せめて、優しく殺してください。

緋田鞠

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「親父はな、せっかくの光属性、せっかくの治癒魔法を活かす方法を探し始めたのさ。『もったいねぇ』だと。それで、魔力量を増大させる方法について研究し始めた。魔導器官の大きさに個体差はねぇが、蓄積できる魔力量には個人差がある。初めは、何がその差を生み出しているのか見つけて、人為的に影響を与えられないか調べようとしてたんだが……ある時、ふと閃いちまったんだな」
「それが、魔導器官の移植か」

 こくり、とイーサンは頷いて、遠い目をした。

「そもそも、魔法の属性は何に依存してるのか? 魔導器官か? 心臓か? 脳か? 異なる属性同士の人間で交換してみりゃあわかるだろうが、今の医術じゃあ、生きてる人間同士の心臓の交換も、脳の交換もできねぇ。親父の最初の研究も、そこで足止めを食らっていた。だが、魔導器官を持たねぇ白の者が存在する以上、魔力は生命維持に必須なものじゃねぇって事だけはわかってる。魔導器官は魔力を蓄積してはいるが、生命維持を司る臓器じゃねぇ。なら、交換できるんじゃねぇか、と推測したわけだな」

 魔力量が、魔導器官の何に左右されているのかはわからない。
 だが、白の者に魔導器官がなく、彼らがまったく魔力を持たない事を鑑みれば、魔導器官そのものに魔力が蓄積されているのは確かだ。
 ならば、魔導器官を入れ替える事で、魔力量は変化するのではないか。
 机上の空論だった筈が、一部の熱心な支援者により、死刑囚を使用した実験へと繋がっていった。

「最初の手術では、年齢が近く、体格も似ている男の死刑囚を二人、選別した。結果がわかりやすいように、一人は魔力量がそこそこ、もう一人は微量、という人間を選んだ。だが……失敗した。手術そのものは、そう難しいもんじゃあなかったが、術後の経過が悪かったんだ。交換された魔導器官は拒絶反応を起こして、体内で壊死した」

 壊死、と聞いて、背筋がぞっとする。
 体の中で、あるべき臓器が腐っていく絵面を思わず想像してしまって。

「壊死した魔導器官を取り除く事で、命は取り留めた。……ただし、魔導器官を失ったために、魔力を完全に失い、髪が真っ白になった。なぜ、失敗したのか。実験は何度も繰り返されたが、一度も成功しなかった。属性が同じ者同士でもダメだった。魔力量が近しい者同士でもダメだった。一度、腐り始めた魔導器官は、元の体に戻したところで馴染まずに腐り落ちた。そのとき、兄弟で罪を犯して死刑を宣告された者達が現れた。血縁があれば臓器が馴染むかもしれねぇ、と半ばヤケクソでした手術は初めて成功し、二人の魔導器官は無事に定着、魔法属性は元のまま、魔力量が逆転する現象が起きた。……とはいえ、死刑囚だからな。その後、三ヶ月ほどで刑が執行されたから、魔導器官移植後の寿命についても、魔力量が定着するかも、不明なままだったが。その後、複数回、血縁者の臓器移植を行った。この場合の『血縁者』ってのは、二親等以内だ。ほとんどがきょうだい関係だったが、中には親子もいた。その結果、赤の他人よりはずっと成功率が高いが、精々、五割ってところだと判明した。これを、高いと見るか低いと見るかは、人によって変わるだろう。成功率と元の魔法属性に関係はねぇ。同じ属性だろうが違う属性だろうが、成功する時ゃ成功するし、失敗する時ゃ失敗する。両方とも成功する時もあれば、片方は失敗だった時もある。魔力量の高い魔導器官の方が定着しやすかったのは事実だが、どの程度の魔力量があれば確実かと問われると、答えられるほどのサンプルがねぇ」

 おぞましい実験の記録を、淡々とイーサンは語る。

「結局、わかったのは、魔導器官と魔法属性に因果関係はねぇ事、魔力量は魔導器官に依存する事、そして、魔導器官の移植は実用的な方法じゃねぇ、って事だ。結果として、親父は悪魔の実験を行った、と非難され、研究所の籍を剥奪、王都も追放された。もしも、これが広く有用な手法であれば、時代の革命児と呼ばれたんだろうがな」

 ……耳が痛い。
 個人的には、例え、相手が死刑囚であろうと命を弄ぶ真似には反対だ。
 だが、推論を確かめるためには、なんらかの形で実験する必要がある事もわかる。
 そして、いつだって、結果が有用だったか否かで、実験者は悪魔にも神にもなるのだ。

「親父は、俺の魔導器官の移植を諦めた。俺を産んですぐ、母親が亡くなっているから、俺にはきょうだいがいねぇ。最も成功の可能性が高い血縁者は、親父しかいねぇわけだが、執刀する本人が臓器移植できる筈もねぇし、親父の魔力量も、多いと言い切るには微妙だった。何より、百パーセント成功するわけじゃねぇからな。あまりにもリスクが高過ぎると考えたんだ。親父は、俺が治癒魔法を活用できねぇ事を残念に思いながらも、研究結果を封印した。だが、」

 イーサンは、そこで一旦、言葉を切る。

「……彼是、二十年近く前に、ある人物が親父を訪ねて来た。我が子の魔力量を、何がなんでも増大させなければならん、とかなんとか言ってな」

 時期も性別もはっきりとは述べないが、イーサンは言い逃れできるぎりぎりのラインを綱渡りしていた。

「親父は、血縁者じゃねぇと成功しねぇ事、血縁者であっても高い魔力量がねぇと成功しねぇ事を説明して、魔導器官の移植は現実的な方法ではないと追い返した。以降、接触がない事で諦めたと思って安心してたんだが……一年半後、その人物は再び、親父の下を訪れた。『血縁があればいいのだろう。きょうだいを作った』と言って」
「!」

 アシュトンとリタは……誕生日の関係でほぼ二歳差になるが、学年でいうと年子の兄妹だ。

「親父は、半ば攫うようにして連れてかれた。魔力量を増大させたい子供はまだ二歳足らず。その子のために子供に至っては、確かに魔力量は多かったが、生まれたばかりだった。親父は、『このように小さな子供では、手術に耐えられない』と拒否した。これまでの実験はすべて、成人した大人を対象に行ったもんだ。幼い子供では、成功の保証がねぇ、とな。だが、相手は諦めなかった。親父は担当医として軟禁され、子供達の成長を待って手術を行う事を約束させられた」

 掌が痛くて目を遣ると、いつの間にか、爪が刺さるほどに拳を強く握りしめていた。
 つまり。
 それは。

「子供達は、すくすくと育っていった。栄養豊富な食事を与えられ、適度な運動を行う事で、手術に耐えられる丈夫な体が作られた。いい加減、言い訳して手術を先延ばしするのも限界が来ていた。……俺の命を盾にされた親父は、魔導器官の移植手術を実行した」

 十歳を過ぎるまで、屋敷の奥深くで育てられていたアシュトン。
 姿を消した闇属性の少女。
 ……白の者だったのは、アシュトンの方だったという事か……?
 彼の本来の姿を知る使用人達が、口を封じられた……?
 闇属性の者は、一律、高い魔力を有する。
 持ち主が闇属性だった魔導器官を移植されたからこそ、アシュトンは高い魔力の持ち主になったと……?

子供からは魔導器官を取り上げただけで、別の魔導器官の移植はしてねぇ。……魔導器官を提供するためだけに、生まれた子供だったからな。それ以上の措置は不要と言いつけられていた」

 残された手術痕。
 施されなかった治癒魔法。
 手術に必要な『材料』として、リタは生まれたという事か。
 リタは……端から、侯爵家の人間として数えられていなかったのか……

「せめて、傷跡を消してやりたかったが、俺の魔力量では痛みを気持ちばかり軽減するのが精々でな……術後の高熱でうなされた顔を見るのが、辛かった」

 十歳になるかならないかの年齢で、臓器を取り出すような大きな手術に耐える事すら大変だというのに、術後の体を労わる人間すらいなかったというのか……!

「手術は、成功した。無事に魔導器官が定着したかどうかの確認に三ヶ月、魔力量が定着するかどうかの確認に三ヶ月。術後の体の回復に一年を見て、親父はお役御免になった……言葉の通りに」

 ハッとして顔を上げると、イーサンは悲しそうに眉を下げて、親指ですっと自分の首筋を撫でた。
 無言の主張は、ケニス・ロードもまた、フレマイア邸に勤めていた多くの使用人と同じように、姿を消した事を意味するのだろう。

「……どうして、貴方は無事だったんだ?」
「担当医として攫われた時に、親父は俺の性別を偽ったのさ。おそらくは、将来、自分がどうなるか、予想したんだろうな。幸いにも、当時の俺は娘として紹介されても違和感のない外見だった。こうして姿を変えてしまえば、見逃される可能性が高いと踏んだんだろう」

 そして、実際に逃げおおせたという事か。
 西にあるダナイドから逃げて、東都ソアランに辿り着くというのは、ありそうな話に聞こえる。
 ソアランは人口が多く人の出入りが激しいから、見慣れぬ顔がいても誰も気にしない。
 木を隠すなら森の中、というように、人が逃げ込むならば人口の多い都市がいい。

「確かに、ずっと心の片隅に追手への不安はあったがな。これだけの時間が経ってから、本当に俺にたどりつくとは……」

 王家の諜報員の腕は、伊達ではないという事だ。
 ともあれ、イーサンの話を聞いて、おおよその事情は推測できた。
 長年、子供に恵まれなかったフレマイア侯爵夫妻の間にようやく生まれた念願の嫡男は、白の者だった。
 フレマイア侯爵家は、軍部の重鎮を務める家。
 中でも、フレマイア侯爵は魔法騎士団に所属している。
 一般的な騎士になるのであれば、もっとも重視されるのが剣の腕前とはいえ、白の者が白眼視される貴族社会では大きな困難に見舞われるだろう。
 ただでさえ、侯爵夫人は、家門内で内定していた婚約者候補を差し置いて選ばれた女性。
 男爵家出身の家格の低さと魔力量の少なさを指摘されて、フレマイア家門から非難を受けていたのだ。
 嫡男が白の者では、夫人も赤ん坊も追い出され、侯爵はフレマイア家の家督すら奪われていたかもしれない。
 アシュトンの立場を盤石にするため、フレマイア侯爵が彼に魔力を与えたいと願うのは、わからないでもない。
 そして、そのためにきょうだいを……

(……ちょっと、待て)

 長年、子供に恵まれなかった侯爵夫妻が、年子で子供を授かる……?
 確かに、不妊に悩んでいた夫婦が、一人妊娠すると、立て続けに恵まれる事はあると聞く。
 しかし、年子で、それも、膨大な魔力を有する闇属性の子供を授かるなんて、

(でき過ぎている)

 手術の成功条件が二親等以内の血縁者である以上、リタとアシュトンが兄妹なのは確かなのだろう。
 だが、リタの母親は本当に侯爵夫人なのか……?

『妻は難産の末に、子供をこれ以上望めない体となりました』

 フレマイア侯爵が言っていた言葉だ。
 難産だったのは、本当にリタの出産時なのか?
 早産だったというアシュトンの出産時ではなく……?
 夫人との間に二人目の子供を望めず、スペアの見込みがないから、どうしても、アシュトンに魔力を与える必要があったのだとすれば……?
 フレマイア侯爵は、侯爵位に相応しい魔力量の持ち主だ。
 両親ともに魔力量が多ければ、その子供もまた、魔力量に恵まれる可能性は高い。
 そのようにして、高位貴族は高い魔力量を維持してきたのだから。
 光属性同様、闇属性も突然変異的に生まれるが、光属性の者の血筋を辿ると光属性の者がいるように、闇属性もまた、血筋によって発現のしやすさが変わるのであれば……?
 フレマイア侯爵が、確実に高い魔力を持つ子供を望んで、闇属性の女性に子を産ませた可能性はないか……?
 そして、その娘であるリタにも、闇属性が発現した可能性は……?
 すべては状況からの憶測に過ぎないが、それならば、理解できてしまう。
 いくら、男児の方が女児よりも大切にされるとはいえ、リタが侯爵夫妻の間に生まれた実子ならば、彼女の扱いはあまりにもむごい。
 しかし、『材料』としてなんの情もなく他人に産ませた子供ならば……彼らがリタをこれほどまでに軽んじる理由が、容易に説明できてしまう。
 そして、聡明なリタが、婚約破棄後の将来に悲観的な選択肢しか持たない理由も。
 リタは……本当に、アシュトンのためだけに生まれた子供なのか。
 アシュトンに魔導器官を譲り渡した後、兄上の立太子への道を盤石にする方法に悩んでいた俺に与えられた、捨て駒……
 『材料』としての役目を終え、王家のいざこざを解決したら、己の存在価値は消えてなくなると……まさか、彼女はそんな風に考えているというのか……?
 考え込んでいる俺をちらりと見ると、イーサンが口を開く。

「ちなみに、だが。手術を受けた子供は、白の者じゃなかった」
「⁉」
「今のあんたくらいだな」

 幻影魔法で髪色を薄くしている俺と同程度の魔力量ならば、高位貴族の子息としては極めて少ない。
 けれど。

(まったく魔力がないわけではないのに、魔導器官を奪ったというのか……⁉)

 シャルイナで、魔力量が多い者が敬われる傾向があるのは事実だが、人は魔力のみで生きているわけではない。
 それこそ、知力も武力も、魔力のみでは備えられず、己で精進するしかないものだ。
 魔力量が多い俺だからこそ、それ以外の能力は研鑽を積むしかない事をよく理解している。
 魔力がないのならば、他の能力を伸ばせばいいだけの話だ。

『魔法は便利ですが、人には手があり、足があり、頭があります。魔力に頼らず生きる方法を知る事も、大切なのですよ』

 幼かったある日。
 兄上よりも三年早く、上級魔法が使えるようになった! と魔法の師匠が浮かれる姿に、内心、「こんな簡単な事で喜ぶなんて」と白けた視線を向けていた俺に対して、アラーナ様が言った言葉だ。
 その言葉を聞いた俺は、魔法騎士の鍛錬をしていた兄上とは異なる進路を選ぼうと、とりあえず、目につくものになんでも手をつけた。
 その過程で、生得的な魔力量でなんとかなる魔法以外の能力を身につけるのは、容易ではないと知ったのだ。
 だからこそ、思う。
 苦労は人よりも多いかもしれないが、こんな手術をせずとも、アシュトンは生きていけた。
 なのに、アシュトンの魔力を強化するためだけに、リタを望んだというのか……?
 魔力量の少ない男爵令嬢を妻に選んだツケを、リタに払わせたというのか……!

(……あぁ……そうか……)

 リタといると、呼吸がしやすくなる理由。
 彼女の隣が、居心地いい理由。
 それは……俺もリタも、周囲の思惑のためだけに生み出された子供だったからなのか。
 望まれて、でも、愛されずに生まれた子供。
 リタは、アシュトンに魔導器官を譲るために生まれた。
 臓器移植のために望まれ、誕生を心待ちにされ、けれど、そこに愛はなかった。
 俺は、クリフォード兄上の命を守るために生まれた。
 父には女児である事を望まれ、母には父の関心を奪う事を望まれ、けれど、そこに愛はなかった。
 幸いなのは、生まれた俺を父とアラーナ様が見捨てずに育ててくれた事だろう。
 ――恐らくは、罪悪感から。
 兄上は幼かったから、純粋に弟として気持ちを傾けてくださっていたかもしれないけれど、それが本当に愛と呼べるものなのか、俺にはわからない。

(わかってた)

 俺が望まれずに生まれた子供である事も、無償の愛と呼べるものを注がれた事がない事も。
 兄上のお役に立ちたい、とことさらに大声で主張するのは、自己保身のためだ。
 父の意向を、兄上の立場を、妨げる存在ではないと。
 無害で無力でちっぽけな存在に過ぎないと。
 そう、必死に主張して、俺は俺の命を守っている。

(……リタは、諦めてしまったんだな)

 俺と違って、リタに形ばかりでも愛情を注ぐ人はいなかったのかもしれない。
 ラルフに見せられた報告書でも、リタには彼女が幼い頃から付き従っている乳母や侍女の存在はないようだった。
 おそらくは、闇属性の少女だった時代を知る者は、誰一人として生きていない。
 もしも、過去のリタを慈しんでいた人々がいたとしても、聡明なリタならば、彼らが消えた理由にすぐに気がついた筈だ。
 それは、どれほどの絶望だっただろう。

「親父のした事は、間違ってた」

 イーサンが、静かに呟く。
 イーサンの誕生で、ケニス・ロードは道を誤った。
 彼もまた、自分の意思と関係のないところで巻き込まれ、苦しんだ一人だ。
 指先が微かに震えている事に気づいて、ぎゅっと拳を握り締めた。

「イーサン・オルディス医師。貴方の貴重なご意見に感謝する」

 気遣うような視線を俺に向けているイーサンに、少し掠れた声で謝意を述べる。
 あくまでも、証言ではなく参考意見として聞いただけだ、という姿勢を取る事で、イーサンを間違ってもフレマイア家の標的にしないように。
 そして、彼がケニス・ロードの息子であると、知られないように。
 イーサンは頷くと、フッと短く息を吐いて、

「……少しだけ、抱えていた重荷が軽くなったよ」

と呟いた。
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