幸せは、歩いて来ない。ならば、迎えに行きましょう。

緋田鞠

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 私に歩み寄る気がなかったマイルズは、いざ離縁を申し出ると、激しく抵抗した。
 それだけ、貴族の地位を失い、平民に戻る事が嫌なのだろう。
 ならば何故、私と向き合い、家族になろうとしなかったのか、と思うけれど、マイルズによれば、彼がどのように振る舞おうとも苦言を呈さなかった私のせいなのだそうだ。
 その言葉を完全に否定出来ないのは、私が彼に、関心らしい関心を終ぞ持てなかったからに他ならない。
 『男爵家の娘に相応しい幸せ』の形ばかりを求めて、実際に自分が幸せと感じるかどうかは、二の次だった。
 ミカと同じだ。
 求める条件は満たしているけれど、心のない結婚。
 その上で、自分は愛していないのに、相手が何故愛してくれないのか、と不満に思っていた。
 何と、傲慢だったのか。
 マイルズと離縁しようと思う、と父に報告した所、
「そうか」
とだけ、返って来た。
 母を喪ってからの父は、気鬱で思うように動けない上に、何かを考える事も煩わしいようだ。
 だが、父とは違い、マイルズとの縁談を持ち込んだ叔母夫婦は、思いとどまるように私に追い縋って来た。
 私との仲が円満ではない事に気づいていながら、甥を注意しきれなかった、と、何度も謝罪を受けた。
 注意も何も、成人男性の考えを変えるなんて、ただの親戚に出来る筈もない。
 今度こそ、ミカエラと子供を作るように話すから!と、サヴァンナ叔母様は必死だったものの、問題点はそこではない。
 私の幸せではなく、父の持つ爵位への執着しか見えずに、辟易とした。
 最終的に、マイルズに突き飛ばされて怪我をした事、その恐怖心からマイルズが近づくだけで体が震える事を説明したら、渋々引き下がってはくれたけれど。
 怪我の話はともあれ、体が震えると言った事実はない。
 不意打ちでなければ、マイルズに勝つ自信もある。
 だが、ミカの記憶から、自分では制御出来ない恐怖心を前面に押し出した方が、周囲を説得しやすいと理解したまでだ。
 サヴァンナ叔母様は、マイルズとの離縁が避けられないと判ってからは、ボクストン商会の使用人の中で、独身の男性を紹介しようとして来た。
 マイルズと私が離縁すれば、ボクストン商会はウェインズ家の名を使えなくなる為、何とか縁を繋いでおきたい、との気持ちがよく伝わる行動だ。
 名誉爵位の男爵であるウェインズ家は、平民から見れば容易に手が届く存在なのだろう。
 男性が怖いので再婚は考えられない、残念だがウェインズ家は父の代で終わらせる、と話して以降、ご機嫌伺いもない。
 それを現金と取るか、己の欲望に素直と取るかは、難しい所だ。
 ともあれ、マイルズが最終的に離縁に同意したのは、私が切り出してから三ヶ月後。
 マイルズの有責なのは明らかだし、そもそも、入り婿の彼には拒否権もないのだ、と、懇々と説明を続け、これ以上ごねるようなら慰謝料を請求する、と伝えて直ぐの事だった。
 貴族の結婚、離縁は全て、王宮に申請する必要がある為、家から出られない父の代理として書類を提出しに行ったその日、大きな転機が訪れた。

***

「ミカエラ・ウェインズ男爵令嬢ですね」
 マスカネル王国の王宮は、広い。
 一つの街程の規模があるそこには、王族の住まう王城、国政を司る王宮がある。
 王宮は各部門の棟に分かれていて、私はまず、貴族の戸籍を取り扱う部署へと向かった。
 無事に書類を受理され、晴れて独身へと戻った私は、王宮内での求人を探そうと、人事を取り扱う部署に移動しようとしていた。
 貴族令嬢が就ける職として最も一般的なものは、家庭教師や高位貴族の侍女だが、女学校での成績は悪くはなかったものの飛び抜けて優秀と呼べる程ではなく、社交の殆どなかった男爵令嬢では、就職口を探すのは難しい。
 ならば、王宮で職を探す方が早い。
 平民でも身分さえ保証されていれば、下働きになれるのだ。
 名誉爵位だろうが、我が家は曲がりなりにもこの国の貴族として認められているのだから、幾つか選択肢が見つかる筈だ。
 そんな事を考えながら歩いていると、背後から断定的に名を呼ばれた。
 振り返ると、白の宮廷服の襟に、文官を示すペンが交差した徽章をつけた男性が、立っていた。
 年の頃は三十歳前後だろうか。
 痩身で眼鏡を掛けている彼に、見覚えはない。
 そもそも、社交界での付き合いが殆どなかった私に、知り合いは少ない。
「…はい、さようですが」
 不審に思いながらも応対したのは、王宮内で文官を騙る者などいないだろう、との安心感からだ。
 視界の端には警邏の騎士も立っているし、危険はあるまい。
「貴方にお仕事を依頼したい、と希望なさっている方から、お連れするように命じられました」
「わたくしに、仕事、ですか…?」
 職を探している、と言う話を、誰彼となくしてはいない。
 何しろ、この国では貴族女性が働きに出るとなると、家の財政状況を疑われてしまう。
 ウェインズ家は裕福ではないが、私が働きに出なければ暮らせない程に困窮しているわけでもない。
 精々、自立の手段としてダリウス様に話した位だけれど…まさか、ダリウス様が、話を通してくださった?
 離縁に関してノーレイン家にお手間を取らせる事はなかったものの、礼儀として、無事に話がついた、と言う報告だけは送ってあった。
「是非一度、お話だけでも伺って頂けないか、との事なのですが」
「承知致しました」
 多少胡散臭さを感じないわけではないけれど、虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言うではないか。
 この国の貴族女性に求められる『血を繋ぐ』義務を放棄して、就職するつもりなのだ。
 何が出て来るやら判らないが、勇気を持って、飛び込んでみよう。



 文官男性は、パウズと名乗った。
 国に仕える文官ではあるのだが、王宮ではなく、王城勤めなのだと言う。
「王城、ですか」
 書類の申請とは言え王宮を訪れる為、手持ちの中では格の高いドレスを着ているものの、国王ご一家がお住まいの王城を訪れるとなると、少々心許ない。
 だが、雇用の話ならば、許される範囲だろうか。
 現在のマスカネル国王は、ユリシーズ・ノーレイン・マスカネル陛下。
 ダリウス様の実の兄君だ。
 コーネリアス先王陛下は、ユリシーズ様ごきょうだいの伯父にあたる。
 先王ご夫妻がまず授かったのは、アラベラ王女殿下だった。
 我が国は、女王を認めていない。
 その為、サディアス様は王位継承権第一位の王族として、アラベラ王女殿下がお生まれになっても臣籍降下する事なく、王宮内の離宮にお住まいだった。
 ハーヴェイ王太子殿下がお生まれになったのは、ユリシーズ様が五歳の時。
 これにより、サディアス様は継承権を返上し臣籍降下、ユリシーズ様が王族の血を引く公爵令息として、ハーヴェイ殿下に次ぎ、王位継承権第二位となった。
 順当な流れならば、先王陛下の次はハーヴェイ殿下が即位なさる。
 けれど、ハーヴェイ殿下は生まれつき、病弱だった。
 その上、先王ご夫妻はハーヴェイ殿下以降、お子を授からなかった。
 王位は血で継ぐものである為、国の中心にいた方達は、ハーヴェイ殿下に何かあれば一大事、と、ぴりぴりとしていたと聞く。
 周囲の心配をよそに、ハーヴェイ殿下は無事にご成長なさって、十九歳でメディセ公爵家のご令嬢カタリナ様とご結婚なさった。
 しかし、これで安心と思いきや、八年に及ぶ結婚生活の末、お子を授かる事のないまま、三年前にお亡くなりになってしまったのだ。
 この時点で、ユリシーズ様の継承権が一位、ダリウス様が二位に繰り上がっている。
 先王陛下がお亡くなりになったのは、一年前。
 ユリシーズ様は、王位継承権に応じて、即位なさった。
 即位に当たり、何やらゴタゴタがあったらしいけれど、国政に関わる事のない末端の男爵家の耳に入るものではない。
 四年前にノーレイン公爵となっていたユリシーズ様が即位した事で、ノーレイン公爵位は新たに、ダリウス様が継ぐ事になった。
 後継者問題で悩んでいたのは我が家も同じだけれど、高位の方には、末端には想像も出来ないご苦労があるのだな、と思った事を覚えている。
 そのユリシーズ様ご一家がお住まいの王城で、私に出来るようなお仕事があるのだろうか?
 それとも、職種としては下働きであっても、王宮と王城では、雇用主が変わるのだろうか?
「こちらでお待ちください」
 パウズ様に連れられるがまま、王城に足を運ぶと、通用口から中に誘われる。
 通用口、と言っても、王城のそれだ。
 ウェインズ家の表玄関よりも余程立派な場所に、これを見る為だけでもついて来て良かった、と思ってしまった。
 通用口からは、化粧石の敷き詰められた一階廊下を通り、表玄関に近い立派な応接間へと案内された。
 目に眩しいような煌びやかさではなく、重厚で歴史を感じる内装や家具は、この城の主からのもてなしだろう。
 下働きの面接を受けるものと思い込んでいた私は、余りに素晴らしい設えに、唖然と目を見開く。
 どう考えても、使用人を通していい場所ではない。
 寡黙なメイドの用意してくれた、如何にも高級な香りのする紅茶に手をつける気にもなれず、ふかふかと柔らかなソファに却って居心地が悪くなっていると、叩扉の音と共に柔らかな女性の声がした。
 侍女長であるとか、女官長であるとか、そのような立場の方だろうか。
 ソファから立ち上がり、顔を伏せて頭を下げると、
「急にお呼び立てしてごめんなさいね、ミカエラ・ウェインズ男爵令嬢」
 鈴を転がすような、柔らかな声で名を呼ばれた。
「顔を上げてちょうだい」
 許しを受けて顔を上げ、思い掛けないお相手に絶句する。
「よく来てくれたわね、ミカエラさん」
「…アラベラ王妃殿下…」
 先王陛下の唯一人の姫君であり、王城の女主人であるアラベラ王妃殿下が、にこやかに微笑んでいらして、私は慌てて、再度深く頭を下げた。
 周囲には、侍女すらいない。
 私の立場で、王妃殿下と二人きりになるなど、どう考えてもあり得ない。
「妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しく、」
「いいのよ、此処は私的な場所なのだから、堅苦しくしないで。無理をお願いしたのは、わたくしなのですもの。ここでは、アラベラと呼んでちょうだい」
 王家の姫として生まれ、公爵夫人となり、王妃となって再び王城に戻られた妃殿下――アラベラ様は、お二人のお子様をお持ちとは思えない若々しく美しい方だ。
 淡い金髪に、アクアマリンのような透き通る水色の瞳。
 高貴な方らしく日に焼けた事などないような白く滑らかな肌を包むのは、幾分簡素なドレス。
 この訪問が、アラベラ様の私的なお時間を割いて頂いたものである事が判る。
「わたくしをお招きくださったのは、アラベラ様でございましたか」
「えぇ。ダリウスから、ミカエラさんがお仕事を探していると聞いたのよ」
 アラベラ様とダリウス様は、義理の姉弟きょうだいであると同時に、従姉弟いとこに当たる。
 私が直接言葉を交わす機会はなかったけれど、ノーレイン公爵家に招かれた席に、アラベラ様がいらした事も何度かあった。
 その経験があるからこそ、雲の上の方でありながら、どうにか会話を続けていられる。
「だからね、ミカエラさんにお仕事を頼みたくてお呼び立てしたの。ダリウスは恐らく、ミカエラさんの安全が確保されるお仕事が王宮内にないか、ユリシーズに聞きたかったのだと思うのだけど」
「安全が、確保される…?」
 王宮内の仕事であれば、騎士を除いてどれも安全ではないだろうか。
 疑問と共に首を傾げると、アラベラ様は、僅かに苦笑されたように見えた。
「まぁ、何をもって『安全』とするかは、個人差がありそうね。わたくしが頼みたいのは、国ではなくわたくしを雇用主とした、個人的なお仕事なの」
「個人的なお仕事、でございますか」
 王妃ともなれば、侍女も女官も選りすぐりの人員が配置されているし、王城の下働きも言わずもがなの事。
 マスカネル王国で最も高貴な方々のお傍に、僅かでも付け入る隙を見せるような者を置く事は出来ない。
 そんな中で、離縁した――ミカの言葉を借りれば、バツイチの――末端貴族の私は、傷にしかならない。
 全く表に出ない仕事であっても、私が王城勤めと知れたら、あれやこれやと批判する貴族がいないとも限らない。
 敢えて、そのような傷のある私を雇用してくださろうとするのは、ダリウス様に頼まれたからなのだろうか。
 夫と離縁し、自立の為に就職したいと言っていたのを聞いたからと言って、自ら就職口を探してくださるなんて、ダリウス様は相変わらず、私に甘い。
「あのね、勘違いしないで欲しいのだけれど、ダリウスに頼まれたわけではないの。わたくしが、あの子の話を聞いて、渡りに船だと思っただけなのよ」
 公爵家当主であり、既に二十九歳のダリウス様を『あの子』扱いされる辺りに、お二人の関係性が伺える。
「通常の雇用であれば、業務内容の詳細を説明して、双方の合意を得る必要がある事は判っているのだけれど、詳細を話してしまうと、貴方に拒否権がなくなってしまうの。何分、私的な事情がたっぷりなものだから。今も人払いさせて貰っているでしょう?…そんな悪条件なのだけれど、わたくしはどうしても、ミカエラさんにこのお仕事を頼みたいのよ。貴方は、ダリウスのお気に入りだから」
「え…と申しますと?」
 詳細を説明出来ない理由は、想像がつく。
 王城内での勤務となるのであれば、王族の皆様の私的なお顔を拝見する機会が増えると言う事だ。
 王族だって生きている人なのだから、気を抜く場所は必要だろう。
 そんな私的な空間での事情を、雇用契約を結ぶかどうかも不明な人間に明かせる筈もない。
 問題なのは、『ダリウス様のお気に入り』と言う言葉で。
 確かに、私とダリウス様は昔馴染み…いや、立場を弁えずに言えば、幼馴染だ。
 幼い頃を知る仲だからこそ、気を配って頂いている事は、重々に理解している。
「ミカエラさんは、初めてダリウスと会ったのがいつだったか、覚えていらっしゃる?」
 私の問いには答えず、アラベラ様はそう問い返した。
「はっきりとは…確か、わたくしが三歳、ノーレイン公爵閣下が七歳の折だったと思いますが」
「えぇ、そうよ。わたくしね、あの日もノーレイン公爵邸に遊びに行っていたの。ハーヴェイが熱を出すと、わたくしはノーレイン家に預けられる事が多かったものだから」
 淡々としたアラベラ様のお声に、幾度も繰り返された事実なのだろう、と思う。
 ハーヴェイ殿下の体調不良が、姉君であるアラベラ様に移らないように、との配慮も勿論あったのだろう。
 けれど、幾ら親族に預けるのだとは言え、王女を王城から離すなど、余程の事だ。
「わたくしとユリシーズ、そして、オーレリアは、ダリウスと少し年が離れているでしょう?ダリウスと最も年が近いハーヴェイは病弱で、王城から出た事もなかった。わたくしは立場上、気安い付き合いが出来るのは、いとこであるノーレイン家かメディセ家の子供達しかいなかったし、ダリウスも複雑な立場から、誰彼となく親しくなるわけにはいかなかったの」
 アラベラ様の滞在先として、エメライン先王妃殿下のご実家であるメディセ公爵家ではなく、コーネリアス先王陛下の弟君が当主であるノーレイン公爵家が選ばれたのは、警護の観点からだろう。
 メディセ公爵家は、サディアス様がノーレイン公爵家を興されるまで、長きに渡り、筆頭公爵家の地位を守り続けて来たお家柄だ。
 その警護が甘いとは思えないけれど、『マグノリアの奇跡』の英雄であるサディアス様のお住まいの方が、安心感が高いものかもしれない。
「今、振り返ると、六歳差とか五歳差なんて、大したものではないわよね。オーレリアとダリウスの四歳差は、そのまま、ダリウスとミカエラさんの年の差と一緒でしょう?何故、あの頃は『子供の相手は疲れる』と思っていたのかしら…わたくし達だって、子供だったのに」
 アラベラ様は、何処か遠くを見る目をして、溜息を一つ吐いた。
「ともあれ、ね。当時、わたくし達とダリウスには少し心の距離があって、少々頑なな子供に育ってしまったダリウスが唯一心を許したのが、ミカエラさん、貴方だったのよ」
 思わず、きょとんとした顔でアラベラ様を見返してしまったのは、許して欲しい。
 私は、ダリウス様に『あに様』と呼ぶ事を許されていた。
 それは、事実だけれど…。
「わたくしは、今でも覚えているわ。ノーレイン公爵邸の庭でお茶を頂いていたら、ウェインズ男爵が幼い貴方を連れて叔父様…サディアス様に会いにいらしてね。大人の話があるから、と、ミカエラさんはわたくし達、子供の中に置いて行かれたのよ。でも、子供とは言っても、ユリシーズは十三歳、わたくしは十二歳、オーレリアは十一歳。三つの小さな女の子と、どのように遊べばよいのか、判らなかったの」
 うっすらと、当時の事を思い出す。
 確かあの日は、両親と共にサディアス様にお会いする予定があったのだけれど、母が発熱して、父と二人で訪問する事となったのだ。
 父がサディアス様とお話する間、本来ならば私は母と待っている筈だったのが、母がいなかった為に、ダリウス様達に預けられたのだろう。
「年長者三人が困惑する中、ダリウスは何とか、サディアス様に任された使命を果たそうとしたの。そうしたら…ふふ、ミカエラさんに、思い切り振り回されてね」
 …振り回される?
 困った。自分自身の事ではあるけれど、ダリウス様に何をしたのか、全く記憶にない。
「ダリウスにとっては、そこが運命の分かれ道だったのでしょう。だからこそ、あの子にとって、ミカエラさんは特別なの。そして、わたくしはそんな貴方だからこそ、仕事を頼みたいのよ」
 真剣な眼差しで、私の目を見つめるアラベラ様は、口元こそ微笑んでいるものの、何処か切羽詰まったような空気を感じた。
 恐らく、ありとあらゆる手を尽くしたけれど打破できない現状を、私と言う異分子で持って崩したいのではないだろうか。
 私が、幼いダリウス様に何か影響を与えられたとは思えない。
 偶然、ダリウス様が変化を求める時期に行き合わせたのが、私だったと言うだけだろう。
 けれど、そんな偶然にすら、縋りたいと思っていらっしゃるのであれば。
「…承知致しました。お引き受け致します」
 仕事の内容が何なのか、全く判らない。
 引き受けるまで、明かせないような内容と言う事は、本当に王家の私的な事柄に関係するのだろう。
 けれど、マスカネル王国の臣の一人としてお役に立てたら、父がお世話になったサディアス様に、ご恩をお返し出来るのではないだろうか。
 更には、王城と言う場所、よく知るアラベラ様に雇用して頂く事は、ダリウス様の安心材料にもなり得る筈だ。
 今の私にとっての幸せは、ダリウス様に私の事で心を煩わせず、安心して頂く事なのだから。
 私の職まで、手配してくださろうとしていたダリウス様。
 いつまでも、幼馴染の絆に甘えてはいけないと思うけれど、唯一身近だった異性である元夫にすら心を配られた事のない私は、そのお気持ちがとても嬉しかった。
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