刀剣遊戯

飼育係

文字の大きさ
上 下
6 / 21
1st game

P.M. 12:30

しおりを挟む
 まぶたを開けてまず最初に瞳に飛び込んできたのは、すっかり真上にまで昇った太陽の日差しだった。
 その次に気付いたのは柔らかい肉の感触。自分の頭の後ろから伝わってくる人の温もりだった。


「ようやく目を覚ましたのね」


 隆二が長い眠りから目を覚ますと、膝枕をしていた無月は優しく微笑んだ。
 隆二は大慌てで飛び起きると、血相を変えて無月に詰め寄る。


「どうしてあんな馬鹿な真似をしたんだ!」

「馬鹿な真似って……私の膝枕がそんなに気に入らなかったのかしら?」

「そうじゃなくって! 君は奪い取った包丁で店員を――……」


 言いかけて隆二はある事実に気付く。
 無月の服にまったく血が付いていない。フリルのついた愛らしい服装も、少し短めのスカートも、今朝見たときそのままだ。
 すぐに自分の服もあらためるが、ところどころに少々砂がついているだけで血の匂いすらしない。
 そう――まるで何事もなかったかのように。


「頭の打ち所でも悪かったのかしら? 覚えていないかもしれないけど、あなた実演販売の店員さんが刃物をこちらにかざしたところで卒倒しちゃったのよ」


 ――え? え? え?
 どうにも腑に落ちない隆二は何度も無月に尋ねるが回答は同じ。
 きょとんとした顔でこちらを見つめる無月は、どうにも嘘をついているようには見えない。


「まさかあの程度のことで気絶しちゃうなんて……あなたの刃物嫌いって私の想像以上なのね」


 頭を冷やしたほうがいいかもしれないと渡された冷えピタを頭に貼りながら、隆二はしばし熟考した末に周囲を見渡して、


「そりゃそうか」


 と、納得した。
 実演販売の店員から包丁を奪って襲うだなんて、いくらあの自由奔放な無月でもやるはずがない。ああ見えて一応、それなりの良識は持ち合わせている。
 だいたいそんな大事件が起きていたら今頃お祭りどころの騒ぎではないはずだ。しかし隆二が見る限り、周囲にはそんな様子は一切ない。道行く人々の顔は穏やかだし、出店の店員も陽気な声で客に刃物を売り込んでいる。
 要するに、何もなかったのだ。
 事件性のある血生臭いことなど、何ひとつとして。


「……すべて夢だったってことか」


 恐ろしい悪夢だった。隆二は大きく息を吐く。
 額に流れる冷たい汗を腕で拭いながら、とりあえず何事もなかったことに安堵した。


「これだけの数の刃物に囲まれれば悪夢の一つや二つ見てもおかしくないか」


 だいぶ治ったと思い込んでいたが、自分の刃物恐怖症は重症で、まだまだリハビリが必要のようだ――隆二はそう結論付けた。


「そろそろ友重さんとの約束の時間だけど、無理なようなら私の方から断っておくわ」

「いや、やるよ。むしろやらせて欲しい」


 毒を喰らわば皿までということわざもある。この際ショック療法というのもいいかもしれない。
 それにあれほど恐ろしい悪夢の後では、日本刀を打つ程度なんてことないという気分にもなっていた。
 隆二は、彼の体調を心配してか珍しくしおらしい無月を安心させるために極力明るい口調で、友重のところに案内してくれるよう頼んだ。


 メイン会場である本町通り商店街から少し離れた場所にある関鍛冶伝承館は、鎌倉時代から受け継がれる関鍛冶の技を今に伝える施設である。
 一階には関を代表する兼元、兼定をはじめとする日本刀や、その建造行程、歴史に関する様々な資料が展示され、二階にはカスタムナイフ作家のコレクションや関市の刃物文化が生んだ近現代の刃物がずらりと並んでいる。また、日本刀鍛錬場や技能師実演場も併設しており、刃物まつりや一般公開日には日本刀鍛錬や技能師の実演が行われていた。
 伝承館の館内で観光客に日本刀の製造工程を説明していた友重は、隆二の顔を見てにやりと笑った。


「遅かったじゃないか。ビビって逃げ出したんじゃないかと心配したよ」

「無月がいるんですから逃げ出せませんよ。本日はご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


 隆二は友重に深々と頭を下げる。


「堅苦しいあいさつはいいよ。それより作業着を渡すから早く着替えてきなさい」


 職員用の事務室に通されると、隆二はそこに置かれた白装束に着替えた。
 着替えを済ませると、すぐに友重から日本刀の打ち方についてレクチャーを受けた。
 友重曰く「面倒な作業はすべてこちらで済ませておくから。君は素延べと火造りに専念して欲しい」とのこと。
 日本刀製造の実演は二時から開演ということで早足の説明だったが、隆二は持ち前の飲み込みの早さで日本刀の造込みの作法について一通り理解した。


「私、やることなくて暇だから、外でやってる居合いの実演を観に行ってきていい?」

「せっかくの機会だし、無月も日本刀造りに挑戦してみたら?」

「刃物は使うの専門だからあんまり興味ないわ。世が世ならお侍さんね」


 侍だって自分の魂である刀がどのようにして生まれてくるかぐらいは知っておくべきだろうと思ったが口には出さなかった。


「それとも一緒に行く? 刀の打ち方の勉強なんてその後でもいいじゃない」

「そんな余裕ないよ。友重さんを待たせているんだから」


 無月を快く送り出すと隆二は表に出て、友重たちから刀の打ち方に関する簡単な指導を受けた。
しおりを挟む