せめて、優しく殺してください。

緋田鞠

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『王都の屋敷には、離れがあります。平屋建てに三部屋のみと小振りなため、当主や夫人が趣味に使用する場所に見えたのですが、実際には、令嬢がお一人でそちらに住まわれています。
 常駐する侍女や護衛はおらず、一日二食の食事と洗濯物を小間使いが運ぶ以外、人の出入りもありません。
 内部は極めて簡素な作りとなっており、家具や内装もまた、同様です。
 食事は使用人の賄いと同じ物が提供されているものの、お茶の時間はなく、本邸にお住まいのご家族との交流もありません。
 元々、夫妻は、当主の仕事の関係で王都で暮らしておりましたが、お生まれになった令息の体質の関係で、夫人と令息は領地に生活の拠点を移しました。以来、十年以上に渡り、当主のみ、頻繁に領地と王都を行き来しています。しかし、令息が十二歳を迎える年に改めて、王都へと大々的に転居されました。
 令嬢は、夫妻と令息が王都に転居した後も領地でお過ごしでしたが、婚約を機に王都へとご移動されています』

 万が一、誰かの目に触れても逃げ道があるように、個人名には一切触れられていない報告書。
 リタ本人に、フレマイア侯爵と面会した機会は数えるほどだと聞いてはいたけれど、第三者の視点を通しても、彼等は没交渉らしい。

『使用人の話を聞く限りは、夫妻や令息が令嬢に肉体的な危害を加えたり、罵詈雑言を浴びせて精神的に追い詰めたりしている様子はありません。本邸と離れに分かれて暮らしている事もあり、生活圏が重なる事もないのでしょう。
 令嬢の生活に関しては、本邸の家令の一存で、食事内容や侍女、護衛の手配が決定されているようです。令嬢は、衣類などの身の回りの品が必要になると本邸の家令に連絡し、家令が用立てて離れに運ばせています。
 王都に来てから、令嬢に家庭教師がついた事はなく、学校などの外部の教育機関に通った形跡もありません。
 使用人達の間では、本来ならば見捨てられてもおかしくない令嬢を、慈悲深く養育している素晴らしい家族だと評価されております』

 ……だから、か。
 だから、リタは応接室にエリス達を招き入れ、侍女達に私物を運ばせたのか。
 本邸に、彼女の私室がないから。
 離れに通すと、彼女が侯爵令嬢とは到底呼べない待遇を受けている事実を王家に知らせる事になるから。
 使用人達が、明らかに冷遇されているリタではなく、侯爵夫妻に寄った立場でいるのは、彼らがリタの生活の面倒を最低限とはいえ、見ているから。
 リタの慎ましい要望は、フレマイア侯爵が気に掛けるほどのものではないために、家令の裁量で判断されているのだろう。
 報告書を握る手に、力が入る。
 ……だが。
 まったく欠片も予想していなかった、と言えば、きっと嘘になってしまう。
 魔力を前提に作られたこの国で、魔力を持たない白の者が見えない存在とされてきたのは、確かだ。
 それほどに、白の者を生かしている、という事実は、珍しい。
 その中で、リタだけが例外の筈もなかったのだ。

『不憫な娘なのです』

 そう、十二の俺に言ったのは、確かにフレマイア侯爵だった。
 その言葉を聞いた俺は、リタは家族に大切にされているのだと――生母と上手くいっていない俺とは違うのだと――線を引きはしなかったか。
 リタと再会してから一ヶ月、考えは根底から覆されたけれど。
 周囲の話を聞く限り、リタはフレマイア家の中で孤立している。
 ならば、リタを『不憫な娘』にしたのは、フレマイア侯爵夫妻ではないのか。
 ――正直に言おう。
 もしも、これが面識のない白の者相手ならば、侯爵夫妻の仕打ちに対して、何か思う事はなかっただろう。
 白の者として生まれたのだから仕方がない、と、そこで思考停止して、なんの感想も持たないまま、記憶から忘れ去ったに違いない。
 平民どころか貴族家に生まれていたとしても、魔力がないと判明した瞬間に密かに葬られるのが、白く生まれたほとんどの者の辿る道。今、生きているのだから、生活できているのだから、十分に厚遇されているではないか、と突き放す自分の姿が、容易に想像ついた。
 だが、相手がリタであると思うと、腹の底に不快な感情が湧いて来る。
 彼女の名を、知ったからか。
 彼女の顔を、知ったからか。
 言葉を交わし、わずかばかりでも共に時間を過ごし、彼女がただ魔力を持たないだけで、他の人々とまったく変わらない普通の十七歳の女性と知ったからか。

(……醜いほどに打算的だな……)

 見も知らぬ人々ならば素知らぬ顔をするというのに、多少の縁があっただけで憤りすら感じるとは、随分と身勝手だ。

(やはり、俺は王の器ではない)

 王とは、広く民を導く存在。
 顔も知らぬ人々の生活を守り支えていく存在には、やはり、広く公平な視点を持つ兄上こそが相応しい。
 そのためにも、いまだに俺を王太子へと推す人々に、兄上こそが真の王なのだと、知らしめなければ。



 いよいよ、明日は卒業パーティ。
 既に、ドレスはフレマイア侯爵邸に届けてある。
 特殊な織の瑠璃色のドレスは、リタが要望した通り、裾と胸元に銀の刺繍を施したものだ。
 刺繍糸こそ、灯りを反射して輝く光沢ある糸を使っているが、フリルもレースもないドレスは、十七歳の令嬢が着るには装飾が控えめに過ぎると言わざるを得ない。
 しかし、ラインに拘り、リタの華奢な体にぴたりと添うよう作られたドレスは、彼女を誰よりも惹き立たせる筈だ。
 結局、記念の贈り物には、装飾品を選んだ。
 リタの私物にはドレスに合わせられるような装飾品がないし、フレマイア侯爵夫人が気を利かせて用意するとも思えなかったからだ。
 もしかすると、リタのドレスルームが空っぽである事すら、フレマイア侯爵夫妻は気づいていないかもしれない。

「殿下、遅い時間に申し訳ございません。ダナイドより、諜報員が戻りました」

 ラルフに手にある報告書を、奪うようにして目を通す。
 リタがダナイドを去って六年とはいえ、その報告書もまた、薄いものだった。

『この地で令嬢を見掛けたという話は、一件も聞く事ができませんでした』

「……どういう事だ……?」

 王都同様、屋敷の奥深くに隠すように育てていたとして。
 屋敷の使用人ですら、リタとまったく接触がないなど、ありえるのか……?
 リタは、希少な純白の令嬢なのだ。
 あの目立つ容姿を一目でも目にしていたら、記憶に残らない筈がない。

『該当期間に屋敷に奉公に上がっていた使用人は全員、死亡か所在不明となっております』

「……⁉」

 メイド(21)→結婚のため、いとま乞い。隣領に嫁ぐ途中、事故に遭い死亡。
 馬丁(32)→行方不明。賭け事での借金が膨れ上がっていたとの噂。
 料理人(56)→味見したキノコに毒があり、中毒死。
  ・
  ・
  ・

 ずらずらと、個人名を伏せられた人々の結末が並んでいる。
 その数、実に二十三人。
 時期も、死因もバラバラではあるが……これを、まったくの偶然といえるほどに、俺は純粋ではなかった。
 時に偶然は創作よりもずっと衝撃的な展開をもたらすものだが、二十三人の不幸が意図的なものではない、と信じられる人間はいないだろう。

(何を、隠そうとした……?)

 フレマイア侯爵が、白の令嬢であるリタの存在を恥と考え、隠したかったのならば、王子に婚約を持ちかけたのはおかしい。
 王族との婚約は、普通の貴族同士の婚約以上に注目を浴びるものだ。
 この六年の間、不干渉を通してきたが、それはたまたま、婚約者の責務を負わせなかっただけの話であって、俺はいつでも、彼女を呼び出す権利を持っている。

(隠したかったのは、リタが白の令嬢である事ではない……?)

 他に、何を隠さなければならない?
 リタの兄アシュトンは、十歳頃まで屋敷の奥深くで大切に育てられていたと聞く。

(アシュトンが病弱で、魔導器官も脆弱だった事か……?)

 だが、それならば、俺の学友として王都に上がれない理由に「体が弱く、長時間の移動に耐えられないため」と素直に書いて来るのはおかしい。

(なんだ……? おかしい事は確かなのに、何がおかしいのかわからない)

 フレマイア侯爵は、一体、何を隠したかったのか。
 報告書には、続きがあった。

『本件に関係があるかは不明ですが、屋敷周辺では、闇属性の女児が時折目撃されていました。最後の目撃証言は、八年前です』

「闇属性、だと……?」

 光属性よりも更に希少な闇属性。
 六百人が在籍するアカデミーにも一人も存在しない闇属性を持つ者が、ダナイドに……?
 闇属性はその希少さとともに、必ず強力な魔力を持つ事でも知られている。
 彼らは皆、鴉の濡れ羽のように真っ黒な髪を持ち、淡い髪色の者は存在しない。
 他の属性のように、魔力量のばらつきがないのだ。
 闇属性の固有魔法は時間魔法だと言われているが、適性のある者はほとんど報告されていない。
 なぜなら、ただでさえ滅多に生まれない闇属性の者は、「闇属性の者と契りを交わすと魔力が増大する」という俗説のせいで、人攫いに拐かされ、一層、数を減らしてしまったからだ。
 結果として、参考になる母数が圧倒的に少ないのだ。

「まさか……」

 フレマイア侯爵は俗説を信じて、虚弱だったアシュトンに闇属性の少女を娶せ、彼の魔力量を増やす事で健康体にしようとしたのか……?
 生まれた当初、魔導器官も不完全だったとフレマイア侯爵は話していたが、アシュトンは十一歳で王都に来た時点で、高い魔力を示す濃茶の髪をしていた。
 だが、貴族の結婚は早々に決まるとはいえ、婚姻可能となる年齢は十八歳だし、いくらなんでも、十一歳は早すぎる。
 ――では、フレマイア侯爵家と闇属性の少女は無関係なのか……?
 少女の姿が見られなくなったのが八年前。
 アシュトンが王都に来たのが七年前。
 リタが王都に来たのが六年前。
 体の機能が未熟なまま、生まれたアシュトン。
 闇属性の少女。
 白の令嬢であるリタ。
 十年以上過ごした筈の領地で、あれほどに目立つ容姿のリタを誰も知らないという事実。
 何かが引っ掛かっているのに、何がどう絡まり合っているのかわからない。

「医師……」

 そうだ。
 アシュトンが病弱で、度々寝ついていたというならば、彼を診ていた医師がいる筈だ。
 リタもまた、手術の痕跡がある。
 アシュトンの担当医とリタの執刀医が同じ可能性は、高い。
 医師から話を聞く事ができれば、もやもやと絡まり合っている謎を解くヒントが得られるのではないか。

「ラルフ」
「はい、殿下」
「ダナイドの地で、アシュトン・フレマイアの担当医だった医師を探し出せ」
「御意に」
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