せめて、優しく殺してください。

緋田鞠

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<エピローグ>

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「リタ、旅行に行かないか」

 唐突な誘いだったかもしれない。
 けれど、リタは何も言わずに頷いた。



 向かった先は、デイヴィス家の所領である東都ソアラン。
 なかなか領地を離れられないデイヴィス公爵は、リタとこれまで、手紙のやり取りしかしていないため、きちんと顔を合わせておきたかった、というのが一つ。
 もう一つは、今日この日、リタを王都に置いておきたくないという俺の我儘が理由だ。
 王都からソアランまでは、馬車で四日。
 今回、往復を含め、一ヶ月の休暇を取っている。
 王城の人々は、父や兄上夫婦を含め、

「ゆっくりして来い」

 と、快く送り出してくれた。
 二週間前に到着してから、デイヴィス公爵夫妻とリタはすっかり打ち解け、同行してもらってすでに主要な観光地も回り終えている。
 さすが、王都に次ぐ賑わいを持つ領地。
 見るべき場所も、見習うべきものも、たくさんある。
 今日は、リタが特に気に入っていた市場に、二人で足を延ばしている。
 ソアラン独自の装飾品が、白の子供達の手仕事に活かせるのではないか、といくつか研究のために仕入れたところだった。
 街中を歩くために、幻影魔法で、リタの髪は淡いピンクに、俺の髪は平民の中では濃い目の水色に変えている。
 青の濃淡しか調整できない俺とは異なり、リタは、服装や行く場所に合わせて髪色をリクエストする。
 光属性の金は特殊な色だから無理なのだが、水属性の水色、火属性のピンク、風属性の淡緑と、リタの髪ならば様々な属性の髪色が再現できるからだ。
 けれど、彼女は決して、地属性の茶色は望まなかった。
 実父であるフレマイア侯爵の、チョコレート色の髪を思い出すせいなのだろうか。
 その代わりのように、今日は、義父となったデイヴィス公爵の火属性になぞらえた色を選んでいた。
 暖色よりも寒色が好きだと話していたリタだけれど、髪色に合わせて、着ているワンピースもピンクなのが新鮮で、普段よりも褒め言葉に熱が入っていたかもしれない。
 リタは、いつものように少し恥ずかしそうにしながらも、

「……可愛らし過ぎるかしら、と思ったのですが……お気に召したようでしたら、また、着てみますね」

 と笑ってくれた。
 淡いピンクは、平民の中でよくある髪色なのだが、平凡な色合いだからこそ、余計にリタの美しさが際立つ。
 少しでも気を抜くと、誰かしらに声を掛けられてしまうので、いつもなら繋ぐ手を肩に回して、リタにちらちらと視線を向ける男達を牽制している。
 このために、俺の髪色を普段のお忍びよりも濃い水色に留めているのだ。
 魔法が使えるとアピールする事で、余計なトラブルを防止できる。
 身長差があるため、肩に手を回すと抱き込むようになるのだが、リタも、混雑した市場では仕方がないと思うのか、何も言わない。
 その時。
 ゴーン、と鐘が鳴り始め、どちらからともなく立ち止まって、時計塔を見上げた。
 ソアラン名物の大きな時計塔は、日に一度、正午のみ鐘を鳴らす。
 きっちり、十二回鳴った鐘の余韻が終わると、リタは、

「……終わりましたね」

 と、ぽつりと言った。

「あぁ……終わった」

 本日、正午。
 王宮前広場で、フレマイア元侯爵夫妻が処刑された。
 夫妻は貴族籍を剥奪された事もあり、平民が貴族相手に犯した罪の極刑、斬首刑に処されると決まった。
 判決が下されてから、三ヶ月。
 夫人は裁判中に心神喪失状態になって以降、周りの状況を理解できないまま。
 フレマイア元侯爵は、牢の中で壁をじっと睨み続けていたという。
 どちらも、リタへの謝罪はない。
 人によっては、相手の確実な死を目にして、今後、二度と害されないと安心するのかもしれないが、リタは過去の人生で、斬首された事がある。
 王都にいれば、現場まで出向かずとも、伝わるものがあるだろう。
 恐ろしい記憶を思い出させたくないとの俺の勝手な思いから、旅行に誘って、王都を離れる事にしたのだ。

「……わたくし、初めて、父よりも長生きしております」

 どこか呆然としたように、リタが呟く。

「前にも言ったが、老衰以外の死は認めない」
「老衰……わたくし、おばあさんになれるのでしょうか」
「もちろんだ。君は、誰よりも可愛らしいおばあさんになるだろうな」

 俺を見上げるリタの目が、潤んでいた。

「……その隣には、ルシアン様がいてくださいますか?」
「君が許してくれる限り、俺は君の傍にいる」

 俺の真意を確認するように、じっとリタが俺の目を見ている。

「わたくし……過去の三度の最期の時、何を思っていたのか、考えてみたのですが」

 きっかけはまず、間違いなく、フレマイア夫妻の死だろう。

「『死にたくない』とか、『もっと生きたい』とは、思っていなかったのです。誰にも愛されず、誰にも信じてもらえない人生を延長したところで、同じように辛い日々の繰り返しでしかありませんもの」

 それほどに絶望していたリタが、最期に望んだ事……?

「わたくしが望んだのは、『笑って死にたかった』という事でした。そして……ここから先は、わたくしのただの推測なのですが、時間魔法がその思いを叶えるために、時を戻したのではないか、と思うのです」

 今となっては確認する事ができないけれど、リタが時間魔法の適性持ちであるならば。
 今際の際の切実な思いに、爆発的に発現した魔法が、リタの人生を変えようとした可能性はある。
 本来の時間魔法は、人一人の人生を大きく巻き戻せるようなものではない。
 けれど、死に瀕した人の持つ力は、大きいというから。

「今回の人生では、わたくしの幸福を願ってくださる方に、たくさん出会えました。陛下、クリフォード殿下、クロエ様、デイヴィス公爵家の皆様……そして、ルシアン様。ルシアン様は、わたくしと誠実に向き合い、誰よりもわたくしの幸せを望み、そのために動いてくださいました。だから……今度は、笑って死ねるように、自分ができる精一杯を生きたいと思います」

『せめて、優しく殺してください』

 そう望んでいたリタは、もう、いない。

「そうだな。そのために俺ができる事は、なんでもする」
「……わたくし、本当は子供が好きみたいです。最近では、孤児院の子供達とも上手に遊べるのですよ」
「保護者を必要とする子供は多い。大勢の子供達の巣立ちを見守るのも楽しそうだ。だが、」

 リタと向き合って、その両手を掬い取る。
 どうか、未来を欲張って。

「恵まれるのであれば、俺は、君の子供が見たい」

 リタは現在、俺の婚約者という身分ゆえに王城に滞在できている。
 だから、遅々として進まない婚儀の準備に、周囲の人々が影で不満を漏らしているのは知っている。
 リタの評価は上がってきたとはいえ、まだ途上。
 王子妃の身分があれば、人々の見る目も変わるのに、なぜ、第二王子は動かないのか、と。
 しかし、俺はリタの気持ちが結婚に向かう日を待つと決めていた。
 例え、何年掛かろうとも。
 添いたいと思う相手がーー俺ではなかったとしても。
 

「……わたくしの、ですか? わたくし達の、ではなく?」

 ――不意を打たれて、呼吸が止まった。
 それは。
 つまり。

「リタ」
「はい……ルシアン様」

 リタが、微笑んでいる。

「俺と、家族になってほしい」

 本当は、もっと色々と考えていた。
 言葉も。
 状況も。
 色々と。
 雑踏の中、互いに本来とは違う色をまとい、街中に紛れ込むための素朴な服で乞う言葉ではなかったかもしれない。
 けれど、リタが俺に未来を許してくれるなら。
 絶対に、この機会を逃すわけにはいかない。

「はい、喜んで」

 望んで、願って、けれど、その日はまだ先だと、焦らせてはいけないと、待ち続けていた未来。
 ただ、リタが笑ってくれればそれでいい……そう言いながらも、本当はすぐにでも彼女と家族になりたかった。
 その望みを、受け入れてくれるのか。
 込み上げる涙で前が見えなくなった俺を、リタがそっと、抱き締めてくれた。
 震える手をやっとの思いで持ち上げて、リタの背を抱く。

「リタ……」
「はい、ここにおります」
「好きだ」
「はい」
「愛してる……っ」
「はい。わたくしも、お慕いしております」

 嗚咽で、上手く息ができない。
 そんな俺の背中を、リタは優しく撫で続けてくれた。



 ***



 シャルイナの長い歴史の中、子供達がまず教わるのは、水の魔法に長けた『建国王』と、『白の聖女』の話だ。
 白の聖女は魔力を持たないため、魔法を使えないにもかかわらず、大きな改革を成し遂げ、『聖女』とまで呼ばれるようになった。
 魔力の多寡、身体的能力、知的能力、あらゆる差異に関係なく、誰もが過ごしやすい暮らしを目指し、多くの人々の心の支えになったと伝えられている。
 今、シャルイナに多種多様な人々が存在し、能力の優劣に関係なく手を取り合って暮らせているのは、白の聖女の功績なのだ。
 その傍らには常に、王弟であり、史上稀に見る魔力量で建国王の再来と呼ばれ、民を、妻を守り続けた夫の姿があった。
 二人は大変睦まじく、老衰で白の聖女が亡くなった翌日に、夫も旅立ったという。



 END
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感想 29

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みんなの感想(29件)

2024.12.13 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

解除
あこ
2024.12.09 あこ

毎日12時の更新を楽しみにしていました。
リタが幸せになって本当によかったです。涙なしには語れない素敵な作品です。
素敵な作品をありがとうございました。

解除
tiina
2024.12.09 tiina

完結ありがとうございます。
毎日更新を楽しみにしていました。
リタが幸せになって本当に良かった!
また次回作も楽しみにしています!

解除

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