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4話 体育祭 -前編-
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声のした方にみんなで顔を向けると丸いメガネをかけたショートヘアの女子生徒がこちらを指さして立っていた。その隣にはさらさらとした長い髪を高い位置で一つにまとめた生徒も立っていた。
「あー! 千枝ちゃんに梨沙ちゃんだ! 二人は何してるの?」
「二人を探してたんだよ」
梨沙はポケットからスマートフォンを取り出しながら三人に近づいてくる。
「手芸部メンバーで記念撮影をしようと思って探してたのよ」と、千枝も梨沙の後ろについてくる。
「あら? あなたは……神原千秋さん?」
千枝は確認するように千秋に視線を向ける。
「そうやで。あんたらは……」
「メガネをかけてるのが天野梨沙。長髪が鈴木千枝だ。二人とも俺たちと一緒で手芸部のメンバーだ」
片手をあげて新しくきた二人を迎えた満が千秋のために紹介してくれる。
「あれー? 湊ちゃんはいないの?」
優奈がキョロキョロとあたりを探している。すると梨沙は苦虫を潰したように顔を顰めた。
「あいつ……さっきまでそこにいたのに、逃げやがったわね」
「おおかた、怖気付いて逃げたのよ……私が引っ張ってくるから、ちょっと待ってて」
朗らかに笑っていたのに、つい寒気を感じるような冷たい雰囲気を醸し出した千枝がそっとその場を離れる。
「本当に、あいつには手を焼かされるわ……それで? 転校生くんは湊とどうなの?」
「……は? え、なんの……」
ニヤニヤと笑う梨沙の言葉に千秋は一瞬困惑したような顔を見せたが、すぐに顔を真っ赤に染めた。
「な、なんでや……なんで、あんたらが……」と、戸惑いの声をあげると、梨沙は自慢げに笑った。
「私たちの情報網をなめないでよね。転校生くんが湊のこと良く思ってることは把握済みよ」
それに、と梨沙は言葉を続けながら千秋の顔に指を突きつける。
「あの時、あんた逃げたでしょ。私たちが仲良さげなの見て」
梨沙の言うあの時とは、自販機前で湊と梨沙、優奈が話した時のことだ。確かに、千秋はあの日、仲の良い三人の会話を輪の外から見て逃げ出した。
自分には見せてくれない柔らかい表情を見て、嫉妬したのだ。
そのことも彼女たちにはバレているのか、と思うと千秋はズルズルとその場にしゃがみ込むしかなかった。
顔が真っ赤になったのは日差しのせいではないだろう。
千秋は恥ずかしさから手で顔を覆った。そして、指の隙間からちらっと彼女たちを見上げる。
「逃げたかったんとちゃうんよ……だけど、体が勝手に動いとって、それで……」
「いいのよ、別に。湊の面白い顔も見れたし、私としては気にしてないわ」
それよりも、と梨沙は千秋の横にしゃがみ込むとそっと耳元に顔を近づける。一瞬なにをされるのかと思い、ドキッとした。しかし、その後に続いあ言葉によって千秋はその場にひっくり返ることになる。
「それで、いつ告白するの?」
「は? ……はぁ!? なにいうとるん!?」
「好きなんでしょ? なら告白するっきゃないでしょ」
「……す、きやけど、そうはならんやろ」
千秋が気まずそうに視線を逸らすと梨沙は不思議そうな顔をしている。おかしなことでも言いましたか、と言わんばかりの様子に千秋は深くため息を漏らす。
「まだ、ちゃんと友達になれてるかも怪しいのに、そこぶっ飛ばして好きですはないやろ……」
「そう? 別におかしな話でもないんじゃない?」
同意を求めるように梨沙は優奈と満の方を見る。優奈はニコニコと笑い、満は千秋のことを可哀想なものを見る目つきで見ていた。
「お前……やめてやれよ。千秋が可哀想だろ」
「私は梨沙ちゃんにさんせーい! きっと湊ちゃんも喜ぶよ-!」
温度差のある反応だったが、梨沙は満足そうに千秋に「ほら、みんな賛成してるよ」と笑う。
「いや、みんなって言うてもな……」
「いいじゃない。勢いが大事になる時もあるよ……あ、ほら、湊たちこっちに来たよ」
そういうと梨沙は立ち上がりなが千秋の腕を引っ張る。千秋は体勢を崩しながら、抵抗するが結局梨沙に連れて行かれてしまう。
人混みの向こうから背中を押されながら嫌々こちらに向かってくる湊の姿が見えた。
うざったそうに背中を叩く千枝のことを睨んでいるが、千枝は気にした様子がなかった。中の良さそうな二人の様子に千秋の心はチクっと痛む。
付き合いの長さが短い分、自分が不利なことはよくわかっているつもりだった。
だけど、それでも嫌なものは嫌なのだ。
千秋は無意識のうちに足が前に出ていた。そして、生徒たちの間をするすると小走りで駆け抜けていく。その場に取り残された梨沙は目を丸くしながらも、優しく笑って千秋の背中を見守っていた。
「如月ーっ!」
湊の前までくると千秋は湊に向かってジャンプした。よそ見をせずに千秋のことを見ていた湊はその体を難なく受け止める。
千秋が抱きついた勢いのまま二人はその場でクルクルと回る。
「あっぶないな、お前……急に抱きついてくるなよ!」
湊は怒ったように目を釣り上げるが、体はしっかりと千秋のことを支えていた。そのことに気がついた千秋は湊の胸の中で笑いを堪える。
しかし、湊には振動で伝わっていたようで不機嫌そうに「なに笑ってるんだよ」と言われる。
千秋は湊に抱きついたまま顔をあげると、ニシシと笑う。
自分だけを見ていて欲しいとか、他の人と仲良くしないで欲しいとか、醜い独占欲が千秋の中を渦巻いていた。
だけど、湊に会って、彼の体温に触れたら、いろんなことがどうでもよくなってしまった。
「俺な、リレーの予選通ったんやで! 絶対に決勝を見にきてや!」
「わかった、わかったから離れろ!」
ぐいぐいっと湊に肩を押されても、それ以上の力で千秋は抱きしめた。もう少しだけ、この腕の中にいたって神様も文句は言わないだろう。
「あー! 千枝ちゃんに梨沙ちゃんだ! 二人は何してるの?」
「二人を探してたんだよ」
梨沙はポケットからスマートフォンを取り出しながら三人に近づいてくる。
「手芸部メンバーで記念撮影をしようと思って探してたのよ」と、千枝も梨沙の後ろについてくる。
「あら? あなたは……神原千秋さん?」
千枝は確認するように千秋に視線を向ける。
「そうやで。あんたらは……」
「メガネをかけてるのが天野梨沙。長髪が鈴木千枝だ。二人とも俺たちと一緒で手芸部のメンバーだ」
片手をあげて新しくきた二人を迎えた満が千秋のために紹介してくれる。
「あれー? 湊ちゃんはいないの?」
優奈がキョロキョロとあたりを探している。すると梨沙は苦虫を潰したように顔を顰めた。
「あいつ……さっきまでそこにいたのに、逃げやがったわね」
「おおかた、怖気付いて逃げたのよ……私が引っ張ってくるから、ちょっと待ってて」
朗らかに笑っていたのに、つい寒気を感じるような冷たい雰囲気を醸し出した千枝がそっとその場を離れる。
「本当に、あいつには手を焼かされるわ……それで? 転校生くんは湊とどうなの?」
「……は? え、なんの……」
ニヤニヤと笑う梨沙の言葉に千秋は一瞬困惑したような顔を見せたが、すぐに顔を真っ赤に染めた。
「な、なんでや……なんで、あんたらが……」と、戸惑いの声をあげると、梨沙は自慢げに笑った。
「私たちの情報網をなめないでよね。転校生くんが湊のこと良く思ってることは把握済みよ」
それに、と梨沙は言葉を続けながら千秋の顔に指を突きつける。
「あの時、あんた逃げたでしょ。私たちが仲良さげなの見て」
梨沙の言うあの時とは、自販機前で湊と梨沙、優奈が話した時のことだ。確かに、千秋はあの日、仲の良い三人の会話を輪の外から見て逃げ出した。
自分には見せてくれない柔らかい表情を見て、嫉妬したのだ。
そのことも彼女たちにはバレているのか、と思うと千秋はズルズルとその場にしゃがみ込むしかなかった。
顔が真っ赤になったのは日差しのせいではないだろう。
千秋は恥ずかしさから手で顔を覆った。そして、指の隙間からちらっと彼女たちを見上げる。
「逃げたかったんとちゃうんよ……だけど、体が勝手に動いとって、それで……」
「いいのよ、別に。湊の面白い顔も見れたし、私としては気にしてないわ」
それよりも、と梨沙は千秋の横にしゃがみ込むとそっと耳元に顔を近づける。一瞬なにをされるのかと思い、ドキッとした。しかし、その後に続いあ言葉によって千秋はその場にひっくり返ることになる。
「それで、いつ告白するの?」
「は? ……はぁ!? なにいうとるん!?」
「好きなんでしょ? なら告白するっきゃないでしょ」
「……す、きやけど、そうはならんやろ」
千秋が気まずそうに視線を逸らすと梨沙は不思議そうな顔をしている。おかしなことでも言いましたか、と言わんばかりの様子に千秋は深くため息を漏らす。
「まだ、ちゃんと友達になれてるかも怪しいのに、そこぶっ飛ばして好きですはないやろ……」
「そう? 別におかしな話でもないんじゃない?」
同意を求めるように梨沙は優奈と満の方を見る。優奈はニコニコと笑い、満は千秋のことを可哀想なものを見る目つきで見ていた。
「お前……やめてやれよ。千秋が可哀想だろ」
「私は梨沙ちゃんにさんせーい! きっと湊ちゃんも喜ぶよ-!」
温度差のある反応だったが、梨沙は満足そうに千秋に「ほら、みんな賛成してるよ」と笑う。
「いや、みんなって言うてもな……」
「いいじゃない。勢いが大事になる時もあるよ……あ、ほら、湊たちこっちに来たよ」
そういうと梨沙は立ち上がりなが千秋の腕を引っ張る。千秋は体勢を崩しながら、抵抗するが結局梨沙に連れて行かれてしまう。
人混みの向こうから背中を押されながら嫌々こちらに向かってくる湊の姿が見えた。
うざったそうに背中を叩く千枝のことを睨んでいるが、千枝は気にした様子がなかった。中の良さそうな二人の様子に千秋の心はチクっと痛む。
付き合いの長さが短い分、自分が不利なことはよくわかっているつもりだった。
だけど、それでも嫌なものは嫌なのだ。
千秋は無意識のうちに足が前に出ていた。そして、生徒たちの間をするすると小走りで駆け抜けていく。その場に取り残された梨沙は目を丸くしながらも、優しく笑って千秋の背中を見守っていた。
「如月ーっ!」
湊の前までくると千秋は湊に向かってジャンプした。よそ見をせずに千秋のことを見ていた湊はその体を難なく受け止める。
千秋が抱きついた勢いのまま二人はその場でクルクルと回る。
「あっぶないな、お前……急に抱きついてくるなよ!」
湊は怒ったように目を釣り上げるが、体はしっかりと千秋のことを支えていた。そのことに気がついた千秋は湊の胸の中で笑いを堪える。
しかし、湊には振動で伝わっていたようで不機嫌そうに「なに笑ってるんだよ」と言われる。
千秋は湊に抱きついたまま顔をあげると、ニシシと笑う。
自分だけを見ていて欲しいとか、他の人と仲良くしないで欲しいとか、醜い独占欲が千秋の中を渦巻いていた。
だけど、湊に会って、彼の体温に触れたら、いろんなことがどうでもよくなってしまった。
「俺な、リレーの予選通ったんやで! 絶対に決勝を見にきてや!」
「わかった、わかったから離れろ!」
ぐいぐいっと湊に肩を押されても、それ以上の力で千秋は抱きしめた。もう少しだけ、この腕の中にいたって神様も文句は言わないだろう。
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