を生かした戦法をその時々で考えてなんとかしていた。

 去年も同じクラスで、一緒にバレーをやった裕也はそれを知っていてあえて湊にボールをパスしたのだ。失敗するとわかっていて、一縷の望みにかけた。

 結果は言うまでもなく。

 場外で転がるボールが悲しそうだった。

「はー、笑った。よしよし、湊の実力もよくわかったし、ここからは本気でやるか」

 目尻に浮かんだ涙を拭いながら裕也が喝を入れる。その言葉に同じように笑っていたそれぞれが真剣な顔をする。

 それはまるで魔法のような言葉だった。

 彼の一言でチームの空気がガラリと変わるのを肌で感じた。

 ――てか、最初から真面目にやれよ。

 口を尖らせながら心の中で文句を言っていると朔夜が近づいてくる。

「あいつなりの緊張をほぐす方法だったんだよ。そんなに不機嫌そうになるなよ」
「……もっと他に方法あっただろ」
「かもな。だけど、楽になっただろ? うまくやれなくても、できることが少なくても気にすんな。それをカバーするために俺たちがいるんだから」

 その言葉に渋々顔をあげるとそれぞれの持ち場に戻っていくメンバーの背中が目に入る。

 深く息を吐き出して気持ちを落ち着かせる。

 湊はポケットからヘアゴムを取り出し、肩まである髪を一括りにする。それは彼なりの気合いの入れ方だった。
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