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9話 兄の問い
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リリーがオリヴィエと話していると、東屋にエルリックが入ってきた。
「ここにいたのか、リリー。それに母さんも」
疲れた様子で乱暴に髪をかきあげながらエルリックは二人の顔を交互に見る。
「母さん、体は大丈夫なのかよ。あんまり無茶すると父さんが泣きますよ」
「エルリックも心配してくれてありがとう。でも、今日はなんだか気分がいいの。久しぶりに二人の顔が見れたからかもしれないわ」
穏やかに笑うオリヴィエにエルリックは気まずそうに視線を逸らす。彼の耳はほんのりと赤く染まっており、態度とは裏腹に照れていることがわかり、リリーもオリヴィエと同じように笑みを浮かべる。
「あー、もう。なんだよ、そんな生暖かい視線を俺に送ってくるな!」
子猫が威嚇するようにエルリックが目を釣り上げるが、それすらも照れ隠しだとわかってしまったためリリーはつい声に出して笑ってしまった。エルリックは不服そうに顔を歪めたが、すぐに深呼吸をして気持ちを切り替える。次に彼が顔を上げた時には、真剣な表情でリリーを見ていた。
「リリー、先日の重要参考人として王城への出廷が命じられた。今から一緒に向かうぞ」
「……重要参考人?」
街中で襲われた一件を知らないオリヴィエは不思議そうに首を傾けている。リリーは慌てて立ち上がると、母に向かって「ルイス王子とのことです、お母様」と言いながらエルリックの隣に立つ。
エルリックは「そのことじゃ……」と言いかけるがリリーが背中をつねることで言葉を無理やり止める。
「ルイス王子とのことでまだ細かい手続きが残っているんです。重要参考人というのはお兄様の言葉のあやです」
オリヴィエがそうなのかとエルリックを見つめる。彼はリリーのただならぬ気配に思わず首を縦に振って彼女の言葉に同意を示す。
「そう……ならいいのだけれど。何かあれば、すぐに相談するのですよ?」
「はい、お母様。今日はご一緒できて嬉しかったです」
はにかむような笑顔がこぼれ、リリーの瞳の奥が柔らかく揺れる。母と過ごせた時間に嬉しそうに目を細めると、オリヴィエも同じように顔を綻ばせると、頬をほんのりと赤く染めた。
「私も、久しぶりにリリーと一緒に過ごせて楽しかったわ。エルリック、リリーのことをお願いね」
オリヴィエも立ち上がるとエルリックにも笑みを浮かべる。彼は照れたように頬を掻くと了承するように小さく頷いた。
「もちろん。母さんも、体調には気をつけてください」
「ふふ、ありがとう、エルリック」
くすくすと笑いながらオリヴィエはメイドと一緒に別邸に戻っていく。病弱ではあるが、背筋の伸びた背中から、母としての強さと誇りが垣間見える。侯爵夫人として、体の弱いオリヴィエは後ろ指を刺されることもあるが、彼女が下を向かず前を向いて歩けるのは覚悟があるからなのかもしれない。
そんなことを思いながらリリーはオリヴィエを最後まで見送る。
「……なんで、さっき止めたんだよ」
母の姿が庭園から完全に見えなくなると、エルリックは不機嫌そうに顔を歪める。オリヴィエの前では澄ました顔をしていた彼だが、リリーだけになるとすぐにガラの悪さを表に出してきた。
あからさまなその態度の違いにリリーは内心で呆れたようにため息を吐く。
「お母様は昨日の街での一件を知らされていないようなので」
「そうなのかよ……それは悪かったな」
乱雑に頭を掻きながらエルリックは小さく謝罪の言葉を口にする。リリーは兄からその言葉が出てくるとは思っていなかったので、驚きで目を丸くし、彼のことを見上げた。
「なんだよ……俺だって謝ることくらいあるに決まってるだろ」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くエルリック。子供っぽい仕草にリリーは思わず笑ってしまう。
少し前の、「リリー」が表に立っていた時にはエルリックはそもそも彼女と話そうとしなかった。それに謝ることなんて絶対にしなかっただろう。
「物語」とは違う兄の様子に、少しは自分の人生を歩いていっているのではないかと、嬉しくなる。
「なんにしても、だ。昨日の事件の詳細について調査をしているから、お前にも協力してもらうぞ」
「わかりました。お兄様と一緒に王城に行きます」
リリーの返答に満足したようにエルリックは頷き返し、二人は庭園から離れる。
家の玄関の前には馬車が用意されていた。御者が馬の毛並みを梳いているところにエルリックたちがやってくると、御者は深く頭を下げる。そして、馬車の扉を開くと、二人を中へと誘導する。
リリーたちが中に入ったのを確認すると、御者は馬を走らせ始める。
「ジュリエットの死因は自殺で間違いないのですか?」
「そうだ。俺たちの目の前で、首を絞めて死んだ。だが――」
「光の拘束を受けながら、それほどの力がどこにあったのか」
ジュリエットは気道を塞いで死んだというわけではなく、首の骨を自分で折って死んだのだ。光の拘束を受けた状態で、体を動かすのも難しいはずなのに、彼女は自分の首に手をかけた。
いくら正気ではなかったとはいえ、その力は一体どこから出てきたのか。
「今それを調べてるんだ。それは専門家に任せるとして、お前だよ」
エルリックの言葉にリリーは顔をあげる。
「ジュリエットはなんでお前を狙ったんだ」
詰問するような言い方に思わず眉間に皺を寄せる。エルリックの質問に答えられるならどれほど良かったことか。
理由も彼女の発言の意図もわからないからこそ、リリーも頭を悩ませているのに。
「お前も何もわからないって言うんだな」
「私も……?」
「ヴィンセント殿下にも同じ取り調べをしたんだよ。一国の王子とはいえ、事件の当事者だからな」
もしもジュリエットが狙ったのがヴィンセントだったら、それは国同士の問題に繋がる。今回の事件は直接的にヴィンセントに被害が及んだわけではないが、事情は確認する必要があったのだろう。
「殿下は終始何もわからないという態度を貫かれていた。それが本当なのかはわからないがな」
疲れたように大きなため息を吐きながらエルリックは窓枠に肘をつける。
「なぁ、リリー」
事件の話は一旦横に置いておくことにしたのか、エルリックは窓の外を見つめながら世間話をするように話しかける。リリーはそんな兄の横顔を見つめつつ、彼の言葉を待つ。
馬車の走る音と、二人の呼吸音だけが響く。そして、訪れる一瞬の静寂。
「――お前は誰だ?」
「ここにいたのか、リリー。それに母さんも」
疲れた様子で乱暴に髪をかきあげながらエルリックは二人の顔を交互に見る。
「母さん、体は大丈夫なのかよ。あんまり無茶すると父さんが泣きますよ」
「エルリックも心配してくれてありがとう。でも、今日はなんだか気分がいいの。久しぶりに二人の顔が見れたからかもしれないわ」
穏やかに笑うオリヴィエにエルリックは気まずそうに視線を逸らす。彼の耳はほんのりと赤く染まっており、態度とは裏腹に照れていることがわかり、リリーもオリヴィエと同じように笑みを浮かべる。
「あー、もう。なんだよ、そんな生暖かい視線を俺に送ってくるな!」
子猫が威嚇するようにエルリックが目を釣り上げるが、それすらも照れ隠しだとわかってしまったためリリーはつい声に出して笑ってしまった。エルリックは不服そうに顔を歪めたが、すぐに深呼吸をして気持ちを切り替える。次に彼が顔を上げた時には、真剣な表情でリリーを見ていた。
「リリー、先日の重要参考人として王城への出廷が命じられた。今から一緒に向かうぞ」
「……重要参考人?」
街中で襲われた一件を知らないオリヴィエは不思議そうに首を傾けている。リリーは慌てて立ち上がると、母に向かって「ルイス王子とのことです、お母様」と言いながらエルリックの隣に立つ。
エルリックは「そのことじゃ……」と言いかけるがリリーが背中をつねることで言葉を無理やり止める。
「ルイス王子とのことでまだ細かい手続きが残っているんです。重要参考人というのはお兄様の言葉のあやです」
オリヴィエがそうなのかとエルリックを見つめる。彼はリリーのただならぬ気配に思わず首を縦に振って彼女の言葉に同意を示す。
「そう……ならいいのだけれど。何かあれば、すぐに相談するのですよ?」
「はい、お母様。今日はご一緒できて嬉しかったです」
はにかむような笑顔がこぼれ、リリーの瞳の奥が柔らかく揺れる。母と過ごせた時間に嬉しそうに目を細めると、オリヴィエも同じように顔を綻ばせると、頬をほんのりと赤く染めた。
「私も、久しぶりにリリーと一緒に過ごせて楽しかったわ。エルリック、リリーのことをお願いね」
オリヴィエも立ち上がるとエルリックにも笑みを浮かべる。彼は照れたように頬を掻くと了承するように小さく頷いた。
「もちろん。母さんも、体調には気をつけてください」
「ふふ、ありがとう、エルリック」
くすくすと笑いながらオリヴィエはメイドと一緒に別邸に戻っていく。病弱ではあるが、背筋の伸びた背中から、母としての強さと誇りが垣間見える。侯爵夫人として、体の弱いオリヴィエは後ろ指を刺されることもあるが、彼女が下を向かず前を向いて歩けるのは覚悟があるからなのかもしれない。
そんなことを思いながらリリーはオリヴィエを最後まで見送る。
「……なんで、さっき止めたんだよ」
母の姿が庭園から完全に見えなくなると、エルリックは不機嫌そうに顔を歪める。オリヴィエの前では澄ました顔をしていた彼だが、リリーだけになるとすぐにガラの悪さを表に出してきた。
あからさまなその態度の違いにリリーは内心で呆れたようにため息を吐く。
「お母様は昨日の街での一件を知らされていないようなので」
「そうなのかよ……それは悪かったな」
乱雑に頭を掻きながらエルリックは小さく謝罪の言葉を口にする。リリーは兄からその言葉が出てくるとは思っていなかったので、驚きで目を丸くし、彼のことを見上げた。
「なんだよ……俺だって謝ることくらいあるに決まってるだろ」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くエルリック。子供っぽい仕草にリリーは思わず笑ってしまう。
少し前の、「リリー」が表に立っていた時にはエルリックはそもそも彼女と話そうとしなかった。それに謝ることなんて絶対にしなかっただろう。
「物語」とは違う兄の様子に、少しは自分の人生を歩いていっているのではないかと、嬉しくなる。
「なんにしても、だ。昨日の事件の詳細について調査をしているから、お前にも協力してもらうぞ」
「わかりました。お兄様と一緒に王城に行きます」
リリーの返答に満足したようにエルリックは頷き返し、二人は庭園から離れる。
家の玄関の前には馬車が用意されていた。御者が馬の毛並みを梳いているところにエルリックたちがやってくると、御者は深く頭を下げる。そして、馬車の扉を開くと、二人を中へと誘導する。
リリーたちが中に入ったのを確認すると、御者は馬を走らせ始める。
「ジュリエットの死因は自殺で間違いないのですか?」
「そうだ。俺たちの目の前で、首を絞めて死んだ。だが――」
「光の拘束を受けながら、それほどの力がどこにあったのか」
ジュリエットは気道を塞いで死んだというわけではなく、首の骨を自分で折って死んだのだ。光の拘束を受けた状態で、体を動かすのも難しいはずなのに、彼女は自分の首に手をかけた。
いくら正気ではなかったとはいえ、その力は一体どこから出てきたのか。
「今それを調べてるんだ。それは専門家に任せるとして、お前だよ」
エルリックの言葉にリリーは顔をあげる。
「ジュリエットはなんでお前を狙ったんだ」
詰問するような言い方に思わず眉間に皺を寄せる。エルリックの質問に答えられるならどれほど良かったことか。
理由も彼女の発言の意図もわからないからこそ、リリーも頭を悩ませているのに。
「お前も何もわからないって言うんだな」
「私も……?」
「ヴィンセント殿下にも同じ取り調べをしたんだよ。一国の王子とはいえ、事件の当事者だからな」
もしもジュリエットが狙ったのがヴィンセントだったら、それは国同士の問題に繋がる。今回の事件は直接的にヴィンセントに被害が及んだわけではないが、事情は確認する必要があったのだろう。
「殿下は終始何もわからないという態度を貫かれていた。それが本当なのかはわからないがな」
疲れたように大きなため息を吐きながらエルリックは窓枠に肘をつける。
「なぁ、リリー」
事件の話は一旦横に置いておくことにしたのか、エルリックは窓の外を見つめながら世間話をするように話しかける。リリーはそんな兄の横顔を見つめつつ、彼の言葉を待つ。
馬車の走る音と、二人の呼吸音だけが響く。そして、訪れる一瞬の静寂。
「――お前は誰だ?」
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