せめて、優しく殺してください。

緋田鞠

文字の大きさ
24 / 31

<23>

しおりを挟む
「……」

 父が、腕を組んだ姿でむっつりと黙り込んでいる。
 臣籍降下を考えている事すら伝えていなかったのに、一足飛びに平民になっても構わない、と言ったのが、衝撃だったのだろうか。
 だが、俺がいなくなれば、不仲な母の排除も容易になるだろうに。

「……だが、それは、フレマイア嬢を国のために利用しようとするならば、という話だろう?」
「はい、そうです」
「フレマイア嬢自らが、協力してもよい、と思えば問題ないという事だな?」
「リタのしたい事を、邪魔するつもりはありません」
「なるほど……ならば、フレマイア嬢に問おう」

 父は、思いがけずに国主となった人ではあるけれど、敬愛する兄の代わりを務めるために誰よりも努力を重ねた人だ。
 アーロン伯父上の名を汚さぬよう、懸命に立って来た分、冷徹で厳しい。
 しかし、父の鋭い眼差しにも、リタが臆する様子はない。
 その落ち着きは、過去の人生でも父に対面した事があるからなのだろうか。

「そなたは、何を望む? 私はシャルイナの王として、民の安寧な生活のために、治癒魔法師が一人でも増員できれば重畳だと思っておる。しかし、ルシアンは私がそなたに命令する事を拒否しておるし、それはおそらく、そなた自身の考えでもあるのだろう?」
「はい。白の者の地位向上のためにお役に立ちたいと思う気持ちはございますが、無理のない範囲で、と注釈をつけさせていただきたいと思います。あくまでも、わたくしは自身の意思でご協力するだけです」
「それが叶わぬ場合は、ルシアンとともに国を出るというのだな?」
「はい」

 あっさりと、リタは頷く。

「わたくしは、フレマイアの屋敷から出た事がございません。どうせ何も知らないのであれば、家を出るのも国を出るのも、大差ないと思うのです」
「ふむ……意志は固いようだな。では、この件に関しては全面的にそなた達の意思を優先しよう」
「ありがとうございます」

 にこりと、リタが微笑む。
 主導権は、リタの手に渡った。
 ここからが、本格的な相談だ。



 リタに、光属性の魔力量を増大させる能力があるのか調査する事。
 産婆など出産の現場にいる者達から、白の者が誕生する確率を調査する事。
 存命の白の者を保護し、彼らの抱える困難を調査、今後の改善点を検討する事。
 ラーメルから、魔力による起動を必要としない道具を輸入、研究し、シャルイナでの利用を検討する事。

「もう一点、調べていただきたい事があります」

 いずれも調査するのに相当の苦労があるだろうが、リタは躊躇する事なく要望を伝える。

「なんだろうか?」

 父もまた、リタの事を世間知らずの箱入り娘と思っていたのだろう。
 次々と課題を挙げ、理路整然と話すリタの勢いに飲まれている。

「白の者で、子を儲けた者がいないかを知りたいのです。その場合の、子の魔法属性も」
「!」

 父と兄上だけでなく、俺もまた、リタの言葉に衝撃を受けた。
 それは、まさか……

「白の者はこれまで、シャルイナでは見えない存在でした。そのために、国の中枢ですら、発生率を把握しておりません。どれだけの数が、ひそかに葬られて来たのかも。白の者がシャルイナで生きられないのは、シャルイナでの生活に魔力が必須だからだけではありません。魔法属性同様、白も遺伝すると思われているため、次世代への遺伝を恐れて社会から疎外されるからです。しかし、誰も、実際に白が遺伝するかどうか、遺伝率はどの程度なのか、知りません」

(……そう、だよな、俺との将来を考えてくれたわけではない、か……)

 期待してはいけない。
 リタの思うままに。
 だが、理性ではそう考えていても、やはり、どこかで願ってしまう。
 リタもまた、俺を伴侶として望んではくれないか、と。
 彼女はまだ、俺が彼女を想い、傍にいる事は許しても、心までは許してくれていない……

「わたくしだけが居場所を得られたとしても、白の者全般の地位向上に繋がるとは思えません。ですから、わたくしが協力する条件は、白の者をシャルイナの民として受け入れ、国民全体の意識を変えていく事です」

 リタは、白の者達全体の事を考えているのに、俺は……
 情けなくて、思わず、顔を俯ける。

「『白でも安心して暮らせる』。『家族を持てる』。そうなれば、皆が幸福に暮らせるのではないでしょうか」

 きっぱりと言い切ったリタに、黙考していた父は、大きく頷いた。

「……そうだな。私は、白の者への偏見を頭では理解していたつもりで、実際を知らなんだ。アラーナを愛していると言いながら、他国から来た彼女の『魔力のみに重きを置くのは、健全ではない』との言葉を、真剣に取り合って来なかった。この国は魔法使いが興した国。その誇りに囚われていた。千年の長きに渡り、染みついた価値観を一朝一夕に変える事は難しいだろうが、難問だからといって、手をつけないのは違う。エバーレスト家の長い歴史の中でも、特に魔力の多いルシアンがそなたを選んだのも、天の采配なのかもしれんな……。よかろう、この件に関しては、全面的にそなたの意見を参考にしよう」

 兄上もまた、何かを決心した顔で頷く。

「立太子後、初めての仕事は、私の生涯を掛けての大仕事になりそうだな。だが、可愛い弟とその愛する女性のためだ。遣り甲斐しかない」
「兄上……」

 本音をぶちまけてもまだ、俺の事を弟と呼んでくれるのか。

「ルシアン。私はお前を心から可愛いと思っているし、大切だと感じている。父上も同じだ。確かに……父上とコーデリア妃の仲は最悪だ。だが、父上は、お前の事を私と同じくらい、いや、私よりも、かな? 思っていらっしゃる」

 兄上の言葉に、父が眉間に皺を寄せる。

「クリフォード」
「そうでしょう? 誰ですか、最近、ルシアンが訪ねてきてくれない、と不平を漏らしていらしたのは」
「それは……っ」

 父は、ぐっと口元を引き締めると、ぷい、と拗ねたように横を向いた。

「父上は、お前が可愛くて仕方ないんだ。先ほどの父上の言葉も、お前がようやく、何かを欲するようになったのかと考えたからだ。……まぁ……言い方はアレだが。あまり表立って大切にすると、コーデリア妃とリーストーム公爵に付け入る隙を与えてしまうからな。これまでは、突き放すしかなかった。父上が動けない分、本来ならば私が、『家族』として愛されていると実感させなくてはならなかったのに、それができていなかったのは、私の力不足だ。すまなかった……」

 そう言って、兄上が頭を下げる。

「兄上! 顔をお上げください! 思い込んで決めつけて、兄上達のお気持ちを察する事ができなかった私が悪いのです」

 そうだ。
 リタが言っていた。
 人と人が理解しあうには、言葉を交わす事が大切だ、と。
 わかった気になっていたけれど、兄上の気持ちも、父の気持ちも、俺は何一つわかっていなかった。
 勝手に、自分から距離を取っていたんじゃないか。

「……まぁ、それは否定しない」

 兄上はあっさりと認めると、眉を下げて手を伸ばし、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「これからは、もっと会話しよう。勘違いする余地もないように、お前に纏わりついてやるから覚悟しろよ? いいか、ルシアン。お前は、クリフォード・エバーレストの大切な弟だ。お前がエバーレストを名乗ろうがそうではなかろうが、それは生涯、変わる事はない。そして、そんなお前が大切にする人もまた、俺にとって大切である事を、覚えておけ」
「兄上……」
「……どんな道を選んでもいい。お前が、幸せなら、な」

 感動的な空気でまとまりかけた、その時。
 リタが、ぽん、と手を叩いて注目を集めた。

「それでは、最後にもう一点、お願いいたします」
「まだ、何かあるのか?」

 兄上が驚いたように声を上げると、リタはにっこりと微笑む。

「はい。過去のアカデミーの記録から、光属性と闇属性の生徒が同時期に同学年に在籍した場合、魔力量が増大したケースがないか調査してください」
「……それは、どういう事だ?」
「詳細は王宮魔法師の調査を待ちますが、わたくしに光属性の方の魔力を伸ばす能力があるのは確かだと思われます。ですが、それはわたくしが白の者だからではなく、闇属性だからなのではないか、と」
「! それは……」

 これまでずっと、白の者の立場で、白の者の地位向上のために話して来たリタが投げた言葉に、父達は唖然とした表情を見せた。
 闇属性とともにいる事で光属性の魔力量が増大するのならば、リタと交渉する必要はない。

「……これは、一杯食わされたな」

 もちろん、事前にリタと相談して、父達が誤認するような話の進め方をしたのだ。
 この先の未来を考えて。

「そなたは魔導器官こそ失ったが、属性まで失っているわけではない、という事か」
「確かに、アシュトン・フレマイアは地属性。闇属性を引き継いではいない……」

 父達が、声に出しながら確認していく。
 俺達にとって、魔法属性と魔導器官は不可分。
 例外であるリタの現状を、即座に理解するのは難しい。

「さすが、ルシアンが惚れ込んだだけの事はある。なかなかに豪胆だ。なるほど……そなたの経験から闇属性と光属性の関係性について提言を受けた対価として、白の者の地位向上を望む、という事か。それでいて、そなたが表に立つ事で生じる危険から身を守る方法を考えた、と。だが、それでは、そなた自身の名を売る事はできなかろう?」
「わたくしは、名を売らねば認めてはいただけませんか?」

 美しく微笑むリタ。
 しかし、その細い指先が微かに震えているのがわかった。

(……そうだよな……)

 自信に満ちた話し方をしていたけれど、必死に己を奮い立たせていたのだろう。
 寄り添うように僅かに近づくと、リタの肩から少しだけ、力が抜けた。

「ははっ」

と、父が珍しく哄笑する。

「いや、そんな事はない。歓迎しよう、フレマイア嬢、いや、リタ嬢」
「ありがとうございます」

 リタが、ホッと溜息を吐いた。
 この先の道は、決して容易なものではないだろう。
 だが、頼りになる人達と、手を取り合って進む事ができる。
 そう思うと、一層、身が引き締まる思いがした。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

婚約者に突き飛ばされて前世を思い出しました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢のミレナは、双子の妹キサラより劣っていると思われていた。 婚約者のルドノスも同じ考えのようで、ミレナよりキサラと婚約したくなったらしい。 排除しようとルドノスが突き飛ばした時に、ミレナは前世の記憶を思い出し危機を回避した。 今までミレナが支えていたから、妹の方が優秀と思われている。 前世の記憶を思い出したミレナは、キサラのために何かすることはなかった。

婚約者の姉を婚約者にしろと言われたので独立します!

ユウ
恋愛
辺境伯爵次男のユーリには婚約者がいた。 侯爵令嬢の次女アイリスは才女と謡われる努力家で可愛い幼馴染であり、幼少の頃に婚約する事が決まっていた。 そんなある日、長女の婚約話が破談となり、そこで婚約者の入れ替えを命じられてしまうのだったが、婚約お披露目の場で姉との婚約破棄宣言をして、実家からも勘当され国外追放の身となる。 「国外追放となってもアイリス以外は要りません」 国王両陛下がいる中で堂々と婚約破棄宣言をして、アイリスを抱き寄せる。 両家から勘当された二人はそのまま国外追放となりながらも二人は真実の愛を貫き駆け落ちした二人だったが、その背後には意外な人物がいた

処理中です...