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4.最初から期待なんてしていない

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 幼いころ、これは前世での意味になるのだけど。
 お姫様に憧れを抱かなかったか、と聞かれると、それを否定すれば嘘になる。
 とは、言っても。

 この治癒の力のことを聞きつけたお金持ちの人たち……中には本物のロイアルな血筋の人もいて。皆がみな、あさましく見えた。

「……力使うと、結構熱もでたし、あとできつい思いするっていうのにね」

 わたしの身体のことなんてお構いなしで、前世の両親はお金と引き換えにしてわたしに力を使うように強要していた。

「これじゃ。二度目の人生今回も、一緒じゃない」

 豪華な飾り付けがなされた室内。
 肌に触れるシルクの上質さも、天蓋のあるベッドも、すべてがわたしにとっては特別で。それは不必要な特別だった。

「……あーあ、帰りたい」

 ベッドに横たわりながら独り言を続ける。
 それを聞かれているとも知らずに。

「そんなに嫌か?」

(嫌に決まってるでしょ……って、誰!?)

「……ッ!? あんたは!」

 天蓋の蚊帳を押し上げて、そこにいた人を確かめる。
 金髪の男……クライン王子だった。

「仮にも王族との縁談をそこまで嫌がる女がいるとはな」
「……べつにいいでしょ。何しに来たの出てってよ」
「そういうわけにはいかねーんだよ。俺も不本意だが事情が変わった、お前と結婚してやる」
「はぁ?」

 つい先日、王のまえであれだけ『結婚しなきゃならねーんだよ』と言い放った王子が何の風の吹き回しか、次は『結婚してやる』と来たものだから……思わず呆気にとられてしまう。

「待ってよ。急にそんなこと言われても、わたし断ったでしょ。それにあなたも、結婚には反対してたじゃない。そうよ、そういう意味ではお互い意見は一致していたはずでしょ!」
「事情が変わったって言ってるだろう。俺もお前みたいなどこの馬の骨かわからんような娘願い下げだが……、いまは聖女が必要なんだ」
「どういうことよ、それにわたしには大した力なんてないわよ、王宮使いの魔導士のほうがよっぽど――」

 そこまでをわたしが口にしたときに、王子は被せるようにまくしたてた。

「……お飾りでいいんだ、リイントロイアには聖女の加護がある、それだけで隣国からは攻めこまれることはない。だが、いまは聖女が不在なうえに西のメトリア国に不穏な動きがある。けん制のためにも聖女が必要なんだ」

 そんなこと――わたしには関係ない。
 そう言おうとして、でもさすがにそれは言えなかった。戦争になれば、多くの人が巻き込まれる。……ヴァレンチノの人もそれは無関係ではないわけで。
 だからって、なんの力もない聖女が戦争の役に立つとも思えない。

 でも、やっぱり……けん制だなんて言っても……。そんなことのために結婚なんて、ただの契約じゃない。
 お金で買われる人生なんて、まっぴらだ。

「知らないわよ。お断りです! 出てってください」
 
 そこまで言ってわたしは枕を王子に投げつけた。
 それをあっさりと片手で受け止めた彼は、何も言わずに枕をベッドの上に置いて踵を返し去っていった。

「……あれ、言い返してこないんだ」

 なんだか、無性に自分が悪いことをしてるような気がして胸がもやもやする。

(なんで……。あんな顔をして去っていくのよ――)

 無言で去っていく王子は奥歯を噛みしめて何かを強く堪えているような様子だった。それは怒りというよりはどこか寂しそうな表情に見えた。

       ***

「はぁ、気が晴れない……」

 気分転換もかねて王宮内にある庭園を歩く。
 どこを見ても、綺麗に整えられていて。綺麗な花が咲き誇ってる。

 でもそれ以上に……高所に建てられた王宮からは、街が……いやこの場合は国といったほうがいいかもしれない。
 下界に見える国そのものが一望できる。

――メトリア国に不穏な動きがある。

 そう王子は言っていた。
 もし攻め込まれでもしたら……この風景はどうなるのだろう。
 何人の人が、どれだけの家が暮らしを失うのだろう。

 想像できないわけじゃない。
 でも――。

「……あれって」

 景色を見ても気は晴れなかったけど……散歩はおしまいにして来た道を戻ろうと視線を変えた先にクライン王子がいた。
 一瞬、気づかれないうちに離れようかと思ったけど。
 なんとなく、さっきのはわたしが悪かったとも思ったし、一言謝ろうと思って近づいた。
 クラインの足元には子猫がいた。
 その子猫の鼻先に人差し指をあてて、ゆっくりと撫でていた。

(……可愛い。でも、この子……)

 うっすらと、子猫の周りに見える白いモヤ。
 実はわたしには、すべての人間にも同じものが見えているのだけど……。これは、いわゆる生命オーラと呼べるものだと思う。
 でも、本来は輝いてるべきもので。
 生きとし生きるもののそれは、煌めく朝露のようなものでなければいけない。

 でも、この子猫のそれはまさにモヤ。
 霧がかって、輝きが見えない。
 いや、正確に言えば……輝きが零れ落ちていくのが見える。
 
 ぽたり、ぽたりと、煌めきが土に還っていく。

「……クライン王子」
「ああ、お前か。なにしにきた」
「ただの散歩です……あの、その子……」
「ああ、親猫が生んでどっかにいったみたいでな。長くはないだろうな」
「……そうね」

 このまま弱り果てて、その身を土に還すのが、この子の運命なのだとわかる。
 そして、それを哀しいと感じるような時期は、わたしにはもうなくて。

 ただ哀れみよりも、それもまた自然の一部と思い込むほうが楽だと分かってしまったから。

「あの、さっきは……」

 ごめんなさい。
 そう言おうとしたけど、遮られてしまう。

「――いや、いいんだ。最初から期待なんてしていない」
「そう、ですか。そうですよね」

 あれ、なんか――もやもやする。
 期待していないって言われるほうが、楽なはずなんだけど。

「俺は、そろそろ公務にもどる――周りを説得して、そのうち家には帰してやるから、それまでは好きにしてろ」

 男にしては長い金髪で横目に見ても表情はわからない。
 ただ、そう冷たく言い放って王子は去っていった。

「ちゃんと、謝れなかったな――」
 
       ***

 次の日、わたしは高熱を出した。
 与えられた身分不相応なベッドの上で、王子への謝り方を考えていた。
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