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<エピローグ>
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***
ノーハンに戻ってからも、ヴィンセントは精力的に動いていた。
王都に領事館を設置する計画には、思った程の反発もなく、駐在したいとの希望者も順調に集まっている。
ウィルヘルムも、高等部を卒業次第、王都に出たいと希望していた。
彼は、領主として立つ兄の補佐をする意識が、ここ数ヶ月でぐんと高くなっている。
領兵と共同訓練する人族の兵が、領内に駐在する事に関しては、獣人族への差別意識があるのでは、治安の乱れに繋がるのでは、と不安視する声もあったが、
「奴らが何しようが、結局、俺達の方が強いんだぜ?初等科に通ってる年齢のチビでも、相手に武器がなきゃ勝てる」
と言うロビンの一言で、落ち着いた。
春には、最初の訓練生として、ロトン公爵家の治める領から三十名が派遣される。
彼等が宿泊する為の宿舎を、領主館の建つ丘の麓に建築中だ。
ナランの動きは今の所、見られないが、気を緩めていいわけではない、と言うのが、総意だ。
「ロッテ」
丘の上で、工事の様子を眺めていたシャーロットは、背後から掛けられた声に、振り返った。
「ヴィンセント様」
歩み寄ったヴィンセントが、シャーロットの体を抱き上げ、いつものように左腕に座らせる。
高い視点に、シャーロットは感嘆の溜息を吐いた。
その息が、白い。
「寒くはありませんか?」
マハトの中でも北にあるノーハンは、冬の入りが早い。
獣人族の中でも、寒さが苦手な氏族は、冬期休暇を長く取る。
ヴィンセントの近習の中では、コリンが該当していた。
「…少し、だけ」
シャーロットが答えると、ヴィンセントはより一層、シャーロットの体を引き寄せる。
触れた肌の温もりに、シャーロットはホッと安心した。
「まだ、変化の途上ですが…」
ヴィンセントは、遠くを見渡す。
「ノーハンは、より良い方向に変わっていけると思います。私の代だけでは難しいかもしれない。けれど、いずれは、人族と獣人族の垣根が取り払われる事を、願っています」
「そうですね」
ヴィンセントは、何かを噛み締めるように視線を下げた後、思い切って口を開いた。
「春になったら、私と共に、訪れて頂きたい所があるのですが」
「…アテム領主様の所でしょうか」
「はい」
父ザイオンが番であるイリナに出会ってから、ヴィンセントは実の祖父母であるアテム領主夫妻との間に、溝が出来てしまった。
細い繋がりながらもやり取りがあったのは、母メリーダが亡くなるまで。
あれから十年。もう直ぐ、十一年になる。
祖父母の年齢を考えると、ここで腰を上げなければ、一生、後悔するのは判っている。
母を救えなかった事を、守れなかった事を、詰られるだろう。罵倒されるかもしれない。
それが判っていても、祖父母には、選んだ伴侶に会って欲しかった。
獣人族と人族の間に生まれたヴィンセントが、人族の伴侶に出会った意味を、知って欲しかった。
一方的な願いなのは、理解している。
訪問しても、会っては貰えないかもしれない。
でも。
「勿論です。会って頂けるまで、何度でも訪れましょう」
シャーロットは、何の憂いも見せずに綺麗に笑ってくれる。
彼女と共にあれば、怖いものは何もない。
「ロッテ。愛しています。ずっと、貴女と共に」
「はい、ヴィンセント様」
死が、二人を分かつまで――…。
乾いた風と共に、誰かの笑う声が、聞こえた気がした。
END
ノーハンに戻ってからも、ヴィンセントは精力的に動いていた。
王都に領事館を設置する計画には、思った程の反発もなく、駐在したいとの希望者も順調に集まっている。
ウィルヘルムも、高等部を卒業次第、王都に出たいと希望していた。
彼は、領主として立つ兄の補佐をする意識が、ここ数ヶ月でぐんと高くなっている。
領兵と共同訓練する人族の兵が、領内に駐在する事に関しては、獣人族への差別意識があるのでは、治安の乱れに繋がるのでは、と不安視する声もあったが、
「奴らが何しようが、結局、俺達の方が強いんだぜ?初等科に通ってる年齢のチビでも、相手に武器がなきゃ勝てる」
と言うロビンの一言で、落ち着いた。
春には、最初の訓練生として、ロトン公爵家の治める領から三十名が派遣される。
彼等が宿泊する為の宿舎を、領主館の建つ丘の麓に建築中だ。
ナランの動きは今の所、見られないが、気を緩めていいわけではない、と言うのが、総意だ。
「ロッテ」
丘の上で、工事の様子を眺めていたシャーロットは、背後から掛けられた声に、振り返った。
「ヴィンセント様」
歩み寄ったヴィンセントが、シャーロットの体を抱き上げ、いつものように左腕に座らせる。
高い視点に、シャーロットは感嘆の溜息を吐いた。
その息が、白い。
「寒くはありませんか?」
マハトの中でも北にあるノーハンは、冬の入りが早い。
獣人族の中でも、寒さが苦手な氏族は、冬期休暇を長く取る。
ヴィンセントの近習の中では、コリンが該当していた。
「…少し、だけ」
シャーロットが答えると、ヴィンセントはより一層、シャーロットの体を引き寄せる。
触れた肌の温もりに、シャーロットはホッと安心した。
「まだ、変化の途上ですが…」
ヴィンセントは、遠くを見渡す。
「ノーハンは、より良い方向に変わっていけると思います。私の代だけでは難しいかもしれない。けれど、いずれは、人族と獣人族の垣根が取り払われる事を、願っています」
「そうですね」
ヴィンセントは、何かを噛み締めるように視線を下げた後、思い切って口を開いた。
「春になったら、私と共に、訪れて頂きたい所があるのですが」
「…アテム領主様の所でしょうか」
「はい」
父ザイオンが番であるイリナに出会ってから、ヴィンセントは実の祖父母であるアテム領主夫妻との間に、溝が出来てしまった。
細い繋がりながらもやり取りがあったのは、母メリーダが亡くなるまで。
あれから十年。もう直ぐ、十一年になる。
祖父母の年齢を考えると、ここで腰を上げなければ、一生、後悔するのは判っている。
母を救えなかった事を、守れなかった事を、詰られるだろう。罵倒されるかもしれない。
それが判っていても、祖父母には、選んだ伴侶に会って欲しかった。
獣人族と人族の間に生まれたヴィンセントが、人族の伴侶に出会った意味を、知って欲しかった。
一方的な願いなのは、理解している。
訪問しても、会っては貰えないかもしれない。
でも。
「勿論です。会って頂けるまで、何度でも訪れましょう」
シャーロットは、何の憂いも見せずに綺麗に笑ってくれる。
彼女と共にあれば、怖いものは何もない。
「ロッテ。愛しています。ずっと、貴女と共に」
「はい、ヴィンセント様」
死が、二人を分かつまで――…。
乾いた風と共に、誰かの笑う声が、聞こえた気がした。
END
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