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第5話 お二人さんと慣れと映画とプレゼント 2

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 夕飯を食べおわり小休止。

 適度に満たされたお腹がほどよい眠気を誘ってくるが、これから俺と茉莉は映画を見る。
 通称「その花」、結構話題になった作品であるため大体の人は名前くらいなら知ってるであろう。

「私、これ見たことなかったんだよね」
「あ、そうなの?」

 てっきり見たことあるもんだと思った。

「だから、意外と楽しみにしてるんだ」

 できれば、あまり俺は人と見たくない作品なんだけどな……。
 映画をプレイヤーにセット、上映開始。最近は登録するだけで映画を観れるサイトも多くなってきてはいるがやはりこういうアナログ的なものも捨てがたい。なんというか趣がある。

 眠気覚ましにコーヒーを飲みながら、それでもその世界の中に吸い込まれていくような感覚に陥る。没入ってやつだな。

 作品も中盤に差し掛かる、この辺りで俺はこの作品における主人公と自分自身とを重ね合わせていた。

 今思えばこの作品の主人公と自分が少なからず似ている。始めてみた時には分からなかった主人公の気持ちを数年越しに感じ取ることができた……と思う。
 そして、中盤から終盤に差し掛かり謎解きの部分というかヒロインの生死の真実、無念、心残りなどが分かる。

 俺の瞳からはボロボロと涙がこぼれていた。
 あの頃よりも成長して、少なからず感受性が養われた今だから気付く主人公たちが抱える想いに共感できた。

 ふと隣を見ると、隣でも涙を流す茉莉の姿があった。

 画面ではエンドロールが流れている。

 そのエンドロールが流れている間の余韻のような時間が好きだ。何というか色々回顧していい映画だったなとかあそこが良かったなとかそういうのがいい。

 隣の茉莉も本当にそうなのかは分からないが、じっとエンドロールを眺めどこかうっとりとした表情を浮かべていた。
 エンドロールも終わりプレーヤーを切る。

「すっっっっっごく良かった!!!!」

 やけにテンションが上がった茉莉が語りたそうなオーラをぷんぷん匂わせこちらを見る。
 仕方ない付き合ってやるか。

「俺も久しぶりに見て泣いちまった」
「うんうん」

 なんだろ、ここに一緒に住み始めて始めてこんな面と向かってしっかりとちゃんとした日常的な話題で盛り上がった気がする。意外と感性のようなものが似ているのだろうか……?

「考えるべき点はいくつもあるけど、やっぱり人間関係のこじれとかそういうのが一人の女の子の願いによってまた徐々に近づいてくるって言うのも良かった!」
「徐々に存在に気付き始めてからの手紙だったからな、やっぱり思いを伝えるって大事なんだなって再認識できた」

 俺にも、本当は伝えたかった心残りはあるのだろうか。

「でも恋の要素ではやっぱり――――!!」
「めいちゃんだね!」「なるみだな!」
「「はぁ?」」

 和やかになっていたムードが一瞬でピリついた。
 いやいや普通にあの作品の中でなるみがかわいいというか、あのひそかに隠してる恋心
的な部分男心に来るものがあるだろ!!

「いやいや、ちょっと待ってよ茉莉さん」
「いやいや、絆さんこそ……」

 お互いふふふと悪い笑みを浮かべ相手を論破すべくディスカッションが開始されるのであった。

 やっぱりこうなったか。

 俺と茉莉の感性が似てるんじゃないかって思ってたって? なんのことやら。
 やはり俺と彼女は肝心なところで反りが合わない。


 そんな第一回朝までヒロイン会議なるもの(朝までやってない)が行われ、互いが引かぬまま折衷案としてお互い良いということに落ち着いた。本当は納得なんかしていない、だがこれではぶつかり合うだけで認め合わないのでこうするしかなかった。

「まあ、今回は引き分けってことにしておこう」
「そうだね」

 そういうことになった。
 時刻は十時過ぎ、映画の時間も合わせればけっこうな時間対決しあっていたのか……。

 そんなことを考えながら、残って冷えてしまったコーヒーを流し込む。
 熱くなっていた頭と心を心地よく冷やしてくれる冷たさに救われながら、ソファに沈むようにもたれかかる。
 ふと考え込んでいた。

 主人公が母親との別れに区切りはついていたのだろうか……とか、それなのに好きだった女の子との別れとはどういった辛さだったのか……とかそんな取り止めの無いことが気になってしまった。


 ……夢を見ていた。


 懐かしき日々の夢を、俺はまだ精神的には不安定な中学生という時期に親を亡くした。
 そのときのことを知らず知らずのうちに考えていたのだろう。だからこうして夢を見た。
 母は俺になにを願っていたのだろうか。

「――な、ねえ、――ずな」
「母さん……」
「絆!」
「うわっ!」

 目の前には女の子の顔があった。
 少し髪が湿っていていい匂いがする。それだけで彼女が風呂上りなのだと分かった。

「まったく、風邪引いちゃうぞ」
「ああ、ごめん」
「それと……」

 どこかばつが悪そうな顔をしている。どこかそわそわしているような。

「ごめん寝言で母さんっていうの聞いちゃった」

 口に出ていたのか……。

「いや、それは俺が勝手に言っちゃっただけだから……」
「うん……」

 そういってどこかむずむずするような空気感になる。
 それと先ほどから茉莉がそわそわしているのは俺の寝言だけが原因じゃないらしい。

 茉莉は背中に何かを隠すかのように持っている。
 口をパクパクさせ、今にも言葉を紡ぎだそうとしている。

「これ――!」

 そう言って俺に押し付けるように手渡されたのは紙袋に入ったものだった。

「あけてもいいのか?」
「うん」

 俺は止められているテープをゆっくりはがし中を見る。
 今気付いたがこの紙袋、どうやら先ほど用があるといっていた雑貨屋のものだ。これを買いにいっていたのか。

「これって」

 中に入っていたのはシンプルなエプロンだった。

「絆、いつも私にも料理作ってくれているしそのお礼も兼ねて……気に入ってもらえた……?」

 ちらちらと上目遣いでこちらを見る。
 乾ききっていない少しばかり濡れた髪との相性はバッチリで思わずじっと見つめてしまう。

「なんで私を見つめるのさ……照れるんだけど」
「ご、ごめん」

 一回着用してみる。意外なことにサイズは丁度良かった。

「すごい、ぴったりだ嬉しいよありがとう」

 気に入ってもらえるのか心配だったようで感想を告げるとほっと一息ついていた。

「今もエプロン使ってるけど大分古そうだったから」
「まあ、確かに」

 今現在俺が使っているエプロンは俺が高校生になる前くらいに家庭科の被服の時間に作った物だ当然年季が入っている。

「なんにしても、ありがとな」
「私もいつもありがとう」

 ここ最近少しばかり反りが合わないと思っていた茉莉にもちゃんと俺に対する感謝とか、俺のこと自身を見ながらプレゼントを選んでくれる気持ちがあったのだなと感じた。

「今日は、俺もつい思ったこととか言って悪かった」
「うん、私もごめん」

 今日一日のことを水に流し、今日は少しばかりは感謝をしようじゃないか。
 少しだけ俺らの心の距離は近づいたのかもしれない。 
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